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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第四十八話「日が昇る」

 雨宮浸と真島冥子が再び対峙する。

 だが今の浸は以前とは全く違う。冥子の霊域による干渉を一切受けず、ゆっくりと冥子へと歩み寄っていく。

 瞬間、浸が動く。

 鬼彩覇のサイズからは考えられないスピードで浸は鬼彩覇を振り上げる。

 冥子は一瞬そのまま霊壁で受けようとしたが、すぐに理解して大鎌で受けた。

「……随分と強くなったのね。一体どんな方法を使ったのかしら」

「さあ、なんでしょうね」

 力強く、浸が鬼彩覇を振り抜く。冥子の大鎌は弾かれ、そのまま数歩後退った。

「す、すごい……!」

 和葉が驚くのも無理はない。今の浸は、以前とは桁違いなのだ。

 鬼彩覇による一撃は、冥子の霊壁ではその場しのぎにしかならない。一撃でもまともに喰らえば、冥子とて無事ではすまない。そういう威力なのだ。

 立て続けに、浸は冥子めがけて鬼彩覇を振るう。全て大鎌で凌ぎ切りながら、冥子はニヤリと笑みを浮かべる。

「――――浸さんっ!」

 すぐに、和葉は冥子が笑みを浮かべた理由を理解する。しかしその時には既に、八尺女の両腕が浸めがけて伸びていた。

 しかし浸は、それに気づいても特に反応を示さなかった。そればかりか、防ごうともせず冥子への追撃を行っている。

「ぽっ……ぽっ……ぽっ……」

 そして次の瞬間、和葉も冥子も目を見開くことになる。

「うそ……!?」

 八尺女の両手は、浸に当たる直前で見えない何かに弾かれてしまったのだ。

「霊壁……!」

 若干の戸惑いを見せる冥子に、浸の連撃が迫る。

 身の丈程もある大太刀となれば重量は相当なものだろう。しかし浸はそれを、青竜刀や雨霧と同じ感覚で振り回しているのだ。

 これは浸の圧倒的な筋力が為せる業と言える。彼女のこれまでの鍛錬は、彼女を決して裏切らなかった。

 最早八尺女の攻撃は、一撃たりとも浸に届かない。それを悟ってか、八尺女は和葉の――蒼汰のいる蔵の方へと向かい始める。

 もう和葉に八尺女を防ぐ程の力はないが、和葉は間違いなく八尺女から蒼汰を守ろうとするだろう。

 そこで必ず、浸に隙が生じる。

 そう判断した冥子だったが、浸はチラリと八尺女に目をやると、小さく息をついた。

「……真島冥子。少しどいていてもらえますか」

「――――っ!?」

 次の瞬間、鬼彩覇が赤いオーラを帯びる。纏う霊力が膨れ上がり、眩い光を放ち始めた。

「――――はっ!」

 力強く振り抜かれた鬼彩覇が、冥子を圧倒する。

「こんな……ことがっ……!」

 その暴力的なまでの霊力は、浸の霊力ではない。鬼彩覇に宿る百音那由多の霊力と、彼が斬り捨ててきた無数の霊魂の負の残滓からくるものだ。

 浸はそれらを全て、自分の力であるかのようにコントロールしているのだ。

 大鎌が砕け散る。そのまま霊壁も粉砕され、真島冥子は勢いよく弾き飛ばされた。

 浸は冥子へ一瞥もくれずに高く跳躍すると、八尺女の前に立ちはだかる。

 その背中を、和葉は泣きながら見つめていた。

「させませんよ」

 再び鬼彩覇が赤いオーラを帯びる。そこから感じられる膨大な霊力の危険性に気がついたが、もう回避は間に合わない。

 霊壁も意味がない。あれだけの霊力をぶつけられれば、一時しのぎにすらなり得ない。

(す、すごい……!)

 今の浸を見て、和葉は心の内で感嘆する。

 強過ぎる霊力は、簡単には扱うことが出来ない。かつての和葉がそうであったように。

 だが浸は、鬼彩覇の霊力を味方につけてすぐに手足のように扱うことが出来た。

 理由は簡単だ。浸にとって今の状態は、出来ることが増えただけなのだ。

 少ない霊力を必死でコントロールして扱っていた浸にとっては、今の方が楽とさえ言える。もう少ない霊力を必死で調整する必要はない。

 その力はもう、彼女の思うままに。

 求めていた力が、全てその手の中に。

「早坂和葉に……早坂和葉が守ろうとしたものに、もう指一本触れさせません!」

 浸の振り抜いた鬼彩覇が、八尺女を一撃で斬り裂く。その反則級の霊力は、最早一切の抵抗を許さない。

 斬り裂かれた八尺女の霊魂が、雲散霧消していく。

「……アディオス。良い旅を」

 静かにそう告げると同時に、八尺女の霊魂が天に召されていく。彼女の霊魂は、今ようやく真の意味で解放された。



***



 激痛で、朝宮露子は目を覚ます。

 気がつけば夜は明けており、慌てて立ち上がろうとしたがうまく身体が動かせない。

「っ……!」

 こうしている場合ではない。

 吐々こそ祓ったものの、夜海はまだ確証がない。その上、冥子と八尺女の件だって好転しているわけではないのだ。下手すれば、既に木霊神社は壊滅している可能性さえある。張られている結界の霊力を、もう感じられないのだ。

「こ……の……っ!」

 痛む身体を無理矢理起こし、露子は立ち上がる。このままだと露子も無事ではすまないだろし、放っておけばこのまま死ぬことになるだろう。だがそれでも、こんなところでのうのうと寝転んでいるわけにはいかないのだ。

「そうだ……あい、つ……!」

 ついつい気にかけてしまうのは癪だったが、どうしても絆菜のことが気にかかる。意識を失う寸前、彼女が元の状態に戻ったことは覚えている。しかしあんな急激に霊魂を淀ませて、無事でいるハズがないのだ。

 すぐに捜そうと踏み出すが、ふらつく身体がそれを許さない。

 だが倒れかけた露子の身体を、後ろから支える者がいた。

「無理しないで。その身体じゃ無理よ」

「アンタは……!」

 露子を支えていたのは、城谷月乃だった。

「赤羽さんなら心配ない……とは言えないけど、とりあえずは大丈夫よ」

「……そう。状況は?」

 ひとまず安堵した後、恐る恐る露子は問う。すると、月乃は穏やかに微笑む。

「心配ないわ」

「心配ないって……まさかアンタが全部祓ったって言うの!?」

 城谷月乃は確かに実力者だが、既に一度冥子に敗北していると聞いている。一対一で冥子に苦戦するのなら、八尺女を同時に相手取るのは厳しいだろう。

 しかしそれでも、月乃がやったと言われれば露子はすぐに納得はしただろう。

「いいえ。自慢の弟子が向かったわ」

「……それって」

 最初は意味がわからなかった。

 しかし木霊神社からある人物の霊力を感じ取り、露子は言葉の意味を理解する。

「――――ちょっと! アンタ死んだって……!」

「……私も信じられないわよ。あの子……わけがわからない」

 そう言いながらも、月乃はどこか嬉しそうに微笑む。

「ほんっとに……わけわかんないわよ、あいつ……」

「……泣いてるのか?」

「泣いてない!」

 目元を拭いながらそう言って、露子はその声の主が月乃ではないことに気づく。

 そして隣に立つ褐色の女を見て、露子はもう一度目元を拭った。

「……私は信じていたぞ。浸」

 静かにそう言って、絆菜は木霊神社の方へ目を向ける。

 消えていく八尺女の霊魂が、わずかに見えたような気がした。



***



 ゆらりと。真島冥子が立ち上がる。

 現状は彼女にとって、本来あり得ないことだった。

 城谷月乃を撃退した時点で、冥子を阻む者などいるハズがなかった。八尺女を解き放ち、使役することでそれは盤石のものになるハズだったのだ。

 事実、番匠屋琉偉ごときでは相手にならず、木霊神社の結界も意味をなさない。小娘が一人立ちはだかった程度では何の問題もなかったハズだった。

 だが、どうだ。

 小娘は未だに生きてその場に立っている上に、八尺女は祓われた。

 おまけに、歯牙にもかけていなかった雨宮浸に、ここまで良いようにやられてしまったのだ。

「冗談じゃないわよ……」

 歯を軋ませながら、冥子は浸を睨みつける。

 何もなかったハズの女が。

 何も出来なかったハズの女が。

「その目が気に入らないのよ……! 憐れむような目で私を見ないで頂戴……!」

「……霊は哀しい存在です。特にあなたは、私がなり得た存在です」

 絶望すれば、その果ては怨霊だ。

 真島冥子は、雨宮浸のもしもの姿だ。

 状況が違えば、逆だったのかも知れない。

「真島冥子の霊魂は解放させていただきます。何者かは存じ上げませんが、これ以上あなたに、彼女の霊魂を汚させるわけにはいきません」

「あなたまで……そんなことを言うのね」

 一瞬、冥子はひどく悲しげな表情を見せる。しかしそれも束の間だ。すぐに顔には憎悪が塗りたくられ、淀んだ霊力が膨れ上がる。

 浸には、今の冥子のことは和葉程はっきりとはわからない。霊感応と言う意味では本当に何もわからなかった。

 それでも、焦燥感に駆られていた以前の自分ではわからなかったことが、少しだけわかる気がする。

 アレが真島冥子であるハズがない。彼女は危うい部分はあっても、一度は同じものを志した人間だ。彼女の霊魂をここまで淀ませている何かがあるのだとしたら、浸の手で解放したい。

 仮にこれまでの全てが真島冥子自身の意思によるものだとしても、やることは変わらない。悪霊を、怨霊を祓い、霊魂を解放する。死者も生者も救い出す。それが雨宮浸の信じるゴーストハンターの道だ。

「……終わりにしましょう。真島冥子」

 浸の言葉に、冥子は言葉では答えない。その代わりに、砕かれた右腕でもう一度大鎌を形成させると、すぐさま浸へ襲いかかる。

 いかに浸の霊壁が強靭と言えど、冥子の一撃を防げる程ではない。浸は素早く身をかわし、鬼彩覇を薙ぐ。

 その一撃で冥子の霊壁を粉砕すると同時に、鬼彩覇は赤いオーラを纏い始める。鬼彩覇が霊力を刀身に集中させている証拠だ。

 そして、一突き。

 突き出された鬼彩覇が、冥子の胴体を貫く。

 真島冥子の霊魂を貫いたという確かな実感に、浸は思わず目を伏せる。

「かっ……!」

 鬼彩覇を伝って、冥子の感覚が伝わってくる。

 憎悪。激情。恐怖。それらに混じって悔恨と、感謝と。

「……あの時、私が強ければ……あなたはこうはならなかった」

「そうよ……あなたのせいよ浸。あなたは一生背負って歩くのよ」

 震える手で冥子は、浸の頬へ触れる。

 恐ろしい程に冷たい、死者の手だ。

 浸はその手にそっと、自分の手を重ねた。

「ええ。そのつもりですよ。一生おぶさっていなさい。私が連れて行きますから」

 浸がそう答えた瞬間、冥子は一瞬だけ微笑むと少しずつ黒いモヤへと変わっていく。

 やがて彼女の全てが黒いモヤとなってその場からかき消え、真島冥子の霊魂は完全に祓われる。

 長い因縁の終わりに、浸は静かに涙を流した。

「……さようなら。真島冥子」

 そして日は昇り、明日を……今日を迎えた。

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