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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第三十七話「君のハズがない」

 瞳也がお土産にお菓子を持って病室を訪れると、早坂和葉は満面の笑みで出迎えてくれた。

「こ、これだよぅ……」

 思わず歓喜に打ち震える瞳也だったが、当の和葉はキョトンとした顔で瞳也を見つめている。

「いやあ疲れた心身に早坂ちゃんの笑顔が沁みるねぇ。はいお見舞い」

「うわあ、わざわざありがとうございます! お仕事でお疲れのように見えますけど、何か大変だったんですか?」

「これだよ!」

「え?」

 露子、絆菜とはまるで違うリアクションに、瞳也は思わずその場でガッツポーズをして見せる。やや困惑する和葉だったが、とりあえず瞳也が嬉しそうだったので微笑んだ。

「ちょっとお仕事大変で徹夜明けでねぇ。用事があったから事務所によってみれば、早坂ちゃん怪我したっていうからお見舞いに来たんだよ」

「じゃ、じゃあ眠れてないじゃないですか! 私のお見舞いなんて、ちゃんと休んでからでも良かったのに……」

「優しい……優しいね早坂ちゃんは……君みたいなお嫁さんが欲しいなぁ」

 琉偉と違って瞳也の言葉に他意はなく、軽口の範疇だ。もっとも、和葉のリアクションは琉偉にも瞳也にもほとんど同じだったが。

「きっと出来ますよ! 八王寺さん、良い人ですから!」

「うんうん、そうだよねぇ。こうして病室で話してると思い出すなぁ。おじさんだって、昔は彼女いたんだよ。そりゃあもうキレイな人でね……ちゃらんぽらんなおじさんには、ちょっともったいなかったかな」

 そう言って、瞳也は遠く、悲しげな目を見せる。

「どんな人だったんですか?」

「本が好きな、穏やかな人だったよ。お見舞いに来ると、いつも少しだけ恥ずかしそうにはにかんでたんだよね。果物が大好きで……よくここでりんごを剥いたっけ」

 真っ白な床や壁、病院に漂う潔白な香り、椅子の感触、病室から見える景色、シーツの触り心地。関連する全てが、瞳也に彼女を思い出させる。

 もう、いない彼女を。

「でも肺がんでね。亡くなったのは……五年くらい前だったかな」

「あ、ごめんなさい……」

 亡くなった、と聞いた和葉は、興味本位で聞いてしまったことをつい謝ってしまう。しかし瞳也の方は気にしなくて良いよ、と笑って見せた。

「話し始めたの、おじさんの方だしね」

「……大事な人だったんですね」

「うん、そうだよ」

 恋人の話をする時、瞳也はどこか泣きそうな、それでいてかつての幸せを噛みしめるような、そんな表情と声音で話していた。

 思い出をそっと抱き締めるような瞳也の口調に、和葉はどうしても切なくなってしまう。

「……お」

 ふと、瞳也は和葉の枕元の本に気がつく。

「早坂ちゃんも本好きなんだねぇ」

「はい。入院してる間に、もう三冊も読んじゃいました!」

「そっかそっか。彼女も……本を持って行くとそりゃもう喜んだよ」

 窓を開けた病室で、黒いショートヘアを揺らしながら、海香はずっと本を読んでいた。長い前髪で隠れた片目を時折覗かせながら、夢中で。

「……っと、しんみりしちゃってごめんね。お菓子食べようか!」

「はい!」

 買ってきたお菓子を食べながら、瞳也と和葉はしばし穏やかな時を過ごした。



 和葉のお見舞いを終えた後、瞳也はなんとなく図書館に立ち寄っていた。

 身体は疲れ切っていたし、もう帰って休みたかったのだが、なんとなくすぐに帰る気にはなれなかった。なるべく思い出さないようにしていた彼女の話をしたからかも知れない。

 図書館に向かうと、すぐに海香の好きだった本の場所がわかった。彼女が繰り返し読んでいた本の表紙も背表紙も、はっきりと思い出せる。

「……借りちゃおっかな~」

 たまには読書に耽るのも良いかも知れない。元々彼女と出会ったのも、大学の図書館でのことだ。

 しかしそんな瞳也の視線を遮るように、青白い手がその本に触れる。何故だか冷気じみたものを感じて、瞳也が驚いてその手の主へ目を向けると、長い黒髪の女が困ったような表情で瞳也を見ていた。

「あ……」

 思考が停止する。

 長い前髪から除くその目を、瞳也は知っている気がした。

「…………海香?」

 思わず口から漏れた彼女の名前に、瞳也自身も驚いた。



***



 結論から述べると、怪異化した悪霊は既に町に蔓延っていた。

 和葉程高くはなくとも、露子とて霊感応力は低くない。悪霊の気配を追って絆菜と共に捜索を開始したところ、すぐさま悪霊と遭遇した。

 それも、複数だ。

「くっ……!」

 飛びかかってくるテケテケを回避する絆菜に、トンカラトンの刀が迫る。どうにかナイフで受け止めたが、その後ろからもう一体のトンカラトンが襲いかかる。

 しかしそのトンカラトンの背中に、露子の弾丸が直撃する。

「数が多いっ……!」

 舌打ちしながらそう言いつつ、露子は死体を振り回すひきこさんから距離を取る。

 トンカラトンが二体、テケテケが一体、そしてひきこさんが一体の合計四体だ。一体を見つけて相手をしている内に、群がるように寄ってきた悪霊達に、二人は苦戦を強いられていた。

「まったくこんな午前中から……ご苦労なことだな!」

 トンカラトンを蹴り飛ばし、テケテケへナイフを投擲する。そうして怯んだテケテケを、露子の弾丸が貫いた。

「まず一体!」

 消滅していくテケテケに一瞥もくれず、ひきこさんの振り回す死体を回避し、露子は拳銃に装着された長いマガジンをひきこさんの腹部に叩きつける。

 なんとか人気のない雑木林へ誘い込むことが出来たが、今までこの数が町中をうろついていたのかと思うと、露子は寒気がするような思いだった。

「これで二体だ」

 倒れたトンカラトンにナイフで止めを刺しつつ、絆菜は起き上がったひきこさんをナイフで牽制する。

「やるじゃん」

 言いつつ、露子は振り向かずに背後のトンカラトンを撃ち抜く。これで三体目だ。

 数が減れば楽になる。残るはひきこさん一体のみだ。二対一で負ける道理はない。

 しかし次の瞬間、二人は信じられないものを目撃することになる。

「――――っ!?」

 突如そこに現れたのは黒いモヤだ。

 霊力の低い人間や、偶発的に霊視をしてしまった人間が霊を見るとこういう状態で見えるのだが、露子と絆菜にそれはあり得ない。

 だが事実として、そこに現れたのは黒いモヤなのだ。間違いなく霊的な存在だが、二人には全く詳細がわからない。

 次第に、黒いモヤはひきこさんを包み込み始める。

「っ……!!」

 ひきこさんは逃れようともがき始めるが、黒いモヤは容赦なくひきこさんを飲み込んでいく。まるで捕食しているかのようにも見えた。

 悶えるひきこさんの霊魂はやがて完全に消え去り、そこには正体不明の黒いモヤだけが残る。

 意思疎通は不可能だろう。そう判断した露子はすかさず銃口を向ける。すると、意外にも黒いモヤからは歪な声が漏れ出てくる。

「あ……し……」

 瞬間、黒いモヤの中にわずかに顔が浮かぶ。

 顔の下半分を占める程に避けた口がニヤリと笑い、真っ黒な瞳がギョロリと動いて二人を見た。

「あし……いるか……」

 その言葉を聞いた瞬間、露子は全身が怖気立つのを感じた。

 今一瞬感じた憎悪は、あの日真島冥子から感じたものに近い。

 焦りに恐怖心が拍車をかけ、露子は引き金を引く。弾丸は命中したが黒いモヤに変化はない。

 そしてやがてその場から姿を消してしまった。

「何だ……今のは……?」

「……わからない……何が起こったっていうの……?」

 ひとまず悪霊は祓えたものの、言いようのない不安だけが二人の胸に残る。

 今の現象は、二人の知識では説明が出来ない。

 悪霊は強力であればある程霊視するのは本来簡単なハズなのだ。しかし、明らかに強力なあの悪霊は、二人の目には黒いモヤとして映っていた。

「……あいつ、なんて言ってた?」

 露子が確認の意味を込めて絆菜に問うと、絆菜はすぐに答えてくれる。

「”あしいるか”だ。どういう意味だ?」

「あし……あしって、足かしら?」

 足、いるか。

 これだけでは意味がわからず、得体の知れない不気味さだけがある。

 しばらく二人はその場で考え込んだが、ふと絆菜が何かを思い出したかのようにハッとなる。

「……いや、待てよ。聞いたことがあるかも知れない」

「知ってんの?」

「……ああ。露子……殺子あやこさんを知っているか?」

 絆菜がそう問うた瞬間、露子は何かに気づいたかのように目を見開いた。



***



「いやあごめんねぇ。おじさんの勘違いだったよぉ」

 へらへら笑って動揺を押し込めつつ、瞳也は女性へ頭を下げる。

 一瞬海香と見間違えたが、よく見ると別人だ。顔立ちは本当によく似ていたが、彼女は海香ではない。あるハズがないのだ。

 彼女の死を、既に瞳也は見送ったのだから。

「いえ……その、驚かせてしまって……すみませんでした……」

 何故か謝り始める女性に、瞳也は首をかしげる。

「いやいや、勘違いしたのはおじさんだからさ。君が謝ることじゃないんだよ」

「そう……ですか……」

 ああ、別人だなと瞳也は少し安堵する。

 海香は病弱ではあったが、人と話す時は溌剌としていることが多かった。

 それが彼女の強がりだったのか、それとも素だったのか、今でも瞳也にはわからない。彼女は息を引き取る前日まで、瞳也には笑顔を見せていた。

「……名前、聞いても良いかな?」

 それでも思わず、瞳也の口からはそんな言葉が出てしまっていた。

 初対面で見ず知らずの男性に名前を聞かれる、というシチュエーションがあまり良くないことに、瞳也は口にしてから気づいてしまう。

 しかし彼女は、特に怯える素振りも嫌がる素振りも見せない。

「夜海……です」

「……そっか。おじさんは八王寺瞳也」

 そうだ。海香ではない。

「それじゃあ、おじさんはこれで」

 なるべく振り向かず、瞳也は夜海へ背を向ける。そんな瞳也のどこかさみしげな背中を、夜海はただ黙ったまま見つめていた。

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