黒獣の影
フウと一緒に森の中を歩く。向かう先は昨日フウが向かった先だ。
俺の手を引いて先導していたフウが振り向くと、目じりを少し下げて心配そうな様子を隠す様子もなく口を開く。
「なぁ……ホントににいちゃんついてくんのか……? あぶないから、やめたほうが……」
「いーや、俺も付いてくよ。あんな姿見せられてさぁ、黙ってられるわけないじゃん」
何度も何度も言われた質問に、俺も何度も何度も言った返答を返す。
フウが言うには自分の身体と同じくらいの大きさを持つ黒い獣。それに襲われたらしい。
それで何とか抵抗したけどその時に肩を食い千切られて、死力を尽くして追っ払ったんだとか。
「……オレ、にいちゃんにケガさせない自信ねーよ……だからさ、今からでもいーからかえって──」
「フウ」
オレの方が年上だ、オレの方が多分痛いのに強い……はず。だから守ってもらう必要なんかない。
……そう言いたいんだけど、きっとフウはそんな俺の気持ちを無視してしまうんだろう、だから言わない。
代わりにフウの頭を撫でて、それから身体を持ち上げた。
「うわっ! え、肩車っ? ひぇっ、枝あぶない!」
「じゃあ視界を塞がない程度に俺にくっついて? そんでどこにいたのか教えてよ」
「……なんでだよぉ……」
「俺の気持ち考えてくれるかな。フウ一人に行かせて勝手にケガさせて……死にかけのフウ見たときどんな気持ちだったと思う?」
最悪の気分だった。
胸の内が不安で押しつぶされそうだったし、酸素が全く身体に入ってこないような息苦しさもそれを助長させていたんだ。
「本当は、ずっと二人で家の中に引きこもって生活したいよ」
「じゃーそれでいーよ! オレ、にいちゃんとならずっと家にいるのぜんぜんヤじゃっ」
「いーや、フウは外に出るべきだよ」
だって、フウは戦うことが好きだもの。朝練と称して身体を動かしている様からもそれは良く分かる。
道場に向かう最中のフウは凄く楽しそうだった、あの笑顔は今でも忘れられないくらい輝いていたし、見学させてもらった時の野性的なギラギラと光る瞳に俺はどこか惚れ込んだくらいなんだから。
そんなフウを家に閉じ込める? フウのためでもあるとはいえ、外敵に日和った俺の独断で?
冗談じゃない。
「フウの好きなようにやりな、俺はそれを助けてあげる。俺が居ればきっと魔法で少しは手助け出来るし、ちょっとのケガなら治せるよ」
「けど、けど……」
「フウ、昨日戦っててどうだった? 楽しかったんじゃない?」
どんな相手だったのか、俺はフウの口頭でしか知らないけれど。
半ば確信をもってフウにそう聞く。
「……ん」
「だよね。フウは戦うことが好きなんだよ」
「……そー、なのかな……」
「道場、楽しかったでしょ。どんな時が一番楽しかったの?」
「し、試合……」
「ほらみろ」
ボロボロに傷ついていたのに昨日のフウにはどこか満足げな色が混じっていた。
おそらく感じていたであろう壮絶な痛みと出血多量により朦朧としていた意識で、深層心理は色濃く浮き出る。
俺に出会えた満足げな表情と死への恐怖、そこに混じった僅かな興奮、満足、悔しさ。
メンタリストじゃないし、心理学もかじっていないはずなのに……どういうわけだか俺にはそれが良く分かる
魂が繋がった影響かな……多分そうだ。
「それに家の近くにそんな危ないのいるとか、安心できないじゃん。だから一緒に倒そう?」
俺に何ができるのか、これから考えないといけないけど。
……はは、我ながら頼もしさのかけらもないなぁ俺。
なのにそんな俺の言葉はフウの何かに刺さったみたいだ。
「……にひひ、ありがとにいちゃん。オレちょーがんばるっ」
「わーっ、前、前見えないっ!」
突然目の前に逆さで現れたフウの顔には満面の笑み。
でもその笑みに視界を覆われて俺は間抜けに右往左往、フウも笑い声をあげだした。
フウを地面に下して少し怒って……そしたら今度は問題なく進み始める。
そんな後ろ姿と手の温もりを感じていると、最近よく思うんだ。
ずっとこんな感じだったらいいのになって。
───
「……っ!」
「んぅっ!? ん゛っ!」
森の中至って普通の様子だった。
いつもの森の騒がしさ、けどそれが平穏を象徴しているようで何だか心が穏やかになっていく。
けどその様子は一瞬で豹変することになる。
突如として感じた寒気のようなものと共に俺の身体はふわりと嫌な浮遊感に襲われる。
フウに身体を押し倒されて、衝撃と共に地面へと倒れ込んだ。
「っ、……ん゛ん゛!?」
「……っ、……」
その動作は流れるように清らかで、余計な物音が殆ど立っていない。
口は手で塞がれてしまって声を出すことも出来ないし、一体何をするのかとその顔を見上げて、俺まで息を飲んだ。
「……っ」
口を塞ぐフウの手を退かそうとすると更に強く押し付けてきて、首をゆっくり、ふるふる横に振る。
相変わらず身体を固定されたまま声も出さず倒れ続ける俺と、圧し掛かり続けるフウ。
いつにもなく真剣な表情、こんな顔見たことない。
「……」
「……にいちゃん」
姿勢を低くして俺の耳の横に口をもっていったフウが、空気が大量に混じったひそひそ声で俺に話しかけてくる。
「いる……」
「……」
その一言ですべてが分かった。
俺はフウの身体を退かすことを諦めて息を殺して過ぎ去るのを待つ。
いるんだろう。茂みの向こうにフウの仇が。
「……」
「……」
心臓の音がうるさい。けどそれはフウも同じみたいだ、薄くも引き締まった胸の向こうから俺のモノじゃない強い鼓動を感じるから。
どれくらい時間が立っただろうか。俺とフウの重なった身体の間に汗が感じられるようになった頃、俺は解放される。
「……いったっぽい。もーだいじょーぶ」
「……はぁっ……」
溜まりに溜まったため息を音を立てて吐く。
すっごい緊張だった……けど、どうせ戦うなら隠れる必要あったかな、そう思ってフウに尋ねた。
「しょーめんからヤったら、多分やられっから」
「……そうなの?」
「うん」
真剣に頷くフウ。
戦いに関しては俺は素人も良い所だ、ここは素直にフウの判断に任せようと思う。
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