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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第六十四話「復活の刻」

 窓を開けると、心地良い風が流れ込んでくる。

 時速50キロで駆け抜ける風は、夜海の長い黒髪を大きく舞わせた。

「……気持ち良い……」

 思わず呟くと、隣で瞳也が軽くハンドルを切りながら微笑んだ。

「うんうん、良かった。たまにはこういうのも良いね」

 長い長い橋の上を、車は走っていく。下一面に広がる美しい海を見つめて、夜海は頬を綻ばせる。

 こんな穏やかな時間が、愛おしくて仕方がない。時計を見るとまだ昼過ぎで、終わりはまだまだ先の話だ。

 いっそ永遠にこのまま続いてしまえば良いのにと思えた。

「楽しみにしててよ。夜はここ、すっごい綺麗なんだから」

「……はい」

 得意げな瞳也がなんだか微笑ましくて、夜海は目を細める。

「さて、それじゃあこのまま安全運転でゆっくり行きましょうかね」

 橋の上を走っているのは、この車だけだ。

 他の車は一台もなく、空の上にも何もない。

 ただ一面の青空には、雲一つなかった。

 ああ、なんだかおかしいな。

 こんなに二人切りなわけがないのに。

「……あれ? 夜海ちゃん?」

 そんなことを考えている内に、強烈な睡魔に襲われて夜海は目を閉じる。

 助手席のシートがまるで布団のようで気持ちが良い。

 瞳也の声が段々遠くなって。

 次第に何かの焼ける音が聞こえてきた。



***



 目を覚ますと、台所の方から香ばしい匂いが漂ってきた。

 寝起きで朦朧とする意識の中、なんとか目を開けて枕元の時計を見ると、時刻は既に午前7時を過ぎていた。

「……あ」

 夜海が慌てて身体を起こすと、丁度瞳也が台所からスクランブルエッグを運んでくるところだった。

「おはよう」

「ご、ごめんなさい……」

 普段なら夜海の方が先に起きて二人分の朝食を用意しているのだが、今日はいつもより眠り込んでしまっていたようだ。

「いーのよいーのよ。おじさん、今日は休みだから」

 言いつつ、瞳也は手際良く二人分の朝食をテーブルの上に並べていく。

「あんまり気持ち良さそうに寝てるモンだから、起こしたくなくてさ」

 洗面所である程度身なりを整えてから戻ってくる夜海に、瞳也はそう声をかける。

「……夢を……見ていました」

「へぇ、どんな?」

「……瞳也さんと、ドライブを…………」

 途中で恥ずかしくなって言葉尻が小さくなる夜海に、瞳也は少し驚いてから笑みをこぼす。

「良いじゃない。今度行こうか」

「え、でも……忙しいのでは……」

「ずっと忙しいってわけでもないって。休みくらいは普通にあるし」

「……では、落ち着いたら……是非……」

 今はまだ、その時ではない。

 町はまだ混沌の中にある。

 日々ゴーストハンターと霊滅師が戦い続けているため、被害は最小限に抑えられている。

 現在は警察や市長から外出をなるべく避けるように呼びかけられており、町を徘徊する怪異による被害は減りつつある。

 だが決して脅威は去っていない。

 カシマレイコ化した悪霊は毎晩現れ続けているし、例の器も祓われたわけではない。

 少なくともこの戦いが終わるまでは、呑気にドライブなどと言っている場合ではないだろう。

「まあ、その頃にはこっちの仕事ももうちょい落ち着くかなーって思うし。うん、また今度行こう」

「……はい」

 夜海がそう答えてから、二人は手を合わせて丁寧にいただきます、をする。

 スクランブルエッグを一口食べて、夜海は塩コショウが薄いことに気がついた。

「……」

 瞳也はどちらかというと濃い味付けを好む。以前瞳也がスクランブルエッグを用意した時は、塩コショウが多めにかかっていた。

「……気づいちゃった?」

 箸を止める夜海に気づいて、瞳也は照れくさそうにはにかむ。

「前、夜海ちゃんちょっと食が進まなさそうだったからさ、ちょっと味付け薄めにしてみたんだけど……」

「あ……」

 夜海はあまり濃い味付けは好きではない。

 初めて瞳也の料理を食べた時は、味付けが濃くてあまり箸が進まなかった。

 それでもなるべく気を遣わせないように食べているつもりだったのだが、どうやら見抜かれていたらしい。

「どう?」

「……おいしいです……。ありがとう、ございます……」

「いやあ良かった良かった」

 感覚がうまく言葉に出来ない。

 嬉しいような、気恥ずかしいような、身体が下の方から熱くなっていくようだった。

「……どうして、そんなに……」

「ん?」

「どうしてそんなに……気遣って、くれるんですか……?」

 不意に、夜海の表情が陰る。

 瞳也にとって、夜海は本来赤の他人だ。

 偶然倒れているところを見つけて、介抱して、それで終わりでも十分過ぎる親切だ。

 その上夜海は人間でもない。町を脅かした半霊で、瞳也にとっては敵と言っても良い。

 あり得てはいけない期待を消してしまいたい。

 育ち始めた思いが、咲いてしまえばどうしようもなくなる。

 どうか摘んで欲しかった。

「…………」

 瞳也はしばらく黙ったまま夜海を見ていた。

 だがやがて、笑みを作って見せる。

「ほっとけなかったんだよね。なんか」

 どこかその言葉は、何かをぼかすような調子だ。

 その意図に気づいてか気づかずか、夜海はすぐに返事をすることが出来なかった。

「……そうだ。今日休みだし、夜海ちゃんが帰るまでに何か作っておくよ。何が良い?」

「えぇっと……」

 微妙な間をかき消すように話題を切り替える瞳也に、夜海はうまくついていけない。

 それに、大してリクエストもなかった。

「瞳也さんの、好きなものを……」

「あれ? 良いの? じゃあちょっと趣味全開で作っちゃおうかな~」

 そうは言いつつも、瞳也はある程度夜海に配慮した献立にしてしまうだろう。

 なんだか甘えているような気がして申し訳なかったが、結局今日もまた瞳也の厚意に甘えてしまう。


 朝食を食べ終えると、すぐに夜海は改めて身なりを整える。

「……それでは、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 背中に手を振る瞳也に手を振り返し、夜海は部屋を出て行く。

 今の夜海に、出来ることをするために。



***



 瞳也に手を振り、夜海は部屋を後にする。

 その背中を見送ってから、瞳也はひっそりとため息をついた。

「……どうしたもんかね……」

 彼女との距離の取り方を決めあぐねたまま、瞳也は今日まで過ごしてきた。

「……重ねちゃってるんだよね、俺」

 呟き、瞳也は携帯の中に保存された写真を見つめる。

 いつかのデートで、海香と共に浜辺で撮った写真だ。

 夜海とよく似たその顔を見ていると、言いようのない罪悪感がこみ上げている。

 それは海香に対するものでもあり、夜海に対するものでもある。

 夜海と海香は違う。顔はよく似ていても性格は全くの別人だ。

 それでも重ねてしまう。

 喪ったものの面影を求めてしまう。

 夜海の中に芽生えつつある気持ちに気づいた時から、瞳也はずっと罪悪感に苛まれていた。

「……今夜辺り、きちんと話そうかね……」

 これ以上、半端な気持ちのまま夜海と接することは出来ない。

「……さて、まずは腕によりをかけますかっと」

 とりあえず買い出しに出かけよう。そう思って瞳也は簡単に身支度を始めた。



***



 町を駆け巡りながら、一体、また一体と現れる怪異を祓っていく。

 現れるのは怪異だけではない。怪異化していない悪霊も出現し続けている。

 院須磨町は異常な状態だ。

 カシマレイコの出現によって町中に死が溢れ、それが人々を恐怖させて負の感情を生み出してしまう。

 ただの噂は人々の思いで現実となり、霊魂は怪異へと変化する。

 そしてそれらの負の霊力に導かれ、各地から霊魂が町へ集まり、それらもまた怪異や悪霊へと変わっていくのだ。

 人々が恐れ続ける限り、この連鎖は終わらない。

(……とんでもない作戦を実行してくれたわね……真島冥子は)

 目の前の怪異を祓い、露子はリロードしながらそんなことを思う。

 この戦いには終わりが見えない。

 人々の心から恐怖を振り払うために、露子は片っ端から怪異を祓うしかないと考えていた。

 だがこうも終わりが見えないとなると、他の手段はないかと考え始めてしまう。

 他のゴーストハンターや、霊滅師達にも疲労の色が伺える。こうして生まれた自分達の負の感情さえ、怪異達のエネルギー源になるのだ。

「……アンタならどうすんのよ……絆菜」

 呼んだ名前に、応える者はもういない。

 思わずこみ上げてきたものをどうにか飲み下して、露子は前へ進んでいく。立ち止まるつもりはない。

 赤羽絆菜の分まで前に進み続けると、そう決めたのだから。

 そのまま歩き続け、墓地付近まで来たところで、露子の背筋を怖気が走る。

「この感じ……っ!」

 尋常ならざる負の霊力。

 これは以前、廃工場で感じたものと同じものだった。



***



 夜海の目の前で、怪異が燃え上がる。

 夜海は放出した霊力を炎へと変える特性を持っており、今まではその力をカシマレイコの復讐のため、ひいては自身のこの世への復讐のために使ってきていた。

 だがその力は、こうして人々のために使うことも出来る。

 ゴーストハンターや霊滅師達と共に戦うことは出来ないが、こうして単独行動をすることで彼らの手助けをすることは出来る。

 これが少しでも罪滅ぼしになれば、と。

 夜海は負の霊力を感知しつつ、怪異を祓っていく。そうしている内に、異常なまでに強く、大きな負の霊力を感じ取った。

「これ、は……!」

 慌てて駆け出すと、辿り着いたのは墓地だった。

 墓石の並ぶ真昼の墓地の中心に、一人の女がいる。

 その女は宙に浮いており、どういうわけか足が片方のみだった。

「……!」

 夜海が駆けつけてすぐに、女の目の前で一人の男が倒れ伏す。

 その男は両腕がなく、男のそばには切断された二本の腕が落ちていた。

 片腕には刀が握られており、その男が霊滅師、或いはゴーストハンターであろうことはすぐにわかった。

「ほう」

 低く、くぐもった声と共に、女がぐるりと首を回すようにして振り返る。

 乱れた長い黒髪の隙間から、真っ赤な目がぎょろりと夜海を捉えた。

「夜海か」

「……あなたはっ……!」

 ぞわりとした怖気を振り払いたくて、夜海は振り絞るようにして声を出す。

「今までどこにいた?」

「どうして……あなたは、祓われた、ハズじゃ……」

 真島冥子は、確かに雨宮浸が祓ったと言った。

 取り憑いているアレも、共に祓われているハズだった。

 だが、目の前にいるのは――――

「カシマ……レイコ……!」

 女は、カシマレイコは薄笑いを浮かべていた。

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