聖職者タレス
「くそ! なんなんだよ、こいつら!」
「普通の魔物じゃないぞ!」
「魔法が全く効かない! どうなってるんだ!」
村のほぼ中央。
怒号が飛び交う広間の周りでは、兵士とアーテルとの激しい攻防戦が繰り広げられていた。
「あれは……」
その中には、アイルがよく知っている人物の姿が。
「怯むな! じきに王都から騎士様が来てくださる! それまで、なんとしてでも持ちこたえろ!」
他の兵士を鼓舞していたのは、聖職者のタレスであった。啓示式でアイルの魔法適性を調べた人物だ。
彼は迫り来るアーテルに、巨大な雷を落としていく。直撃したアーテルは倒れはしないものの、かなりのダメージは入っているようだ。
さすがのアーテルも無策に突っ込むことはせず、一定の間合いから様子を伺っている。
「今のうちに、負傷者を!」
「は、はい!」
歯が立たない兵士たちは、タレスの言う通りに動くので精一杯だ。
彼らが救助を行なっている間も、タレスは周囲のアーテルに目を光らせていた。いつのまにか、戦況は膠着状態へと変わっていた。
「あの人、あんな魔法を使えたのか」
近くの屋根で、成り行きを見守っていたアイルは感嘆する。この村で長年過ごしてきた彼だったが、タレスが魔法を使う場面など見たことがなかった。
「あれなら一人だけでも勝てるんじゃ……」
「ううん、彼だけじゃだめ」
「そうなのか?」
ライラの言葉はすぐに現実のものとなった。
「グギギギ!」
にらみ合いを決め込んでいたアーテルの数体が、奇怪な金切り声を上げながらタレスに突っ込む。
「近寄るな、悪魔め!」
手をかざすタレス。
轟音とともに、まばゆい光の線がアーテルに直撃した。その光景はまさに天罰。
アーテルの身体からは水蒸気が上がり、たちまち行動不能になる。
「くそ!離せ!」
突如、響き渡る兵士の怒声。
タレスの集中が眼前の敵に向いたその一瞬。アーテルはまるで図ったかのように他の兵士に飛びついたのだ。
「大丈夫か! 今助けてやるーー うぐっ!」
兵士の方へ振り向いたタレスの後ろから、新たなアーテルが。
敵ながら見事な戦法だった。タレスの気をあちこちに散らすことで、その隙をついたのだ。
最後の砦が崩れ去った今、兵士たちは逃げ惑う羊も同然だった。彼らはそれぞれの配置から離れ、三々五々に散っていく。そこに残りのアーテルが一気に畳み掛けてくる。
もはや、結果は目に見えていた。
「やるか」
「うん」
アイルは屋根上から手をかざす。
すると、彼の視界に入っていたアーテルが、突如黒い炎に包まれた。断末魔をあげる間も無く、アーテルは灰に変わる。
【インフェルノ】。アイルが初めて覚えた黒魔術だ。
「な、なんだ!? 今の魔法は!?」
「化け物たちが、一瞬で……!?」
状況が飲み込めず、兵士たちはうろたえている。
それはタレスも同じで、辺りをキョロキョロと見回している。そんな彼の視線が、アイルと交わった。
「貴様! あの時の……! 生きていたのか!?」
タレスの目は驚きに満ちていた。
「今の魔法、貴様がやったのか?」
「そうです」
「まさか…… あれが悪魔の力だというのか」
「悪魔じゃない」
小さく反論したのはライラだった。見てみると、彼女は小さな拳を握りしめていた。
「仲間まで引き連れおって……! 逃がしてやったというのに、なぜこの村に戻ってきた!」
タレスはあくまで敵対的な態度を崩さない。命を助けられたというのに、感謝など微塵もしてないようだ。
さすがのアイルも、彼の理解のなさに苛立ちを覚える。
「そうか…… 貴様らか! この化け物を引き連れてきたのは!」
そして、最後には謂れのない罪を着せられる始末。
「ライラ、やめろ」
ライラは何か魔法を発動させようとしていた。
「アイル……」
「お前の気持ちはよくわかる。だが……」
アイルに優しくたしなめられ、ライラは渋々手を引っ込めた。
代わりに手をかざしたのは、アイルだ。
タレスの顔が、一瞬の内に恐怖で塗られていく。
「な、何をする気だ! やめろ!」
無慈悲な黒い炎が立ち込めた。