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中編


長くなったので分けました。



俺の目の前で、婚約者が死んだ。


腹に黒く大きな角を突き刺されて、血だらけになりながら無惨な死を遂げた。

彼女は最後に、その血に濡れた顔に一筋の涙を零して満面の笑みを俺に向けた。


「だぃ、きらい…」


そう呟いていて。


その言葉に、笑顔に俺の胸はズキンと傷んだ。

まるで今の彼女のように胸にポッカリと大きな風穴が空いた気がした。


「…ルド!リカルド!しっかりしてちょうだい!

全く最後まで嫌な女っ、ほら早く逃げましょう?」


隣で、あれ程愛おしいと感じていた姫のことが今はとてつもなく煩わしい。俺は咄嗟にその腕を振り払い、近くにいた俺の同僚に姫を押し付けると剣を抜いた。


周りの静止を振り払って、俺は周りに蔓延っている魔獣の群れに突っ込んだ。向かってくる魔獣を切って切って、殺しまくった。


気づいた時には、魔獣の死体の山の中に俺はいた。


だが、ミリアを殺した魔獣の姿だけは見つかることは無かった。そして、彼女の姿も。


「ミリア…どこだ、どこにいる」


俺はずっと、彼女の姿を探し周囲を伺うもやはり見つけることは叶わなかった。



※※



あの後、1人で魔獣を殲滅した俺は英雄と呼ばれた。

たった一人の犠牲だけで、他の人間は全て救った素晴らしい人間だと。


そんなこと、今の俺にはどうでもよかった。


彼女の死を俺は受け入れることが出来なかった。

あんなにも嫌っていたというのに…どうしてだろうか。


俺の両親は、彼女の死に怒り泣いた。

母はこの事で気を病み寝込んでしまった。


彼女の父はただ一言「そうか」と呟いただけであとは俺の功績を褒めるばかり。夫人に至っては嬉しそうな笑みを浮かべ、彼女の異母妹である自身の娘を次の婚約者にと進めてくるほどだった。

この時初めて、彼女が家族から愛されておらず不遇の扱いを受け、肩身の狭い思いをしていたことを知った。


彼女は、俺にそんなこと一言も話さなかった。

会う時はいつも少し嬉しそうな、だが困った笑みを浮かべ挨拶を交わすだけだったから。

いや、俺は1度も彼女の言葉に返事をしたことがない。

それどころか、彼女の名前すら呼んだことがなかったのだと今更ながらに気がついた。


自室に篭もり切りになった母の元へ見舞いに向かった先で俺と彼女が婚約を交わす、ずっと昔に1度だけあったことがあるのだと聞かされた。その時幼いミリアは初めて会う俺の事をリドにぃしゃまと舌っ足らずに呼びしたってくれていたそうだ。

俺はそんなことを覚えてすらいなかった。


彼女は…覚えていたのだろうか?


彼女の生みの親である彼女の母は俺の母とは親友のような間柄だったらしい。しかし、彼女の母は子を産んですぐに亡くなってしまったらしい。

彼女の父は直ぐに後妻と彼女と数ヶ月しか違わない娘を連れてくると彼女には一切見向きしなくなった。

そんな親友の忘れ形見が可哀想でしかたなかった母は父に頼み込み、俺の婚約者として家に迎え入れることにしたそうだ。


この婚約にはそんな事情があったのかと今更ながらに知った。

俺はただ親が勝手に決めた相手と言うのが気に食わなくて、彼女自身を1度も見ようとはしなかった。


少しでも、見ていたら何か変わっていたのだろうか…?


彼女は俺と月に一度のお茶会以外にもよくここを訪れ、母や父と親睦を深めていたようだ。

その間に、両親と彼女は実の親子のように仲良くなっていったそうだが、俺だけが彼女を頑なに認めなかった。


騎士団に入り忙しくて俺に会えない日は、彼女が公開訓練の日に必ず友人と共に訪れるようになったのは知っていた。

だが、彼女は1度も俺の傍には来ようとしなかった。

俺もわざわざ彼女の元へ向かうことはせず同僚やご令嬢方の相手をするだけだった。


初めて彼女を連れての夜会へ行った時、馬車の中で俺にドレスの礼を言っていた。しかし、俺は彼女にドレスなど贈った覚えは一切なかった。きっと、父が気を回して彼女に贈ってあげたのだろう。そんなこと、俺には関係ないと何も言わなかった。

だが、聡い彼女は俺の態度を見てとなく理解したのだろう。

初め、ワクワクとした雰囲気をだんだん萎ませて項垂れていった。そんな彼女の姿を見て可哀想だとも、何も思わなかった。

俺はただひたすらに窓の外の風景を眺め、早く夜会会場に着かないものかと、そう思っただけだった。


義務として、彼女と1曲踊ったあとは彼女を一人置いて友人の元に向かった。直ぐに令嬢方に捕まり、まぁまぁ楽しい時を過ごすことが出来た。その頃には俺の頭から彼女の存在など消え去っていた。

帰り、彼女は先に帰ることなく俺を馬車で待っていた。

先に帰ればいいものを、なぜ待っているのかと煩わしく思った。静かな馬車の中、響くのはカラカラとなる車輪と馬の蹄の音だけ。彼女は初めての夜会ということもあり、疲れていたのだろう。いつしか眠ってしまっていた。


何となく、彼女のその姿を見つめる。

いつもと違う、あどけないその姿に何となく手を伸ばした。

そっと頬を撫でるも彼女は完全に寝入っているらしくなんの反応もなかった。柔らかく触り心地の良い肌を撫で、いつの間にか唇に手が伸びていた。

そっと触れたそれはとてもさわり心地が良く、何故か俺は顔を寄せそのまま、触れるだけのキスをした。その柔らかくも甘い唇の感触に、2度3度と続けてキスを落とす。

だんだんと口付けを深く、啄むようにしていった。


「んっ…」


彼女のその甘く微かな声にはっ!と我に返る。

慌てて離れるが、幸いなことに彼女が目を覚ますことは無かった。ほっとすると同時になんだか少し残念な気持ちになった。


この気持ちがなんなのか、俺にはわからなかった。


結局、彼女は屋敷に到着しても起きることは無かった。

執事が眠る彼女を抱き部屋へ運ぼうとするとを止め、俺自ら彼女を部屋へと足を運んだ。


何故、そんな事をしたのか分からない。

普段の俺なら絶対にこんなことはしない。

だが、その時だけは彼女を他の男に触らせたくなかった。


初めて入ったその部屋は何となく質素な印象を受けた。その違和感に首を傾げるも、特に気にすることも無くそっと彼女をベットに寝かせた。

何となく、離れがたくて眠る彼女の顔を見詰めていたがいつの間にか馬車の時と同じように柔らかく甘い香りのするその唇へと吸い込まれていった。そのまま数度、口付けを落とした。


「り、るど…さま」


すると、寝言だろう。彼女は俺の名を口にした。

不思議と、俺の中には満足感が広がった。

最後に彼女の頬を撫で、俺は部屋をあとにした。


きっと、夜会で飲んだ酒の酔いが回っていたのだろう。

ほんの気まぐれの行動だと自分に言い聞かせた。



あれから、彼女の姿を何となく目で追うようになった。

騎士団に来ている時目が合うと何となく嬉しくなる。

だが、彼女は直ぐに申し訳なさそうに目を逸らしてしまう。

その態度が、俺の胸をざわつかせた。


それからすぐ、騎士として実力を認められ第2王女付きの近衛騎士となった。今まで以上に忙しく、彼女に会う機会はより減ることとなった。


それと比例して、天真爛漫で明るく誰に対しても分け隔てなく接する姫は護衛の俺にも気さくに話しかけてくるようになった。

俺も邪険に扱う事もせず、そんな姫と楽しい日々を送った。そのうち、婚約者である彼女の事は段々と頭から追いやられていった。

俺はいつしか姫に、淡い恋心を持つようになっていた。

姫も、俺が好きだと言ってくれている。


しかし、未だ公表はされていなかったが姫は隣国に嫁ぐことが決まっていた。その間だけでも、姫の傍に居たかった俺はミリアとの結婚を仕事を理由に先延ばしにしていった。彼女はその事についてただ一言。


「私のことは気にせず、お仕事頑張ってください」


そう、言うだけだった。

いつでも俺に従順な彼女は、俺に文句一つ言わない。

俺もそんな彼女を良しとし、放置した。


秋も深まり、段々と肌寒く感じるようになった頃。

姫が隣国へ外遊という名の王子との初顔合わせのためにひと月ほど国を離れることになった。

勿論俺も護衛の1人としてついて行く。

その事を両親に話し、ついでにミリアにも話すと心配だから国境近くまで見送りについて行くと言っていた。


だが、そんな言葉は俺の耳をすり抜けていく。


姫の移動とあって、大々的に送り出されるためその準備に忙殺された俺は元々聞く気もなかった彼女の話を、いや彼女の存在ごと忘れ去っていた。

当日、姫の馬車の後を見送りだろう人々が予定通り国境近くまでついてきたがその中に彼女もいるとはその時の俺は思いもしなかった。


だから、あの時俺を庇って腹を刺された彼女を見て心底驚いた。


どうしてここに…?

何故、彼女は今腹に角を突き刺され血を吐いている?

俺は…何をしていた?

姫にかまけて警戒を怠り、結果彼女は死にかけている。

俺のせいで、彼女は死ぬのだ…。


その事に思い当たり、俺は絶望感に目の前が真っ暗になった。

気が付くと彼女の名前を呟いていた。

彼女はそんな俺を見て、まるで安心させるかのように微笑んだ。その時初めて彼女の笑顔を、いや、彼女の顔を見た気がした。


ミルクティー色のふわふわした髪は血で汚れ、夏の空のように澄んだ水色の瞳は涙で滲んでいる。

小柄で、小動物のような可愛らしい雰囲気の彼女は今、何故か血まみれで、己を突き刺した魔獣の角を弱々しくも必死に抑えていた。


「り、るど…さま」


その声に、我に返るが次の瞬間。俺は彼女に見惚れてしまった。そんな状況でないことは重々承知していたが、最後の瞬間俺に向かって微笑む彼女はとても美しかった。


しかし、その口から吐き出された言葉は俺をより絶望の淵へとたたき落とすものだった。




次もリカルド視点で話が進みます。

と、言うよりも最後まで彼視点のお話ですね…

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