魔法の糸口
森の中の少しだけ開けた小さな草原、同じく小さな家の前で俺は座って目の前を見つめていた。
そこにいるのはフウ、しばらく疎かにしていた朝練をまた始めるって事で見学してるんだ。
「やぁっ、せいっ、ふんっ」
「やばいなぁ、マジで手がブレて見える」
曰く耳と尻尾が生えて身体能力が上がったフウの打撃は、打つたびに空気が弾ける音がする。
俺がこっちに来てからもう一週間くらい経った。その上で色々と分かったことも増えたんだ。
それにしても、フウの動きは凄いなぁ。
「いちにぃさんしぃごぉろく……」
前にフウの道場を見学させてもらった事があるんだけど、あの時だって俺は凄いという言葉しか出なかった。
陳腐な感想だけどそんなもんだ、だって俺は武道を習ったこともなければそもそもやった事もない。
素人があれこれ語れるもんじゃないだろう。
「でも、関係ないよねぇ。実際フウは凄いんだし」
そんな素人が見ても凄いと感じるフウの動きが更に激しく速く、力強くなっている。
もう動きが意味わからない事になってるんだ。行っている事は分かるけど、どういう身体の動かし方をすればそう出来るのか。
絶対に真似出来ないと確信させる、超絶技巧としか言いようのない動きがただの鍛錬でしかない。
例えば今だって……。
「ふぅ……っ」
半身に構えた身体から放たれた右フック、そこから勢いを利用して半回転すると身体を限りなく地面に近づけ両手で身体を支えながら下段からの踵蹴り、素早く元の体制に戻りながらその勢いを殺さず足払い。
足払いで回転する身体から更に後ろ蹴りを繰り出し相手が奥へ飛んだのを想定してか体勢を極力低くした側転で近づき追撃の足払いが空を蹴叩く。
体勢が崩れようが尻尾を器用に使って無理やり身体が元の位置に戻り、戻った時の勢いが一切無駄にならない動きでまるで舞うように続く連撃の応酬。
いつまでたっても止まらない連撃は見ているこっちまで魅了するようだ。
けど空気が弾けるあんな攻撃、食らった方はたまったもんじゃないだろうな。
「よし……でももうちょいスムーズに……」
「フウっ、そろそろ昼になるよー!」
「ん? おぉ! ほんとだ!」
正確な時間は分からないけど、太陽の位置で大体分かる。曇りの日とかは手詰まりだから感覚だ。
「ちょっと待ってねー、今日こそ早く火を起こして見せるから……」
「がんばれー!」
分かった事一つ目、俺は頑張れば魔法を使える。
あの俺たち二人に死ぬ思いをさせた首輪事件の後、俺は身体の中に感じられた謎の力がより強く感じられるようになった。
いや、身体の中のだけじゃない、森の中や空気中に含まれているそれらの力、仮称魔力は辺り一面に広がっている。
けど俺が操れるのは体内の魔力だけ、外の魔力は殆ど俺が動かす事は出来ない。
そもそも体内の魔力だってまだ上手く動かせないんだから。
「フウ、肉持ってきてー。あと俺のリンゴもどきも」
「はーい!」
分かった事二つ目、俺は肉を殆ど食べられない。
あの日の後フウと一緒に狩りにも行って、そこでフウの素晴らしい手際を見た。
こっそり獲物に近寄って、ある程度の距離に近づいたら一気に接近して首を捻って止めを刺す。
それはフウの反射神経と付随する速度があり得ないほどだから可能な芸当、初速が獣を凌駕してるフウだからこその方法だ。
俺だって手伝った、見様見真似、というか聞き様聞き真似? って感じでとりあえず首を捩じ切って吊るし上げた。
まあ、吐きそうになったよ。グロ映画とかグロ画像とか、そういうのと実物は比べるまでもない。
百聞は一見に如かず、百閒は一考に如かず、百考は一行に如かず。確かそんなことわざがあったはず。
割と本気で一万倍くらいは胸に来るものがあっただろう。
「んんん……ランプの中を思い浮かべて……もっと、揺らす感じで……」
「にいちゃーん! もってきたー!」
頑張る俺の隣にフウが肉と例の赤い木の実を置いて、地面に積んだ木の枝の向かいに座り込む。
最初に手に入れた肉は本当に食べるのが楽しみだった。
外から拾ってきた黒曜石を割って、そうして出来た鋭い石をナイフ代わりに動物をさばいて、内臓取り出して……。
……思い出すだけで吐き気が……まだ俺慣れてないんだよな、早く慣れないと……。
まあそれはそうとして、そうして何とか焼きあがった肉を口に運んだ。
おいしそうだった、油は滴ってたし、なんかいい匂いしたし……ちょっと焦げた表面がまあ食欲をそそる。
そうして焼いた肉は少し硬めで、けど思ったよりもちゃんと食べられた。一口含み、二口飲み込み、そして三口目を食べようとした瞬間に襲ってきたのは僅かな嘔吐感。
けどせっかく焼いたし美味しそうだったから……四口目を口に運んで飲み込んだ瞬間、俺は吐いた。最初は動物のグロを見てトラウマにでもなったと思ったんだけど、そうじゃなかったんだ。
俺が食べれる肉は、大体三口分だけ。それ以上食べると吐く。頑張って訓練すれば食べられるようになるかどうかは分からないけど、少なくとも今の俺の限界だ。
「どぉ? できそ?」
「……多分……」
最初は何もなかったはずの俺の両手の先には徐々に光が集まりつつある。
俺の手の平から少しずつ放出した力で小さな球を作ってから、それを激しく揺れ動かすようなイメージと共にこっちに来て初めて感じた感覚を操っていくと、ほんの少しずつ熱を発し始める。
イメージとしては科学の実験でやった熱運動。振るわせれば熱が生じる、一番簡単な原則だ。
最初は全然魔力を操れなくて、火をつけるまで凄い時間がかかった、でも今日はなんか調子がいい気がする……!
「んんんっ……っ!」
ボッッ……
「やった!」
「おぉ! さっすがにいちゃん!」
やった、やったっ! 火をつけようと頑張って一分くらいで火を起こせた!
最初に魔法を使えた時並みの興奮だ、今の感覚を忘れなければ次はもっとスムーズに、最終的に自由に使えるようになる!
「さっ、早く肉焼いちゃお! 俺はどうせ食べれないけどね」
「……もったいねぇな、にいちゃんにもたべてほしいのに……」
「いいのいいの、俺はこれで十分だから……でも、二口くらい貰っていい?」
少しだけ暗い表情を見せたフウにそう返すと、満面の笑みで頷き返してくれた。横に移動して頭を撫でる。
嬉しそうに頭をこすり付けてくるフウ、最近ずっとこんな感じだ。
なんか、ペット化が加速してない? まあ本人が幸せならそれで良いんだろうけどね。
「はぁ……ほんとにねぇ」
「ライにいちゃん?」
……ずっとこの生活でも良いかな。そんな事を考え始めている自分に驚いた。




