対峙⑤
まだまだ勇者目線です。
一時の再会の後。
再度敵の撹乱のために出撃した岡松を除いた、南方戦線に集結した連合軍の勇者と将軍たちが一堂に会した。
壮観な顔ぶれだが、これだけの面々が集まらなければ守りきれないと連合軍の本営が判断するほどに戦況が劣勢であるという証でもあった。
「敵は小隊を広く展開しており、昼夜問わず侵攻を続けています。おそらく、目的は森林地帯の突破。一隊ごとは小規模ですが、部隊の数があまりにも多く足止めすら図れない状況です」
南方戦線所属の将軍の1人、エルフ族のサミールが状況を説明する。
南方戦線は森林地帯を利用した奇襲攻撃により邪神軍の撹乱と各個撃破を仕掛けることで、数の劣勢を補い戦ってきた。
しかし邪神軍は森林地帯の突破を図るために少人数で編成した部隊を無数に展開、連合軍の撹乱が間に合わない規模で侵攻を進めてきている。
絶対的な数の劣勢がある以上、森林での戦闘でなければ勝負にならない。
森林を抜けた先には巨大な渓谷が広がっているが、そこを突破されればあとは都市が点在する平野が広がる。
しかしクラムフト要塞の陥落後大きな森林地帯の前線を下げてしまった南方戦線はもはや追い詰められており、渓谷での戦闘が避けられない状況まで追い込まれてしまっていた。
「正直、ここまで追い込まれた以上は1つしか手がありません。森林地帯を放棄し、大軍の移動が困難な渓谷にて邪神軍の主力を囮で誘い出し、少数の精鋭部隊で手薄となった本陣の軍団長を討つ。これだけです」
この戦況でサミールたちが立てた作戦は、森林地帯を放棄し邪神軍をあえて渓谷へ出してから、連合軍を囮と勇者を中心とした精鋭部隊に分けて、囮が邪神軍を誘い出した隙に手薄な本陣の軍団長を討ち指揮系統を破壊するというものであった。
確かに、後がない以上は決定的な一撃を叩き込める戦いを仕掛けるべきだろう。
平野の戦闘は数の劣勢がある以上は勝てる見込みがない。都市は放棄され、南方戦線も大きくその前線を内側に下げることになる。
そうなれば東方戦線と同じく、多くの難民が発生することになる。
難民の生活はとても苦しい。
連合軍も決して物資や土地に余裕があるわけではない。
住む地を奪われた彼らに対し、内地の住人はとても冷たい。差別され、迫害を受け、最終的に食べるものもなくなり犯罪者に落ちるか、奪還軍という名の口減しとして戦線に送られて邪神軍に殺される。
自分たちにはどうしようもないこの異世界の現実がある。
これまで何度もその光景を見ていた鳩村は、負けられない戦いだと気を引き締めた。
「囮は我々連合軍が務めます。渓谷の出口と崖上に陣を敷き、邪神軍を足止めします。その間に岡松殿が敵本陣を捜索、発見次第勇者殿ら精鋭部隊に奇襲攻撃を仕掛けていただき軍団長を――討ち取って頂く」
囮が崩壊するのが先か、勇者が軍団長を討つのが先か。
勝敗はどちらが早く敵の中核を倒すかにかかっている。
「確かに、それしかないか……」
スミス将軍も代案は出せないようだ。
森林地帯の戦闘を続けようにも突破されるのは目に見えている。何より連携に向かない森林地帯の戦闘は、邪神軍だけでなく連合軍にも各個撃破のリスクが伴うものだ。
何しろ邪神軍の部隊は把握しきれないほどに数が多く、それぞれの小隊の距離はあまり離れていない。奇襲で仕留めきれず捕まり、戦闘に気づいた周囲の敵に群がられて逆に包囲され殲滅されたことも多々あった。
森林の戦闘を続けてもいずれ渓谷の戦いに移ることになる。
兵力に余裕のない連合軍は負けると分かっている戦いで無駄に戦力を削られるわけには行かず、決戦のためには兵力の温存は必要で、そのためには早い段階で森林の放棄をしなければならなかった。
しかし、この作戦には1つ問題がある。
いくら渓谷が大軍の展開に向かないとはいえ、無尽蔵に出てくるだろう邪神軍を足止めする連合軍の囮は大きな被害を受けることになる。
だが、サミール将軍の提示する編成によると勇者は全て精鋭部隊に組み込むことになっていた。
「待ってくれサミール将軍! これでは囮の部隊の被害は甚大なものになる! 勇者のいない連合軍の部隊が邪神軍と当たった時、一方的な虐殺になるぞ!」
鳩村より先にその問題に気づいた九重が反対の声を上げた。
しかし、サミール将軍は首を横に振った。
「いいえ、軍団長は強い。奴を確実に仕留めるためには出し惜しみなど不要、勇者殿は全員精鋭部隊の方に参加していただきたい!」
この作戦は一度動き出せば後戻りができない。
軍団長が勇者でも危険な相手であることは1度その敵と戦ったことのある鳩村たちは承知している。失敗できないならば、精鋭部隊に勇者を全員集めるのもわかる。
だが、この南方戦線にいる邪神軍は他の戦線の倍の規模を持つ。
そんな数の軍勢を相手に勇者のいない連合軍が戦えば、その被害は大きなものとなる。
しかも、囮部隊が挑むのは精鋭部隊の勝利の報告がない限り終わらない敵との戦いだ。
精鋭部隊が勝つことを信じ、戦っても戦っても際限なく後から来る敵と終わりの見えない戦いを続ける。
精神的支柱という面でも、囮部隊にも勇者は必要だ。
それに、囮が壊滅すれば平野に邪神軍の進出を許すことになる。
軍団長を討つ前に渓谷を突破され陣地を築かれて仕舞えば意味がない。
ならば囮部隊の方にも邪神軍を蹴散らせる一騎当千の英雄、勇者の存在は必要である。
しかし、九重の反論にサミール将軍は頑なに頷こうとしない。
囮部隊は捨て駒。勇者を配置できないのだろう。
年を重ねている分年季の入ったエルフの頑固は、簡単には揺るがなかった。
「我らの故郷を守る戦い、命を捨てる覚悟はできています」
「覚悟の問題じゃない、勝算の問題だ!」
「囮に勇者殿の力を借りるなど、末代までの恥! 何より囮は勇者殿の身も危険にさらしかねない! 勝算においても、不確定要素の多い本陣の攻撃を行う精鋭部隊の戦力は最大者としなければ勝ち目がないかもしれないのです!」
「だからと言ってはいそうですかと認められるわけないだろ!」
「頑固ですな勇者殿は!」
「お前にだけは言われたくない!」
この作戦、決して囮部隊だけが危険であるわけではない。
不確定要素の多い本陣に突撃することになる精鋭部隊の方がむしろ危険かもしれないのだ。
だが、傷ついても回復魔法を得意とする井納がいる精鋭部隊のほうが、若しくは生存の確率が高いかもしれないが。
いずれにせよ、危険を伴う戦いである。
しかし、囮部隊が総攻撃を受けることになることは確実だ。
囮部隊は間違えなく多くの死傷者を出す。
勇者として召喚され、侵略者から助けてくれと懇願され、それを受けた。
なのに助けるべき彼らを囮にする作戦を実行しなければならない。
そんなの、本末転倒ではないか。
九重には一度救うと決めたなら最後まで貫き通すという決意がある。
自分の身が傷ついても、中途半端な気持ちで投げ出さないと。
だから、危険を承知で囮部隊に参加しようとしている。
「囮部隊には私も同行する。勇者として召喚されたのに、君たちを死なせるような戦いをするなら、そんなの私たちが何のために召喚されたのか分からないではないか!」
だが、決意というならそれはサミール将軍も同じだった。
「勇者殿を召喚したのは確かに我々です。だが! 私は勇者であろうと年端もいかない子供たちに仲間を失う悲しみを負わせてまで戦って欲しくなどない!」
頑固者同士、引っこみのつかない論争が続く。
……だが、状況は待ってくれなかった。
結論を急ぐ要因がもたらされる。
「サミール将軍! 岡松殿から、森林地帯を突破されたとの連絡が!」
「な、何だと!?」




