第24話 薔薇城の警邏兵
分断されたわたしたちが初めにとった行動は連絡を取り合うことだった。
照明呪術『しあわせのカボチャ』を起動中のわたしに代わり、シュテリアが長方形の端末越しにアリーチェたちと話した。
「とりあえず、二人とも無事みたいです」
「よかった」
シュテリアの報告に胸をなでおろした。
「あとは問題はどうやって合流するか、か」
「それですが、無理に合流しようとするのではなく、ボクたちだけで大部屋を目指しましょう」
通路が変動する『砂漠の薔薇城』において変わらない場所、それが大部屋だ。
探索者たちは基本的に各大部屋をめざし、段階的に探索を進めていく。
「大部屋にたどり着きさえすれば、転移軸で街に帰れますから」
迷宮探索に欠かせない現代呪術の結晶『転移軸』。これは文字どおり、迷宮内と街をつなぐワープポイントのようなものだ。転移軸のおかげで探索者は迷宮内部と街を行き来できる。
ただ、転移軸の使用には条件があり、繋ぐ二点の両方を一度でも訪れていないと使えない。なんとも不便な話だが、これは迷宮内のモンスターが街に侵入しないようにするためにも必要な処置だ。
とりあえず、大部屋にたどり着くことを目標に歩き出したのだった、が。
「……なに、あれ」
通路の先には不可思議な見た目の木造彫刻が、行く手をふさぐように立っていた。
「こんなのさっきまでなかったよね」
「そう、ですね」
丸太から巨大な頭と手足が生えたかのような歪な形状。奇抜な色づかい。
ここまで印象的な彫刻を見逃すとは思えない。
「つまり、モンスター?」
その予想は正しかったようで、木造彫刻は襲いかかってきた。
シュテリアが槍を構えて飛び出す。
木彫りの腕と槍の穂先が激しくぶつかった。
「ッ!? 硬い!」
木製と思わしき外見とは裏腹に、その体は相当硬いようだ。シュテリアの繰り出す技はすべて的中しながらも、動く彫刻には傷ひとつない。
金属同士を打ち合わせたような鋭い音が響く。
シュテリアが追いつめられるのも時間の問題に見えた。
「水神の涙に告ぐ! 森の賢者。親殺しの罪。忍び寄る翼。汝は梟なり」
擬造で梟を召喚した。
真横に突き出したわたしの腕に、水の梟が音もなくとまる。そして、シュテリアとせめぎ合う彫刻に向け、腹の底まで響く、低く長い鳴き声をあげた。
空気が震える。
彫刻がこちらを向き、梟と目が合った。
「よし、今! 回れッ!」
わたしの合図に従って梟が首を傾げた。
30度、60度、90度。
梟の丸くて大きな頭が、ドアノブを回すようにぐるりと回転していく。そして、それを見つめる彫刻の頭もまた、同じように回転していった。鏡合わせの光景。
彫刻の首元がギギギと軋むが、それでも梟の首は止まらない。
やがて、亀裂音が響きわたると同時に、ねじ切れた頭部がゴトリと地面に落ちた。
梟の頭は逆さまになっていた。
頭部を失ったことで、彫刻は動きを止めた。
「な、なんとかなりましたね」
槍をおろし、肩で息をするシュテリア。
「いったい何だったんだろ」
わたしは落ちた頭に近づいた。
触れる。
どこからどう見ても木彫りの彫刻にしか見えないが、冷たい感触は石そのものだ。
珪化木――いわゆる木の化石のようなもので造られているのかもしれない。
「ん、これって……札? いや、葉っぱ?」
首の断面部分から、一枚の葉が覗いていた。
ちょうど首がねじ切れる位置にあったのだろう。見事に破れている。
取り出した葉には、奇妙な記号と紋様が刻まれていた。
「薔薇城の警邏兵、わかりやすく言うならゴーレムですね」
「シュテリア、これ知ってるの?」
「知ってるというほどではないですよ。砂漠の薔薇城では、無数のゴーレムが城を守る衛兵のように徘徊している。そう聞いたことがあるだけです」
ゴーレムとは、土や岩といった素材に、魔石や呪符のような核となる物を埋め込むことで造られる人形のような存在だ。
体が多少欠けても平気で稼働するが、核が傷つけばたちどころに機能停止する。その仕様は粘態と少し似ている。
今回のゴーレムの場合、この葉が核だったのだろう。
「無数のゴーレムってことは、ゴーレムを造っている誰かがいる、と」
「いえ、どこからともなく勝手に湧いてくるらしいですよ」
「……え、や、そんなことある?」
「ボクに言われましても」
ゴーレムの残骸をひと通り調べ終え、わたしたちは迷宮の探索を再開した。
道は相変わらず一本道。モンスターと遭遇したら避けようがない。
「虫はともかく、ゴーレムとはなるべく会いたくないなあ」
「ですね。あれほど硬いとは思いませんでした。……他の二人は大丈夫でしょうか」
「平気なんじゃない。アリーチェがいるんだし」
「でも、石みたいな硬さでしたよ。刀ではさすがに厳しいと思いますけど」
「あー、ね」
正直なところアリーチェなら石程度の硬さは切れると思ったが、わざわざ言い返すほどでもないので適当にうなずく。
やはり問題はわたしたちの方だろう。
さっきのゴーレムはなんとか倒すことができたが、梟は多くの敵を抑えるのには向いていない。シュテリアがゴーレムを倒せるとも思えない。
もしゴーレムが複数出てきたら、おそらく詰む。
対策のひとつでも考えておかないとマズそうだ。
「……ねえ、シュテリア、照明の代わりになるもの何かもってない?」
「暗視薬ならありますよ。瞼に塗ることで半日は暗闇でも目が効くようになります。ただ――」
「ただ?」
「粘態にも効くかはわからないです」
「あー、ね」
「試します?」
「……いや、いいかな」
照明呪術を停止し、わたしの端末が自由になるなら『ウォッチコカトリス』でゴーレムの動きを止められる。
そう思って聞いたが、残念ながら暗視薬ではあたりは暗いままだ。わたしたちは暗視ができたとしても、肝心の『ウォッチコカトリス』が相手を視認できなければ意味がない。暗視薬がウーズ型端末に効くとも思えない。
そもそも、よく考えてみると『ウォッチコカトリス』の相手を止める機能は「見たものを石へと変える」コカトリスの力の模倣なので、最初から石のゴーレムに効くのか、それすら怪しい。
「どうしたらいいやら」
ゴーレムの集団と出会った時は死を覚悟するしかないかもしれない。
「……でも、死にたくないな」
一般試験の会場『幻影の森』では蘇生が保証されていたが、それは死者の魂を引き寄せる『幻影の森』だからできること。
他の場所ではそうはいかない。
あの世からの帰還には代償がいる。それは蘇生技術が発達し、死への隔絶感が薄まった現代でもまだまだ健在だ。
金、記憶、身体、人格、時間、他者の命。
生命の交換可能性は証明された。
それでもなお、その価値は色褪せない。
「あッ! そういえば、分断されてからずっと『撮影衛星』回すの忘れていました! せっかく戦闘もあったのに、なんてもったいないことを」
「……それ、そんなに大事?」
「もちろんです。だって、パーティ分断ですよ。間違いなく再生数伸びますので! 今頃、アリーチェとヒナヤの方では視聴者数きっと増えてますよ」
「そうなの?」
「今からでも遅くありません。ボクたちの方でも配信を――」
シュテリアが撮影衛星を呼び出そうとしたその時、わたしが一番恐れていたことが起きた。
通路の先に揺れる複数の影。カッカッといくつもの足音が重なって聞こえる。
頭の中に警報が鳴り響いた。
「――ゴーレムの、群れ? 待ってください、今すぐ撮影衛星を」
「そんな暇ないからッ!」
わたしは叫びながら、液体の入った容器と粉末を詰めた小瓶を取り出した。液体と粉末を混ぜ合わせ、ゴーレムの群れへと放り投げる。
さながらポンプ車の放水のように、大量の泡が噴き出していく。狭い通路内は瞬く間に埋めつくされ、ゴーレムの姿は見えなくなった。
「今のうちに何とかして逃げよう!」
「逃げるっていっても、戻っても行き止まりですよ」
「じゃあ、泡の中を滑り抜ける!」
走り出そうとしたわたしの腕をシュテリアがつかんだ。
「待ってください! 危ないです!」
「そんなこと言ってる場合じゃ――」
反論しようとしたわたしの目の前を、複数の白い光線が横切った。直撃した迷宮の壁がジュッと音を立てる。
おそらく、でたらめに放ったのだろう。壁の焦げ跡は一か所ではなく、バラバラだった。
「――こわ」
シュテリアの制止がなければ、間違いなく直撃していた。
粘態のわたしなら大丈夫そうな気もするが、物理的な衝撃ではない以上、マズい気もしなくもない。
茫然とするわたしの手を、シュテリアがふたたび強く引いた。
「今なら行けます!」
大量の泡へと飛びこんだ。
何も見えない通路を、握った手を放さず滑るように走っていく。
口も目も開けないまま、わたしたちは強引に通路をとおり抜けた。
「うぁ、目に泡がはいって……痛ぁ」
泡の道を抜けた先、ぼろぼろと涙をこぼしながら大きな単眼をこするシュテリア。
今度はその手をわたしが引いてゴーレムの群れから逃げるように走り出した。
「ハァ、ここまで、くれば……ハァ、なんとか、なったでしょ」
幸い他のモンスターとは遭遇することなく、わたしたちは少し広い空間へとたどり着いていた。
壁や床の質感は今までと変わらず、ただ広さだけが異なっている。
一瞬、大部屋に着いたのかと思ったが、残念ながらそうではないらしい。3Dマップを見る限り、あくまで通路の一部のようだ。言うなれば迷宮の変動で一時的に生まれた小部屋だろうか。
「うぅ、目がぁ、目がしみる」
「まあ、あの泡、洗剤で出してるからね」
相変わらず涙目のシュテリアに、わたしは水入り容器を差し出した。
「はい。これで目、洗うといいよ」
「ありがとうございます……ってこれ、擬造のですよね。いいんですか、ボクが使っても」
「いいよ、ただの水だし、まだあるから」
「では、お言葉に甘えて」
シュテリアは目薬をうつかのように上を向くと、動きを止めた。
いつもはジト目気味の単眼が、勢いよく見開かれる。
「……え……あ」
つられてわたしも天井を見上げ、凍りついた。
天井から果実のように歪な人型たちがぶら下がっている。
そこには果物のみずみずしさも、爽やかな香りもない。
あるのは見覚えのある彫刻の姿だった。
「な、なんで上にゴーレムが」
わたしたちの声がきっかけにでもなったのだろうか。天井に吊るされたゴーレムたちが一斉に身じろぐ。
直後、天井からゴーレムたちが降り注いだ。その数は先ほど通路で出会ったよりも遥かに多い。
シュテリアは何とか避ける一方、わたしはかわしきれずに左腕を打ちつけた。
潰れた左腕の体組織が元に戻る頃には、天井に吊るされていたゴーレムはそのほとんどが大地に降り立ち、無機質な顔をわたしたちに向けていた。
「エイシャ、どうしましょう」
「あー、ホント、どうしようね。死んだフリでもする?」
解決策は何も浮かばない。
だが、思考を放棄するわけにはいかない。
「……生物じゃない以上、どうにかしてわたしたちを認識できなくすれば、なんとかなる、か? でも、方法が」
「エイシャ! 下がってください!」
ゴーレムが腕を振りかぶり、わたしたちの元へと殺到してくる――はずだった。
ガタン、ガシャン、ガタン、ドタン。
次々と物が倒れる音が響いた。
一つ、二つと数える間も無く、動く彫刻たちが大地に倒れ伏していく。
いったい何が起きているのか。
困惑しているのはゴーレムも同じようで、動く彫刻はもはやわたしたちを見ていなかった。迫りくる別の脅威を追いかけ、小部屋の中をキョロキョロと忙しなく見渡す。
「見てらんねーな。ゴーレムの前でだらだらだらだら、オレがいなきゃオマエら死んでるぞ」
鬱屈とした空間にぶっきらぼうな声が響き渡る。
気づけば、あれほど部屋にいたゴーレムはすべて倒れており、動かなくなっていた。
「お礼は金でいいぜ」
わたしたちの前に颯爽と現れたのは、木の実のような外見の種族だった。




