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少女の異変

  氷晶の薔薇ギルドの豪邸を抜け出すと、アイル達は真っ直ぐ家路に着いた。


  翌日、依頼を求め、今度は早い時間に施設を訪れてみた。しかし、受付嬢の「申し訳ありません」の一言から始まり、結果は昨日と全く同じ。唯一彼女から聞けた新情報は、施設の開始時刻とともに冒険者が雪崩れ込み、一気に依頼が受注されたという事だけ。


  「あれだな。もう、冒険者は諦めて、どこかでお手伝いでもして金を稼ぐか」


  冗談っぽくアイルは言ったが、現在それに向かって前進しているのだから、笑い事ではない。


  「いや。働ける自信ない」


  「ライラがそんな事を言うとは…… でも、このままじゃ、本当にいつか餓死するぞ? 今日だってまだご飯にありつけてないんだからな」


  「昨日のごちそう、お持ち帰りすれば良かったね」


  「それは流石に意地汚いんじゃないか……?」


  アイルは苦笑した。

  話も終わり、今日も成果ゼロで帰ろかと思っていた時だった。こちらに向かってくる、見知った人間が一人。


  「あれ、リンシア……」


  「これ」


  挨拶もなしに、いきなりリンシアは紙袋を差し出してくる。とりあえずアイルは受け取り、中身を確認してみた。

  二つ、三つ。そこにあったのは小麦色をした楕円形(だえんけい)のものだった。香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐる。


  「これは…… パン?」


  アイルは恐る恐る視線をリンシアへと戻した。


  「くれるのか?」


  「どうぞ。そっちの子の分も、はい」


  そう言って、もう一つ紙袋を手渡された。

  「ありがとう」とライラが小さくお礼を言う。


  「でも、どうしてだ?」


  アイルが聞くと、リンシアは目の前の冒険者総合支援センターを見やった。


  「あんた達がちょうどそこに入っていくのが見えたから。どうせ何の依頼も受けられなかったんでしょ?」


  「ま、まあな」


  図星を突かれ、アイルは頭をかく。


  「当分、依頼は受けれないと思うよ」


  「そうなのか?」


  「うん。受付嬢も言ってたでしょ? 今は需要過多なの。フリーの、それも初級の冒険者じゃどうにもならないよ」


  厳しい現実を突きつけられ、アイルは軽いショックを受ける。


  「で、昨日はあの後どうなった?」


  「あー…… 色々あったが、どうにか説得に成功して帰ってもらったよ」


  正直に伝えるべきか迷ったが、アイルは適当な嘘をでっち上げた。リンシアと氷晶の薔薇の間に何があったかは知らないが、ギルドの拠点に行ったとなれば警戒されるかもしれない。


  「そう」


  あっけらかんとした口調のリンシア。しかし、その顔はどこか安堵したようにも見える。


  「そういえば、どうしてリンシアはあいつらに絡まれたんだ? 氷晶の薔薇って言えば、最上位のギルドだろ? 何かしたのか?」


  「さあ。私はあんな奴ら知らないし、なんか人違いでもされたのかも」


  「人違いか……」


  体裁重んじるべき有名ギルドが街中であんなに躍起になるなんて、どんな人と間違えたのだろう。確かレナードは「運び屋」がどうとか言っていた。

  昨日彼女が背負っていた荷物が関係している。それはほぼ確定だろうが、昨日はそれを聞こうとして彼女に逃げられたのだった。昨日と同じ(てつ)を踏む訳にはいかない。とりあえず今は追求を断念した。


  「ねえ、どうして私なんかを助けてくれたの?」


  「どうしてって言われても…… 小さい頃からの知り合いが奴が困ってたから、身体が勝手に動いて。普通のことだろ?」


  「普通のことって…… 今まであんたに散々酷いことしてきたのに? 最後の日だって私は……」


  リンシアは顔を伏せた。

  最後の日、つまりアイルが村を追放された日だ。まさか、罪の意識を感じているのだろうか。

 

  「別にもう気にしてない。……なんだか半年前と随分雰囲気が違うが、何かあったのか?」


  「別に、何も? 私はあの時から全く変わってないよ」


  そんなはずはない。初めて見るリンシアの自虐的な微笑が、何か変化があった事を如実に物語っていた。


  「それより、その子。師匠とか言ってたけど、どういう意味だったの?」


  そういえば昨日、苦し紛れにライラの事をそう紹介をしたのだった。


  「ああ。村を追放された俺の…… 面倒を見てくれて。それでなんとなく師匠って呼んでる」


  「ふーん…… 彼女は黒魔術の適性者なの?」


  アイルは言葉に詰まった。

  昨日はライラにほとんど興味も示さなかったのに、どういう風の吹き回しだろう。


  「…… いや、違う。ライラは召喚術の適性者だ。というか、こんな街中でそういう事は言わないでくれ。誰かに密告でもされたら終わりだ」


  「そうだね、ごめん」


  素直に謝るリンシア。


  「わあっ!」


  突然、悲鳴とともに、何かがゴロゴロと転がる音がする。見てみると、まだ十歳くらいの少年が倒れていた。側には空の紙袋と、散らばったりんご。

  大方地面に蹴つまずいたのだろう。見兼ねたアイルは、りんごの回収を手伝ってやろうとする。そんな彼よりも早く行動に出たのはリンシアだった。

  彼女は早足で少年の元へ近づいく。


  「大丈夫?」


  「うん、ちょっと(つまず)いちゃっただけ」


  「擦りむいてるじゃない。じっとしてて、今治してあげるから」

 

  彼女はしゃがみ込むと、少年の膝へと手を伸ばす。すると、長袖の部分が少しめくれ上がり、そこから肌が露出した。

  最初は何かの見間違えかと思った。しかし、目をこすってみても、それは変わらない。

  痣だ。何の変哲もない、普通の痣。だからこそ、異常なのだ。リンシアは村で随一の回復魔法の天才。彼女が自分の痣を治せないなんてことがあるだろうか。

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