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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第七十一話「あなたのいない夏祭り」

 院須磨町郊外に建つ一軒のアパートの一室で、頻繁に心霊現象が起きていた。

 以前住んでいた住人が自殺したらしく、その霊が部屋に現れるらしいのだ。

 実際にその部屋に越してきた人間は心霊現象のせいですぐに引っ越してしまい、おまけに心霊現象は隣室にまで及び、今となってはそのアパートに残っている住人は極僅かだ。

「……お願いします。これ以上出ていかれると本当に立ち行かなくなるんです……!」

 そこで大家、後藤は、ゴーストハンターを名乗る霊能者に依頼した。

 彼女は快く依頼を受けると、受けた当日の夜にトランクケースを引きずりながらアパートを訪れた。

「ええ、任せてください」

 だいぶ若い女性のようだが、自信ありげな佇まいに後藤は少し安堵する。

 一見穏やかそうな顔つきだが、目つきはかなり真剣で鋭く見える。ライトブラウンのロングヘアをシニヨンにまとめ、パンツスーツを着こなしたその姿は正に”出来る女”と言った様子だ。

「心霊現象が起き始めたのは三ヶ月前から、ということでしたね?」

「はい……。あの部屋で人が亡くなってから、一ヶ月くらい経った後です」

 最初は霊が部屋に現れるだけだったが、次第にポルターガイスト現象が起こったり、襲いかかられたなんて話もあった。

 当初後藤は心霊現象を信じていなかったため、家賃を格安にすることで場当たり的な対応をしていたが、隣室にまで被害が及び始めたところでようやく重い腰を上げたのだ。

「間違いなく悪霊化していますね。直ちに除霊を行いましょう。三階の302号室でしたね」

 まだアパートの敷地内に入っただけなのに、もうここまでわかるのだろうか。後藤は不審に思ったが、相手は専門家だ。ひとまずは様子を見ようと思い、お願いしますと頭を下げた。

「では、失礼します」

 足早に女が階段をのぼり、その後ろを後藤がついていく。

 三階に着くと、一気に空気が淀んだような気がする。心霊現象が起きるようになって以来、三階に近づくといつも後藤は気分が悪くなる。

 そして目的の部屋につくと、後藤はすぐに部屋の鍵を開けた。

「……今解放します」

 女は部屋に向かってそう呟くと、トランクケースを開いて中から何かを取り出した。

「か、刀……!」

 女が取り出したのは、鞘に収められた刀だ。日本刀ではなく、青竜刀と呼ばれる中国に起源を持つ薙刀のような刀身の刀である。

「……一応、内緒にしていてくださいね」

 女はそう言って口元に人差し指をあてて見せた後、すぐに鞘から青竜刀を引き抜く。そしてゆっくりと部屋の中へ入っていく。

 後藤には何も見えなかったが、女が何かを見つけて反応するのが見えた。

 女は即座に何かをかわすような動作を見せ、一気に駆け出すと部屋の最奥で青竜刀を薙ぐ。

「……良い旅を」

 その瞬間、淀んでいた空気が一気に浄化されたような気がした。

 気持ちの良い空気を吸い込みながら、後藤は女の後ろ姿を見つめる。

「……終わりました」

「本当ですか!?」

 全く見えなかった以上、疑う気持ちもあった。

 だが後藤も感覚的に、今まであった淀んだ何かが消えたことを感じ取ってはいる。

「ええ、もう大丈夫です。この部屋も、彼女も」

 彼女、とは部屋にいた霊のことだろうか。

 後藤には何も見えなかったが、少なくとも今まで感じていた三階の気持ち悪さ、居心地の悪さは今の一瞬で改善されている。

「もしまだこのアパートで何かあるようでしたらいつでもご連絡ください」

 その時、女があまりにも気持ち良く微笑んだので、後藤の疑念はほとんど消えてしまった。

 嘘のつけなさそうな女の笑顔だ。

「雨宮霊能事務所は、いつでも困っている人を助けますからね」

「ありがとうございます……早坂さん」

 頭を下げる後藤に、雨宮霊能事務所のゴーストハンター、早坂和葉はもう一度穏やかに微笑んだ。



***



 数ヶ月ぶりに、城谷月乃から雨宮霊能事務所に連絡があった。

 特に何か用事があったわけではなく、しばらく連絡を取り合っていなかったから気になっただけとのことだった。

『話、結構聞くわよ。頑張ってるみたいね』

「ありがとうございます。でも……まだまだです」

『まあまあ謙遜しないで』

 和葉にとっては謙遜ではなく、本当にまだまだと思っている。

 雨宮浸はこんなものではなかった。

 この雨宮霊能事務所を引き継いだ以上、前所長であり和葉が最も憧れるゴーストハンターである雨宮の名に恥じぬ仕事をしなければならない。

 そんな風に気負っている和葉を月乃は心配しているのだが、当の和葉は気を張り続けている。

 もうあれから、二年近く経った。

 カシマレイコが復活し、それを雨宮浸が命を賭して封印してから、もう既に二年の歳月が過ぎようとしている。

 もう少し涼しくなって九月が来れば、雨宮浸の命日が来る。

 この季節になるとどうしても和葉は思い出してしまう。

 前に進まなければならないのに、引きずられてしまうのだ。

『あ、そうだ。少しは考えてくれた?』

「えっと……なんでしたっけ?」

『霊滅師になる話。和葉ちゃん程の実力と霊力があれば、城谷家から思い切り推薦出来るんだけど』

 この話は大体三回目くらいだろうか。

 月乃には申し訳ないが、和葉は決まってこう答える。

「……すいません、私ゴーストハンターでいたいんです。浸さんと同じ、ゴーストハンターとして戦いたいんです」

『……気持ちは変わんない……か。ごめんね、何回も』

「いえ、私の方こそすいません」

 それから二言三言話してから、和葉は月乃との電話を終える。

「……ふぅ」

 久しぶりに月乃と話したせいで、二年前のことを思い出してしまう。

 思えば短い時間だった。

 浸に出会ってから別れるまでの時間より、もうとっくに一人で戦っている時間の方が長くなっている。

 なのに浸といた時間の方が、長かったような気がしてならなかった。


 二年前、カシマレイコは雨宮浸によって封印された。

 復活したカシマレイコの策略により、院須磨町には噂によって悪霊が変質した存在――――怪異が蔓延り、カシマレイコに近い危険な怪異も複数出現するようになっていた。

 それらはゴーストハンター、霊滅師達の活躍によって祓われた。そして諸悪の根源であるカシマレイコは激闘の末、一人のゴーストハンター……雨宮浸の手によって封じられた。雨宮浸が、自分自身を犠牲にすることで。

 カシマレイコは現在、真島家にある地下室に浸と共に封印されている。入り口は浸によって破壊されたため、強引に掘り起こしでもしない限り入ることは出来ない。その上から更に封印が施されており、カシマレイコの脅威は完全に去ったと言っても過言ではない。

 だがカシマレイコがいなくなっても、悪霊がいなくなるわけではない。

 人が生きて、死ぬ限りそこに未練はある。

 一時はふさぎ込んでいた和葉だが、浸の後を継ぐために修行をし、今は雨宮霊能事務所を再び開いてゴーストハンターとして戦っている。


 あの戦いからもう随分と時間が経った。

 かつてはあんなに騒がしかったこの事務所も、今は和葉しかいない。

 浸も絆菜ももういない。露子も今は、院須磨町にはいない。

 それでも事務所にいるとどうしても思い出してしまう。浸達と過ごした、二年前のあの日々を。

 そうやって昔を懐かしんでいると、無性に露子の声が聞きたくなってくる。今日は特に依頼も入っていないし、時期的にも夏休みだ。取り込み中でなければ話が出来るだろう。

 そう思って電話をかけると、露子はすぐに電話に出てくれた。

『久しぶり。どうしたのよ急に』

「つゆちゃん! 元気でしたか?」

『まあ、ぼちぼちね』

 昔と変わらない露子の口ぶりに、和葉はつい嬉しくなってにやけてしまう。

 朝宮露子は今年の春、院須磨町を出て美須賀みすか大学付属高等学校へ進学した。同じ赤霧あかむ市内ではあるが、以前のように頻繁に会えるような距離には住んでいない。寮で暮らしているせいもあってか、四月以降は一度も会っていなかった。

「夏休みはこっちに帰って来ないんですか?」

『あー、最初はそのつもりだったんだけどね。こっちでも仕事受けてるから何件か重なっちゃって帰れなくなったのよ』

「そうでしたか……。その内私の方から遊びに行きますね!」

『まあ、その内ね。お茶くらいは出してあげるわよ』

 露子のことだ。きっと部屋の中はきちっと片付けられていて、お茶も少し背伸びしたお洒落なものを出してくるだろう。

 そうやって二人で他愛のない話をするだろうと想像すると、自然と笑みがこぼれてしまう。

『……和葉』

 そうして話していると、不意に露子の声音が真剣になる。

『あんま無茶すんじゃないわよ』

「……大丈夫ですよ。私、頑張ってます!」

『そういうとこよ。たまにはちゃんと休みなさいよ。ほら、そろそろ夏祭りあるんじゃない? 遊んできたら?』

 夏祭り。という言葉に、和葉の心臓が僅かに跳ねる。

 去年の夏祭りに、結局和葉は顔を出すことが出来なかった。

 守られなかった約束を思うと胸を締め付けられる。隣にいてほしかった人のいない夏祭りを彷徨うのは、辛いだけのように思えた。

『和葉?』

 露子には、浸との夏祭りの約束のことは話していない。これ以上余計な心配をかけまいと、和葉は笑って答えた。

「そうですね、夏祭り。りんご飴とか、たこ焼きとか、焼きそばとか、綿あめとか……」

『食べ物ばっかり並べてんじゃないわよ食いしん坊』

「えへへ……」

 食べ物のことを考えると、少し沈みかけていた気持ちも多少は上がってくる。

 実際のところ、夏祭りのような人の集まる場所には霊が寄って来ることが多い。遊ぶかどうかはさておき、パトロールの意味を込めて今年は顔を出すのも良いかも知れない。

『とにかく、なんかあったら相談すんのよ。あたしで良ければいつでも聞くから』

「……ありがとうございます」

 つくづく自分は人に恵まれている。しみじみと感じて、和葉は頬をほころばせた。



***



 院須磨町の夏祭りは決まってお盆の時期に開催される。

 二年前はカシマレイコの出現によって延期となっていた夏祭りだが、去年からは例年通りお盆に行われている。

 普段は隠れた釣りの名所として釣り人が集まる庵熊漁港も、この日だけは夏祭りの開催場所として大いに賑わう。

 海を見渡しながら屋台を楽しみ、後半には盆踊りが行われる他、最後には海上に打ち上がる打ち上げ花火が名物になっている。

「賑わってるなぁ」

 家族連れやカップル、友人同士で楽しんでいる町の人々を眺めて、和葉は思わず呟く。

 これが雨宮浸達の守った院須磨町の未来だ。

 こんなに沢山の人達が今笑っていられるのは、あの戦いが終わったからこそだ。

 なのにこの光景を、浸は見ることが出来ない。

 浸と一緒に平和になりましたね、だなんて言いながら屋台巡りが出来ればどんなに良かっただろうか。

「……何か食べようかな」

 あまり辛気臭い顔をしていると、楽しんでいる人達に水を指してしまう。

 気分を切り替えようと歩き出すと、焼きそばの屋台が目に止まった。

「おや、和葉ちゃんじゃない?」

「……あ!」

 屋台でどっかりと座っているのは、ドリィというロリータ系ファッション専門店の店主、浅海結衣だ。

 鉄板の上には今何もないが、店先にはパックに入った焼きそばが何個か置かれている。

 質素なデザインの浴衣姿の結衣は、和葉を見てニッと笑った。

「一瞬見間違いかと思ったよ。浴衣は着ないのかい?」

 今の和葉は、夏祭りの会場にはあまり合わないスーツ姿だ。ほとんど飾り気のない和葉は、他人から見るとまるで仕事帰りに立ち寄っただけのようにも見える。

「一応、仕事の一環で来てるので……。結衣さん、浴衣似合いますね!」

「そう言われると嬉しいね。もう少し派手なのにしようかと思ったんだけど、やっぱあたしにはこのくらいが丁度良いや」

 カラッと笑う結衣に、和葉も笑い返す。

「露公は今年は帰らないんだってねぇ。あいつが来ないとうちの売上やばいんだよね……」

「冬休みには帰ってきてくれると良いんですけどねぇ……。私で良ければ、また今度お邪魔します」

「是非来ておくれ。最近は自分でデザインもするようになったんだ。もうそろそろ発注したオリジナルのが何着か届くハズだよ」

「え!? ほんとですか!? すごい! 絶対見に行きます!」

「露公には直接見せるまで内緒にしといてね」

「はい!」

 ドリィは売上はあまり良くないようだが、結衣自身はそれなりに楽しくやれているようだ。

「あ、そうだ。焼きそばください!」

「おおそうだそうだ。お客さんだ。あいよ」

 小銭を取り出した和葉に、結衣は焼きそばのパックを手渡す。

「さっき作ったばかりだから、まだ温かいよ」

「ありがとうございます!」

「祭り、楽しんでね!」

 そうだ。ちゃんと楽しまないと。

 浸達が守った平和を、残った者が享受しないでどうするのか。

「私、元気です」

 届かない言葉をそっと呟き、和葉は焼きそばを食べ始めた。



***



 庵熊漁港で夏祭りが行われている頃、真島圭佑は自室でお見合い写真を眺めていた。

 真島家には現在、跡取りがいない。当主である圭佑がいつまでも未婚のままでは後がなくなるのだ。

 真島家は、カシマレイコに関する事件を隠匿していたことで霊滅師協会から完全に除名されかけていた。しかしカシマレイコの封印に貢献したことと、城谷家の当主である城谷月乃と他の霊滅師達が協会に掛け合ってくれたことでどうにか除名を免れた。

 もし真島の家に霊能者が生まれないのがカシマレイコのせいならば、まだその呪いは解かれていないだろう。

 だがそれでも、圭佑は真島の家をもう一度霊能者の家系にしたいと思っている。

 雨宮浸達を思って改めて思ったのだ。このまま傍観者ではいたくないと。

 己を賭してまで町を守ろうとした彼女が眠るこの地で、情けない姿は見せていたくない。

 例え可能性が僅かでも、子を成し、未来へ繋ぎたい。

 もっとも、子がそれを望まないのであれば圭佑はすっぱり諦めるつもりではあるが。

「……それにしてもいるんでしょうか。僕で良いって言ってくれる女性」

 まずはこの自信のなさからどうにかしないといけない。そう思って圭佑がため息をついていると、突如背筋を悪寒が走った。

 そして程なくして、圭佑の部屋のドアが荒々しくノックされた。

「入ってください。どうしました?」

 厭な予感がする。

 額に浮いた脂汗を拭っていると、使用人の老婆がひどく慌てた様子で中に入ってきた。

「圭佑様! 大変です! 封印が……っ!」

「――――まさか……ッ!」

 すぐに最悪の予想を立てた圭佑は、大急ぎで部屋を出てあの場所へ向かう。

 そしてその場で、圭佑は息を呑んだ。

「そんな……!」

 そこにあったのは破壊された祠と、ビリビリに破かれた封印の札だった。


 最悪の呪いが、再び解き放たれた証拠だった。

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