どこまでも健やかな幼馴染
「マジで汚れやばいんだけど、取れないし」
洗っても洗っても中々汚れが落ちない。頑固な汚れってのはこういうのの事を言うんだろう。
こすってもこすっても色が落ちなくて、白かったはずのシャツは茶色交じりのまま変わらない。
自ら出して匂いを嗅いでもなんか微妙な臭いするし……洗剤がどれくらいありがたかったか身に染みるなぁ。
あんまり乱暴にすると劣化が早いから、あんまりゴシゴシ出来ないし……。
「んー……難しいなぁ……」
洗濯機が欲しいよ。文明の利器に慣れ切った俺には少し辛い。
溜息を洩らしながらも集中しながら洗い続けていたから、いつの間にか視界から消え失せたフウの姿と、後ろから忍び寄る影に気が付かなかった。
「にっいちゃぁんっ!」
「うぇ!? うわっ!」
バシャーンッ
一瞬聞こえた激しい水音はすぐに籠った音に置き換わる。
視界が泡で覆われて、チカッと一瞬真っ白に変わった。
「ぶふっ!? んはぁっ! ごほっ、ごほっッ……!」
突然背中をすごい力で押され、勢いよく水に顔面から突っ込んだ俺はその場で激しくもがいた。
どこかをぶつけるって事はなかったけど、驚きの声を上げた瞬間水が勢いよく口と鼻に侵入してきて、気管が激しく震えだす。
身体を一瞬ジタバタさせてから何とか身体を持ち直し、その場でうずくまりながら何度も何度もせき込んだ。
「げぇ! ごめんにいちゃんやりすぎた!」
「う゛、ふ、フウ~~っっ! ふんっ」
「だいじょっ、いでっ!」
隣に擦り寄ってきたフウの頭に拳骨を落とす。ちょっとこれは悪戯にしてはやり過ぎだって……あぁ、死ぬかと思った。
にしてもすごい力だったな……水に顔面衝突したぞ……。
「うくっ……ゴフッ、あ゛はっ、っ、ふぅ……収まってきた……」
「にいちゃん、まじでごめん、ほんとごめん……」
五体投地する勢いで謝ってくるフウを見てると、徐々に怒りも収まってきた。そもそも悪意あったわけじゃなさそうだしな……。
多分、背中から飛びつきたかったんだと思う。力をミスった結果こうなったけど。
「随分と力が強くなったみたいだねぇ……」
「うん。今ならオレ、にいちゃんくらいなら抱っこできるぞっ」
「すごいね。でも加減は覚えて? 出来るだけ早く」
「ごめんなさい……」
はぁ、小言はこれくらいでいっか、俺の気も収まった。
フウはなんだかんだ言って子供なんだ、ダメな事はちゃんとダメって言い聞かせないと、本当に大変な事をしでかす可能性がある。
しかもそんなフウがとんでもない腕力を手に入れているときた。元の世界でだってひと悶着あったのに……危ないにも程があると思わないか?
「それにしてもさぁ、フウ……ちゃんと身体洗ってないでしょ」
「どーすればいいのかわかんない」
「確かに?」
普段はシャワーとかお風呂だもんな、それはしょうがない。
だったら俺が洗ってやるかぁ、どうせ身体を擦るだけだ。
にしても……湿った布から太ももにつたる水滴が気持ち悪いなぁ。
「んげぇ、パンツびしょびしょで気持ち悪い……」
「脱げばいいじゃん」
いや簡単に言うなよ、外で全部脱ぐなんて、フウくらいの年齢じゃないと許され……いや、許す許さないとか無いか。そもそも誰からだよ。
だって、ここには俺たち以外には誰もいないんだから。そう、そうだ、大丈夫だ。
「……うぅ」
「にいちゃん?」
……なんだろうな、必死に自分に言い聞かせても、文明人としての俺の心が抵抗して胸が痛い、倫理観が悲鳴を上げているのが聞こえる。
つまりは無性に恥ずかしいんだよ。
「あーもうヤケだヤケ! どうせ森ん中他に誰もいねぇ!」
「ほぁ? どったのにいちゃん」
「……こっちの話!」
あー、あー! なんか解放感すごいなぁヤケクソだこのヤロウ!
その場に汚れた衣服を置いたまま一気に湖の中へ入っていく。やっぱり冷たくて、身体の表面が鳥肌立つ。
「フウも、おいでっ!」
「うぉっ! わー!」
近くにいたフウの身体を持ち上げて湖の奥に進んでいく。
進めば進む程深くなって、大体俺のへそ上の辺り、フウなら顎下くらいの位置まで移動した。
さっきまで遊んでたおかげか胸辺りまでは汚れがある程度落ちてたんだ。
けど汚れが落ちた部分とそうじゃない部分の境目が見えるようになってて、なんか胸の部分に一本の線が入ってる感じで物凄く面白いことになってる。
横抱きにしたフウが笑いながらジタバタともがく。
キャッキャキャッキャ、子供特有の耳に優しい高音を聞いているとこっちまで楽しくなってくるなぁ……。
自然と俺まで笑いが込み上げてきて、気分が持ち上がって行ってっ……あぁ、楽しい……っ!
「ほいっ!」
「うわーっははーっ!」
思い切りフウをその場に放り投げた。
今までこんな怪力無かったはずだけど、フウ程ではないにしろ俺も力が強くなってるみたい。
ザプーンと大きな音を立てながら水しぶきと共に湖へ落ちたフウ。どんどん深くなる湖の中央付近は意外と深く、フウの胸くらいの水深はあるから怪我はしない。
笑い声と共に水の中からケモ耳が飛び出してきた。
「すげー! ねえねえもっかい! もっかい!」
「えー、もっかい? その前にぃ、丸洗いしてやるぅ!」
「うわーあははははっ!」
だって汚れてるもん、今だっこしただけで俺の胸の部分少し黒くなったよ? これは洗わないきゃダメでしょ。
二人して湖につかりながら、フウの肌を執拗なまでに擦りまくってピカピカになるまで磨き上げて、そのあと少しだけ遊んだ。
少し疲れた身体で湖の縁に二人して寝転んで、今は二人で空を見ている。
立体感のある広大な雲が空の端から端まで流れ、それを追うように少しずつ赤色が空を覆いつつあるのを眺めた。
よく空を見ると悩みが吹き飛ぶって言う人がいるけど、あれって本当なんだな。
ただし美しい自然に限る、って注釈が付くかもしれないけど。間違いなくここは美しい自然の中だから。
隣で寝転んで俺の腕を枕にしているフウに話しかける。
「ねえ、フウ」
「……ん……」
「フウ?」
覇気のない声に隣を見ると何処か虚ろなトロンとした瞳、眠そうだ。
散々遊んだから疲れたのかな、まあ俺も疲れてるけど……このままだと腕がしびれて起きた時大変な時になっちゃうかも。
それに夜になっちゃうだろうし……。
……まあいいか。夜の森も経験をしておくべきだ、ここから家までは結構近いし問題はないはず。フウの夜目に頼らせて貰おう。
「ん、んぅぅ……」
「……よしよし」
腕の上でごろりと寝返りをうって、しなやかな手が俺の胸の上に乗った。
すっかり綺麗になったフウだけど、まだ服は乾いてないからなぁ。暫く裸でいざるを得ない。
寒くないかな、もうちょっとこっちおいで。
「にぃ、ちゃ……」
「なぁに?」
「……」
何か言いたげなフウを見つめると、とても嬉しそうに瞳を細めながら口を開く。
「あり、がと……っ」
「っ……そっか」
その想いの籠った切実な言葉に俺は多くの言葉を返すことは出来ない。代わりにまだ少し濡れた髪の毛がおかしな形で固まらないようにすいてあげて、身を寄らし温める。
……やっぱり、まだまだ小さいな。
いくら引き締まっていようと日に焼けていようと、一か月間一人で生き抜いてきたとしても……別に俺だってまだまだ背は伸びきっていないのに、それより明らかに小さいフウの子供の身体。
伝わってくる体温すらも子供のそれで、健やかな寝息と無垢な寝顔に胸を打たれる思いだ。
「……おやすみ、フウ」
「ん……」
幸せそうなフウの寝顔は俺まで満ち足りた気分にしてくれる。今までもこれからも、きっとそれは変わらない。
それが俺は、本当に不思議な事だと思うんだ。
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