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月に落ちる

プロローグです。


この1話だけは、少しホラー寄りというか、サスペンス寄りというか

緊張感が強いお話となっております。


そんなに残酷だったり怖かったりする描写はないと思いますが、苦手な方いらっしゃいましたらご注意ください。

 

 ...胸が痛い


 あの化け物は、まだ追ってきているのだろうか。


 いくら月が明るいとはいえ、鬱蒼と生い茂る木立に光は阻まれ足元も覚束ない。

 この山道を走り始めてどれくらいになるだろうか。

 木の根や小石、草の葉に晒された手足は傷だらけになっていたが、もはや痛みも感じなくなってきていた。

 棘が刺さり皮膚が裂かれる度に、熱かったり、寒かったり。それよりも、ぜぇぜぇと悲鳴をあげる肺が心臓がジクジクドクドクと鳴動して痛かった。



 ...息が、苦しい



 小さな身体で草木を掻き分け、上へ、上へ。

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____________________________________________




 数刻前の惨事を思い出す。

 わたし達を載せた馬車が急に傾いで、悲鳴。

 商人達の絶叫と、様々な破壊音。

 あぁ、わたしの拘束を解いてくれたあの子は無事だろうか。

 優しい人だった。どうか逃げ延びていてほしい。



 ...もう、だめだ......



 手足の動かし方も、息の吸い方すらわからなくなってきた。



 きっともう大丈夫、あいつは追ってきてないよ。

 ...本当に?

 少し振り返ってごらんよ、誰もいないから。

 ...だめだよ。追いつかれたら食べられてしまう

 でも、もうこれ以上走れないよ?

 ...それでも、それでも...!



 なんの意味もない自問自答の末、ついに足の感覚がなくなってしまった。

 途端に足を縺れさせて、地面に倒れ伏す。

 恐る恐る来た道を振り返るが、誰もいない。

 耳を澄ますが、聞こえるのはさざめく木の葉の音色と虫の鳴き声、それとひゅーひゅーと姦しい自分の呼吸音だけだった。




 誰もいない、逃げ切れた?本当に?

 わからない。まだ追ってきてるかも。もう立てない。にげられない。にげられない。

 食べられる?あいつらみたいに!嫌だ。いやだ。こわい!


 傍にある木にもたれかかり、立ち上がろうとする。

 ガクガクと震えるのみで、力が入らない。


 嫌だ!逃げなきゃ!たべられる!


 何もいない山道を一心に見つめ、化け物はいないと理解しつつも、意識は完全に恐怖に支配されていた。

 全身が震えるのは疲労からか、耐え難い恐怖からか。

 ...一瞬。

 ガサリ、と目前の藪が揺れた。

 息が詰まる。目線を逸らすことができない。


(あまりいい人生じゃなかったな...)


 逃げられない距離だ。いよいよ諦めがついたのか、やけに冷静な言葉が浮かんだ。

 カサカサ、と藪が揺れる。

 草の葉を揺らしながら姿を現したのは、小型の草食動物だった。


(土ウサギ...)


 ふ、と全身のこわばりが解けた。

 汗や涙や涎が、堰を切るように流れ出すのを感じる。あるいは、今の今まで気が付いていなかっただけかもしれない。

 相変わらず呼吸は乱れ心臓は破れんばかりに鼓動していたが、気が触れそうなほどの恐怖は薄れてきていた。


(死ぬことは、怖くはない。)


 砂袋にでもなったような、重く冷たい足を引きずる。四つん這いになりながら、駆け上ってきた獣道を外れて進む。


(どうせこのまま生きていても奴隷にされるか、処刑されるか。)


 身体は重く、背の高い草に阻まれて歩は遅い。

 どこか場違いに鳥がピイ、ピョロリと鳴いている。

 ドコドコと、地鳴りのような音が響く。心臓の音だろうか、と他人事のように思う。


(化け物に生きたまま食われて死ぬか、生き延びてみじめに死ぬか。)


 視界が開ける。

 白く黄色く赤く青く。満月が光り輝いている。


(疲れちゃったな。)


 月の光に導かれるように、身を乗り出す。


(お父さん、お母さん、ごめんなさい。)


 伸ばした腕は空を切り、バランスを欠いた身体は逆さに落ちた。


(もうすぐ、会いに行くね。)


 びゅう、と風を切って真っ逆さまに。

 最後に、眼下に見事な満月が。

 澄んだ水面に光る満月に、落ちた。

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