この世にふたり
「みんないなくなったわね」
「そうだな、こんなときだから仕方ないだろう」
「それにしてもあんな紙切れだけで、こんなに人がいなくなるなんて思いもしなかったわ」
「同感だな」
「いつになったらみんな戻ってくるのかしら」
「どうだろう、想像もつかないな」
「電車もバスも普通に動いてるのに、もうずいぶんだれにも会っていないのよ」
「おれも似たようなもんだ」
「ほんとに世の中どうなってしまったのかしら」
「わからないな」
「みんないないのに、わたしたちだけなにしてるんだろう」
「日常を繰り返している、かな」
「日常を?」
「そう、日々変わっていく日常をね」
「変わらない日常なんてあるの?」
「そんなもの、古今東西どこを見回したってあるはずがない」
「だったらわたし、もう行かなくちゃ」
「そうだな、おれもそろそろ行かないとな」
「気をつけてね」
「うん、明日また会おう」
新宿駅西口の埃っぽい雑踏のなか、ふたりに気づくものはだれもいなかった