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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第四十一話「報われないよ」

 狂山山頂付近。百音那由多の社にて、浸はついに極刀鬼彩覇を目の前にしていた。

 極刀鬼彩覇の放つ異様な霊力は、霊感応力の低い浸でも何となく感じ取れる程に強大だ。

 この刀を手にするためにここまで来たというのに、手が中々伸ばせない。浸は本能的にこの刀に対して恐怖心を抱いていた。

「……あなたはここに来るまでの間に成長している。だけどそれでも、その刀をうまく扱える可能性は1%を越えられない」

 今の浸なら、雨霧で暴走するようなことはもうないだろう。だがこの極刀鬼彩覇はあまりにも格が違う。

 薄っすらと、刀身が赤い光を帯びているように見える。それは恐らく鬼彩覇から漏れ出た霊力だろう。近くにいるだけで、暴れ狂う赤い霊力に弾き飛ばされそうな気さえしてしまっていた。

「引き返しても良い。というか、引き返して欲しい」

 どこかすがるような声音で、月乃はそう言う。だがその言葉で、浸は恐怖心を振り払う。もう、立ち止まるつもりも引き返すつもりもない。

「……お師匠、離れていてください」

 浸が振り向かずにそう告げると、月乃は観念したかのように浸から離れていく。

 そして浸は、ゆっくりと鬼彩覇に手を伸ばした。

「極刀鬼彩覇……私に、力を貸してください」

 赤い柄を握りしめた瞬間、凶暴な霊力が一気に浸の中に流れ込む。荒れ狂う霊力は腕を伝って波打ち、濁流となって浸の身体を侵食した。

「っ……!」

「浸!」

 慌てて月乃が駆け寄ろうとしたが、そんな月乃を浸が制止する。

「離れていて……ください!」

 近づけば、月乃にまで被害が及ぶ可能性が高い。浸の身体と精神だけで、鬼彩覇の霊力を防ぎきれる可能性は低い。

「外に出ていてください! 危険です!」

「……わかったわ。必ず無事で戻りなさい!」

 月乃は小さくうなずき、すぐにその場を後にする。

 去っていく月乃の足音を聞きながら、浸は再び鬼彩覇に意識を集中させる。何百、何千という怨念がなだれ込み、浸の意識を滅茶苦茶に破壊していく。無数のビジョンは支離滅裂で一つも理解出来ない。ただただ負の感情が流れ込んでくるだけだ。

 やがて浸は意識を保てなくなり、鬼彩覇を握りしめたままその場に倒れた。



***



 気がつくと、浸はどこともわからない真っ暗な空間にいた。

 上も下もない、暗闇だけが広がるその空間で、浸は呆然と突っ立っていた。

「……ここは……?」

 先程まで祭壇で鬼彩覇を握りしめていたハズだ。だが今鬼彩覇はどこにもない。一瞬死にでもしたのかと思う程、ここには何もなかった。

 そうして浸が困惑していると、不意に背後に誰かの気配を感じる。すぐに振り返ると、そこにはあまりにも見慣れた顔があった。

「あな……たは……?」

 見間違えるハズもない。そこにいたのは、雨宮浸と全く同じ姿をした人物だった。

 ソレは浸の言葉には答えず、ゆっくりと浸へ歩み寄ってくる。警戒して身構えていると、いつの間にかソレの手に刀が握られていることに気づいた。

 身の丈程もある大太刀――――極刀鬼彩覇だ。

「――――っ!」

 浸が刀の正体に気づいたのと、ソレが刀を振り下ろしたのはほぼ同時だ。

 咄嗟に身をかわし、浸はソレと距離を取る。

 応戦しなければと手癖で腰に手を伸ばすと、いつの間にかその手には青竜刀が握られていた。

「これは……!」

 理屈はわからなかったが、今はこれで応戦するしかない。眼前に振り下ろされる鬼彩覇を、浸は青竜刀で受け止めた。

 そしてその瞬間、寒気がする程の憎悪と嘆きが全身を駆け抜ける。

「っ……!?」

 これは死せる者達の嘆きだ。

 志半ばで倒れた者の。

 思いを遂げることなく果てた者の。

 夢を諦め、全てを失って消えていった者の。

 この世に未練を持つ無数の霊魂の残滓が、極刀鬼彩覇から青竜刀を伝って浸へ流れ込んできているのだ。

 鬼彩覇に切り伏せられた霊達の無念だろうか。無数の負の人生が、一斉に浸へ襲いかかっているかのようだった。

「持たざる者よ。なにゆえ追い求めるのか」

 ソレが、浸のものとは全く違う低い声で言葉を紡ぐ。

「力なき者は、才なき者は必ず志半ばで朽ち果てる。志は、夢は未練となり、この世をけがし生者を蝕む。それが悪霊であろう」

 青竜刀では受け止めきれない。尋常ならざる腕力で振るわれる鬼彩覇が、浸の眼前まで迫る。

「お前の果ては悪霊だ。その上最後には醜く悍ましい怨霊へ成り果てるだろう。才なき者は思いが強ければ強い程悍ましいものへ成り下がる」

「……っ!」

「お前のような者の人生を何度も見た。その果てを何度も斬り伏せた。身の丈に合わぬ理想や夢、志は呪いでしかない。お前は呪われている」

「呪われてなどいません……それに私は、悪霊になどならない!」

 なんとか精一杯押し返そうとするが、鬼彩覇はピクリとも動かせない。これ以上続ければ斬り伏せられると判断した浸は、うまく向こうの勢いを殺して受け流し、距離を取った。

「なにゆえ追い求めるのか」

「……救いたい人がいます。そして私を信じてくれる人がいます」

 浸の答えに、ソレはしばらく黙り込む。だがやがてわずかに鼻を鳴らしてから、ゆっくりと口を開く。

「何も救えぬ。お前自身には何もない。何も成し遂げられはしない」

「それを決めるのはあなたではありません」

「お前でもなかろう」

 ソレがにべもなくそう答えた瞬間、景色が一瞬にして切り替わる。

「……ここは……?」

 そこは夕暮れ時の、不気味なトンネルだった。それが何を意味するのか、浸はすぐに理解した。

吠喰はいばみトンネル……」

 忘れもしないその場所は……雨宮浸と真島冥子、二人の決別の場所だった。

 トンネルの中から、二人の女が転がり出てくるのが見える。セミロングでダークブラウンの髪の女は、かつての浸だ。そしてその隣には、真島冥子の姿がある。

 かつての浸はすぐに立ち上がると、冥子を守るようにしてトンネルへ青竜刀を向けた。

 這い出てきたのは巨大で禍々しい怨霊だ。トンネルに集まった霊魂を全て取り込み、無数の人間がバラバラに結合されたような、悍ましい姿へと変貌した怨霊である。

「待って下さい! その怨霊は!」

 浸が止める声は、かつての浸には届かない。これは恐らく、過去の映像だ。

 かつての浸がどれだけ青竜刀で斬り込んでも、その怨霊にはほとんどダメージを与えられない。結局怨霊に弾き飛ばされてしまう。

 そして怨霊は浸の身体を掴み、ギリギリと握りしめる。

「――――浸っ!」

 悲鳴じみた絶叫と共に、冥子はその背に背負っていた武器の封印を解く。

 鋭く、弧を描くその武器は大鎌だ。そして封印を解いた瞬間、大鎌から負の霊力が吹き出し、冥子の身体を包み込む。

 その後は早かった。

 霊具の力を得た冥子は怨霊を斬り刻み、完全に祓う。そして気を失った浸をその場に残し、冥子は悠然とトンネルの向こうへと歩いていく。

「…………」

 この時何故冥子が何も言わずに立ち去ったのか、浸にはわからない。

 ただ一つだけ言えるのは――――

「お前は真島冥子を助けられなかった」

 浸が強ければ、こうはならなかった。

 冥子にあの霊具を使わせずにすんだかも知れなかった。

 浸が何も出来なかったから、真島冥子は怨霊へと身をやつした。

「……だからこそ、私が決着をつけなければならないんです」

 グッと拳を握りしめ、浸はそう答える。

 だがソレは浸の言葉には答えない。その代わりとでも言わんばかりに、景色がもう一度切り替わる。

 次の景色は、学校の教室の中だった。

 机や椅子はぐちゃぐちゃに倒れており、軽症を負った生徒が数名、そして重症を負った女子生徒とその場に倒れ伏す若き日の浸の姿があった。

「お前はこの時も、何も出来なかったな」

 悪霊に取り憑かれていた女子生徒を、わずかな霊能力を頼りに救おうとしたことがある。

 浸は返り討ちに遭い、結果としてその場にいた生徒は巻き添えになり、悪霊に取り憑かれていた女子生徒は大怪我をするはめになった。

「この時城谷月乃が来ていなければどうなっていた?」

「それ、は……」

「お前が下手に悪霊を刺激したことで、いらぬ犠牲が出た」

 この後、女子生徒の身体から抜けた悪霊を祓ったのは城谷月乃だ。

 これが雨宮浸の原点にして……”最初の過ち”であった。

「何も出来ない癖に手を伸ばし、結果として関係ない者まで巻き込んだ」

 その言葉に、浸は何も言い返すことが出来ない。

 それが悔しくて、力が欲しくて修行を始めた。

 難色を示す月乃をどうにか説得し、彼女の元で必死に努力してきた。

「お前の始まりは過ちだ。ここで何も理解せず、過ちを繰り返そうとしている」

 次の瞬間、目の前で早坂和葉の右肩が貫かれる姿が見えた。

「お前の、過ちだ」

「――――っ!」

 更に浸の足元に、華奢な身体が倒れ込む。

 見ればそれは、無残な姿になった朝宮露子の死体だった。

「朝宮……露子……っ!」

 そして、浸にもたれかかるようにして赤羽絆菜が倒れ込む。それはやがて歪に蠢き、膨れ上がって悪霊になって、弾けるようにして消えていく。

「赤羽絆菜……!」

「お前の未来の過ちだ。お前は誰一人守れない」

 一人、また一人と見知った顔が倒れていく。

 無数に広がる死体の庭で、真島冥子がケタケタと笑い声を上げていた。

「ほぉらやっぱり。あなたは何も持っていない。何一つ成し遂げられやしない。私を救えなかったように、だぁれも救えないで終わるのよ」

 そんなハズはない。

 終われるわけがない。

 諦めたくない。

 こんな光景はまやかしに過ぎない。誰かを守れる、助けられる。

 頑なにそう信じようとする浸の裾を、小さな少女が引っ張った。

「出来ないよ」

「……っ」

 それは紛れもなく、幼き日の雨宮浸だった。

「なんにもないよ」

「そんなハズはありません! 私には出来ることがある! 才能も霊力もなくても、成し遂げられると証明したい!」

「無理だよ。勉強もあんまり出来ないし、かけっこだって普通だったじゃない」

「そんなものは努力で覆せるんです! どんなことだって、いつかはやり遂げられるんです! そうやって今まで、頑張って来たじゃないですか!」

 目線を合わせ、幼い肩を両手で掴み、浸は必死でそう言った。

 だが幼い浸は、その大きな瞳を涙で潤ませた。

「つらいよぅ……」

「え……」

「もうやだよぅ……。出来ないよ……なんで、なんで私は、人より頑張らないとやりたいことが出来ないのかなぁ」

 きっとそれが、奥底にずっと隠していた本音だった。

「もっと簡単に生きていたいよ。頑張りたくないよ。つらいよ」

「違います……私は……私は……」

 こんなものが自分の本音であるハズがない。そう思いたいのに、どうしても耳を傾けてしまう。

 考えてみれば、当たり前のことだ。

 頑張るのは辛いことで、簡単に生きられるならその方が良い。

「報われないよ……」

 報われない努力のその果て。それが未練で、悪霊だ。


 そして次の瞬間、鬼彩覇が浸の胸を貫いた。




***



 月乃が社の外に出てから、もう数時間経つ。

 相変わらず社の向こうからは尋常ではない負の霊力が漏れ出てきており、結界の周囲には悪霊が集まりつつあった。

「……浸……」

 鬼彩覇の霊力とは正反対に、浸の霊力は脆弱だ。意識しなければわからなくなってしまう程に、浸の霊力は脆弱に感じられた。

 鬼彩覇が強すぎるのか、それとも浸が弱っているのか、それともその、両方か。

 居ても立っても居られず中に入ろうとしてはやめ、月乃は歯噛みする。何も出来ないのがひどくもどかしかった。

 それから待つこと数分後、月乃は異変を感じ取る。

「――――っ!?」

 それを信じたくなくて何度も意識を集中させたが、結果は同じだった。


「浸が…………死んだ……?」


 もう、彼女の霊力は微塵も感じられなかった。

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