半年ぶりの邂逅
数十体の異形の群れに、一つの村が攻め落とされようとしていた。
村は火の海に飲まれ、人々の悲痛な叫びが生まれては消えを繰り返す。
「いや、死にたくない……」
足に痛々しい怪我を負った一人の少女は、懸命に地面を這いずっている。艶やかだった金色の髪は乱れ、白い肌は赤黒い血で汚れていた。
彼女のすぐ後ろからは、全身が黒く染まった人型の異形が迫る。
「グギ、ギギギ」
「来ないで!」
少女が手をかざすと、異形のすぐ真下から火柱が勢いよく燃え上がる。
炎の属性魔法、それもかなりレベルの高いものだ。十五にして、ここまでの魔法を使えこなせるのは、まさに鬼才のなせる技。
「嘘……」
しかし、異形は先ほどと何ら変わらぬ容姿で、傷一つついていなかった。
異形は猛スピードで少女まで迫り、その触手のような手で彼女の首根っこを掴む。
「グググ、グギギギギ!」
「いや……! やめて……!」
少女はジタバタともがくが、上級魔法すら効かない相手に単純な物理攻撃が通るはずもない。徐々に気管が狭まり、少女はまともに声も出せなくなる。
「や…… 死に…… ない……」
酸素が頭に回らず、朦朧としてきた少女の脳裏には一人の少年の姿が浮かんでいた。魔法もろくに使えず、村から追放された少年のことを。
自分の死がすぐそこまで迫っているというのに、少女はその少年の心配をしていたのだ。
そんな時だった。
突如、喉元の締め付けが緩み、そして、触手が離れた。少女はそのまま地面へ尻もちをついた。
「ごほっ、ごほっ」
少女は咳こみながら、懸命に空気を吸い込む。
「い、一体何が……」
顔を上げた少女はギョッとした。
目の前にいた異形の上半身が、彼女を掴んでいた触手を残して、綺麗さっぱり消え去っていたのだ。取り残された下半部が、最後にパタリと倒れる。
「魔法……? でも、こんな強力な魔法なんて、誰が……」
考える少女の視界の端に二人の人影が映った。それらは、少女に発見されたことに気づくと、半壊した家の裏へと消えていく。
「ま、待って!」
少女は必死に呼び止める。
あの人影の内の一人。たった一瞬だけ映ったその姿を見て、少女は直感した。
「アイル、なの……?」
少女は家の向こうに、恐る恐る呼びかける。
「この近くに他の敵はいない。だけど、一応安全なところに隠れててくれ」
返ってきたその声。それを聞いた少女の瞳は見開かれ、すぐ後に、溢れんばかりの涙を蓄えていった。
それはまさしく、少女が頭の中で思い続けていた人だったのだ。
「安全なところにって…… アイルは!? どこに行く気なの!?」
「残党を倒しに行ってくる」
「何言ってるの!? あなたの魔法じゃ勝てっこない! お願いだから戻ってきて!」
「シエラ…… お前だけは不幸にさせない……」
少年は決意に満ちた声音でそう宣言した。
「アイル! 待って、行っちゃだめ!」
少女は立ち上がると、足を引きずりながら家の裏手に向かっていく。ひどい激痛は、それを上回る衝撃によって一時的に打ち消されていた。
やっとの思いで、人影の消えたところにたどり着いた少女。
「いない……」
そこには誰の姿もなかった。
少女はその場に膝から崩れ落ちる。
「夢…… だったの?」
「シエラ! 大丈夫かい!?」
少女ーー シエラの後方から声が聞こえた。
「ロミオさん……」
シエラの元へ駆け寄って来たのは、同い年のロミオだった。彼はシエラの身体をちらりと見て、それから強く彼女を抱きしめる。
「よかった! 無事だったんだね!」
無事なんかじゃない。彼女は心の中で叫んだ。
「あの異形を倒したのはシエラなのかい?」
「違います……」
「じゃあ、一体誰が?」
「アイル……」
シエラはポツリと呟いた。
もしかすると、あれは幻覚だったのかもしれない。そもそも、大前提としてアイルは高等な魔法など使えるはずがないのだ。だが、頭では否定しても、なぜか彼女には確信に近い予感が芽生えていた。
対して、彼女の言葉を耳にしたロミオの表情は険しいものになる。
「頭でも打ったのかい? 彼は半年前に亡くなったんだろう? 」
ロミオは何の疑いもなくそう聞く。それは全くの事実無根であるのに。
「そう、ですよね…… 私、ちょっと混乱してて、変なことを言っちゃいました」
だが、シエラは肯定してしまう。否、肯定するしかなかったのだ。何せロミオには本当の事は伝えられていない。この村の領主の子息である彼には。
この回だけシエラ視点でした。わかりづらかったら申し訳ないです…