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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第四十三話「開戦」

 雨宮霊能事務所に舞い込んだ依頼は、八尺女に関するものだった。

「異様に背の高い女……となると、まず八尺女でしょうね」

 依頼人は清野雅恵きよのまさえ。八尺女に魅入られたらしいのは彼女の息子で、今は隣で縮こまって震えている。

「……私には何も見えませんでしたが、この子がずっと怯えてるものですから……。それに最近は、そういった噂も多いですし、実際事件にもなっていて不安で……」

 この町では今、変死者が跡を絶たない。加えて怪異の目撃証言も激増しており、もう見えようが見えまいがただの噂だと切り捨てるのは難しくなってきている。

 死体の腕がないだの引きずり回されているだの、怪異と関連付けられる猟奇的な手口のものは多い。そんな時に子供が怪異と思しきものを見たとなれば、不安になるのは自然なことだろう。

(……ほんとにあたし達の手におえるの……?)

 琉偉から聞いた八尺女の情報を思い出しつつ、露子はついそんなことを考えてしまう。

 霊滅師二人がかかりで返り討ちに遭うような相手だ。自分が霊滅師より優れた霊能者だと言える程、露子は自信過剰ではない。正直なところ、この依頼を受けるのは不安だった。

「……まずは息子さんを守る方法を考えましょう。確か方法がありましたよね?」

「え、ええ。あるわよ」

 思考に埋没しかけていたところを和葉に話しかけられ、露子は慌てて応える。

「番匠屋の話していた通りなら、狙われているのは子供の方だけということになるな」

 八尺女が狙うのは、基本的に若い男性や少年だけだ。恐らく母親は関係ないだろう。

「しばらくの間、息子さんを預からせていただくことになるかも知れませんがよろしいですか?」

「……はい。それで助かるなら……」

 和葉の言葉にそう答える雅恵だったが、その表情はやや懐疑的だ。

 無理もない。事務所にいるのは若い女が三人、それも一人は中学生くらいなのだ。絆菜は強そうには見えても浸のような安心感があるわけではない。いかにこの事務所が、雨宮浸という存在で成り立っていたかを思い知らされてしまう。

「……はい、必ず助けます」

 そんな中、ハッキリとそう口にしたのは和葉だ。

「ねえ、名前聞いても良いかな?」

 縮こまる少年のそばまできて、和葉は優しく問いかける。

「……蒼汰そうた

「かっこいい名前だね」

 和葉がそう言って微笑むと、少しだけ緊張が解れたのか蒼汰は表情を緩める。

「お姉ちゃん達に任せて。必ず助けるから」

 雨宮浸なら、絶対に依頼人を不安にさせたりしない。

 どれだけ相手が強大でも、必ず助けると覚悟を決める。

 彼女を想い、そうありたいと願えば願う程胸がしめつけられる。けれど今は泣くべき時ではない。彼女の分まで守ると決めたのなら、やるべきことがいくらでもある。

「……ああ、そうだな。何も心配はいらん」

 そんな和葉の姿を見て、絆菜は穏やかにそう口にする。

「それに私達だけではない。いけ好かないが強いお兄さんも呼んでやる」

 業務提携をしている以上、琉偉は味方にカウント出来るだろう。彼の協力があれば、勝率はグッと上がるかも知れない。

「……あーもう!」

 そんな和葉と絆菜を見て、露子は自分の情けなさに苛立ちを覚える。

 和葉を気遣っているように振る舞っていたが、結局のところ浸の死に動揺していたのは露子も同じだ。ゴーストハンター歴で遥かに後輩にあたる和葉に、覚悟で負けるのは露子にとってはひどく情けない話だ。

 自分を鼓舞するように両手で頬を叩き、露子は決意を固める。

「その依頼、受けるわ! 蒼汰くんは、あたし達の手で必ず守る!」

「……つゆちゃん!」

 自信があるわけではない。けれどだからと言って見過ごせるわけがない。

 ここは雨宮霊能事務所だ。助けを求める誰かがいるなら、必ず手を差し伸べる。そういう人間が所長を務める事務所なのだ。

「……それに、今良いこと思いついたわよ。これなら確実に蒼汰くんを守れる」

「良い顔になったな」

 不敵に笑って見せる露子に、絆菜は茶化すようにそんなことを言う。

「アンタに言われなくても、あたしは生まれた時から顔が良いのよ」

 今、この事務所の所長は露子なのだ。その露子が及び腰ではどうしようもない。

 しっかりと気を引き締めて、露子は思いついた作戦を語った。



***



 場所は変わって木霊町、木霊神社。霊具屋があり、神社全体に強力な結界の張られたこの場所で蒼汰を守るのが露子の作戦だ。

 八尺女は部屋の四隅に盛り塩をし、窓を締め切って入り口に御札を貼ることで退けることが出来るとされている。しかしそれでも完全に撃退出来るわけではない。八尺女は中にこそ入れなくなるが、その周囲に居座ったり、対象を惑わせてドアを開けさせたりすることが出来る。万一八尺女相手に露子達が全滅した場合、蒼汰が惑わされる可能性がある。

 そこで二重の対策として、そもそも八尺女が敷地内に入れない木霊神社を露子は選んだのだ。

「それにしてもナイスアイデアよねーつゆぽん」

 社務所では、和葉と詩袮が待機している。

 和葉の霊感応力なら、近づいてきた八尺女の大体の位置を神社の中から掴むことが出来る。露子達はインカムを装備し(琉偉が手配したものだ)、八尺女の気配を掴み次第、和葉がここから連絡する手筈になっている。

「出雲さん、ありがとうございます。場所を貸していただいて」

「いーのよいーのよ気にしないで。人の命がかかってるわけだし」

 詩袮はあえて、浸のことは話題にはしなかった。彼女も既に月乃から連絡を受け、浸の死については知っている。しかし必死に気を張る和葉達に、一体どんな言葉をかけたら良いのか詩袮にはわからなかった。

「あ、そうだ! お夜食に何か食べない? おつまみで良ければ丁度この間もらったものがあるんだけど」

 既に夜は更け始めており、日付も変わろうとしている。夕食からそれなりに時間が経っていることもあり、そろそろ小腹が空いた頃だろうと思って提案した詩袮だったが、和葉は意外にも首を左右に振った。

「……いえ、お構いなく。あまりお腹空いてないんです」

「そ、そう……?」

 和葉は夕食の時もあまり食べていなかった。お腹はきちんと空いているのに、どうしてかいつものようにたくさん食べる気になれなかったのだ。

 和葉は、浸と食事を共にすることが多かった。

 浸の料理を食べたり、浸と一緒に外食をしたり、浸と一緒におやつを食べたり、浸と一緒に……。

 何かを食べていると、どうしても浸の笑顔を思い出してしまう。

 たくさん頬張る和葉を、微笑ましそうに見つめる浸の顔を。

「……大丈夫です。大丈夫ですから」

「……かずちん……」

 詩袮がかける言葉に困っていると、不意に琉偉から和葉へ通信が入る。

『もしもーし、こちら琉偉。どうよ和葉ちゃん』

「あ、琉偉さん! 今の所気配ありません!」

『そっか。あんまり無理しないでよ? 俺達だって近づけば気配くらいわかるんだからさ。休める時に休みなよ』

「大丈夫です! ご心配なく」

『……そ。ぶっちゃけ、余計心配しちゃうんだけどな、それ』

 それだけ言うと、琉偉は通信を切ってしまう。

「……琉偉太郎の言う通りかもよ。かずちん、あんまり無理はしないで」

 詩袮から見て今の和葉は、極めて危うい状態のように見えた。

 いつも通りに振る舞ってはいるが、その実精神的な余裕は一切ない。無理して気を張り続け、なんとか立っているようにしか見えなかった。

 関係性の薄い詩袮では、何を言ってもあまり変わらないだろう。それがわかっていても言わずにはいられない程、今の和葉は見ていられなかった。

「……ありがとうございます」

 口ではそう答えるが、和葉は勿論休むつもりなどない。

 もし、この戦いが終わったら……そう考えると気が休まるどころかかき乱される。

 戦いが終われば、雨宮浸の死と向き合わなければならなくなる。和葉は今、それが一番恐ろしかった。

(……今は、蒼汰くんを守ることに集中しないと……)

 思考をそらすように自分にそう言い聞かせ、和葉は神社の外へ向けて意識を集中させた。どんな微弱な気配も見落とさないために。



***



 神社の周囲は、正面を琉偉と准が守り、裏を露子と絆菜が守る手筈になっている。こうすると左右が空いてしまうのだが、そこに現れた場合はどちらか、或いは両方が駆けつけることになっていた。

「……和葉先輩は大丈夫だろうか」

 草木に囲まれた周囲を警戒しつつ、ふと絆菜がそう呟く。

「どうかしらね……。あいつ、かなり無理してるように見えるんだけど」

「そうだな……。だがその和葉先輩の決意が、私達にとっても支えになったことは事実だ」

「……まあね。あたしとしては、ちょっと情けないんだけど」

 和葉がああして決意しなければ、露子はあのまま及び腰だったかも知れない。絆菜だって、あのままだったらどんな反応をしていたかわからない。

 なるべく考えないようにするためには、他のことに集中する必要があった。

「それはそうと降り出しそうだな……。まったく、今年は梅雨入りがはやい」

「……実はあたし雨女のきらいがあんのよね。昔は梅雨のつゆちゃんって言われたことがある」

「はは、なるほど。なら今夜は降るな」

 予報では深夜から降り出すことになっていたため、そろそろ頃合いだろう。

 そして予報通り、雨はポツポツと降り始める。そしてそれに合わせるように、和葉から通信が入った。

『つゆちゃん! 絆菜さん!』

「……きたか」

『はい! でも……』

 和葉の言葉の続きは、露子も絆菜もすぐに理解出来た。

「……この数……!」

 霊の気配は、八尺女一体だけではない。

 何十体もの悪霊の気配が、この木霊神社の周囲に集まってきているのだ。

 それらはトンカラトンであったり、ひきこさんであったり、テケテケであったり、そのどれもが陰須磨町で何度も出没していた怪異だ。

 木々の間からわらわらと現れる怪異達を前に、露子も絆菜も背筋を厭な汗が流れるのを感じた。

「しかも本命はあっちか……」

 ここに集まっている有象無象の悪霊を遥かに凌ぐ霊力が、木霊神社の正面へ向かっているのがなんとなく理解出来る。

『気をつけてください! 合計三十八体です!』

「おい、一人十九体だぞ」

「は? 八割あたしが祓うわよ」

「面白い、勝負だな!」

 数の差は圧倒的だったが、この程度で屈するわけにはいかない。露子が腰のホルスターから二丁の拳銃を取り出して構えると、それにならうようにして絆菜もナイフを構える。

「数取りは得意なんでな。来い、雑魚共が!」

 長い戦いの始まりを告げるかのように、露子の銃声が轟いた。


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