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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第六十七話「束の間の平和」

 浸の振り抜いた青竜刀が、目の前のテケテケを祓う。

「……アディオス。良い旅を」

 旅立つ霊魂へ別れを告げつつ、浸は額の汗を拭った。

「早坂和葉、他に気配は感じませんか?」

「……いえ、今のところはないですね」

 真夜中の踏み切りで、二人は一息つく。

「……なんか、数減ってますよね……?」

「そう、ですね……。カシマレイコ化した霊も出ていませんし……」

 ゴーストハンター、霊滅師と怪異との戦いは今も続いている。

 しかし、怪異の数はある時を境に減少しつつあるのだ。

 きっかけはあの日、浸、露子、月乃が墓地でカシマレイコ本体と戦った日だ。

 あの時カシマレイコは完全には祓えていなかったハズだが、あれ以来怪異の数は減り続けている。その上、カシマレイコ自身も現れていない。

 ゴーストハンターと霊滅師の中には、あれで解決したのだと楽観視している者もいるが、浸は勿論、露子や月乃は決してそうは思っていない。

 それは、あの日の話を聞いた和葉も同じだ。

「なんだか……気味が悪いですね」

 まるで嵐の前の静けさだ。

 このまま収束するとは思えなかったが、事態は少しずつ収束していく。自分の感覚と大幅にズレた現状は、不気味な違和感となって胸に残る。

「とにかく今は、被害が減っていることを喜びたいですね」

 怪異による被害は、ゴーストハンターと霊滅師の活躍によって減少傾向にある。一般人による怪異の目撃証言も減っており、こうして夜中に巡回に出ている人数も減りつつある。

 ――――精々足掻けゴーストハンター、霊滅師……祓えぬ妾を相手にのぅ……。

 暗雲立ち込める夜空を見上げ、浸は不安を吐き出すかのようにため息をついた。

 募るばかりだったけれど。



***



 昼間の商店街は、少しずつ活気を取り戻していた。

 一時期は人通りも少なく、シャッターを閉めたままの店も多かったが、現在はほとんどの店が開いており、何人もの人々が行き交っていた。

「なんだか、ちょっと元通りって感じですね!」

 商店街を見回しながら和葉がそう言うと、隣で浸が微笑む。

「ええ。このまま町の人達が安心して暮らせれば良いのですが……」

 現在、日中は霊滅師だけで怪異への対応を行っている状態だ。

 増援も駆けつけており、その内夜間の巡回も霊滅師だけで行われるようになるだろう。

 少しずつ平和が戻っていく。

 違和感を残したまま。

「浸ちゃん!」

 浸が和葉とともに歩いていると、行きつけの八百屋の主人が声をかけてくる。

「久しぶりだねぇ! 元気だったかい?」

「ええ、元気でしたよ。そちらも元気そうで何よりです」

「最近嫌な事件が多かったけど、最近はようやく落ち着いて店が開けられるようになったよ」

 嬉しそうに笑う主人を見て、浸も和葉も胸をなでおろす。

 不安は残るが、こうして守れたものもある。活気づいた商店街が何よりの証拠だ。

「カシマレイコ……だっけ? 例の殺人鬼。最近出てないって話で、怯えきってたうちのガキ共も、ようやくちょっと元気を出し始めたよ」

 カシマレイコの恐怖は、噂の媒介になりやすい子供にこそ深く浸透している。それが少しでも緩和されているのなら、戦い続けたかいがあったというものだ。

 ちなみにカシマレイコの事件は、表向きには猟奇殺人鬼による犯行として処理されている。

「それは良かったです。このまま逮捕されてくれると良いのですが……」

 そうして店主と話していると、不意に浸の携帯が鳴り響く。

 慌てて確認すると、電話の主は月乃だった。



***



 電話の内容は、城谷邸でカシマレイコに関する重要な話がある。という内容だった。

 月乃の呼び出しに応じた二人は、月乃が指定した午後一時より少し早めに隣町の木霊町にある城谷邸へと訪れた。

「お、おっきなお屋敷ですね……」

 真島の家よりも遥かに大きな城谷邸を見上げ、和葉は感嘆の声を上げる。

 見慣れている浸とは違い、和葉は城谷邸に来るのは初めてだ。やや緊張した面持ちの和葉をほぐすように、隣で浸が微笑む。

「さて、入りましょうか」

 程なくして、屋敷の中から使用人が現れて二人を中へと案内した。



 二人が案内されたのは、広い客間だった。

 中では既に月乃が座って待っており、その隣には真島圭佑も座っていた。

「急に呼び出してごめんね。とりあえず二人とも座って座って」

 月乃に促され、浸と和葉は机を挟んだ月乃達の向かい側に並んで座る。

「まずはお礼を言わせて。あなた達のおかげで、怪異の数は大幅に減少している。あなた達と、沢山の霊能者達が戦ってくれたおかげよ」

「ありがとうございます。ですが戦ったのはお師匠も同じではないですか」

 月乃は全体をまとめる立場ではあったが、最前線で共に戦っていた。現状は、月乃自身も戦ったことで勝ち取ったものだ。

「…………俺は戦ってないのでいくらでもお礼が言えますね。本当にありがとうございます。本当にありがとうございます。本当にありがとうございます」

「ま、真島さん! 私も、私もそんなに貢献してないですから! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 ひたすら頭を下げる圭佑に続いて和葉までもがペコペコと頭を下げ始め、浸も月乃も困惑する。しかしすぐになんだかおかしくなってきて、全員が笑みをこぼした。

「さて、和ませることに成功したところで、本題に入りましょうか」

 ちょっといたずらっぽく笑って見せながら、圭佑が一息つく。

「先程城谷さんが仰った通り、現在院須磨町の怪異は大幅に減少しています。それと同時に、カシマレイコの目撃証言もほとんどなくなっていますね」

「……仰ったっていうのやめてもらえると助かるんですけど……」

「目上の方なので……」

 即答する圭佑に、月乃は苦笑いする。瞳也と言い圭佑と言い、年上から敬語で喋られるのは月乃にとってむず痒い。

「ですがカシマレイコは祓えたわけではない……ということで間違っていませんか?」

「……ええ。カシマレイコは撃退こそ出来ましたが、完全に祓ったとは言えません」

 その上、カシマレイコは意味深な言葉も残している。人々が恐れる限り、再び現れる、と。

「彼女の言葉が気にかかります」

「……俺や城谷さんも同じです。ですが、逆に考えられませんか? 今こそが好機だと」

 圭佑の言葉に、浸も和葉もハッとなる。

 今、院須磨町の人々の怪異に対する恐れは薄れつつある状態だ。もしカシマレイコが言葉通り、人々が恐れる限り祓えないのであれば……

「……今なら、祓えるかも知れないってことですか!?」

「わかりません。ですが弱体化している可能性は高いでしょう」

 浸との戦いで、カシマレイコは実際に致命傷を負っている。あのダメージが理由で大人しくなっているのなら、尚の事弱体化している可能性は高いと考えて良いのかも知れない。

「だから今こそ、私達の方から打って出る」

 月乃のその言葉で、部屋の中に緊張感が満ちる。

「ですがお師匠、カシマレイコは行方を眩ませています。一体どうやって……」

「降霊術を行うわ」

「……なるほど、その手がありましたか」

 降霊術。

 日本に限らず、世界各地で古くから存在する、死者をこの世に呼び戻す儀式だ。

 そこでようやく、何故この場に真島圭佑が同席しているのかを浸は完全に理解する。

「彼女に最も縁のある真島家なら、降霊術が成功する可能性は高いと考えられます」

 降霊術は、呼び出す霊と縁のあるものを触媒として使うことで確率を高めることが出来る。今回の場合、院須磨という地そのものと真島の家というだけでもかなり確率を高められるだろう。

「そして呼び出したカシマレイコを祓う、或いは封印する。そのために、あなた達の力が必要なのよ」

 そこで一度一息ついてから、月乃は言葉を続ける。

「……悔しいけれど、カシマレイコは私じゃどうにも出来ない。かと言って頭数だけそろえても犠牲が増えるだけ……だから浸、あなたの力を借りたい」

「…………」

 思わず、浸はその場で身震いした。

 うまく言葉が出てこないまま、浸は黙って月乃を見つめた。

「……浸?」

「……すみません、こんな時に」

 雨宮浸には力がなかった。

 霊能者でありながら、生まれつき霊力が低く、霊滅師はおろかゴーストハンターになることさえ難しいとされる程だ。月乃には何度も止められたし、浸自身折れそうになったことは何度もある。

 それが今は、違う。

 自分にとって目標だった城谷月乃が、今は自分を頼ってくれる。

 自分の力が、誰かを救うに足るものだと。

「お師匠が何も言わなかったとしても、私は力を貸すと思います。ですがこうして……改めてあなたに頼りにしてもらえることが……私にとっては、たまらなく誇らしいのです」

「浸さん……」

「……私で良ければ、いくらでも力を貸します」

 そんな浸の言葉に、月乃は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。

 もう雨宮浸は一人前、いや、それ以上だ。

 月乃から世話を焼く必要はもうないだろう。

 嬉しいような寂しいような、そんな感覚を抱いて月乃は小さく頷いた。

「お願いね」

「……はい」

 力強く頷いて、浸は戦う決意を更に固めた。

「……それで、肝心の降霊術なんだけど、行うためには霊力の高い霊能者が最低でも二人は必要になる。まずは私で一人、後は――――」

 その瞬間、全ての視線が和葉に集中する。

「……え?」

 思わず間の抜けた声を上げて自身を指差す和葉に、月乃と圭佑はゆっくり頷いた。

「早坂さん。あなたには、城谷さんと一緒に降霊術を行ってもらいます」

「私が降霊術を……ですか?」

 そもそも和葉は、降霊術がどういうものなのかまだ理解出来ていない。

 浸達の会話の内容からなんとなく何をするのかはわかっているが、肝心の儀式の内容については何も知らないのだ。

 だが、自分に白羽の矢が立つ理由はすぐに理解出来た。

「……やってみます。私」

 かつて疎んでいたこの力で、誰かの助けになれるなら。

 早坂和葉は迷わない。

「やらせてください……降霊術! 私に、教えて下さい!」

 必ず成功させて、院須磨町に本当の平和を取り戻す。

 そのために出来ることなら、なんだってやりたい。

「あまり時間はないから、少しスパルタでやらせてもらうわよ」

「はい!」

 真剣な面持ちで告げる月乃に、和葉は力強く答えた。

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