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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第六十三話「プロジェクトカシマレイコ」

 一度気持ちを落ち着けてから、露子と夜海は向かい合うようにしてソファに座る。

「……では、話してもらいましょうか。あなた達の目的を」

 デスクに座る浸がそう言うと、夜海はコクリとうなずく。

「私達の……冥子さんの……目的は……カシマレイコの、復活……」

 夜海の言葉に、和葉はゴクリと生唾を飲み込む。

 和葉は真島家の地下室で、まだ色濃く残る彼女の怨念を感じ取っている。もしあんな怨念を持った存在が復活してしまったら……そう考えるだけでも身の毛がよだつ。

「……計画は、三つの段階に分かれていました」

 そう言って、夜海は出されたお茶を一口飲む。

「……第一段階は……この町に、怪異が生まれる土壌を作ること……でした」

 冥子達はまず、院須磨町を怪異の噂で満たした。

 人為的に怪異を作り出し、事件を起こし、信憑性の高まった噂を町の中に流す。そうすることで、町の人々が怪異の存在を信じる土壌を丁寧に作り上げた。

 その結果、院須磨町には怪異が蔓延るようになった。

「トンカラトン、テケテケ、赤マント、ひきこさん、首なしライダー……そして八尺女。私達は……怪異を生み出す、或いはこの町に連れてくることで……人々に怪異の存在を印象づけました……」

「……怪異を人為的に生み出す……か」

 呟き、露子は絆菜のことを思い出す。

 彼女もまた、冥子達の手によって一度怪異化した存在だ。

 人為的に怪異を生み出すプロセスは、なんとなく想像がつく。

 あの廃工場で出会った霊が、触れるだけで絆菜の霊魂を淀ませたように、力のある悪霊は霊を悪霊化させることが出来るのかも知れない。

「そして第二段階が……殺子さん……つまり、カシマレイコを発生させることでした」

 ある程度町の中で怪異を浸透させ、信憑性が高まった段階で、カシマレイコの噂を流す。

 他の怪異で恐怖を知った人々は、噂の段階でカシマレイコを恐れるようになる。それが冥子達の狙いだ。

「……私が関わったのは……というより、実際に実行出来たのは、この第二段階まででした……。ですが、ここまで終われば、後はほとんど手を加える必要はありませんでした……」

「……どういう意味よ?」

「一度、カシマレイコを発生させれば……器は勝手に生まれ、育つ……と、冥子さんは言っていました。昨晩現れたあの霊が……その器です……」

 昨晩浸が戦い、数日前に露子と絆菜が戦ったあの霊こそが、冥子の計画の第二段階であるカシマレイコだったのだ。

「器……というのは?」

「……カシマレイコの霊魂が宿るための器、です……。あの器は、人々の恐怖心が生み出した……思念体です……」

 浸の問いに夜海がそう答えると、露子が顔をしかめる。

「ちょっと待ちなさいよ。カシマレイコ本体は祓われてるんでしょ? 真島玲香に」

 かつて封じられていたカシマレイコは、復活した際に真島玲香によって祓われている。だが今の夜海の口ぶりでは、まるでまだカシマレイコの霊魂が存在しているかのようだった。

 いや、もうここまでの話で浸も露子も、和葉もなんとなく察している。

 カシマレイコは、まだ――――

「カシマレイコの霊魂は……まだ残っています……」

 怨念、未だ消えず。

「確かに……カシマレイコは一度祓われかけました……ですがその霊魂の欠片は、真島玲香と、その霊具に取り憑いた……」

「……霊具に……?」

 恐らくそれが、真島玲香が受けた呪いの正体だろう。

 カシマレイコは真島玲香に取り憑くことで、彼女の霊力を封じた。

「……その霊具とは……あの霊鎌ですか? 真島玲香が使っていたと言われる……」

「……はい」

 そう、そしてその霊具こそが、真島冥子が真島家から持ち出した霊鎌なのだ。

 バラバラに散らばっていたピースが、一気にハマっていく。

「……じゃあ、冥子さんから感じた違和感って……」

 冥子と親しかった浸と、強い霊感応力を持つ和葉は、戦いの中で冥子に違和感を抱いていた。

 冥子本人のようでいて、何か別のものであるかのような違和感。今までずっとわからなかった違和感の正体を、二人は今ようやく理解した。

「……冥子さんは、自身の中にあるカシマレイコを受け入れていました……。彼女の意志に従い、彼女の恨みを……晴らす、と」

「……それは、本当ですか」

 浸はどこかで、冥子を信じたかった。

 彼女の全ての行いはカシマレイコによるもので、彼女は操られているだけなのだと。

 だが夜海は言う。冥子は受け入れていた、と。

「……はい」

「…………そうですか」

 冥子の気持ちに、浸は後一歩及ばない。

 近い境遇でゴーストハンターを目指し、同じ師の元で育った。

 ひたすら鍛錬を重ねながら、同じ景色を見て、同じ場所を目指していると思っていた。

(違ったのですか……? 真島冥子……あなたと私は、最初から……)

 淀んだ霊力に触れれば、自身の霊魂も淀む。真島冥子は、カシマレイコの霊力に耐えられなかったのだろうか。

 それとも、最初から何かを呪うつもりだったのか。

 彼女の生い立ちを知った今、浸にはどちらなのかわからなかった。

「……真島冥子は私が祓いました。彼女に取り憑いていたのなら、もう既にカシマレイコの霊魂は祓われているのではないでしょうか」

 あの日、浸は確かに真島冥子を祓った。もし冥子に取り憑いていたのなら、あの時まとめて祓われているハズだ。

「……そうでしたか……。やはり冥子さんは、もう……」

 なんとなく夜海も、それは察しがついていたことだ。

 あの戦いの後、冥子が祓われていないのであれば浸達は殺されているハズだ。撤退したのならば、冥子は夜海に接触し、再起の計画を立て始めるだろう。

 そのどちらでもなかった以上、冥子が祓われているであろうことは夜海にも推察することが出来た。

「生まれた器に、カシマレイコの霊魂が宿ることが計画の第三段階でした……。ですが……もう祓われているのなら……」

「後はあの器を祓うだけ……ですね」

 祓うだけ。そう言うのは簡単だったが、昨晩実際に戦って、浸はアレを祓うことが出来なかった。

 ダメージを与えることは出来ても、与えたそばから再生していたのだ。

「……あの器……ですか? さっき思念体って言ってましたけど、普通の思念体とは違いますよね」

「そうですね……。通常の思念体では、あのレベルの強さにはなりません」

 和葉が初めて浸に会ったあの日、和葉に取り憑いていた霊を浸は思念体だと言っていた。

 人々の負の感情が集まって極稀に生まれる、悪霊に近い存在だと。

 つまるところ、悪霊に近いだけで悪霊ではないのだ。霊の強さは霊の持つ感情の強さや霊力で決まる。悪霊未満の思念体は、それこそ浸がつまんで処理出来るような相手だ。

 しかしあの器と呼ばれる思念体は違う。

 鬼彩覇があったからこそ対処出来たものの、霊壁を発生させ、絆菜を悪霊化させたあの思念体の力は怨霊の領域だと言える。

「アレは……通常の、残り滓のような思念体とは……違います。人々の、特定の対象に対する恐怖が……具現化したものですから……」

「……通常、思念体は彼女の言う通り残り滓みたいなものですからね。ですが、今回の場合は……」

 カシマレイコ、ないしはその他の怪異を恐れる町中の人々の恐怖心が集まって生まれたのがあの思念体だ。

 もしかするとそれは、悪霊が持ち続ける強い負の感情と大差ないのかも知れない。むしろ、人数が多い分強大であると考えることも出来る。

 鬼彩覇の力を持ってしても祓いきれなかったあの器を、如何にして祓えば良いというのだろうか。

 もしアレにカシマレイコ本体の霊魂が宿っていたとしたら……そう考えるだけでも恐ろしくなる。

「……ということは、町の人達が恐怖をなくすと、弱くなるんじゃないですか?」

 和葉の提案に、浸も露子もなるほど、と頷く。

「問題はその方法ですね……」

 恐らくそれには気が遠くなる程の時間がかかる。人々の中に植え付けられた恐怖は、簡単には消せない。

「……片っ端からカシマレイコもどきと怪異共を祓うしかないわね」

 町から怪異が消え、人々が安心して暮らせるようになれば恐怖は消える。

 現在、院須磨町では昼夜問わずゴーストハンターと霊滅師が除霊を行っている。増え続ける怪異を、片っ端から祓って回っているのだ。

 だが状況は芳しくない。人手が足りず、まだよそからの応援も駆けつけていない状態だ。浸達も、夜海との話が終わればすぐに救援に向かわなければならない。

「とにかく今は、やれることをやりましょう」

 浸の言う通り、後はもうやれることをやるしかない。

「……私も戦います。少しは力になれるハズです」

 守る力を選んだ和葉だが、決して戦えないわけではない。人手が足りない今、戦いたくないなどとは言えない。

「……ひとまずここまではわかったわ。で、それはそれとしてアンタとあいつはなんだったのよ」

 不意に露子が、改めて夜海へ視線を向ける。

「……あいつとは……吐々さんのこと……ですか?」

「他に誰がいんのよ」

「……ゴーストハンター以外の半霊は……希少な存在、です。冥子さんは……私達のような、意思疎通が出来て、共通の目的が持てる存在を、捜していました……」

 冥子が浸の元を離れてから、それなりに時間が経っている。恐らく冥子は、まず最初に仲間を捜すことから始めたのだろう。そう考えると、冥子と浸の別離から計画の実行まで、それなりに年数が経っていたことにも合点がいく。

「……赤羽絆菜……さんでしたか。彼女も、当初は引き入れるつもりでした……」

 赤羽絆菜はかつて、赤マントとしてゴーストハンターを狩っていた。仮面の力で半霊化していた絆菜に、冥子が目をつけるのは当然のことだろう。

「……私も、吐々さんも……この世に恨みを持つ半霊でした……。環境に恵まれず、この世そのものを……憎んでいました」

 夜海にとって、この世は忌むべきものだった。

 愛されずに生まれ、愛されることのなかった夜海にとってこの世は価値のないものだった。

 恐らくそれは吐々にとっても同じだったのだろう。夜海はそのことについて直接吐々と話したことがあったわけではないが、彼女もまた、この世を恨んでいたからこそ冥子の計画に賛同していたのだと思えた。

「……でも今は、そんな風には思えない……です」

 あれだけ強かった憎しみが、今はもうほとんどない。

 どうしてあんなに憎かったのか、まるで遠い記憶であるかのようだった。

 愛の力と言えば聞こえは良いが、この変化は夜海にとっては違和感として残っている。

「……真島冥子の影響を受けていた……とは考えられませんか? 正確にはカシマレイコの、ですが」

 浸の言葉に、露子はなるほど、と相槌を打つ。

「そういう考え方も出来るわね。そもそも冥子もアンタ達も、ただの霊を悪霊に変えてきたわけでしょ? 同じ要領なんじゃないの?」

 カシマレイコの淀んだ霊力に触れることで、夜海の霊魂もまた淀んでしまったのかも知れない。

 元々この世を恨んでいた夜海が、カシマレイコの霊魂と関わることで淀んでしまったと考えるのは、ある程度筋が通っている。

「……でもだからって被害者面するのだけはやめてよね。それでも、やったことに変わりはないわ」

「……わかって、います」

 露子の言う通りだ。

 もし仮に夜海の強い憎しみがカシマレイコに触れたことによるものだったとしても、これまでの行いが無意識のものだったわけではない。

 犯した罪に変わりはない。

 だからこそ――――

「……私にも、戦わせて……ください」

 強く、夜海は拳を握りしめる。

 許されることはないとしても、せめてわずかでも贖罪を。

「……多分、それが……今の私に……出来ること……ですから」

 夜海の強い決意を、誰も否定しなかった。 

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