フウしかいなくなっちゃった
「そこまっすぐ……ふぁぁ、ねむぃ……」
「もぉ、昼に寝てたでしょ? まだ寝足りないの?」
「ん……いっつもさ、ねてもすーぐ目ぇさめちゃってたから……もっとねたいの」
周囲がすっかり暗くなってしまっても森の中はとても綺麗だった。
文明のぶの字も存在しない森では光源という物が殆ど存在しない。光るキノコだとか蛍光の光を淡く放つ草だとかそういうのはあったけどな。
どうやら俺もフウ程では無いにしろ夜目が効くらしい。
真っ暗なはずの夜の森がせいぜい暗がり程度に見えているから。ちなみにフウは昼間と同じに見えるらしい。
夕日も沈んで暗くなって、俺はフウの事を起こしてあげた。それでも中々起きずにだらけたままの身体を仕方なく背負って、その振動でようやく目を覚ましてくれたんだ。
「えへへ……にいちゃん、あったけぇ……すぅ……」
「こら、まだ寝ないの。確かに俺も暖かいけどさぁ……」
すごく歩きにくいんだ、それに洗濯ものだって乾かない。
俺の両手には洗ったばかりのシャツとパンツ、紐が握られている。更にその状態でフウのお尻を支えてるから、下敷きになってる部分がいつまでたっても乾かないんだ。
一瞬だけどこの状態でもフウに着せてしまう事も考えたけど、凍えるほどじゃないけど少し冷える夜に湿った服を着たら風邪をひいてしまう。
俺の寝巻がダボダボとした服で本当に良かった。俺はフウを背負ったまま二人で一着の服を纏っている。
首の部分が少しきついけどまあ大丈夫、ゴムではないはずなのにゴムっぽい素材はそうそう破れることはない。
「にぃちゃぁん、にぃちゃんだぁ……!」
「ちょ、フウ……。ほんとに甘えん坊さんになったねぇ」
けど、これはちょっと俺の精神がすり減る。俺の身体を後ろからぎゅっと抱きしめてくるフウは、耳元で何度も何度も呼んでくるんだ。
身体を擦りつけられて、そこにいるのを確認するかのように。
「あ、この場所は俺も覚えてる。フウ、そろそろだよ」
「んぅ……? もうちょい……?」
「ほら、家見えた……マジで疲れた……」
意外と距離あったな。
外敵が来ないとも限らない道中で緊張しながらフウを背負い続けて歩くのはかなり大変だった、肉体的にも精神的にも。
今日はぐっすり眠れそう、お腹が空いてるけど果物で済ましちゃおう。
───
「ほら、フウも食べな」
「ん……たべさせて……」
「……赤ちゃんかな?」
なんか幼児退行してない? 幼児って年齢じゃないでしょ。
部屋の中に唯一あった光源、天井から吊るされたランプのようなもの。けどこれ燃料は一体なんなんだ?
確かに半透明のガラスのようなケースの中では火が燃えているのに、どこにも燃料を入れる場所が見当たらない。唯一スイッチがあるだけだ。
……これが魔道具ってやつだったりしてな、あのラノベとかでよく出てくる奴。魔力を燃料に動かす道具類。
そういえば、なんか感じるんだよな……俺の中でくすぶってる謎の感覚と同種のナニカ。
やっぱりこれが魔力……なんだろうなぁ。それもこれも明日以降だ、今日はもう夜も遅い、さっさと眠りたい。
「はい、あーん」
「あー……」
大口を開けて白い歯を露にするフウ、そこへ果物を突っ込む。
八重歯がちょっと伸びてる、獣っぽさが増してるな……。
シャリっ
子気味良い音を合立てて果物に歯型が付く、瑞々しくて適度に硬いこれはもはやリンゴのよう。
シャクシャク音を立てながら食べるフウを見ていると余計に腹が空いてくる、俺も食おう。
「あむ」
シャリっ
「……っ! はむっ、ん、んん! うんまっ!」
何これ美味しっ! 適度な酸味に控えめな甘さ、噛み応えがある触感は癖になりそう。
お腹が空いていたからかもしれない、独特な風味も薄い甘みも全てがとんでもなく美味しく感じる、俺の好みの味じゃないはずなのにも関わらず。
ただこう、本能的に美味しいっていうか、今まで感じたことのない未知の美味しさだ、何度も何度もむしゃぶりついて、芯になるまでガツガツ喰らいつくした。
「あ゛ぁ……ホントにうっめぇ……もう一個、いいかな……でも明日の分も……」
お腹は満たされた、あんまり量はなかったはずなのになぁ。また不思議なことが増えた。
あっ、フウの事忘れてた。早く二口目を食べさせてあげないとっ!
「ほらっ、フウも口開けな! 美味しいぞ!」
「んー……んぁ」
シャリっ
もごもご口を動かすフウ、餌付けしてるみたい。
「な、美味しいよなこれ。フウもこれ食べてたの? テーブルの上に食べかけあったけど」
「……うぅ、あんまり、おいしくない……」
「え?」
マジか、こんなに美味しいのに……甘味が控えめだから子供舌だとあんまり美味しいって感じないのかな、よくわからないや。
趣向の違いってのは当たり前、でも食べさせないとお腹すくからな。好き嫌いはダメだ。
「ほら、また口開けな。食べないとお腹空くよ」
「んーん、やぁ……」
「えぇ、じゃあ俺食べちゃうよ?」
「いーよー」
フウが食べないとダメだけど、フウがそう言うなら遠慮なく。後で食べたいって言われても俺は知らな──
「……」
「にぃちゃ……」
──取ってくるのに時間かかるから待っててもらう事になる。
ダメだなぁ俺。我ながらフウに甘すぎる。
「じゃあ、貰っちゃうからね。って……起きてる?」
「……んぇ……?」
あー、もう眠すぎて何も考えられない感じになっちゃってる。
ベッドの上で体育座りをして小さい体を更に小さくまとめながら、頭をうつらうつらさせるフウ。
……俺もぶっちゃけおなかいっぱいだし、食べなくて良いんだよな。美味しいから食べたいけど。
まあ、フウが優先だ。俺は不思議と空腹感を殆ど感じないみたいだし。
天井から吊られたランプから明かりを消すと、家の中には月の僅かな明かりしか差し込んでこない。
どこか青い光の中、俺は服を脱いで裸のフウをベッドの上で抱きしめると、その上から服を被った。
「……フウ、あったかいね……でも足がちょっとチクチクだ……」
「……ん」
「それにちょっと硬いし、寝にくい……」
家のベッドとは大違い、ふかふかの羽毛じゃないし、いい肌触りのタオルケットでもない。
同じなのは腕の中のフウの温もりだけ。直接肌が触れ合ってるから、余計それが強く感じられるんだ。
「んっ……フウ……」
「すぅ……」
「……もう、俺には……」
フウには俺しかいなかったみたいに、俺にもフウしかいなくなっちゃった。
……凄いなフウは。ずっと耐えてたんだ。
「なんか、寒い……」
心がぽっかり空いたような気持ちの悪い肌寒さを、フウは埋めてくれるだろうか。
小さな身体に縋るように、俺はフウの事を少し強めに抱きしめながら、俺は涙が漏れ始めた瞳を閉ざした。
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