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召喚された日③

 従えと言われ、雫を守るためにそれを承諾したが、正直なところ混乱することが多すぎる。


 まず、此処は何処なのか?

 次に目の前の化物は何者なのか?

 周囲の化物は何者なのか?

 従えとは言われたが、自分は何をすればいいのか?

 雫の安全を確約する保証があるのか?

 なぜ自分が選ばれたのか?


 疑問は尽きない。

 答えは目の前の化物が教えてくれるだろう。



「先ズハ、此処ガ何処ナノカ、カラダナ。見ロ」



 化物の身体から伸びた蔦が、無数の線を描き1つの地図らしき立体模様を作り出した。


 此処が何処であるかから説明してくれるようだし、地図なのだろう。

 ただし、普通の地図とは違い山や谷といった高低や湖などの地形を立体的に作り上げている。

 この地図が記している地形は見たことない場所だが、かなり正確なものであるということは感じ取れた。



「これは……?」



「大陸アストラス。此ノ世界ヲ形ヅクル存在デアル。貴様等ヤ我ノ様ナ異邦人カラ見レバ、『異世界』ト呼ブノガ正シイ地ダ」



「……異世界?」



 突飛押しもない化物の言葉に、思わず尋ね返す。

 いや、この化物の姿と目の前が真っ暗になった直後に置かれていたこの石造りの建物らしき場所からそんなこともあるかと考慮はしていた。

 なので困惑したが驚くほどのものではなかった。


 ……しかし、異世界か。

 なるほど納得。こんな地形をした大陸というのは地球に存在しなかった。


 それなら異邦人という呼称が当てはまるのも納得できるが、予想外だったのは化物も異邦人だと自らを称したことだった。

 つまり、この化物も自分たち同様に他所の世界のものであるということか。



「あなたも、此処ではない異世界から?」



「然リ。我ガ名ハ『メテオス・ルル・フラスト・ディハルゲイート』、アストラスヲ我ガ掌中ニ為ルベク降リタ侵略者ダ」



 ここで初めて目の前の植物人間の化物の名前を知った。


 邪神メテオス。

 彼女もまた、異世界の出自でありこの世界を我が物にせんと世界を渡ってまできた異邦人、侵略者であるという。

 動機は完全の悪の侵略者だが、異世界を渡れるというその力は本物なのだろう。


 メテオスはこの異世界を自らの手に入れるために己の眷属らを従えて降り立ち、武力による侵略を始めたという。

 今はこの異世界の約7割を占領するに至っているが、当初は各個で抵抗していたヒューマンやエルフ、ドワーフ、デーモンといった異世界の先住民の種族たちが連合軍を組んで対抗してきたという。

 だが、数と質において圧倒的に勝る邪神軍の優勢は変わらず、メテオスの侵略の完遂の日は近い。


 しかし、そんな存在がなぜ自分のような無力な一般人をわざわざ世界を超えてまで呼び寄せたのか。それも2人も呼び寄せて1人を人質にとってまで召喚したのか、それが疑問だ。


 正直、敵意を向けられていないとはいえ目の前に立つメテオスが周囲に放つ威圧感は本物だ。今も心臓を鷲掴みにされているような、高地でもないのに息苦しさを感じる重圧を受けている。

 邪神、神を名乗ることはある。メテオスからはそれに相応しい力が感じられる。

 だからこそ、侵略の最中に戦力にもならない自分たちを呼び出したのかがわからなかった。


 漫画やネット小説などでは、異世界に召喚された人間は様々な力を手に入れて魔王などに立ち向かうというのが王道だった。

 でも、メテオスを前にすれば自分たちなど何の力もない人間だと認識させられてしまう。戦力なんかになるはずもない。

 当初は雫を人質に取られたし屈してたまるかと思っていたが、彼女の安全が一応約束された上でこうして1人で改めて向かい合っていると、己の矮小さと神を名乗る存在の強さを認識させられただその怒りを買い殺されたくないという生存本能の警鐘に従い心を半ば折られていた。


 この世界の先住民たちはこの存在を相手にしても未だに抵抗を続けているという。

 まだメテオス自身はほとんど敵である連合軍の前に出てきたことはないというが、自分にはこの存在を前になお立ち向かおうという気概などわかない。

 勧誘するなら連合軍の気骨ある武人たちを選んだほうがいいと思う。


 だからわからない。

 この邪神はなぜわざわざ侵略の最中に、それも不利な戦況でもないこの情勢で自分たちを呼び出したのかが。



「……分かりません。メテオス、なぜあなたは自分たちをこの世界に呼んだのですか?」



 自分の問いに、メテオスは人と造形が似通っているがしかし確実に違う存在である人差し指を自分に向けてこう答えた。



「貴様ラガ原因デアル」



「は……?」



 ……自分たちが、原因?

 答えの意味がわからず混乱する。


 ……召喚したのではなく、自分たちが異世界に迷い込んだということなのか?

 いや、それにしてはこの世界に降り立った時のメテオスたちの反応は来ることを予期していた様なものだった。メテオス自身も迷い込んだ矮小な存在を相手にこんな対応はしないと思う。目の前の邪神は圧倒的な存在であり、そして矮小な相手に慈悲を与える気まぐれな存在でもない。それはわかる。


 だからわからない。

 自分たちが原因であるという言葉の意味が。


 困惑する自分に対し、メテオスは作った地図の1箇所、連合軍の一角であるヒューマン族の国を示した。



「此ノ国ダ。貴様等ノ世界ヨリ、勇者トナル存在ヲ召喚シタ」



「勇者……? いや、そういうことか」



 メテオスの答えで、疑問が氷解した。

 勇者というワードは、その手の異世界ファンタジーものでよく見る。

 こちらをさして貴様等が原因と言った意味。おそらく、メテオスの示したヒューマン族の国が異世界、自分たちの世界から勇者となる存在を召喚して邪神に対抗しようとしたのだろう。

 どんなチートを得た勇者かは知らないが、正直メテオスの相手になるとは思えないけど……。


 その勇者と戦うための戦力として、自分たちを召喚した。

 おそらく、メテオスの要求は勇者と戦え、というもの。

 メテオスにしてみれば、順調な侵略をしていたところに小賢しいチート(笑)を手にして調子に乗った異世界人が無駄な正義感を振りかざして立ちふさがってきた。召喚された自分たちにはたまったものではないが、そんなお邪魔虫はその世界の人間同士で解決しろと言わんばかりに自分たちが召喚されたということなのだろう。



「……勇者と戦え、そう仰るのですか?」



 自分の問いに、メテオスは満足げに頷く。



「然リ。理解ガ早イナ、益々気ニ入ッタ。貴様ニハ勇者ヲ片付ケテモラウ。従エバ良シ、逆ラエバ娘ヲ殺ス」



 2人召喚したのは1人を人質にもう1人を脅して従わせるため。勇者を排除すれば、自分たちは用済みとなる。

 なら、雫を助けるためにはここでメテオスの目を盗み雫を奪還して脱出するよりも、勇者と戦い勝つほうが確実なのかもしれない。

 少なくとも、自分にはメテオスに立ち向かおうなどという気力はわきそうにない。


 ……そして、メテオスよりもその勇者に対して怒りが湧き上がってきた。

 よそ者の分際で無駄な正義感を振りかざし戦争に乱入した結果、こうして自分たちはメテオスに召喚されることになった。

 その勇者、自分と雫をこんな目に合わせた元凶と言っても過言ではない。

 どこの誰かは知らないが、雫をこんな危ない目に合わせて泣かせたやつだ。絶対に許さない。


 メテオスは世界を渡れる力を持つ。もし帰れないから仕方なく協力しているというなら、話し合いで説得してメテオスの侵略の邪魔をしない様に元の世界に帰せば良い。


 けど、変な正義感を振りかざす偽善者なら許さない。

 ここなら合法的にブッ殺せる。

 それに、メテオスの存在は強大だ。こんな強い味方が後ろにいるなら、恐れるものなど何もない。


 自分の選択肢は固まった。勇者を倒す。メテオスの要求には従う。

 だがその前に、どうしても譲れないことがある。

 幸いメテオスは自分との対話には応じてくれている。要求をこちらが先に察知していることでやけに上機嫌にもなっている。



「勇者の排除、それは引き受けます。……ただしひとつだけ、良いですか?」



「言ッテミロ」



 メテオスは応じてくれた。自分の方からの要求があると言ったのに、機嫌を損ねる様なことはない様子だ。

 好機と踏んで、一つだけの要求を口にする。



「自分の……あのもう1人の同郷の人の安全と帰還の約束を。自分はどうなろうと構いません、ただ彼女だけは元の世界に安全に返していただけないでしょうか?」



 自分にとって、これだけは譲れない。もしも却下されるなら、無謀な賭けでも今すぐ彼女を助けるために動くつもりだ。

 その要求をメテオスは……



「……良イダロウ。貴様ガ我ニ従ウ限リ、娘ノ安全ハ我ガ保証スル。勇者ヲ排除シタ暁ニハ、娘ヲ元ノ世界ニ帰シテヤル。我ガ力ヲ以ッテスレバ造作モ無キ事デアル」



 承諾してくれた。

 ……良かった。恐怖で身がすくむ様な存在だが、そのメテオスが保証してくれると、守ってくれると言った。

 雫は人質だが、安全は保証された。これだけが懸念事項だったから、安全と帰還を約束してくれるというなら安心である。



「期待シテイルゾ、異邦人ヨ」



「ご期待に応えてみせます」



 自分は膝をつき、頭を下げて返事をした。

 雫が無事なら、あとはもうどうでも良い。









































 ……こうして、邪神にとって最強と呼べる手駒が完成した。

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