6 炊き込みおにぎりとトン汁
あたしが、甘いトーストはデザートにするつもりで、少し冷めてきたトン汁をもりもり食べて、ゆで卵にかじりついていると、パパもトン汁をすすってから言った。
「トン汁、よく食べたなあ。この前、トモが生まれたときの話をしたの、覚えてるか」
「覚えてるよ。ママに、休むならママが退院してから休めって怒られた話でしょ」
「そうそう。その時、ママに、トン汁の作り方教わったんだよ。パパは今でも、料理はふたつしかできない」
「ふたつ? パパ、料理なんてできたの?」
「マルナカマートが開いてればな。あの店には、トン汁野菜ミックスっていう、袋入りの切ってある野菜があるんだ。あれを二つくらいと、豆腐と、豚肉と、もやしと、ほぐしてあるしめじと、糸こんにゃくの縛ってあるやつを買ってくる。まあそのへんは、アドリブでいれたらうまそうなものを何でも買ってきていい。鍋に水とだしの素を入れて、最初に豚汁野菜ミックスを入れて、煮る。煮立ってきて、ニンジンやごぼうが食べられるくらいやわらかくなってきたら、豆腐はスプーンか手でちぎって入れる。糸こんにゃくは水でさっと洗ってから入れる。豚肉も、切れてるやつ買ってきて、塊にならないように入れる。最後に、キノコともやしを入れて、味噌をお玉にすくってとかしいれるんだ」
「へえ。ホントにできそうだね。じゃあ、もう一つの料理は?」
「炊き込みごはんのおにぎり。こっちはもっと簡単だ。四角屋の、三合用の釜めしの素、ママが時々買うだろう。コツは、あれを半分だけつかうこと。きっちり、汁と具をわけて、それぞれ半分にする。で、三合のお米洗って水を量っておいたところに分けた半分の具と汁を合わせて入れるんだ。全部入れると、しょっぱすぎてママの好みに合わないんだよ。半分とっといたやつは、汁と具をまとめて冷凍しておけば、次の時は凍ったままそれを三合の米に入れて水加減して炊けばいい。で、半分だと具が足りないだろ。ここで、また、マルナカマートなんだよ。切ってある油揚げと、ほぐしてあるシメジと、蒸し大豆を買ってきて、それも入れる。こんにゃくは入れちゃダメ」
「なんで?」
「たくさん作って冷凍するときに、こんにゃくが入ってるとおいしくないんだ。知ってるか? こんにゃく冷凍すると、輪ゴム食べてるみたいになるんだよ」
「えー、知らないし、輪ゴムも食べたことない」
「ママはしっかりしてるからな。いっつもおいしいごはん作ってくれるもんな」
「でも、なんで、トン汁と炊き込みご飯なの?」
「正確にいうと、炊き込みご飯のおにぎり、なんだよ。トン汁とおにぎり」
「どういうこと?」
「トモとママが退院してきた時に、必要だったんだ。知ってるか? 退院したばっかりの赤ちゃんって、一日八回もおっぱい欲しがるんだ。夜も、泣いて起きる。ママはほとんど、一、二時間しか眠れなくて、起きてはトモのお世話して、トモが寝た瞬間にソファでうとうとして。どこのママもそうなんだって。ごはんなんか、とてもじゃないけど作れない。でも、ママがしっかりたっぷりご飯食べないと、トモの飲むおっぱいが出ないんだよ。それも、ハンバーガーやコンビニのお弁当じゃダメなんだ。アブラがおいしくないらしくて、たいていの赤ちゃんが、ママがそういうものを食べたときのおっぱいは嫌がって吐き出しちゃうんだって」
「えー、ゲロってこと?」
「赤ちゃんなんて、一日に何回も吐くぞ。用がなくても吐くんだ。だから、まずいもの食べさせられたらそりゃあもう吐くし、怒る。それで、ママは、野菜も肉もたくさん食べられて、いやな脂分が入ってなくて、水分もしっかりとれるトン汁と、トモが泣いてても抱っこしながら片手で食べられるおにぎりを、パパに作ってほしいって言ったんだよ。パパはそのうち会社に行かなきゃいけなくなるけど、鍋にトン汁があって、キッチンのテーブルにおにぎりがあれば、一日何とか過ごせるって。もう、一か月健診が終わるまで、ほとんど毎日、炊き込みおにぎりとトン汁だったな。パパに他のものが作れたら良かったんだけど、サボって料理してこなかったからなあ。なんとか、その二つだけは作れるようになったんだ」
「そんなことがあったんだ」
あたしは目の前のトン汁の豆腐をつまみながらいった。
「トモ、知らないだろ。ママ、ホントは、ハンバーガーとポテトとコーラ、大好きなんだぞ。二人で出かけたときは、大体、お昼はハンバーガーだったんだ」
「うそ、信じられない!」
ママは、めったなことではあたしにハンバーガーを食べさせてくれないのだ。
「トモが生まれて、ママの選ぶもの、すごく変わったんだ。食べ物も、服装も。トモにちゃんとしたものを食べさせてあげなきゃ、トモのお世話に邪魔にならない、全力で動けるものにしなきゃって。トモが大きくなってきたから、ママもすこしは自由になったんじゃないかな、前みたいなものもたまにはいいかなって思ったけど、バッグはハズレだったみたいだな」
パパは、あはは、と笑った。
ピントのずれたハンドバッグには、そんな意味があったんだ。
あたしの知らないことって、こんな身近なところにもあったんだな。














