初陣⑥
異世界人は世界を渡ったことにより、英雄や神と称えられるに匹敵する力を得ることができる。
それが自分の身にも宿ったこと。
それを今、目の前で実感した。
がむしゃらに横に振り回した槍。
その刃から炎の半月状の鎌鼬みたいなものが飛び出して、先頭の連合軍の騎兵に直撃する。
すると、当たった瞬間に見るからに重くて頑丈そうな鎧を纏っていた騎士が馬もろともスパッという効果音がつくように胴体から真っ二つにされた。
刃はそれだけでは飽き足らず、その後ろにいた騎兵数名も巻き添えにし、たったの一振りで数人の騎士が瞬く間に切断された。
炎は切った傷口を焼き固めたらしく臓物や血が飛び散るということはなかったが、連合軍の騎士たちは人間そっくりの外見をしている。
それが真っ二つになるというのは気分の良いものではない。
「な、何と!?」
その攻撃に、自分も驚いたが騎士たちはそれ以上の衝撃を受けたらしい。
突撃体制を取っていたはずが、恐怖と驚きからか馬も騎士も急停止をした。
それが混乱を呼び、後続と激突する事故が多発し、一気に連合軍の騎馬隊は混乱状態に陥った。
「……い、今だ! やれ!」
一瞬、自分も唖然としてしまったが、ここは好機だ。
配下の邪神族に混乱している連合軍に向かって襲いかかるよう指示を出す。
すかさず邪神軍が殺到し、一気に場は混戦へと陥った。
……よ、よし。これでひとまずはこの場所に勇者の爆撃が落ちることはなくなった。
この混戦では味方も傷つける恐れがあるからだ。
捨て駒とはいえ、さすがにそこまではしないはず。
自分は要塞の騎馬隊が出てきた門の方を見る。
味方が外に出ているからだろう。門は開かれたままだ。
今のうちに要塞に突入して、勇者を倒す!
即座に判断して、門へと走り出す。
衝撃的な光景を見た、というか自分が作り上げてしまって驚いたけど、それに目をそらして何か別の目的を見つけられれば混乱は少しは落ち着く。
人をあんな風に殺してしまったのは当然初めてだ。というか、殺したという感触がない。
でも頭では殺してしまったという罪悪感と嫌悪感が湧き上がっている。
それを紛らわせるように、兎に角勇者を討たなければと、とにかく要塞に突入しなければと、開け放たれている門の方へと疾走した。
後ろには混戦には加わらなかったらしい配下の邪神軍の一隊がついてきてくれている。
彼らに連合軍の足止めをしてもらえば、勇者との戦いに集中できる。
要塞に接近すると、入れるかと言わんばかりに新手の連合軍の兵士たちが続々と門の向こうから出てきた。
「化物共を追い返せ!」
あくまで要塞の外で迎撃するつもりらしい。
騎馬隊で止められると思っていたのかもしれないが、予想が外れて慌てて歩兵の迎撃を行ったという様子である。
「奴らを抑えろ!」
配下の邪神軍の兵士たちに、迎撃に出てきた歩兵を当てる。
命令を受けた邪神軍の一団は自分を追い越して連合軍の歩兵部隊と衝突した。
邪神軍の兵士は連合軍の兵士に比べ強い。
その上、今回の戦は邪神軍が数でも上回っている。
歩兵たちは配下の部隊に任せればいい。
邪神軍の兵士たちは連合軍の歩兵とぶつかりながらも、力ずくで敵を押しのけて自分が要塞に向けて走れる道を一時的に作ってくれた。
「助かる、ここは任せた!」
一声かけて、自分はその道を突っ切り要塞へ向けて疾走した。
「チッ! 1体抜けられた!」
「馬鹿め、いかに邪神族といえど単独で何ができる!」
「それよりもまずはこいつらを倒す方が先だ!」
連合軍も自分1人が要塞に入り込んだところでどうとでもなると考えているらしく、邪神軍の迎撃に集中して自分を追撃することはしなかった。
要塞の門に抜ける道にはすでに邪魔者はいない。
だが、要塞から入れさせるかと言わんばかりに魔法や矢による攻撃が落とされてきた。
混戦となっている場所から距離をとったことで、攻撃の的にされたようだ。
だが、魔法は鎧に当たれば槍への魔力に変換され無効化されるし、矢程度であればこの鎧の強度で耐えられる。
恐怖心で足が止まらないようにと矢が降ってくる上は見ないようにして、要塞の開け放たれていた門の中へと飛び込んだ。
無事、要塞への突入に成功する。
直後に、3度目の爆撃の音が聞こえてきた。
「また……急がないと!」
邪神軍の被害は既にかなりのものになっているはず。
2発目はウイリンセンの部隊のいる方面だった。3発目の爆撃もここではない遠くから、おそらく砦を攻略している部隊のいずれかのいる場所だろう。
要塞の方を向き直る。
先ほど壁の上から攻撃してきた連中か、後方からは続々と階段を駆け下りて連合軍が向かってきている。
さらに前方からも多数の兵士たちがこちらへ向かってきていた。
なるほど、これだけの兵士がいるならいくら邪神軍とはいえ1人くらい見逃して侵入されても勇者の元にたどり着く前に倒せると思うだろう。
だが、彼らの目論見は外れている。
自分はその勇者と同等の力に加え、メテオスから武装も預かっている身だ。
勇者がこの世界の先住民たちより強い邪神軍を相手にして一騎当千というならば、自分に連合軍の兵士が束になってかかろうが雑魚同然だ。
軽く槍を振り回すだけで、彼らは死ぬ。
正直、騎士たちの体が切り裂かれた光景は忘れられない。
今は戦場の空気に当てられており感覚が鈍くなっているが、平常時に見た光景だったら腹の中身を全て吐き出していただろう。
いくら異世界の住民であっても、いくら見知らぬ赤の他人であっても、殺人に何の抵抗も抱かないほど自分の心は冷たくも強くもない。
でも、自分が勇者を倒さなければ、自分が連合軍を倒して邪神軍を勝利に導かなければ、雫が殺されてしまう。
雫を助けるためには、赤の他人の命を取らなければならないというなら、自分は雫を助けることを選ぶ。
彼女のためならどんなことでもしてやる! 邪神の侵略の手先にでも、殺戮者や悪魔にでも!
「そうだ……雫のために……」
雫を守らないと。
雫を助けないと。
自分が従う限り、メテオスは雫を守ると、安全を守ると約束してくれた。
だから自分は雫を守ってくれるメテオスのために、勇者を倒さなければならない。
「そうだ……勇者、お前らがこの戦争に口を出したから……!」
怒りが腹の底から湧き上がる。
勇者がメテオスの侵略を妨害しなければ、雫は召喚されなかった。人質にされて、あんな涙を流すような怖い目に会うこともなかった。
雫をこんな目に合わせたのは勇者のせいだ。
勇者を呼んだのは連合軍だ。だから、連合軍のせいだ。
侵略されたから、滅ぼされそうだったから、そんな理由で何の関係もない異世界人を、自分たちを巻き込んだから、こうなったんだ!
頭の片隅で何かを訴える声が聞こえる気がするけど、そんなものは瑣末ごとだ。
何かを訴えてくる声を無視する。
そして、連合軍に向き直る。
雫を不幸にした元凶の連合軍を。
「お前らが……お前らのせいなんだ!」
自分の心にそう言い聞かせれば、殺人への忌避感は無くなった。
そうだ、こいつらは雫を泣かせた元凶だ。怖がらせた元凶だ。
そんな奴らを殺すことに、何のためらいがある。
雫をあんな目に合わせている勇者を庇う奴らを殺すことに、何のためらいがある!
「死ね、侵略者め!」
先頭の兵士が槍を振り上げる。
「……ふざけるな」
それを、自分は怒りに任せてメテオスから借りた槍で薙ぎはらった。
「ふざけるな!」
――直後、悲鳴をあげる暇もなくその兵士をはじめとした群がっていた連合軍の歩兵が10人以上まとめて炎の刃に両断された。
「なっ!?」
驚きから足を止める連合軍の兵士たち。
そいつらを見据えて、自分は怒りの慟哭を上げた。
「死ぬのはお前らだ!」
……頭の片隅で声が聞こえる。
瑣末ごとだと無視する声が聞こえる。
けど、無視する。瑣末ごとだから。
無視したことで、その訴えに気づいていない。
いつのまにか、怒りの対象が勇者からさらに広がっていたということに。