表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衒学的対談記  作者: 紫藤 樹(しどう いつき)
1/2

第一談第一部・書斎の描写

彼と私は学生時代からの付き合いで,これまでも音楽とか建築,数学や文学などの少々気取ったものを題材に対話をすることが幾度もあった.彼との付き合いは長いから,その対談の舞台もこれまで幾度となく変わってきた.学生時代はもっぱら学校の教室や図書館,或いは研究室で対話をしていたし,互いに一人前の研究者となってからしばらくの間は,喫茶店や銭湯,アパートの一室などがその舞台となっていた.それから時を経て,彼も私も何だかんだ言って良き人と結ばれて,またそれなりの功績をあげて小さいながら自宅を構えるに至った.ここからの話は,そんな彼の自宅にある一室を舞台にしたとりとめもない対話の記録である.

 先程まで雑談の場としていた喫茶店を後にして,私たちは彼が最近構えたという新居に向かった.その新居に着くなり彼は,


「これが私の細君だ」


と私に一人の女性を紹介した.それから彼はその女性に向き直って


「ああ,こいつは僕の友人だ.こいつは今から書斎に閉じ込めておくから,変に気を使わなくていいよ」


と凡そ客人の前で発する言葉とは思えない発言をした.女性は,


「ご友人とは言えそんな扱いはないでしょう?」


と彼をなだめた.それから私に向き直って


「差し支えなければ,お茶と簡単な甘味くらいであればお出ししますが」


と提案してくださった.先程の彼の発言には多少腹が立ったが,あまり気を使ってほしくない気持ちもあったため,


「それではお茶だけ頂いてもよろしいですか」


といって,あとは書斎でお茶を頂くことにした.私とその女性とで簡単な挨拶が済んだところで,私たちは書斎へと足を運んだ―


 書斎に着いたのは好いものの,彼は何か所用があるとか言って私をこの部屋に招き入れたまま何処かへ姿を隠してしまった.かれこれ30分は経つだろうか,彼の書斎をこうもじっくりと見渡したのはこれが初めてだ.どうやらこれ以降,このぴしゃりと密閉された空間が私たちの対談の場となるようだ.さて,この書斎を適切に描写するにはどのような言葉を使ったら善いだろうか.何せ


 ―机があって,書棚があって,そこに彼の専門分野の書物だとか娯楽小説だとかが置かれている―


くらいの描写であれば,わざわざ明確に記述せずともこれまでの文面から想像できるだろう.それよりも,私はこの部屋に入ったときに感じた何とも言えない異質な雰囲気を適切に表現したいのだ.そうだ,例えばその空間の性質を記述してみよう.


 ―空間は四方を重厚な壁と扉に囲まれている.蝋燭を灯したような薄暗い照明は,決して逆らうことの許されない静かな支配者の存在を思わせる.空間の全てがその支配者に畏怖して沈黙する.その静寂の中で,秒針によって均一に刻まれた時の流れだけが,空間に厳粛な秩序をもたらしている.この空間で起こるすべての出来事は,この正確に定められた時刻のみを媒介変数として展開するのである.テレビやラジオ・音楽から野外の鳥の声に至るまで,空間の秩序を乱す要素は,この部屋に対して一切の干渉を許されていない.―


 そう,彼の書斎は外部の時の流れや複雑な秩序を一切受け入れない.この歪むことも侵されることもない空間と,秒針が定めた時間の区切りの上に,私たちの会話は進められていくことになる.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ