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3 ママは恐ろしくカンがいい

 このままではラチがあかない。


 あたしは月曜日、さりげないふりでママに探りを入れることにした。


「今度学校の作文で、家族のこと書くんだって。ママの一番大事なものって、何?」


「うーん。トモちゃんかな」


 ママは、夕ご飯の米をとぎながら言った。


 違う。そういう、模範解答もはんかいとうみたいなのはいらんのだ。お笑い番組で覚えたけど、模範解答っていうのは、正しそうだけどつまんない答えのことだ。


「他には?」


「パパ」


 これも模範解答だ。この方向はだめだ。


「好きな食べ物は?」


「レモン」


 はあ? レモンって、食べ物? 揚げ物の横につけてあるから、ジャンルとしては調味料じゃないの? あ、でも、ママ、だいたい最後に唐揚げの横のレモンかじってるな。生ごみをちょっとでも減らすためかと思ってたけど、あれ、本当に好きだったのか。


「じゃあ、楽しかった思い出とかは?」


「作文って、自分の思い出とかを書くんじゃないの、普通?」


 けげんそうな顔をされてしまった。ヤバい。


「普通はそうなんだけど、今回はインタビューして書く練習なんだよ。うーん、イマイチ広がらないなあ。パパに聞くことにしようかな?」


 慌てて逃げた。だめだ、戦えない。


 ママは恐ろしくカンがいいのだ。あたしのついた嘘なんて、八割がた見破られる。後の二割も、証拠がないから泳がせますよっていう、刑事ドラマの真ん中くらいの時間に犯人役を見つめる刑事さんの顔で、じろっと見られる。あたしの脳内には、もう反射的に、テレレーン、っていう緊迫感をあおるBGMがいつも響き渡ってしまう。


 この前、パパと最初の秘密会議をした日も、何か怪しい、という顔でじっと見ていたので、あたしは、いつもだったら反抗して食べずにつつきまわす春菊のサラダも、文句を言わずに口に押し込んだのだった。栄養バランスが悪いお昼ご飯だったのは自分でもわかってたから、ちょっとは挽回ばんかいしないと、という気持ちもあったし。ママお得意の肉みそそぼろが乗ったサラダなんだけど、春菊は生でも苦くてあまり好きじゃないので、今までは出されるたびについつい文句を言ってしまっていたのだ。


 生の春菊は、意外に前食べたときより苦くなくて、給食で無理やり一口食べさせられているゆでてゴマ和えにしたやつより、よほど食べられる味だった。こってりした肉みそに結構合う、ということが分かったのは、思いがけない収穫しゅうかくだった。あたしが断固として食べるのを拒否していたここ二三年のうちに、品種改良が進んだのかな。


「パパ、土曜日は仕事らしいわよ。聞くなら、計画的に時間作りなさいよ。そうそう、わたしのパートも休めないんだよね。トモちゃん、一人でお留守番になっちゃうけど大丈夫?」


「うん。平気平気。宿題やって、あとは図書館で借りてきた本読んでるし。電話とインターホンには返事しない。鍵も開けない。楽勝」


学童がくどうはまだ行けるのよ? 今年の年会費、納めてるんだし」


「やだよ。一、二年ばっかりだもん。話は合わないし、たまに行くと、三年生がいて助かったわーって感じで、先生に目をつけられて、お世話役ばっかりさせられちゃうんだよ。たまにならかわいいけど、あっという間に、一年生なんて生意気な文句ばっかり言ってきて、ちっともいうこと聞かないしさ。もう、みちるちゃんもタイチも来ないよ」


「呼び捨てしないの。ちゃんと、タイチくんって言いなさい。……あんただって、一年生のころは、三年生にお世話になったのよ。みちるちゃん家の、まどかお姉ちゃん、いつも帰りに送ってきてくれたじゃない」


「タイチがあたしのこと呼び捨てするのやめたら、あたしもタイチくんに戻してあげてもいいけどね。あと、まどかちゃんはニンゲンができてるんだよ。幼稚園の先生になりたいんだって。子どもが好きなの。あたしは子どもって苦手」


「もう、口が減らないんだから。あんただって、まだ十分子どもよ。まあ、無理に行けとは言わないけど、家にいるなら、通信教育の課題もやりなさいよ。ためてるでしょ」


「へーい」


「返事はハイでしょ」


「ハイ」


「お昼は、お弁当作っておくから」


「えー、いいよ。カップラーメンくらい作れるよ」


「ダメよ。栄養がかたよるもの。それに、熱湯をつかうの危ないし」


 ママが毎日、お茶を入れているのを見ているから、電気ケトルの使い方くらいあたしにだってわかるんだけど。


「じゃあ、電子レンジであっためるだけの、ごはんとカレーとか。ママも大変でしょ」


 こういうときくらい、普段食べないものを食べてみたい。一人の自由時間なんだし。


「レトルトの? トモちゃんが期待するほどにはおいしくないわよ。あれは非常用。いいよ、朝ごはんのついでだもの。カンタンなものだけど作っておくね」


 ママは超能力者のようにあたしの下心を見抜いたあげく、かってに結論を出してしまった。パパがお休みなら、『パパに任せるから、二人でコンビニでも、喫茶店でも行って来たら』って言ってくれるから、一昨日みたいなラッキーなこともおこりうるんだけど。


「別にいいのに」


「まあまあ。一人のお昼ごはんで、ごめんね」


 あたしはべつに、ママのお弁当が不満なわけではない。幼稚園を卒業してから、お弁当を食べる機会はすごく減った。そのせいか、たまにお弁当を作るときには、ママは口ではカンタンなものっていうけれど、あたしの好きそうなものをたくさん詰めてくれるのだ。オムライス弁当とか、焼きそば弁当とか。この前作ってくれた、手作りの辛くないタコミートを入れたタコライス弁当もおいしかった。


 実は、こっそりタバスコを足したことは、ママにはナイショなんだけど。ママの目の前でタバスコを使うと、小さいころから辛い物を食べなれすぎると味覚がおかしくなる、って、いい顔をしないのだ。パパが前の日の夕ご飯のタコスサラダにたっぷり振りかけるのを見て、おいしそうって思ったんだけどな。あと、あの小さな瓶から少しだけ液体を振りだしてかけるのは、魔法使いになったみたいでかっこいい。パパに、『ものすごく辛くなるぞ、手についたら真っ先に洗わないと、うっかり鼻をかんだり目をこすったりしたら、いくら洗っても一時間は苦しむことになるくらい強力なんだ』っておどされてたから、ものすごく慎重に、二滴しかかけなかったけど、十分ピリ辛の大人っぽい味になったから、大満足だった。


 ママはあたしがまだまだ小さい子だと思ってるし、一人っ子で申し訳ないとも思っている。そうは言わないけど、大体わかる。たった一人でお留守番をさせられてかわいそうだって思っているから、一生けん命、好きそうなお弁当を作ってくれるし、ママが悪いことをしたわけじゃないのにごめんねって言うのだ。


 そもそも、一人でお留守番をするのは、させられているというわけではなく、あたしがそうしたいからしているんだけどな。一人で家にいるのは、気楽でいい。去年までは、一人でのお留守番はまだ早い、と言われて、必ず学童に行かなくちゃいけなかった。学童に行けば、みちるちゃんの容赦ないマシンガンみたいなファッショントークにお付き合いしなくちゃいけない時もあったし、しつこくちょっかいを出してくるタイチがいたら、おちおち本だって読めなかった。オザワ先生と囲碁いごをするのは楽しかったけど、だいたい、途中で一年生の子たちがケンカをはじめるもんだから、オザワ先生が仲裁ちゅうさいに行かなきゃいけなくなって、あたしの中押ちゅうおし勝ちでいいよってことにされてしまう。これは最高につまらない。どうせなら、本気でぼろ負けにさせてやりたいのに、オザワ先生ときたら、口ではごめんねと謝りながら、勝ちをゆずってやったみたいな顔をするのだ。学童でみんな向けに用意してくれるレクリエーションは、砂絵づくりだったり、牛乳パックで風車を作るやつだったり、とにかく、小さい子向けであたしには興味がわかない。


 翌日、クラスでそんな話をしたら、なかよしのサチエちゃんはすごくうなずいてくれた。


「わたしだって、今さら学童はイヤだよ。しかも、トモちゃん、一人なんでしょ。うらやましすぎる。昨日なんか、弟がヒーローごっこで首絞められたニワトリみたいな雄叫おたけびあげたのに、お兄ちゃんがぶちぎれて、おっかけまわしたもんだから、わたしががんばってクレープカフェにするつもりで並べていたドールハウス、全部ひっくり返されたんだよ。誰にもジャマされずに、パパかママが帰ってくるまで、好きなことできるのは本当にいいなあ」


 それはそれで、お兄ちゃんと囲碁ができて、弟のミニカーもお人形遊びにふんだんにつかえるサチエちゃんがうらやましいとあたしが思うことももちろんある。サチエちゃんはこんな風に言うけど、お兄ちゃんも弟も楽しくて、普段はとっても仲がいいのだ。でも、きょうだいがいるのにもいないのにも、いいことと悪いことがある。あたしは一人っ子だけど、それはそれなりに、とても、恵まれているのだ。サチエちゃんの話を聞いているとそう思う。


レトルトカレー、筆者は好きです。

『中押し勝ち』は囲碁の言葉。対局している相手が降参して、自分の勝ちになることです。

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ヘッダ
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フッタ

― 新着の感想 ―
[良い点] おしゃれ番長……一人ぐらい友達に欲しかった。 家族の中でお母さんの立ち位置は扇の要そのもので強敵のようですね。 トモちゃんでも太刀打ち出来ず苦戦は必至ですから、パパさんでは勝ち目は皆無か……
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