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俺と首輪の協騒曲  作者: ふぁふぁに~る
黒影と深森の練習曲
13/56

side:フウカ オレにはにいちゃんしかいない

 オレこと楓果(フウカ)には大好きなにいちゃんがいる。


 オレはまだちっちゃいってのはわかってるけど、もっともーっとちっちゃかった時に引っ越して、それからお隣さんになった年上の男の子。


 初めて会ったとき、俺に来寅(ライン)って名前を教えてくれた、大好きなにいちゃんだ。


 どんな時も優しくしてくれて、ダメなことはダメってちゃんと注意してくれて……初めて人の作った料理を食べたのも、にいちゃんの料理が初めてだった。


 オレは、母親の料理を食べた事がなかったから。


「ん……」


 身体が暖かくて少し柔らかくて、すべすべで……とにかくそんな心地いい何かに包まれている。


 息が暑くて、でも安心する匂い。


 オレ、なにしてたんだっけ……。


「……っ、に、にぃ……!」


 そう、そうだっ。にいちゃんと寝てたら急に変な声だけの奴に森に飛ばされて、そんで寂しくてどうしようもなくなって、そしたらにいちゃんが来て……!


「んぅ……はぁ……」


「……っ」


 ぎゅっ


 やっぱり夢じゃなかった。


 少しだけ聞こえた寝息は間違いなくにいちゃんの声、オレが世界一安心するにいちゃんの温もり。


 オレがちょっとだけ動いたからかな、寝苦しそうなうなり声をあげたにいちゃんだけど……あ、オレにいちゃんの服の中にいるんだ。


 んでオレはなんも着てない、そういや洗濯してくれたんだっけ……。


 いつになく近い距離感にちょっとだけドキドキしながら、オレは目の前の身体に抱き着いた。


「にいちゃん、にいちゃん……! だいすきっ……」


 せっかく寝てるんだから起こさないようにひそひそ声で溢れる思いが口からどんどん漏れていく。


 ……こんなにしてたら、オレにいちゃんに呆れられるかな……。


 ってかさ、こうやってるとオレにいちゃんが言ったみたいに赤ちゃんみたいじゃん……抱っこしてもらって、全部洗ってもらって、夜寝かしつけられて……。


 やべえ、ほっぺがあっつくなってきた……っ。


 次からはちゃんとしよ、にいちゃんにも謝らなくっちゃ。


「にっいちゃぁん……くふふっ」


 あぁ、うれしい、うれしいな。にいちゃんとずっと一緒にいれるなんて夢みたいだ。


 こっちに来てからどれくらい経ったのかは知らないけど、にいちゃんがあの声だけの奴に一か月って言われたらしい。


 なんとなく分かるんだ、多分もうオレはあっちの世界には戻れない。


「……でも、オレは……」


 オレって悪い子なのかな、戻りたいって思わないんだ。


 だって戻ってもオレに待ってるのは自由のない日常だけだろ?


 お父さんはいっつも仕事してるし、お母さんはオレを褒めてくれないし……二人ともオレの事を分かろうともしてくれない。


 勉強することは好きだ、新しい何かを知れるってのはワクワクする。


 例えそれがお母さんに無理やり連れていかれるとしても。


 身体を動かすことは大好きだ、なんかイライラした時も辛い時も、嫌なことを吹き飛ばしてくれる。


 それに、にいちゃんに勧められた事だから。


 けどそれって向こうじゃないと出来ない事じゃない、そうだろ?


「オレは、にいちゃんといれれば……」


 にいちゃんがこっちに来た以上、オレはもう未練なんてないんだ。


 どこをどう考えてもにいちゃん以上の何かは見つけられない。友達、家族、知り合い、どこにもオレを満たしてくれるものはない。


 それ以前にオレに友達なんていない、みんなオレに近寄って来ないんだ。理由はわかるけど。


 丁寧に武道の事を教えてくれた道場の先生はすごく褒めてくれたけど、なんかちょっと怖かった。


 確か……キキセマルって言うんだっけ? 俺に教える時はそんな感じで、周りの門下生に教える時みたいに笑顔で優しく教えるような雰囲気を、オレには見せてくれない。


 そこまで道場に人数は多くなかったけどさ、オレの稽古を優先してやってくれてたのはなんとなくわかってた。


 確かに武術を習うのは楽しいよ、けど習うならな習うで楽しくやりたいじゃん。けど、そうじゃなかった。


 だから他の道場にも行ってみて、色々な武道を学んで……他の武道の動きがまた別の武道に活かせるって気が付いたときは頭の中ブワーッ! ってなるんだ、あの感覚は本当にサイコーだと思う。


 ……。


 それだけ。オレの生活はそれだけだ。


「……にぃ」


 にいちゃんの身体にしがみついて、みぞおちに鼻を押し付ける。オレのにいちゃんだって確かめるみたいに。


 本当に幸せだなぁ……でもなんか足りない気がするのはなんでだろう。


 そんな事を考えながらもう一回眼を閉じて、オレは眠ろうとした。


「……うぅ、ぅぁぁ……」


「……え?」


 なんか、聞こえた。オレが聞いたことないようなにいちゃんの声。


「ひっくっ……あ゛ぁ……ぅぅぅ……」


 泣いてるの? にいちゃんが……でも、寝てるんだよな……?


 じゃあ寝言ってこと? オレは胸が閉まるようなイヤな気持ちに包まれて動けない。


「かぁさん……とぉさん……おれぇ……」


「っ……」


「ごめん……ごめん、なさい……」


 なんで謝ってるんだよにいちゃん、なんで泣いてんだ……? オレ、わかんないよ……。


 必死ににいちゃんの涙の理由を考えながら寝起きの頭にエンジンを入れていく。


 ようやく硬直から立ち戻ったオレは身体を引きずり上げて、にいちゃんと顔を突き合わせた。


 大好きなにいちゃんの顔、見るだけで幸せな気分になる微笑みなんかあるはずがなくて、目じりにキラキラ光る涙。


 唇はふるふる震えてるし本当に悲しそう。


「に、にいちゃんっ、オレがいるよ、オレが……!」


「ごめんなさい……おれの、おれのせいで……」


 だめ、オレの呼びかけじゃどうにもならない……。苦しくないくらいに頭を抱きしめてあげても、胸が濡れ続けるだけだ。


 そういえば……にいちゃんの家って温かかったよな、オレとは違ってさ。


 にいちゃんは家族の温かさを知ってる。


 オレにとってにいちゃんはオレの全部だけど……にいちゃんは多分、そうじゃない。


 じゃあつまりだ、にいちゃんはこっちに来た事でオレ以外の全部をなくしちゃったって事になるんじゃ……?


「じゃ、じゃあ……オレ……っ」


 にいちゃんがいない独りぼっちは、オレなんかじゃ表現出来ないくらい辛かった。


 ほんとに小さいまだにいちゃんと出会う前の事はうっすらと覚えてる、あの頃からオレの周りはあんまり変わってなかったはずなのに、ここ一か月のにいちゃんがいない孤独と比べればぬるま湯だったんだ。


 胸がキューってなって、でも誰も助けてくれなくて。眠くなっても嫌な夢しかみないから眠りたくなくて。


 目が覚めてもにいちゃんがいないって事に涙が出てきて、もう全てが嫌になって……、にいちゃんと出会わなければこんな気持ちにならなかったのかなー、もう最初から出会わなければ良かったのかなーなんて。


 そんな今考えればバカみたいな、にいちゃんへの逆恨みみたいな気持ちにまでなっちゃったんだ。


「み、んなぁ……はやぁ……」


 ハヤ……確かにいちゃんの友達のあだ名だっけ。


 にいちゃんはオレがいなくても良かった、それはわかってる。オレが勝手に縋ってるだけ、それもわかってた。


 でもダメダメになったオレを見かねてにいちゃんはこっちに来てくれたんだ。


 オレのために全部置いてきてくれたんだ。


「にいちゃん……ありがとっ……オレのために……!」


「はぁっ、あぁっ……」


 それって凄く嬉しい事だと思う。


 大好きなにいちゃんに大好きって言ってもらえてるような気がして、それ以外の何物でもないような気がして。


 お互いなら何でも満たしていけるような……気がするだけなんだ。


 だってもしそうなら、こうやってにいちゃんは夢の中で泣いてないだろ?


 うなされ続けるにいちゃんをどうにか出来る力がオレにはない、それが悔しくて悲しくてオレまで涙が出てきちゃう。


 何が足りないんだ、やっぱりオレが、家族じゃないから……?


「とぉさん……かぁさん……っ」


「……オレは……」


 わかってる、オレは他人なんだ。


 いくら親しくても、ずっと一緒にいても……。


 血はつながっていないし苗字だって違う、家が隣なだけ。そんなの分かり切ってた事だ。


 だから前の世界でオレは、にいちゃんと家族になろうと考えて考え抜いた末にようやく答えを見つけることが出来た。


 もう一回、にいちゃんに言ってみよう。


「にいちゃん、オレを……にいちゃんのペットにしてくれ」


 オレを縛ってくれ。


 オレに命令してくれ。


 オレの腹を撫でてくれ。


「オレを、首輪で飼ってくれ……」


 ペットってのは家族なんだろ? 前にテレビでそう言ってた。


 じゃあ、じゃあさ。


 オレは犬とか猫じゃないけど耳なら生えてる、尻尾だってある。にいちゃんのモノだっていう証さえあれば良い。


 オレに全てをくれて、きっとこれからも色々な温かさをくれるにいちゃんにオレが返せるような事はあまりにも少なすぎる。


 だから、オレのこれからをにいちゃんにあげるんだ。


「ごめんねにいちゃん、オレもっとがんばるから。にいちゃんのために、なんでもするから……」


 そうすれば、やっとにいちゃんと家族になれるから。


 にいちゃんの頭を抱きしめながら優しく頭を撫でてやる、いっつも寝るときしてもらってたみたいに。


 オレの支えはにいちゃんだけだ。直接伝わってくる温もりも、大人な声の響きだって、その全てがオレの中へと染み渡る。


 まだ何もにいちゃんに恩を返せないオレだけど、せめて夜が明けてにいちゃんが目が覚めるまでの間くらい、オレがにいちゃんの心を救うんだ。


「にいちゃん……オレから、はなれないでね……」


 空は、まだまだ暗い。

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