第4話 パーティ結成
今でこそアイドルに近いイメージの『探索者』だけど、昔からそうだったわけではない。かつては探索者といえば荒くれものを意味する時代もあったという。
よくよく考えてみれば、探索者なんてのは凶悪なモンスターがはびこる迷宮にわざわざ自分から足を踏み入れる命知らずだ。そんな命懸けの職業が「子どもがあこがれるお仕事ランキング」に入ってくる現代の方がどこか狂っているのかもしれない。
探索者のイメージがここまで変化したのは、星辰間通信網――いわゆるネットの発展がきっかけだという。迷宮探索の様子をネット配信可能になったことで、探索者が一気に注目を浴びたのだとか。
探索者にさして興味のないわたしでも、迷宮探索の実況配信ほどスリルにあふれたコンテンツはなかなかないことはわかる。この躍進は必然だろう。
そんな探索者に、今からなろうとしている。よりにもよって、このわたしが。
少し前まで考えられなかった話だ。
「ここが『盈月』の試験会場か」
ピグナータの使いとの戦いから一週間。
わたしとアリーチェは『盈月』の一般試験を受けようとしていた。
そう、アリーチェが選抜試験に落ちたあの『盈月』だ。『盈月』には選抜試験だけでなく、一般試験もある。
試験会場は小迷宮『幻影の森』。
迷宮の入口に受付のテントが設営され、参加者たちが集まっていた。
さまざまな種族が一堂に会する様はさすがに迫力がある。
半年に一度しか開かれない選抜試験と違い、一般試験の募集頻度は高くハードルも低い。わたしのような思いつきで探索者をめざす志の低い人もそこそこの数いるはずだ。
「よし、まずはパーティを組む仲間を見つけないと。ね、アリーチェ」
「……そうね」
一般も選抜と同じく四人一組でないと受けられない。
今はまだわたしとアリーチェの二人だけのパーティだが、一般試験はすべて即日参加。ここであと2人勧誘できればなにも問題ない。
同じようなことを考えている参加者は他にも多くいるようで、試験受付は出会いの場でもあった。
「アリーチェは前衛、わたしは後衛だから、あと二人も前衛後衛のセットの方がいいのかな? よくわかんないけど」
「……ええ、そうね」
先ほどからアリーチェの返事に覇気がない。
理由は周りを見れば明白だった。
「あの赤紫の粘態って、アリーチェじゃね」
「アリーチェって、選抜試験のあの?」
「そうそう、パーティメンバーが誰も来なかった、あの」
「どうする、声かけるか」
「いやあ、さすがにちょっと」
選抜試験の影響は想像以上に大きく、アリーチェは名前はずいぶんと広まっているみたいだ。もちろん悪い意味で。
明らかに遠巻きにされながら、アリーチェがぼやいた。
「……ほらね。だからこうなるって言ったのよ」
「まあまあ、そう言わずに」
「アタシと組んでくれる人なんて他に誰もいないわよ」
「そんなことないから」
「でも…………あ」
アリーチェの声が凍りついた。
気になって視線をたどると、そこには特徴的な姿があった。
蛙のような外見。頭部から生えた赤い珊瑚の角。さまざまな種族がいる中でも飛び抜けた高身長。珊瑚の角を持つ蛙。
その姿にはわたしにも見覚えがある。
アリーチェが選抜試験に挑んだ時の仲間の一人だ。
「あの珊瑚の角を持つ蛙、もしかして元パーティメンバー?」
「……ええ、そうよ……でも、どうしてここに」
アリーチェは声のトーンを下げながら、そそくさとわたしの後ろへと回った。しかし、身を隠しながらも目は珊瑚の角を持つ蛙へと向けたままだ。
「周りに誰かいるみたいだけど、あれもアリーチェの知り合い?」
「ううん、そっちは知らないわ。……どうせ、新しい仲間でしょ」
さっきまで動揺していた声が、いつの間にやら憎々しげなものへと変わっている。
この話にはあまり首をつっこむべきではなさそうだ。
「そっか。じゃあ、わたしたちも仲間をつくりに行こっか」
足を踏み出そうとしたところで、アリーチェに服の袖をつかまれた。
跡が残りそうなほど強く握りしめるアリーチェ。あまりにも普段と異なるその姿にわたしは軽く驚いた。
「アリーチェ?」
「え? ……あっ」
本人も無意識だったのだろう。わたしの声で、アリーチェは慌てて手を離した。
「なんでもないわ。行きましょ」
「……大丈夫?」
「変な気は使わないで。ちょっと意外な顔を見つけてびっくりしただけだから、もう平気よ」
「ならいいけど」
本人が平気だと言っているのに、しつこく問いただすわけにもいかない。
わたしたちはその場から離れ、仲間を探し始めた。
歩き回ること数分。
「だめだ」「だめね」
仲間探しは一向にはかどらなかった。
目が合っても足早に去っていく人ばかり。声をかける暇もない。
まさかここまでアリーチェが避けられているとは。
選抜試験で仲間全員に裏切られたことで、よほど性格に難ありと思われているのだろう。遠巻きにされているせいで、より近寄り難い雰囲気が出ている気がする。
「……どうしよう」
このままではマズい。
そう思い始めた頃、ようやく向こうから話しかけてくる人物が現れた。
「あのーっ、そこの粘態のお二人さーんっ!」
華奢で小柄なエルフの女の子が両手を振っていた。
金髪碧眼に白い肌。鏃のように尖った耳。溌剌とした声から抱くイメージは、美しいというよりも可愛いに近い。迷宮に潜るより花畑ではしゃぎ回る姿が似合いそうな、そんな少女だ。
目が合うと、エルフの少女はとてとて走ってきた。
「あのあのっ! もしよかったら、ヒナヤと一緒にパーティ組みませんか!」
ヒナヤと名乗ったエルフは、近くで見るとわたしたちよりも頭一つ背が低かった。言葉づかいも相まって幼さを感じてしまう。
とはいえ、エルフは世界でも類を見ないほど長命な種族だ。実際はわたしたちより長く生きているだろう。
「えっと、ヒナヤさん」
「ヒナヤでいいよ!」
一応つけた敬称は瞬く間に取り下げられた。
自分でも違和感があったので、大人しく従うことにする。
わたしはヒナヤの背中にある弓を見ながら、ゆっくりと話を切り出した。
「……えーっと、ヒナヤは弓が得意なの?」
「えっへへ、実はそうなんだ。何を隠そうヒナヤはエルフなので!」
ヒナヤは誇らしげに胸を張ると、背中の弓を手にしてキリッと構えた。
「エルフは弓が得意だからね! ヒナヤに任せてくれれば、どんな敵だって立ちどころに針鼠にしちゃうよ!」
威勢のいい声を上げながら、弓の弦を弾いてみせるヒナヤ。
実力はともあれ、元気の良さだけはとにかく伝わってくる。逆に言えば、落ち着きのなさに不安を感じなくもないが……そんなものは些細なことだ。わたしたちに声をかけてくれたことに感謝するべきだろう。
「どうする? わたしは良いと思うけど」
「……」
「アリーチェ?」
「……あ、ええ、そうね」
心ここに在らずといった様子でアリーチェがうなずいた。
視線の先はさっきと変わらず珊瑚の角を持つ蛙の方を向いている。
「元のパーティメンバーが気になるのはわかるけどさ、今はこっちに集中しなよ」
「そうよね。ごめん」
アリーチェの意識を引き戻して、改めて問いかける。
「で、どうする? このヒナヤさんが――」
「ヒナヤでいいよ!」
「――ヒナヤが一緒にパーティを組もうって言ってくれてるけど」
アリーチェは一瞬、品定めするような視線を投げかけたが、わたしと同じ結論に至ったのだろう。
「よろしく頼むわ」
すぐにヒナヤへ手を差し出した。
「うん、よろしくね! ところで二人とも名前はなんていうの」
「わたしはエイシャ・クルルティカ。エイシャでいいよ」
「アタシは……アリーチェよ。アリーチェ・トスカーニ」
アリーチェの返答には少し間があった。散々、周囲から避けられ、名乗るのに抵抗があるのかもしれない。
しかし、ヒナヤは何も気にした様子を見せず朗らかに微笑んだ。
「エイシャちゃんとアリーチェちゃん、いい名前だね。よしっ、それじゃあ、あと一人さがしにいこーっ!」
「え、ちょっと」
戸惑うアリーチェの腕をぐいとつかみ、エルフの少女は駆け出した。
声の大きさといい、元気さといい、まるで人目を気にしていないように見える。アリーチェのことを知らないのか、知っていて気にしていないのか。どちらにせよ、わたしたちにはありがたい存在だ。
みるみるうちに遠ざかっていく二人を追いかけ、足を踏み出す。
そんなわたしを後ろから呼び止める声があった。
「待て」
振り返った先には珊瑚の角を持つ蛙が立っていた。
アリーチェの元パーティメンバー。
予想外の人物に思わず言葉につまる。
「お前、アリーチェとパーティを組むつもりか」
「……そうだけど」
近くで見る珊瑚の角を持つ蛙の姿は、高身長のせいか威圧的だ。
よりにもよってアリーチェではなくわたしに話しかけてきた。目的はなんだ。
アリーチェと離れたタイミングを狙ったのだとすると、揺さぶりか。
「いっとくけど、アリーチェと組むなって言われても聞かないから」
雰囲気にのまれないよう、毅然と言い返す。
しかし、珊瑚の角を持つ蛙は意に介した様子もなく首を横に振った。
「いや、そういう意図はない。ただ、忠告しにきただけだ」
「……忠告?」
「お前たちが本気で探索者になりたいのなら、あのエルフの女と組むのだけはやめておけ」
「エルフの女って、ヒナヤのこと?」
「ああ、忠告はそれだけだ。……健闘を祈る」
珊瑚の角を持つ蛙はそれだけ告げると、話しかけてきた時と同じくらい唐突に背を向けた。
「え、いや、それだけって言われても、ちょっと!」
困惑したわたしが声を荒げるも、珊瑚の角を持つ蛙は振り返ることなく去っていった。
「えぇ、急になに? 意味わかんない」
理解できない。
『アリーチェと組むな』ではなく『ヒナヤと組むな』?
ただの揺さぶり? それとも本当に忠告なのか?
だとしても、わたしたちに忠告する理由もわからなければ、忠告の根拠もわからない。
アリーチェ相手ならともかく、わたしと珊瑚の角を持つ蛙は赤の他人だ。理由も告げずに、ヒナヤと組むなとだけ忠告されてどうしろというのか。
目的がなんにせよ、言葉が足りなさすぎる。
健闘を祈るなら、もっとわかりやすく話してほしい。
呆然と立ち尽くすわたしの元に、アリーチェとヒナヤが戻ってきた。
「エイシャ、どうしたのよ」
「え、あぁ、ちょっと声かけられて」
「パーティに勧誘でもされたの?」
「だったらいいんだけどね」
はたしてどう伝えたらいいものか、考えながら言葉を選んでいく。
「さっき、あっちにアリーチェの前のパーティメンバーいたじゃん。ほら、珊瑚の角を持つ蛙の」
「リグサキサスーバのこと?」
「りぐさ……あー、名前はわかんないけど、それ。急にそいつに絡まれたというか、話しかけられたというか」
アリーチェの表情が険しくなった。
「大丈夫だった? なにか言われたりしなかった?」
「あー…………うん、特には。たいして話す前にどっか行っちゃったから」
本当は「ヒナヤと組むな」と忠告されたのだが、さすがに本人のいる前では言えない。
エルフの少女をちらりと見やると、つぶらな瞳と目が合ってしまった。
「ん、エイシャちゃん、どーしたの?」
「あ、いや、その……仲間は見つかりそうかなって」
「もちろん、見つけるよ! ただ、エイシャちゃんがぜんぜん来ないから」
「それはごめん。よし、気を取り直して仲間探しにいこうか」
「うん、みんなでがんばろー!」
握り拳を可愛らしく掲げるヒナヤを、改めて注視する。
身軽で動きやすそうな服装。背中にくくりつけてある弓。いずれも真新しさはなく、使いこまれているような印象だ。下ろしたての新品の装備に身を包む他の参加者に比べれば、熟達した雰囲気すらある。
そこでふと違和感を抱く。
一般試験の参加者に「熟達した雰囲気」をもった人など、いったいどれほどいるというのか。
思わず考えこむわたしに背を向け、ヒナヤは意気揚々と歩き出した。
そんな後ろ姿をぼんやり見つめていると、隣に来たアリーチェがためらいがちにつぶやいた。
「ねえ、エイシャ、本当に何もなかったのよね。実は何か言われたりしたんじゃないの」
「や、実はね――」
ヒナヤの耳に届かないように、小さな声で囁く。
「――探索者になりたいなら、ヒナヤとは組むなって言われたんだよね」
「なにそれ、どうして?」
「さあ、理由も何もなし。ただそれだけ言って帰ってったから」
「じゃあ、聞かなくていいわよそんなの。どうせ、アタシを孤立させたいんでしょ」
「……かもね」
幸い四人目の仲間はそれからすぐに見つけることができた。
これは物怖じせずに片っ端から声をかけていくヒナヤの姿勢が功を奏したといえるだろう。
「えっと、に、ニサです。その、よろしく、お願いしますっ。私、身体の頑丈さには、じ自信がありますので。みみなさんの盾になれるよう、がんばりますっ」
ぺこりと頭を下げる四人目の仲間ニサ。
会釈してなお、彼女の背丈はわたしやアリーチェより高かった。あの珊瑚の角を持つ蛙すらも越えているかもしれない。
優れた体格は戦闘において有利に働く。彼女が仲間になってくれるのはかなり心強い。
その巨躯を除けば、他はいたって普通の燐血人に思えた。
燐血人の外見はエルフにかなり似ており、耳の尖っていないエルフで説明がつく。
ただ、似ているのはあくまで外見のみ。エルフほど長命ではない。だいたい八十歳が平均寿命で、そこは粘態と似たようなものだ。
「よぉし、これで四人そろったね! みんなで精いっぱい楽しもー!」
赤紫の粘態、アリーチェ。
小柄なエルフ、ヒナヤ。
長身の燐血人、ニサ。
そして、青緑の粘態のわたし、エイシャ。
はたして、この四人でどこまで戦えるだろうか。
探索者の一般試験が始まる。