少し暑い冬の街
冬は日が落ちるのが早い。午後も半分を回った今の時間、ちょっと前ならまだほのかに明るかったのに今だと空は完全な黒色をしている。
でも街の中でも中央部の、文化センターやら市民ホールやらが集まるここら辺一帯はある程度明るくて、人の通りも盛んだ。踏みつけられた雪が押し固まって、道になっていた。
寒空の下、総合体育館の前でスマホの時計を確認しながらそろそろかと出入り口をちらちらと確認しながら湧き出る汗に不快感が増す。
「うあぁ、さすがにちょっと暑いね……冷えるんじゃないのかよ……」
ネットでは今日は寒波が襲ってきてるっていうから普段よりも厚着で出てきたのに……普段よりもモコモコとした俺は胸元を少しだけパタパタ仰ぐ。あぁ、涼しい……。
こういう気温って本当に厄介だと思うんだ。
着込み過ぎれば暑く、けど薄着だと普通に寒い。少なくとも俺は嫌いだな。
「はぁ……お、そろそろだ」
そんな事を考えながら時間をつぶしていると、体育館の自動ドアが開いた。
中からぞろぞろと人が出て、みんな各々迎えの車に乗ったり、これからタクシーを探したり様々だ。
老若男女、小柄だったり大柄だったり、多種多様な人込みの中からこちらに一人勢いよく駆け込んでくる小さな影。
俺の待ち人。こちらを見つけた大きな瞳に俺が映って、はじけるような笑顔と共にとびかかってきた。
「ライにいちゃーん!」
「うわっ! ちょっとぉ……危ないでしょ」
「ふへへー……あれ、汗かいてんの? どした?」
いや、なんかさ……ただでさえ暑いのにぎゅーってしがみ付かれて……。
「厚着しすぎて暑いんだよ……早く離れて、蒸されてる気分……」
「おー、厚着だもんなー。っしょと」
「ふぃぃ……」
俺の身体から離れた高い体温のおかげか、さっきよりかは涼しく感じる。……いややっぱり暑いな、ダッフルコートはぶ厚過ぎる。
目の前でニマニマ笑いながら注がれる視界を意識から外して、コートを脱いだ。
あー涼しい、最初からいらなかったやこれ。
「んじゃ、帰ろっか。歩いてく? バス乗ってく?」
「あるいてこーぜー」
「……体力凄いねぇ」
今の今まで稽古してたはずなんだけどなぁ……俺は半分呆れを含んだまま、まだ幼い幼馴染が伸ばした右手を優しく握って歩き出そうとして……。
「……ねえ、フウ」
「なーに、どったのさ」
不思議そうにこっちを見てくる幼馴染、フウカの格好を見て俺はついつい眉を下げる。
だって、確かに俺は厚着しすぎたけど、決して今日は暖かいわけじゃない。なのに今のフウカといえばごわごわした素材の道着一枚、シャツだって着てないんだ。
手も足も七分袖で脛だって見えててなんか、見てて寒々しい。
「寒くないの?」
「えー? ……べつに、寒くねぇけどなぁ」
「風邪ひくよ? これ着な」
ちょうど片腕に掛かっていたコートが微妙に重かったし丁度いい。ちょっとブカブカしてるけど、まあ羽織ったらいい感じにあったまれると思う。
本人は寒くないらしいけど、フウは体温が高いからなぁ。
「……にいちゃんのにおいする」
「変な事言わないの。ほら行くよ」
「ほーい……くふふっ」
「どした?」
「なんでもなーい」
何でもないなら良いんだ。なんか妙なほど嬉しそうに隠し笑うフウだけど……まあ、悪いことじゃなさそうだし。
俺の腕をギュッと抱きしめるように包んだフウと並んで歩く。意味もない世間話や今日の稽古どうだったかとか、そんな他愛のない会話が楽しい。
「でねでねっ、センパイと試合したんだけどさ、こう、前にどぉーって来たからオレもね、むかってったんだ」
「うんうん」
まるで自らの武勇伝を語るように……いや実際武勇伝なんだけど、それを得意げに身振り手振りを交えながら一生懸命俺に説明してくれる。
内容としては、年上の門下生を投げ飛ばしたというもの。普通だったら誇張してるなぁ、とかそんな感じに微笑ましく聞く話だけど、フウの場合は誇張なんて一切ない。
フウは、年の割に凄まじく強い。前に通ってる武道会の先生に見学させて貰ったときは、師範代って呼ばれてるおじさんに一対一で相手して貰ってたくらいに。
今フウは生徒対生徒で稽古したーって感じに話してるけど、これ絶対フウは先生側として相手してたんだろうな。
「ひゅぅ……」
「……? んっ、ねね、にいちゃんもあったかい?」
「んぁ? ん、ありがと、フウ」
じゃくじゃくと音を立てて歩く帰り道。一枚脱いで最初は涼しかったのに徐々に寒く感じてきていたけれど、隣でくっついてくれている幼馴染のおかげで右半身だけはぽかぽかだ。
一瞬だけ身を震わせた俺に気が付いたのか更に強くくっついてきて少し動きにくいけど、暖かいからこれでいい。
些細な気遣いは本当に嬉しいもの、そんな気遣いを幼いながらも心得ているフウはやっぱり良い子。
「あのさぁにいちゃん」
「どうしたの?」
「きょーさ……にいちゃんち泊まっていいか?」
「俺んち?」
今日は……あー、母さんも父さんもいないんだよなぁ。俺も高校生になったからって羽目を外してるんだよ俺の両親、家を空けることが多くなった。
ラブラブなのは良いことだと思うよ、でも貯めに貯め込んだ有休をフルに使って定期的に旅行行くのはどうかと思うんだ。
そもそも有休ってそんな貯めれるもんだっけ、社会に出てない俺にはわかんないけど……まあ、いろいろあるんだと思う。
ちなみに二人は昨日から家を空けている。俺が基本的な家事が出来るからってさぁ……。
「小母さんとかは? 大丈夫?」
「お母さん今日はいないから、家にオレ一人なんだ」
「……はぁ」
そんなフウの、さも当たり前かのような当たり前じゃない言葉に息が漏れる。
俺はまだ良いよ、もう高校生なんだから。でもフウはまだ小学生、そんな子供を普通、家に一人にするか? フウカの親め。
大体、昔フウが隣に引っ越してきた時からおかしいと思ってたんだ。
あん時は俺だってまだ小さかったけど、それでもはっきり覚えてる。なんか息子に対する態度が淡白だなーって。
なんかこう、道具にしか見てない的な? いやそんな言い方を例え人の親にでもするものじゃないのかもしれないけど……でも今の習い事漬けのフウを見ているとそう思わざるを得ないよ。
幸か不幸か、フウは類い稀な才能を持っているし、身体も丈夫だから何とかなってるけど……やめよ、こんな事頭の中で批判しててもどうにもならない。
「……ダメ……?」
「あっ、あー、いや、ダメじゃないよ。でも今日は俺の所も両親いないから……」
「いーよいーよ! にいちゃんと二人っきりぃ! はやくかえろーぜー!」
明るくて元気な、いつも通りのフウの声。
帰ったらまずお風呂沸かしてあげないと、フウも汗かいただろうしさ。そのあとご飯か、少し遅くなっちゃうな。
「ちょっと急ごっか。ご飯遅くなっちゃう」
「うんっ! にいちゃんがご飯作ってくれんの? オレねー、しゃけおにぎりがいい! それかじゃがばたー!」
「ジャガイモあったかな……お米は冷凍してあったはず……」
でもまあ、なんだかんだフウと一緒にいるのは俺も楽しいんだ。
風は冷えて冷たいけれど、俺たちの胸の中はポカポカと温まっていた。
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