3話
桐と朔はあの後里のお手伝いがあるとのことで2人連なって帰っていった。
曰く『にっがーい』薬というのはそのいわれの通り大変苦く、未だに舌が痺れている感覚が残っている。
この後は、思いのほかわたしの体調が良くなってきているということで、この里の長という方が訪問してくれるらしい。
(長って、偉い人よね。...ちゃんと、言わなくちゃ。)
優しくしてくれたみんなへの、この上ない感謝と罪悪感。
(本当はわたしはここにいてはいけないのだから。)
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ガタと物音がして物思いにふけっていた意識が覚醒する。例の里長様がやってきたのだろうか。
ゆっくりと近づいてくる足音が、複数。
(里長さまと、スミさんと、長様を呼びに行ったフキさん、あともう1人?)
昨日から何度か感じるこの緊張感。誰かが近づいてくる足音を、動けないわたしは相手が来るのをただ待つ事しかできない。
紙製のドア(朔くんが名前を教えてくれた。障子というらしい。)が開かれる。
「おはよう、お客人。ようこそ水鏡の里へ。」
目を奪われる。
大柄な女性だ。豊かな長い銀髪を後頭部で束ね、腰まで垂らしている。そして何より、強い眼差し。紅い、眼。
その後に続いて、人ではない何者か。耳の上に黒く大きな角を備えて、その物々しさとは正反対に清廉な長い髪。キラキラと白いような水色のような髪が波打っていて、優しそうな瞳は深く蒼く。
その蒼い瞳と目が合った、と思った瞬間。
「この度は申し訳ないことをしでかしてしまいましたことをここにお詫びさせていただ...」
良質な着物が崩れるのを気に留めもせずにその場に跪いて頭をひれ伏す。
いったい何のことを言われているのか分からず呆けていると、隣の長身の女性がその様子を見て、がははと豪快に笑った。
「こらこら、お客人困ってるってみかがみさま。」
(みかがみさま?)
里の名前と同じだな、と考えを巡らせていると、見知った顔がため息をつきながら部屋に入ってくる。
「みかがみさま、もっと威厳のある姿勢を、といつもお願いしてますのに。」
「みかがみさまは心根の素晴らしい方じゃ。ありがたいのぅ。」
......改めて、4人と向き合う。
こちらは布団に入ったままだというのが、少し恥ずかしいやら申し訳ないやら。
はじめに口を開いたのは、大柄な女性。
「さーて。はじめましてリシェ、で、あってるっけ?アタシは紅花。なりゆきで里長をしている。んでこっちが、」
「ええと、私、ここ水鏡の里の土地神でございます。皆には御鏡様と呼ばれております。」
(とちがみ?って何だろう...?)頭に疑問符を抱きながら挨拶を返す。
「わたしは、リシェといいます。あの、里長様...わたしのような人間を、こんなに手厚く保護してくださって、本当にありがとうございます。」
(ずっと言わなければ、と思ってた。優しいみんなに甘えてしまいそうになるけれど。)
「それで、このケガが治ったら...直ぐに里を出ていきますので安心してください。ご覧の通り黒髪に赤目の不気味な姿ですが優しくしてくださって、本当に感謝しています。」
頭を下げる。
(ここはわたしの知らない国みたいだけど、魔眼持ちを匿ったと知れたら...。)
何の反応もないので、おずおずと顔をあげる。...腑に落ちないというか、理解しがたいといった顔をしている。
やはりこの国には赤目を恐れる風習はないのだろう。だからと言って甘えてはいけない。
もう一度、説明しようと口を開くが、遮られる。
「まぁ、まてまて。お嬢ちゃんが訳ありらしいっつうのはわかった。だけどちょっと、こっちの話も一通り聞いてくれるかい?」
紅花はそう言うと、隣にいる御鏡様へ合図を送る。
御鏡様は、小さく頷くと少しわたしの方へ近づく。
「ええと、そこにいるフキから、どこまで話を聞いているかわかりませんが、最初からお話しさせていただきますね。」
フキはわたしを見て少し微笑む。紅花は後ろでニヤニヤとこちらを見守っていた。
「まず、結論から言います。ここはリシェ、あなたの住んでいた世界ではありません。」
(...???)
言葉は理解できたが、いみがわからない。
「質問は後で聞きますので、最後まで聞いてください。」そう前置きして、続ける。
「今いるここは、水鏡の里。それは聞いていましたよね?私はこの地を守る神様です。」
「私の社には、泉がありまして。年に一度、月が最も美しく映る夜になると、その水面が別の世界、私共は”異界”と呼んでいるのですけれど、そことつながってしまうのです。」
「それで貴女は、その泉を通してこの世界へやっていらしたのです。」
「覚えていますか?満月の夜に、きれいな水の水面に触れたとか...」
(そういえば、崖から飛び降りた後に水音がした。下が池か何かだったのかもしれない。)
確かに水音がしたのを覚えています、と返す。
「ええとそれでですね、大変申し上げにくいのですけれど...。」
「リシェさんには、1年間はこの里で生活していただかなければなりません。」
突然の話の数々に、頭がついていかない。
御鏡様は、怒られている子供のような表情こちらをうかがう。
紅花は、愉快そうに呵々と笑っていた。