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初陣⑨

 門から出撃してきた連合軍を突破してきた配下の邪神軍と合流し、いざクラムフトにいる勇者を倒すべく進軍を開始した直後だった。


 まだ背中を見せて逃げ出した兵士たちも十分な距離が離れていないから来ないだろうとタカをくくっていたという油断もある。


 まさか、あの爆撃を勇者にとっては味方であるはずの連合軍の兵士たちを巻き込んで自分に向け落としてくるとは思ってもみなかった。


 気づいたときには既に遅い。

 巨大な爆発にさらされ、集結した配下の邪神軍をかばう暇もなく一瞬で蹴散らされた。


 残ったのは鎧に守られていたから無傷で済んだ自分だけ。

 合流できた配下は今の一撃で死体もほとんど残すことなく壊滅させられている。


 連合軍の逃げ切れなかった兵士、要塞の正門、そして邪神軍。


 敵味方問わず吹き飛ばし巨大な焼けただれたクレーターを作り上げた攻撃は、今まで落とされたものとは威力が段違いの爆撃だった。



「おのれ……!」



 魔法を発してきた源、クラムフト要塞の最も高い建造物である司令塔の最上階を睨みつける。


 逃げる味方も敵も苦労して作られた城門も、何の価値もないと言わんばかりに破壊する。


 いくら同郷とはいえ、勇者のこの所業には自分も怒りが湧き上がった。


 こんな奴らなら、殺してもいい。むしろ殺すべきだ。

 ……ああ、勇者は殺さなければならない。


 槍を握りしめる。

 その遠い場所から自分は命の危険とは無縁だと一方的な破壊行為を繰り返しているならば、おのれがどこに立っているかを理解させなければならない。


 槍を構えて、司令塔の最上階へ向けて投げ飛ばした。


 勇者が放つ爆撃の魔力を充填した影響か、放たれた槍はさながらミサイルのように炎を纏い軌道に光と煙を散らしながら司令塔へ空を突き進み、そして大爆発を起こした。


 風圧と音がここまで響いてくる。

 近場の建物は窓が割れるなどの被害も発生し、ここからでも連合軍が混乱に見舞われる姿が見えた。


 だが、本来なら跡形もなく吹き飛んでいてもおかしくない要塞の司令塔は最上階さえ原型をとどめていた。

 爆煙で直撃箇所の様子は見えないが、魔法が発動している様子が見える。


 おそらく防護魔法のようなもので防いだのだろう。

 勇者は無傷で槍の攻撃をしのいでいた。


 だが、見えた。建物の壁に遮られこちらからは目視できなかったその全貌が。


 派手なローブを纏い、マントを靡かせ、人の背丈ほどある長い杖を携えている、黒髪黒目の見るからに東洋人の自分と同じくらいの年頃の青年。



「……見つけたぞ」



 槍を追うように、その場から異世界人の力に物言わせ跳躍1つで要塞の司令塔へ向けて飛び立つ。


 破壊された壁の穴から入り、槍を拾い上げる。


 目の前には防壁を魔法で纏っている勇者が1人。

 こちらには気づいていないのか、格好つけて「フハハハハ!」などと高笑いしている。


 こんなふざけた奴に配下は殺されたのか。

 こんなふざけた奴にギェルフストは傷をつけられたのか。


 戦場に立っているとは思えない勇者の態度に憤りを覚える。


 槍を肩に担ぎ、未だに笑っている勇者に声をかけた。



「――見つけたぞ、勇者」



「はは!?」



 自分の声を聞いて、勇者はようやくこちらに気づいにようだ。

 反射的に振り返り自分の姿を見ると、驚きで目を見開いた。


 だが、慌てふためき腰を抜かすかと思ったが勇者はすぐさま杖を構えて臨戦態勢をとった。


 この距離に詰められて戦うような経験もしていたようだ。

 ゲーム感覚で安全地点から蹂躙することに狂喜するクズではなかったらしい。


 少し、意外だった。

 クズならともかく、彼なら実は少しくらい話が通じるのではないか? そんな気がする。


 だいたい、何で自分は勇者を殺そうとしている。

 勇者は……勇者は……勇者は、同じ日本人だ。


 湧き上がっていた怒りの根源が何だったのか一瞬わからなくなり、冷水を浴びたように高ぶっていた感情が落ち着いてきた。


 同郷。日本人。

 ……だから、勇者は……だからなんだ?


 ……そんなことは瑣末ごとだ。

 クズだろうが正義漢だろうが、勇者は殺す。


 勇者を殺さなければ、雫の命が危険だ。

 メテオスが守ってくれているとはいえ、勇者は雫の命を脅かす存在なのだから。


 ……忘れていた。

 なぜ、自分は勇者と話し合いたいなどと思ったのか。


 勇者が同郷? だからなんだという。

 奴らは雫を脅かす存在、雫をあんな目に合わせた元凶、雫を守っているメテオスを脅かしその侵略を邪魔する敵だ。


 だから勇者に対して憤っていたんじゃないか。

 怒りの根源を思い出した途端、一旦冷静になっていた感情が再び怒りとなって湧き上がってきた。


 異世界に来て、勇者とあって、そいつが日本人だったから、舞い上がっておかしくなっていた。


 話し合いの余地などない。勇者は敵だ、排除しなければならない存在だ。問答の余地などどこにもない。



「愚かなり邪神族よ! フハハハハ! この距離なら我輩に勝てるとでも思ったが、甘いわ!」



 勇者が杖を構える。

 攻撃のために魔法を発動させるのだろう。

 やはりこの距離でも動揺はない。


 邪神族と見るなり問答無用と攻撃を仕掛けてくる。

 人型でもギェルフストのような例もある。たしかに、彼が鎧を着たら自分と見た目は大差ない。


 そして勇者は自分があの爆撃を受けた者ではなく、秘密裏に潜入してきた暗殺者とでも思っているようだ。



「フハハハハ! 飛んで火に入る夏の虫とはこのこと、我輩の魔法の餌食になる者がわざわざわかるとはな! しかし気づかれた時点でアサシン、貴様の負けだ!」



 魔法が効かないことを理解していないようだ。

 しかし防御用の魔法は常時発動させているため、こちらもどう攻めればいいかと動けない状況だ。


 もしかしたら魔法を放つ時に防御用の魔法が解けるかもしれない。

 博打だが、あえて攻撃を受けてみることにした。



「無様に散るがいい邪神の手先よ! フレイム・カノン!」



 直後、勇者の突き出した片手から巨大な火炎が自分に向けて放たれた。


 円で殲滅するあの爆撃とは違い、正面に立つ敵を薙ぎはらう攻撃なのだと推測される。

 正面に対峙する敵を倒すのにはこちらのほうが効率的なのだろうか。


 だが、それよりも重要なことがある。

 魔法は鎧が魔力に変えるためやはり自分には効かない。


 勇者が魔法を放った瞬間、防御用の魔法が解けたのだ。


 予想通り。

 この勇者、攻撃と防御の魔法を同時に使用することができない。



「フハハハハ! 勇者、いや英雄たる我輩、寺門(じもん) 関索(かんさく)の前に貴様らなど無意味!」



 高笑いする勇者が自ら作った火炎による死角を使い、がら空きの勇者の胴体に槍を突き出す。


 槍は遮るものがないため容易に勇者の身体に到達し、魔法で気づいていない勇者の腹をあっさりと貫通した。



「フハハハハ……は……?」



 興奮でアドレナリンが出ていたから痛みに気づかなかったのか。

 勇者は自分で自分の腹を見下ろすまで槍に貫かれていることに気づいていなかったらしい。



「あ、ああ……アアア゛ア゛ア゛アアアァァァァァ!」



 血を吐き床に倒れこむ勇者。


 悲鳴をあげる勇者。


 命乞いを枯れた声で紡ごうとする勇者。



「…………」



 寺門、といったか。

 ……知らない。赤の他人だ。


 こいつがメテオスの妨害をする邪魔者だとするならば、命乞いを聞く理由はない。


 勇者は殺す。

 それが自分のやるべきことだ。


 ……頭の片隅で声が聞こえる。


 そんなものは瑣末ごとだ。


 勇者は……敵だ!






 ――槍を首に突き刺す。

 勇者の首が落ち、悲鳴も命乞いも聞こえなくなった。


 こいつらが生きている限り、雫は危険にさらされ続ける。


 だから、これが正しい選択なんだ。


 命を奪った感触が、槍を通じて手に届いた。

 魔法の刃で切り裂いた時とは違う。

 人の体を、肉を、臓物を、命を槍で屠る感触だ。


 手が震えている。


 それまでの興奮が嘘のように、急に熱が冷めていく。


 勇者の命など、瑣末ごとだ。

 ……瑣末ごと、なんだ。



「……瑣末ごと、なんだ」



 自分に言い聞かせるようにつぶやく。


 だが、勇者を討つという目的を果たした自分には怒りも達成感も湧かず、人を殺した生々しい感触だけが残されていた。



「――ッ!」



 たまらず兜を取り、せり上がってきた胃の中身を吐き出す。



「……何で」



 人の命を奪っておいて、瑣末ごとなんて。

 何で、自分はそんなことを本気で思っていたんだ……?


 床を見ると、そこには首を切られた人の死体が。



「――ッ!?」



 直後、自分のしでかしたことを認識して、頭の中身が真っ白になった。

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