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8 魔法の実験

 それから、パパと、誕生日プレゼントのことを話し合って決めた。まさかと思ったけど、二人ともすごく納得のできるプレゼントが決まった。


 家に帰ると、ママは普通にしていて、おかえり、モーニングどうだった? なんて聞いてくるものだから、拍子抜けしちゃった。あたしも普通の調子で、豪華だったセットの内容を教えてあげて、今度は三人で行こうねって約束した。ママは張り切って、今度はミネストローネの日に行けるように、前を通った時に日替わりスープの順番をリサーチしておくね、なんて言っていた。話の流れで、ミルクティーを飲んだこともうっかり口を滑らせてしまったけれど、ママは特に気にしていないみたいだった。


 それでも、なんとなくママと二人になるのは気まずくて、おけいこ事がない火曜日に、家にまっすぐ帰るのではなくて、久しぶりに学童に行くことにした。五時半の軽食タイムになる前に家に帰るなら、年間登録さえしていれば、事前申請がなくても行けるのだ。


 クツを脱いでいると、オザワ先生が声を掛けてきた。


「あー、トモちゃんだ。久しぶり! 今日、五時までいられる?」


「うん。軽食前までいるよ。なんで?」


「今日、トモちゃんがすっごく好きそうなやつ、やるんだよ。よかったー! 一年生だけの班だと不安だからさ、トモちゃん、お姉さんで入ってあげて」


 また、オザワ先生の、三年生がいてよかった、が始まった。でも、気になることがあって聞き返した。


「あたしの好きなことって?」


「きょう、科学あそびなんだよ。トモちゃん、実験好きでしょ」


「マジで! やった! 何やるの?」


「すごいぜ、今日のは。先生たちで試しにやってみて、みんな、魔法かと思った。色水の色が、一瞬で変わるんだ」


 ヤバい。これは楽しみすぎる。あたしは大急ぎでクツを片付けて、ランドセルを置きに行った。


   ◇


 あいかわらず、一年生はガチャガチャ騒いでて、人の話なんかほとんど聞かなかったけど、危ないよっていうことはだいぶ通じるようになってたし、一年生の中でも、ガチャガチャしたまんまの子と、そういう子を心配して注意する子に分かれてきていた。


 コップをいくつかひっくりかえしたり、理科室のおさがりのビーカーを一つ割っちゃったりして、先生たちがあわててかたづけるという騒動はあったけれど、実験は、まあまあ無事に終わった。オザワ先生の言う通り、魔法みたいに色が変わる色水はものすごく面白かった。


 先生たちは、そっくりの色の色水を二種類用意してくれた。透き通った青い色の水が、ガラスのコップに入れられている。二つのコップに、魔法の瓶から秘密の薬を一滴ずつ垂らしていくと、片方だけがみるみる紫色から赤っぽい色へと変わるのだ。秘密の薬は、やんちゃものの一年生男子たちが味見して、レモン汁だとみんなにばらしていた。


 色が変わるほうの不思議な水は外国産のハーブティーだ、という説明を聞いていたのは、その場にいた子どもたちの半分くらいだっただろうか。残りの半分はおしゃべりに夢中だったり、あきて他の遊びに走っていってしまったりした。

 それでも、学童保育の科学あそび会としてはすごく盛り上がったし、どの班の実験もうまくいったので、大成功だと先生たちはにこにこしていた。


 山ほど使ったコップを洗うのが大変そうだったし、とくに遊びたい遊びもなかったあたしが、準備室で片づけを手伝っていると、だいたいの片づけがおわったところで、オザワ先生があたしを手招きした。


「トモちゃん、アレルギー、ないよね? 炭酸飲める?」


 あたしは胸をはって答えた。


「飲めます」


 この前のクリームソーダは、結局一人で飲み切ったのだ。口の中がピリピリするけど、のどのところでパチパチする感覚が面白かった。


「ほら、これ、色が変わらないほうの色水につかったやつ」


 オザワ先生があたしに見せたのは、かき氷のブルーハワイのシロップだった。


「あれ、ブルーハワイだったの?」


「そう。班に配ったのは、ハーブティーと一緒くらいの色になるように、水で薄めてたの。これで別の実験ができるんだよ」


「え、なになに?」


 思わず食いついたあたしに、先生は、してやったりとばかりに笑ってみせた。


「実験好きだよねえ。今日の、ガッチャガチャの一年生にはとてもさせられないやつなんだけど、トモちゃんは特別。お手伝いしてくれたしね。見ててごらん」


 先生は、洗ったばっかりのガラスのコップに、シロップをカレーのスプーンに二杯分ぐらい注ぐと、先生たち用の冷蔵庫から氷と炭酸水を出してきた。シロップの入っているグラスに氷を入れると、上から氷に当てるようにして、ゆっくりと炭酸水を注ぎ入れる。


「うわあ!」


 あたしは叫んだ。


 混ざって薄い青になっちゃうとばかり思っていたのに、グラスの中は、底はシロップの濃い青のまま、だんだん、上に行くにつれて色が淡くなり、上のほうはほとんど透明の炭酸水の色のまま、きれいなグラデーションになっていたのだ。


「こっちも魔法みたいでしょう」


 先生が自慢気ににやにやする。あたしはこくこくとうなずいた。


「飲んでみる?」


「ありがとうございます」


 お礼を言って口をつけて、あたしは首をひねった。


「オザワ先生、これ、全然甘くないよ」


 あんなにシロップを入れたのに。


 言うと、先生は食器棚からスプーンを出してきた。


「混ぜてごらん」


 ぐるぐるとかき混ぜると、最初の予想通りの淡い青に全体が染まる。


「ほら、これでどう?」


 飲んでみると、確かに、甘い炭酸ジュースになっていた。


「えー、なんで? 今、混ぜただけだよね?」


「シロップが甘くて、炭酸水が甘くないでしょう。甘い液体のほうが重いんだ。そのうち習うけど。四年生かな。だから、そっと入れてやったら、重いシロップは沈んだまま、軽い炭酸水は上に残ったままで、真ん中くらいが少し混ざって、ああいうグラデーションになるんだ」


 オザワ先生はコップを指さしながら説明してくれた。


「へえ。だから混ぜないと甘くないんだ。面白い」


「家でもやってごらん。あ、そのシロップジュース、甘すぎない?」


「ちょっと」


 溶けかけたかき氷みたいで、ぼやっと甘いだけなのだ。おいしいかと言われると、正直、微妙だ。


「こうすると、味はぐっと良くなる」


 オザワ先生は、さっきの色変わりの実験に使ったレモン汁の、徳用大びんにまだ残っていた分を、あたしの手の中のコップに数滴たらしてかきまぜた。色はほとんど変わらなかったけれど、一口飲んでみると、たしかに味は全然違った。


「ほんとだ! レモネードの味がする!」


「これ飲むと、百五十円だして、コンビニでペットボトルのレモネード買うの、もったいない気がしてくるだろ」


 オザワ先生の得意げな顔を見ているうちに、あたしはひらめいた。


「ねえ、オザワ先生、さっきの色の変わるほうの外国のハーブティ、もう一回、名前教えて。パパに買ってもらう」


 オザワ先生が、失敗したプリントの裏紙(うらがみ)に名前をメモしてくれたので、あたしはそれを大事に、自由帳に挟みこんでランドセルにしまった。


 大急ぎで、パパと作戦会議が必要だ。忙しくなってきた。




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