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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第六十五話「散華」

 ゆっくりとこちらへ向き直るカシマレイコと、夜海は対峙する。

 禍々しく、ひりつくような霊力がピリピリと感じられる。

 一瞬の油断も出来ない。

「……そうかお前……戦うつもりなのか」

 ピアノ線のような夜海の緊張に、カシマレイコが触れる。

「まるで蝙蝠のような女よのぅ。鳥か獣か、今日はどっちだ?」

 奏でるように弄び、カシマレイコは微笑する。

 夜海は、答えない。

 カシマレイコがどう出るか、こちらがどう動くべきか。意識はそこにしかない。

「まあよい。はやくこっちへ来い」

 手招きするカシマレイコだったが、夜海は動かない。

 そんな夜海を見て、カシマレイコは裂けたような口で三日月型に笑う。

「よもやお前……人間側につけるとでも思うておるのか?」

「っ……!」

「あれだけ殺して傷つけて、今更人間側につこうとは……半端者の半霊は所詮蝙蝠と言ったところか」

 挑発に乗ってはいけない。

 だがカシマレイコの淀んだ霊力は、言葉に乗って夜海の身体に流れ込んでくる。

 気を緩めれば一気にかき乱されてしまいそうな程だ。

「良い良い――――」

 次の瞬間、一瞬にして霊力が張り詰めた。

「かっ――――!?」

 そして夜海の身体を、大鎌が袈裟懸けに斬り裂いていた。

 反応し切れなかった。

 気づいた瞬間にはもう、大鎌に変化したカシマレイコの右腕は眼前まで迫ってきていたのだ。

「今消してやる」

 鮮血が散り、舞うようにしてのけぞる。

 だが夜海は、倒れる寸前で踏み止まった。

「――――あぁっ!」

 言葉にならない声を吐き出し、強引に右手を薙いで霊力を放出する。

 炎へ変わった霊力は即座にカシマレイコへと向かっていったが、それは全て霊壁によって防がれる。

「阿呆が」

 再び、大鎌が来る。

 直前のダメージが大き過ぎて最早回避する体力も残っていない。

 十字に斬りつけられた夜海は、今度こそその場に倒れ伏した。

「……くっ……ぁ……っ!」

 このまま戦っても勝ち目はない。

 そう判断して、夜海は這いずりながら逃げ出す。

「生き汚いのぅ夜海。まあ……妾も他人に言えた義理ではない、か」

 カシマレイコは、あえて何もせず這いずる夜海を見下ろす。

「しかし変わったのぅ。まるで何か希望でも見つけたかのようだなぁ?」

「……!」

「何を見つけた? 何を知った? 妾にも聞かせてたもれ」

 カシマレイコの言葉には答えず、夜海は必死で這いずり続ける。

「それを今から消してやろう」

 しかしその言葉を聞いた瞬間、夜海はピタリと動きを止めた。

 脳裏をよぎったのは瞳也の顔だ。

 カシマレイコに手足を奪われ、無残に殺される瞳也を思うと、不思議と恐怖心が消えた。

「……ん?」

 気がつけば夜海は立ち上がっていた。

 十字に開いた胸元の傷口から大量の血を流しながら、夜海は強くカシマレイコを睨みつけた。

「……せない……」

「……聞こえんな」

「それ、だけは……させないっ……!」

 次の瞬間、カシマレイコを巻き込みながら夜海の周囲が大量の炎に包まれた。

「……ほう」

 渦巻く炎が、カシマレイコを包む。

 それは霊壁をも焼き払い、カシマレイコの霊体へと燃え移った。

「はぁ……っ……はぁっ……!」

 だがそれも長くはもたない。

 すぐに限界が訪れ、夜海はその場に膝から崩れ落ちる。それと同時に、炎もかき消えた。

「……惜しかったのぅ、夜海」

 大鎌が振り上げられる。

 夜海の身体はもうまともには動かない。

 訪れる次の瞬間を覚悟し、夜海が目を閉じたその瞬間――――銃声が鳴り響いた。

「えっ……」

 弾丸は大鎌に食い込み、その場で即座に爆裂する。

 粉々に砕け散った右手の大鎌をチラリと見て、カシマレイコは訝しげな表情を見せた。

「……アンタはよくやった。後は――」

 そして凄まじい速度で、二つの影がカシマレイコへ迫る。

「任せてくださいっ!」

 大太刀、極刀鬼彩覇がカシマレイコを斬り裂く。

 そしてその太刀筋とクロスするようにして、日光に煌めく日本刀が畳み掛けるようにしてカシマレイコを斬り裂く。

「あ、あぁ……っ!」

「さっさと逃げなさい。アンタ……待ってる人がいるんでしょうが」

 泣きじゃくる夜海の肩を軽く叩きつつ、朝宮露子は夜海をかばうようにして前へ出る。

 そしてその更に前方で、二人の女がゆっくりと立ち上がる。

「間一髪……と言ったところでしょうか」

「……まさか本当に例の半霊が味方についているだなんてね」

 ゴーストハンター、雨宮浸と、霊滅師、城谷月乃だ。

「……さあ、今の内に」

「ありがとう……ござい、ます……」

 浸に促され、夜海は身体を半ば引きずるようにしてその場から逃げ出した。

 逃げていく夜海をチラリと見て、露子は胸をなでおろす。

 後一歩遅ければ、確実に殺されていただろう。助ける義理もなければ義務もない相手の無事を安堵してしまったことに、露子は少し苛立ちを覚えてしまう。

 カシマレイコの気配を感じた時、露子はすぐに浸と月乃へ連絡した。

 現状、あの器と呼ばれる思念体に対応出来るのは、浸か月乃だけだ。二人は器の出現に備えて待機していたのである。

「あいも変わらず憎たらしい奴らよ。こんな些細なことまで邪魔するかえ?」

 ゆらりと。のけぞっていたカシマレイコが身体を起こす。

 三人の攻撃で確実にダメージは与えられている。だがカシマレイコは一切余裕を崩さない。

「申し訳ありませんお師匠。どうやら祓い損なっていたようです」

「……みたいね。でも、どうして……」

 確かにあの日、浸は真島冥子を祓った。

 あの時取り憑いていたであろうカシマレイコも、一緒に祓うことが出来ているハズなのだ。

「詰めが甘かったのう雨宮浸。妾は用心深い女でな……。予め未完成の器に霊魂の一部を移しておったのよ」

 あの器の中には既に、カシマレイコの霊魂は注がれていたのだ。

 つまり、浸が冥子と木霊神社で戦っていた時点で、カシマレイコの計画はほとんど成功していると言っても過言ではなかったのである。

「ちと準備が整うまで時間がかかったがのぅ」

「……ではあなたは、予め真島冥子が祓われることを予想していたというわけですか」

「うむ。というより、あの時点であの女の役目は終わっておったのでな。言ってしまえばほとんど用済みだったというわけよ」

「用済み……」

 それを聞いた瞬間、浸は全身の神経が逆立つかのような怒りを覚えた。

 どこまでが彼女の意志だったのか、浸はもう知りようもない。

 カシマレイコの復讐を彼女も本当に望んでいたのか、それともカシマレイコに操られていたのか、真実はわからない。

 けれど、今の言葉は許せるハズもない。

「……私の友人を捨て駒のようにした罪……今ここで償っていただきましょうか……!」

 浸の怒りに呼応するかのように、鬼彩覇の纏う霊力が勢いを増していく。

「……やってみせい」

 それでもカシマレイコは、悠然と浸達を見ていた。



***



 身体がほとんどまともに動かない。

 夜海はふらつきながら、引きずるようにして瞳也のアパートを一心に目指す。

 時間がない。

 足がもつれる。

 気を抜くと意識が消えそうだった。

 夜海の身体は血だらけで、服もボロボロだ。不要な外出を避けるよう呼びかけられているとは言え、人通りが全くないわけではない。

 だが、夜海を気にとめるものは誰もいなかった。

 まるで夜海などいないかのように通り過ぎていく人々をチラリと見て、夜海は現状を理解した。

「……ああ、もう……」

 時間がない。

 歩いている内に日が落ちていく。

 どれだけ時間が経ったのかもうわからない。

 意識は跡切れ跡切れで、見える景色はほとんどぶつ切りだ。

 空が薄っすらと赤く染まる頃、夜海はどうにかアパートまで辿り着く。

 せめて、せめて顔が見たい。

 もつれる足で階段を上り、瞳也の部屋のドアに、もたれかかりながらノックする。

「はーい」

 瞳也の声が聞こえると同時に、夜海はずるりとその場に崩れ落ちる。

 瞳也の開けたドアの先端が、倒れた夜海の身体をすり抜けた。

「……あれ?」

 もう見えもしないのだろう。

 夜海の霊魂はほとんど破壊されている。

 半霊だった夜海の身体は完全に霊化し、霊魂と共に消滅する寸前だった。

 ああそれでも。

 それでももう一度だけその顔が見れたのなら。

 もう……。

「瞳也……さ……ん……」

 声ももう届きはしない。

「……誰か、いるのかい?」

 キョロキョロと辺りを見回す瞳也に、夜海は手を伸ばす。

 華が、華が咲いてしまった。

 でもこれで良い。

 誰にも見られないままひっそりと咲いて、そのまま散ってしまって構わない。

「ありが……と……う……」

 そもそも、見せてはいけない華だった。

 夜海を見ているようで、どこか遠くを見るような瞳也の目に、誰が映っていたのだろう。

 想いを、優しい彼に伝えてしまえば、きっと苦しむだろうから。

 これで良い。

 だから知られないまま。

 見られないまま。

 ひっそりとここで咲いて、終わりにしたい。

「好き…………でし…………た…………」

 届かない言葉が、たゆたうようにして宙を舞って、ゆっくりと地に落ちて――――

「…………夜海、ちゃん……?」

 また、咲いた。



***



 気がつくと夜になっていた。

 いつの間にか寝てしまっていたことに気がついて、夜海はハッとなる。

 車はまだ、橋の上を走り続けていた。

「おはよう、夜海ちゃん」

「ご、ごめんなさい……私……」

「良いよ良いよ。気持ち良く眠れるくらい、安全運転だったでしょ?」

 申し訳なさそうに謝る夜海に、瞳也はニッと笑って見せる。

「それより見てよ。丁度良い時間だ」

 そう言って瞳也が指差したのは、窓の向こう、橋の下に広がる薄暗い海だ。

 三日月に照らされて、どこか神秘的な輝きを放つ水面に、夜海は心を奪われた。

「……綺麗」

「これが見せたかったんだよね」

 橋はまだ続いていく。

 海はずっとずっと広がっていく。

 心地良い夜風に吹かれながら、夜海は海を眺めた。

「ありがとう……ございます」

「どういたしまして」

 車は走り続ける。

 橋は続いていく。

 ずっとずっと。

 どこまでも。

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