9 ママの誕生日パーティー
ママのお誕生日パーティーをする週末になった。
あたしとパパは、事前からこまかく計画を立てていた。前もって買っておけるものはパパが買って、あたしの部屋に隠した。
当日は準備が必要なので、ママには陽ねえと一緒に映画に出かけてもらった。ママが帰ってきて、夕方からが本番だ。
「ただいま。もう入っても大丈夫?」
玄関で、ママの声がした。あたしはエプロンを外すと、走って玄関に行って出迎えた。
「いいよ、どうぞ!」
テーブルの真ん中には、パパと選んだ小さいお花をガラスの花瓶に入れて飾った。ランチクロスの上には、特別の日に使うおそろいのお皿を並べている。
「うわあ、おしゃれ。ごはん何かな。おいしいもの買いに行ってくれたの?」
ママはまだ疑ってない。パパとあたしが、テイクアウトを買いに行ったと思ってるんだ。
「デザートがあるから、ごはん、少し早いけどはじめるよ」
あたしはにっこり笑って言った。椅子を引いて、ママに座ってもらう。
「今日は、二品です。一つ目は、パパから。パパ、どうぞ!」
あたしが言うと、パパはお盆にお椀を三つのせて、しずしずとキッチンから出てきた。ダイニングテーブルのところまで来て、ママの前にうやうやしくお椀をおく。
「……あ。これ! なつかしい! パパのトン汁、何年ぶり?」
さすが、ママはすぐに気がついてくれた。
「あの頃は、刺激物はよくないってやめてたけど、もちろんもうその我慢はしなくていいだろ。七味かコチュジャン、混ぜてもうまいぞ」
パパがにやにやして言う。
「じゃあ、七味にしようかな」
ママがお盆から七味をとってかけている間に、あたしはパパと入れ違いでキッチンに二品目を取りに行った。
「こっちは、あたしが作りました。パパに作り方教えてもらって、見ていてもらってやったんだよ」
大皿に盛りつけたそれを、テーブルの上のみんなから届く位置におく。一つずつラップに包みながら作ったおにぎりは、大きさはちょっとばらばらで、形もまるっこかったり長細かったり、色々になってしまったけれど、たくさん並べてみるとなかなかかわいかった。
「えー! 炊き込みおにぎり、トモちゃんが握ったの? このおにぎりも、トン汁とセットのおにぎりだよね。パパ覚えてたんだ」
ママの目がちょっとうるっとしている。
「握るところからじゃないよ、お米、洗うところからやったんだから」
あたしは胸を張って言った。
「ほんとに?」
「敦子、トモはおれより上手いぞ。水量るのも早いし、米をザルに上げるのもこぼさずできてた。洗い物もていねいだし」
「そうなんだ」
「トン汁は火を使うから、基本、おれがやったけど、ごはんの方は口で教えて見てただけで、手を動かしたのは全部トモなんだ。今度、敦子が帰り遅くなりそうな日は、トモに米を炊いといてもらえば、ごはんすぐ食べられるぞ。帰りに、肉屋さんでメンチカツとポテトサラダでも買ってくればカンペキ」
「あー、それいいね。もしそんな必要があったら、トモちゃん、頼んでいい?」
ママはあたしを見て言ってくれたので、あたしはげんこつで胸の真ん中をたたいた。
「まかせんしゃい」
その様子がおかしいと言って、みんなで大笑いした。
ご飯を食べながら、あたしは、ママにお願いした。
「あのね、包丁やコンロが危ないのはわかってるの。一人でやろうとはまだ思わないよ。でも、だんだんできるようになりたいから、電子レンジを使うものや、キッチンバサミで済むものから、お料理を教えてもらいたいな。そしたら、あたしが日曜日にパパに教えるから」
「そうか。そうだね、もう三年生だもんね。トモちゃんも大きくなったねー」
ママは、この頃のパパの口ぐせと同じことを言って笑った。
「わかった。ママは逆に、コンロと包丁が便利だから、それでばっかりやっていて、電子レンジだけでできる料理とかあまり知らないんだ。一緒に図書館に行って、そういう本がないか探してみよう。ママも、トモちゃんやパパに色々お願いして、みんなでやりやすい方法を考えて、協力してやっていけるようになったほうがうれしいな。頼むのは何か悪いなって思ってたけど、そうじゃないんだよね」
「うん!」
あたしがトン汁をおかわりして、おにぎりを三個も食べたのを見て、ママは目を丸くしていた。
「いつの間にか、たくさん食べるようになってたんだね。いつも、普通にお茶碗やお皿によそってると気がつかなかったわ。離乳食の時なんて、こんなちっちゃいおにぎりと、お味噌汁も一口だけとかだったのに」
「いつと比べて言ってるのよー」
あたしは口を尖らせた。
「ごめん、ごめん。ついつい、このメニューで、トモちゃんがちっちゃかった時のこと、たくさん思い出しちゃった」
「あたし、もう結構、色々たくさん食べられるんだよ」
ちょうどいい。あたしはパパに目くばせした。
「ママ、もうお食事十分食べた? デザートにいってもいい?」
「えーなんだろう。お願いします」
パパと、お椀とお皿を片付けると、今日のためにパパが探してきた、少し背の高いグラスを三つ、テーブルに並べた。
「作るところも、見てて」
ガムシロップにレモン汁をたくさんまぜて、冷蔵庫で冷やしておいたものを、グラスに注ぎ入れる。パパが、その上から氷をたくさん加えた。そっと炭酸水を注いで、グラスの半分くらいまでを満たす。それから、あたしは、朝から水出しでかなり濃い目に作っておいた、オザワ先生の魔法の正体、バタフライピーという植物で作られたハーブティーを、氷に当てるようにして、ゆっくりと注ぎ入れた。ほとんど紺に近い、深い青だった液体は、グラスに入れた瞬間から、少しずつ色が変化していく。
「うわあ!」
ママが驚いた声をあげた。あたしは、ね、すごいでしょう、という気持ちで胸がはちきれそうになった。
グラスの中には、朝焼け空が出来上がっていたのだ。
一番下は、あわい黄色。そこから、ほんのりピンク色になって、上のほうはほとんど青に近い紫色だ。
パパが、キッチンから、少し柔らかくしたバニラアイスクリームを持ってきた。これも今日のためにパパが奮発して買ってくれた、特別おいしいやつだ。マルナカマートでは、普通のアイスとはわざわざ違う冷凍庫に入れて売っている。パパは、それをアイスクリームをすくう専用のスコップできれいに丸くすくい取ると、それぞれのグラスに、夜空の雲みたいにそっと浮かべた。最後に、真っ赤な丸いラズベリーを一粒、トッピング。
「じゃーん。名付けて、トモとパパスペシャルの、朝焼けクリームソーダ。朝未のお名前にちなんでみました! ママ、トモのママでいてくれてありがとう!」
「すごーい!」
ママは拍手して、それから、あたしとパパを手招きした。二人まとめてぎゅっとハグして、ありがとうを言ってくれた。
そういう感動の場面がちょっと苦手なパパは、ものの十秒で居心地悪そうにするっと抜け出すと、グラスと合わせて買った長いスプーンを、キッチンから持ってきた。
「ほらほら、溶けちゃう前に食べようよ。トモ、食べ方説明して」
「そうだ。説明があるんだよ」
「なになに?」
「これね、そのまま飲むとおいしくないの。上のほうは甘くなくて、下のほうはめっちゃ味が濃い。朝焼けはきれいだけど、見てきれいだねって言って、何なら写真撮ったら、飲む前に、このスプーンで全体を混ぜる。ほら」
あたしはスプーンで自分のグラスを混ぜて見せた。くるくると、アイスクリームを沈めないように回しながら下のソーダをかき混ぜるうちに、グラデーションがほどけて、全体があわい桜色に変わっていく。
「ほら、ピンクレモネードのクリームソーダの出来上がり。これで、アイスと一緒に食べるんだよ」
ママはすごく面白がって喜んでくれて、自分のグラスをかき回すときに、スマホで動画まで撮影してくれた。その日のクリームソーダは、世界一、おいしかった。
「ね、ママわかったでしょ」
「何が?」
「あたし、ごはんしっかり食べても、クリームソーダぐらいなら食べられるようになったし、つんつんの炭酸だって飲めるよ。たまには、こういうのも、食べていいでしょ」
「うーん、一本取られたなあ。まあ、たまになら、いいことにしようか」
ママは苦笑いして、ちゃっかりトモちゃんめ、とあたしの頬を指でつんつんとつついた。
ひだまり童話館様の「つんつんな話」企画参加作品でした。ほかの参加作品もぜひご覧ください!