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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第六十九話「降臨」

 真っ黒な空間の中で、浸は一人の老人と相対していた。

「……力を貸してください」

「これ以上何を欲する」

「……どうしても守りたいものがあります」

 浸の言葉に、老人は深く考え込む。そんな老人を、浸はただ真っ直ぐに見据えていた。

「それは全てを投げ捨ててでも守りたいものか?」

「ええ」

 浸の言葉に迷いはない。それを理解してか、老人は頷いて見せた。

「覚悟はあるか」

「とうに」

「……良かろう」

 そう答えて、老人は消えていく。

 その瞳には、どこか悲しみが湛えられているように見えた。



***



 カシマレイコ降霊の儀式の準備は、着々と進んでいた。

 会場である真島家では既に庭に祭殿が建てられており、奏者の手配も終わっている。

 当日は儀式の影響で霊が集まりやすくなるため、ゴーストハンターや霊滅師達が真島家の周囲を防衛する手筈になっている。

 そして肝心の降霊術を執り行うのは、城谷家当主であり高い霊力を持つ城谷月乃と、雨宮霊能事務所の助手であり、月乃をも凌ぐ霊力を持つ少女――――早坂和葉だ。

「はい、そこまで!」

 月乃の言葉で、和葉はピタリと動きを止める。

 場所は真島家の庭。本番に近い状態にするため、和葉は白衣に緋袴、千早を羽織った巫女姿である。

 流石に本物の霊具は持たされていないが、代わりに近い形状の練習用の神楽鈴を持たされている。本番では、霊具として作られた神楽鈴を用いて舞を行うのだ。

「……よくこの短期間でものにしたわね」

「……ありがとうございます」

 訓練を始めてから五日間、和葉は必死で月乃に教わったことを飲み込んだ。

 家に帰ってからも繰り返し反復練習をし、助手としての仕事を休んでいる分ほとんどの時間を舞の練習に費やした。

 絶対に失敗しないために。

 その成果が、どうやら実ったようだった。

「本当にお疲れ様。正直、もう少しかかると思っていたから……」

「城谷さんの教え方が上手だったんです! 私はただ、それをなんとか飲み込んだだけで……」

「あなたが本気で取り組んだ結果よ。謙遜しないで自分を褒めて」

 そう言って月乃に肩を叩かれると、和葉は少し誇らしくなってくる。

 一生懸命やって出した結果は、何より誇らしい。

 とは言っても、本番は今ではないのだが。

「あとは本番で失敗しないように気をつけないとね。……これは私もだわ……」

「だ、大丈夫ですよ! 一緒に頑張りましょう!」

「……そうね。というか、私が頑張らないといけないところだしね!」

 お互いに顔を見合わせて励まし合えば、多少不安も消えてくる。

 こうして一緒に過ごす内に、和葉の中で月乃のイメージは大きく変わった。

 最初は少し堅そうな印象で、厳しい人のように思っていたが、実際は全然違う。話してみると少し年上なだけで、普通の女性なのだ。

 迷うこともあれば、不安になることもある。浸といる時や、霊滅師として振る舞う時はそれなりに苦労しているのだろう。

「……これで準備は整った……。あとは当日次第ね」

 この作戦の成否に、陰須磨町の命運がかかっている。

 そう思うと強いプレッシャーを感じてしまうが、もう覚悟は出来ている。

「和葉」

 不意に後ろから声をかけられ、驚いて和葉は振り向く。

 すると、そこに立っていたのは朝宮露子だった。

「つゆちゃん!」

「頑張ってるらしいじゃない。見に来てやったわよ」

「えへへー、残念、もう踊り終わったとこでしたー!」

「はぁ!? もっかい踊りなさいよ!」

 茶化す和葉に、露子は語気を強めたが表情は穏やかだ。

 しばらくきゃあきゃあと騒ぐ二人だったが、やがて露子が落ち着いた調子で口を開く。

「……和葉、頼んだわよ」

「……はい」

「悔しいけど、もうあたしに出来ることはほとんどない。カシマレイコは、あたしじゃ倒せない」

 今の露子の力では、カシマレイコにはかなわない。不意打ちで一矢報いるのが精一杯だったくらいだ。二度目はないだろう。

「アンタと城谷さんと……浸に託す。その代わり、儀式の間は絶対に誰にも邪魔させないわ」

 儀式の当日、露子は真島家の周囲を防衛することになっている。

 正直主戦力になれないのは悔しかったが、それでも出来ることを出来る限りやるだけだ。

「城谷さん……和葉を、お願いします」

「……ええ。任せて」

 ペコリと頭を下げる露子に、月乃はそう答える。

「守るわよ……この町を」

「……はい!」

 露子の言葉に、和葉は力強くそう答えた。


 そして、儀式の日は訪れる。




***



 丑三つ時。

 陰の霊気が強まるその時間に、降霊術は行われることになった。

 祭壇の最奥には神棚が置かれ、お神酒等が供物として捧げられている。

 かがり火が怪しげに神鏡を照らし、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 周囲には奏者が並び立ち、中央には巫女装束に着替え、霊具として作られた神楽鈴を持った和葉と月乃が立っていた。

 秋の夜は冷える。

 冷水で清めた身体を、装束越しに冷たい風が冷やした。

「始めるわよ」

「……はい」

 並び立つ二人を、浸は少し離れた場所で見守っていた。

「……早坂和葉……お師匠……」

 カシマレイコを呼び出す以上、この降霊術は危険なものになる。

 舞を行う二人は、最初にカシマレイコに襲われる可能性が高い。

 月乃がいるとは言え、彼女はほとんど丸腰だ。あの神楽鈴は、霊具ではあっても武器としての力はない。

 一瞬でも浸の反応が遅れれば、取り返しのつかないことになる。

 意識を集中させ、浸は二人を見つめる。

 月乃がゆったりとした所作で鮮やかに手を上げた。

 鈴が鳴る。

 そして奏者は奏で始めた。

 カシマレイコ降霊の儀が、執り行われるのだ。

 舞が始まった瞬間、一気に周囲に霊力が満ちるような気がした。



***



 真島家の周囲で身構えていると、露子は不意に複数の負の霊力を感じ取った。

 それと同時に庭の方から音楽と鈴の音が聴こえ始め、儀式がついに始まったことを理解した。

「……さあ来なさい。何人たりとも、この先にはいかせてやらないわよ!」

 異様に長いマガジンの装填された二丁の拳銃を両手で構え、露子はすぐに迫りくる悪霊へ発砲する。

 周囲にいた霊能者達も、集まってきた悪霊達と戦い始めている。

「頼んだわよ……っ!」

 歯噛みしつつも、露子は今自分に出来ることだけに集中する。

 誰にも邪魔はさせない。

 露子の放つ弾丸は、次々に悪霊を祓っていった。



***



 儀式は滞りなく続く。

 和葉の舞は、月乃程スムーズではないものの十分舞として通用するレベルであるように浸には見えた。

 付け焼き刃の舞としては上出来以上の代物だ。和葉が本当に必死で練習し続けていたことがよくわかる。

 神楽鈴の音が美しく鳴り響く。

 舞い踊る二人に、思わず見惚れてしまいそうだった。

 だが美しいだけではない。

 これから呼び出すのは神などではない。怨霊だ。

 空気の淀みをじんわりと感じて、浸は表情を引き締める。既にこの家の周囲には、何体もの悪霊が集まっていることだろう。

 浸が意識を集中させている中、和葉は舞いながら厭な気配を感じ取っていた。

 なんとか意識を自分の動きに集中させてはいるが、厭な気配は強くなる一方だ。

 そして同じ気配を、恐らく月乃も感じている。

 お互いに張り詰めた表情のまま、舞い続ける。

 まるで空気がへどろになったかのようだ。

 まとわりつくようなソレが、身体の動きを鈍らせてしまいそうな気さえしてくる。

「――――っ!」

 そこで不意に、異変が起きる。

 鈴の音がおかしい。

 リハーサルを含め、和葉は何度も鈴のついた練習用の神楽鈴で舞っている。そのため、舞の中で、どのタイミングでどのように鈴が鳴るのかをある程度理解している。

 だが今は、和葉の鈴も月乃の鈴も狂ったように音を立てている。

 そして次に、神棚が一人でに揺れ始めた。

 ガタガタと音を立てる神棚に驚いていると、次の瞬間には周囲の明かりが全て消えた。

 神棚の前で燃えていたろうそくも消えてしまっている。

(まさか……っ!)

 気づいた時にはもう、ソレはそこにいた。


「……随分と凝った真似をしてくれるではないか」


 暗闇の中で、真っ赤な目が釣り上がる。

 三日月型に裂けた口がニヤリと笑い、白く鋭い歯が闇の中に現れた。

「やれやれ、まだ準備中だというのに呼び出しおってからに」

 カシマレイコが、和葉へ目を向ける。

 その瞬間、和葉は竦み上がってしまった。

 おどろおどろしい負の霊力を全身で感じ取ってしまって身動きが取れない。迫り上がってきた恐怖心から逃れられない。

「だが悪くはない待遇だのぅ?」

 ちらりと神棚を見て、カシマレイコはもう一度ニヤリと笑う。

「良かろう。お前ら全員が妾の供物だ」

 瞬間、包み込むような殺気を感じ取った。

 間違いなく、カシマレイコは真っ先に和葉を殺すつもりだ。

 だが和葉は知っている。

 ここには、雨宮浸がいることを。

「避けてください!」

 浸の声が響くと同時に、和葉は横っ飛びに回避行動を取る。

 その瞬間、赤い霊力の塊――霊撃波がカシマレイコ目掛けて飛来した。

「ほう」

 カシマレイコがそれをひらりとかわすと、霊撃波は祭壇を粉々に破壊した。

「……何をした? また霊力を上げているではないか……雨宮浸」

 闇の中から、浸が駆け寄ってくる。そして浸は勢いよく鬼彩覇を振り上げ、カシマレイコ目掛けて振り下ろした。

 鎌へ変化したカシマレイコの右手が、鬼彩覇を防ぐ。

「ははははははは! もうほとんど霊体ではないか!」

 カシマレイコの言葉で、和葉も浸の異変に気づく。

 よく見れば、浸の身体がわずかに透けているのだ。だがかつて浸が半霊化した時とは違う。今の浸からは、負の霊力は一切感じない。

「早坂和葉! お師匠を連れてこの場を離れてください!」

 浸はそれだけ告げてから、鬼彩覇へ一気に力を込める。そのまま振り抜くと、カシマレイコが弾かれて数歩退いた。

「あなたはここで祓います……! 雨宮浸の名にかけて!」

 突きつけた切っ先の向こうで、カシマレイコの霊力が膨れ上がった。


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