帰還
「貴様らがあの化け物を呼び寄せたのではないのか?」
その鋭い言い方は、質問というより詰問。未だにタレスはアイルたちを疑っているようだ。
「そんな事をしても、俺には何の利益もありませんよ」
アイルは激情的にはならず、きっぱりと言い切る。
「何を言うか。我々に恨みがあるだろう。貴様を追放したんだぞ?」
「全くないと言えば嘘になります。でも、この村には俺の思い出があるんです。それを失うわけにはいきません」
思い出と言っても、リビエール家の一員として過ごしたものだけだ。他の記憶は、正直消し去りたいものばかりである。
「なぜ、奴らが村を襲撃する事を知っていた?」
タレスはこちらの粗探しに夢中なようだ。
「彼女の魔法です。あの量の敵なら、遠くからでも探知できるんです」
「また黒魔術というわけか……」
忌々しそうにライラを睨みつけるタレス。彼女は無言のままアイルの後ろへと隠れた。
「確かに、今日は貴様らに助けられた」
視線をアイルに戻したタレスは、横柄な態度を崩さず続ける。
「だが、貴様が何をしようと、貴様が悪魔の使いであることに変わりはない。我々は貴様を絶対に認めはしないからな」
「それで構いません。むしろ、その方が後ぐされもなく、スッキリしますから」
「ふっ、さっさと出て行け。今回も私が見逃してやる」
「……行こう」
アイルはライラの返事を待たずに踵を返した。そして、兵士たちの好奇の目に見送られ、早足でその場から離れる。
別に、見返りが欲しくてこの村を救ったわけではない。ある程度村の人がどういう反応を示すかもわかっていたつもりだ。それでも、心のどこかで芽を出していた期待。それが無残にも踏みつけられたのだ。
少ししてから、ライラが駆けてくる足音が後ろから聞こえてきた。
「アイル……?」
困り果てたような、心配するような声色でライラが名を呼ぶ。彼女に気を使わせてしまったらしい。
「悪いな。面倒ごとに巻き込んで」
アイルは作り笑いを浮かべる。
「ううん」
そこで会話が途切れる。なんとなく気まずい雰囲気が流れるが、気の利いた言葉が出てこない。
何気なく辺りに目を向けると、村人たちが怪我人の救護やらで、忙しなく走り回っていた。
「私はずっとアイルの味方だよ」
虚をつかれ、アイルはその場で立ち止まる。
ライラは、いつもの無感情そうな顔でこちらを覗いていた。しかし、その瞳には強い信念のようなものが宿っているように見える。
胸がじわりと熱くなった。
「……ありがとう、ライラ」
ライラは、まるで自分一人しか存在しない世界に、突如降臨した救世主のようだった。もしかすると、アイルにとって、今が一番幸福な時なのかもしれない。
しばらく歩くと、村の出口が見えてきた。奥の方は、村の灯りが届かず暗い闇が延々と広がっている。
出口手前まで来て、アイルは突然足を止めた。なぜか、後ろ髪を引かれるような気持ちがしたのだ。
「あの女の人が心配?」
ライラの一言で、アイルはギクリとする。わだかまりの原因はまさにそれだと、彼は気づいたのだ。
「まあ、少しだけな」
どうにかアイルは平静を装う。
「もう一度会いにいってみたら?」
「いいや。駆けつけてくれた男を見ただろ? 多分、恋人か何かだ。あいつも今が幸せな時なのかもかもしれない。そこに俺が邪魔しに行く必要はない」
アイルは、シエラともう一人の男が抱擁を交わしていたところを目撃していた。
ショックではあったが、それは仕方がないこと。彼が切に望んでいるのは、彼女の幸せだ。そう踏ん切りをつけていた。
「……アイルは鈍感」
ライラのいつも以上に小さな声。
「ん? 今なんて?」
「何も」
素っ気ない声でそう言うと、ライラはアイルの前を歩いていく。
彼も急いで後に続いた。途中で何度か聞いてみたが、結局、ライラが答えをくれることはなかった。