召喚された日①
敵役が主人公の物語です。
異世界ものでも一風変わった物語と自負しています。
拙作をどうかお願い致します。
まるで古代文明の遺跡のような、神殿らしき石造りに囲まれた巨大な空間。
そして自分たちの前には、玉座から睥睨するように石造りの広い階段の上に特撮映画にでも出てきそうなかろうじて人型であると言えるがおよそ自分の知る生物に該当するものがない異形の怪物が立っている。
自分の住んでいるマンションのエレベーターに乗り込もうとしていたはずなのだが、一瞬目の前が真っ暗になったかと思いきやいつの間にか不気味な湿気と寒さに満ちた広く暗い空間の中央に座り込んでいた。
「ほぁ……?」
あまりの突然の事態に、理解が追いつかない。
ついついそんな間抜けな声を出してしまったが、仕方がないと思う。
到底理解不能な非現実的な事態を目の当たりにして、自分こと班目 勉は混乱から間抜けな顔を晒しながら頭の中でそんな言い訳をしていた。
休日のある日、マンションのエレベーターにて偶然隣に住む幼馴染の神薙 雫とたまたま鉢合わせして、エレベーターに乗り込んだ。
すると唐突に目の前が真っ暗になり、意識が一瞬飛んで、そして気がついたら見知らぬ場所に座り込んでいた。
何があったか思い出すことはできたけど、それでこの目の前の状況を理解しろというのは到底できない。
見知らぬ場所で化物が目の前にいるという恐慌状態に陥ってもおかしくない状況にありながら、あまりにも場面がポンポン変わるものだから理解がついていけず、自分はただただ呆然とするしかなかった。
そういえば、とマンションの隣に住んでいる幼馴染のことが頭に浮かんだ。
あの時、一緒にエレベーターに乗った彼女は無事だろうか。
こちらを見下ろしている化物から視線を外し隣に目を向けると、そこには同じく現状が理解できず恐怖よりも混乱が勝っている雫が座り込んでいた。
「しずく……」
無事でよかった。
とりあえずそれが確認できただけでも、少しだけ混乱が落ち着いた。
彼女の名前を口にすると、幼馴染もこちらの存在に気づいたらしく、きょとんとした顔を向けてきた。
そして、知り合いがいたということに安堵したのかふっと表情が和らぐ。
つられて、自分も表情が間抜けヅラから少し和らいだものに変わった。
知り合いがいたこと、そして無事を確認できたことにひとまず安堵。
自分が彼女に向けたように、彼女もまた自分の名前を口にする。
「つと――むグッ!?」
だが、それを最後まで紡ぐことはできなかった。
突如視界の外から伸びてきた無数の巨大な植物の蔦のような伸びてきて、先ほどまで少しだけ安堵した表情を見せていた幼馴染の身体に絡みつき、その身を瞬く間に攫って行ったのである。
「雫っ!」
手を伸ばすが、届くことはない。
すぐさま蔦が雫を連れ去った方向に振り向くと、そこにはあの異形の怪物がいた。
先ほどと違うのはその背中から無数の蔦を生やしていることと、その蔦で拘束した雫をそばに置いてその喉元に手先を添えていたことだった。
まるで、ナイフを人質の喉元に突きつけている強盗犯のような姿。
とにかく助けないとと、身体が動いた。
「しず――」
「止マレ!娘ヲ殺スゾ」
「――ッ!?」
だが、化物が発した声に足が止まった。
目の前の化物が聞き取りにくい機械音声のようなものとはいえ日本語を喋ったことも驚くべきことだが、それ以上に彼女を人質に取られたということを理解させられる。
今すぐにでも雫を助けたいが、あの状況では自分の手がとどくよりも化物が雫を殺す方が確実に早い。それは理解できた。
足を止めた、つまり人質が通用することを確認した化物は、口を弓張月状に変形させた。
(笑った……のか?)
喋った時は全く動かなかったから、口じゃないのかと思ってしまったが、そうでもないらしい。
この化物に笑うという概念があるかどうかわからなかったが、その異形が浮かべる顔はなんとなくだが笑ったということだけは理解できた。
「い、いや……!」
化物に拘束されている雫が目元に涙を浮かべ、体を小刻みに震わせる。
それまでは恐怖よりも混乱が勝っていたので理解が追いつかないといった様子だったのだが、化物が殺すという言葉を発してから恐怖が勝ってきたらしく怯え始めた。
普段の勝気な姿からはかけ離れたその姿に、相手が化物だろうがなんだろうが関係ないと、今すぐにでも駆けつけて助けたいという衝動が湧き上がる。
憎まれ口を叩き会う腐れ縁だけど、それでも彼女は俺にとって親友、いや家族同然とも言える大切な存在だ。そんな彼女のあんな怯えた姿を見て、助けたくないわけがない。
だが、動けない。
助けたいが、助けようとしたらその瞬間化物は雫を殺す。理性が警鐘を鳴らして、踏み出したい足を思いとどまらせていた。
冷静になれと、湧き上がる衝動を押さえつける。
雫を助けるためにやらなければいけないことは、化物に飛びかかることじゃない。
考えろと、冷静になれと、雫を安全に助ける方法を考えろと、呼吸を整えて混乱と衝動で感情に支配されそうになっている体を落ち着かせる。
「た、たすけて……おねがい……つと、む……!」
蔦で拘束されながらも、雫が手を伸ばす。
助けてと、泣きながら弱々しく懇願している。
雫は小さい頃から負けず嫌いで人を頼ることをしない芯の強い子だった。
勝気で、負けず嫌いで、男相手にも正面から立ち向かう、やんちゃと言ってしまえば聞こえは悪いけどとても強い子だった。小さい頃は大人しく勉強以外取り柄のない根暗で泣き虫だった自分とは大違いで、常に前を突っ走っている少女だった。
付き合いは長いけど、映画を見て感動して流した涙はともかく、あんな風に弱々しく懇願するような泣き顔を見せたことは一度しかない。
それがいきなり訳のわからない場所で訳のわからない化物に捕まり、殺すと言われた。
いつも気丈に振る舞っていたが、どこかで溜め込んでいたのかもしれない。それが堰が切れたように溢れ出た。
「助けてよ……助けてよ!」
泣きわめいて助けてと叫びはじめる。
だが、自分は動かなかった。
「黙レ、死ニタイノカ」
「ひっ……っ!?」
化物が爪を彼女に見せつけるように首筋に当てて脅したことで、雫も口を閉ざす。
あんな怯えた雫の顔は見たくない。
助けられる手段があれば……!と、己の無力に苛立ちが募る。
でも焦ったところで状況は好転しない。
まずは状況を確認する。
雫を人質に取ったということは、殺すことが目的ではないはず。化物の目的はわからないが、交渉の余地があるかもしれない。
幸い、化物は日本語を理解できるようだ。
自分は、化物に向かって声を発した。
「しず……か、彼女を、放してくれないか?」
「…………」
化物の目が怯えている雫から自分に向けられる。
横一文字になっていた口が、また弓張月状に変形した。
「……ソレハ貴様次第ダ、異邦人ヨ」