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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第三十六話「終わらない噂」

 霊山、狂山くるえざん。かつて最強とまで謳われた霊滅師の眠るその霊山には、現存する霊具の中でも最強クラスとされる霊具が封じられている。

「それが極刀ごくとう鬼彩覇おにいろは

「鬼彩覇……」

 月乃の言葉を復唱し、浸はなんとなく月乃の意図を理解する。恐らく月乃は、その鬼彩覇の封印を浸に解かせようとしている。

「大体察しはついたみたいね。浸、唯一あなたが冥子を祓う方法があるとすれば……あなたが極刀鬼彩覇を制御し、操るしかない」

 浸の霊力は、既に月乃との修行で限界まで引き上げられている。それくらい、浸の持つ霊能者としてのポテンシャルはあまり高くないのだ。浸が限界まで引き出した霊力は、恐らくゴーストハンターの中では平均かそれ以下で、霊滅師としては落第レベルだ。

 だからこそ、強力な霊具を使わなければこれ以上は強くなれない。

 理屈は理解出来たが、それは以前の月乃の教えに反することだ。

 霊滅師にとって、半霊化は禁忌。霊滅師である月乃を師事した以上、その掟は当然浸にも守るよう言いつけられたし、浸自身半霊化はしたくなかった。

 真島冥子が半霊化してからは、特に。

「しかしお師匠……そう言った霊具には半霊化のリスクが伴うのではありませんか?」

 雨霧を限界まで引き出そうとしただけで、浸は一切コントロールが出来なくなった。そんな浸がそんな強力な霊具を扱えば、どうなるのか結果は明白だ。

「そうよ。だから言ったじゃない、1%にも満たないって」

「……そういうことでしたか」

「まずは雨霧より強い霊具のコントロールから始めてもらう。幸い狂山には悪霊が集まりやすくなってるから、修行の相手には事欠かない」

 そうして段階を踏んで霊具を扱い、そして最後に鬼彩覇の封印を解く。

 ハッキリ言って、これはかなり分の悪い賭けだった。

「先に言っておくけど、鬼彩覇のコントロールは多分私でも出来ない。手を出す気にもなれなかった」

 元より高い霊力を持っていた月乃には、鬼彩覇のリスクを背負うような理由はない。霊力の込められた古い霊具の使用自体は禁じられていないが、半霊化のリスクのある霊具を使うことは霊滅師にとって危険な行動だ。

「そんなものを……私が……」

 しかし出来ない、と言うわけにはいかないし言うつもりも浸にはない。

 誰が何と言おうと戦うと決めた以上は、例え可能性が1%未満でも賭けるしかない。

 わずかに生まれた迷いを振り払うようにかぶりを振り、浸は強く頷いてみせる。

「……やらせてください」

「…………撤回しても良いのよ」

「そういうわけにはいきませんよ。それにもう二度と、助手にかっこ悪いところは見せたくありませんから」

 浸のその言葉で、月乃は早坂和葉の顔を思い出す。

 優しい顔立ちの、純朴そうな少女だ。彼女と浸の間に何があるのか月乃は知る由もないが、少し話をしただけでも強い信頼関係で結ばれていることがわかった。

「……良い助手を持ったのね」

「はい。自慢の助手ですから」

 必ずやり遂げる。そう、浸は固く決意した。



***



 デスクは綺麗に磨き上げられ、余計なものは一つもない。少し大きな椅子にどっしりと座り込み、朝宮露子はふんぞり返る。

「ふ……ふふ……ふふふ……」

 こみ上げる笑いを抑え切れずに漏らしつつ、露子は腕を組んだ。

「朝宮霊能事務所よ!」

 雨宮霊能事務所の所長代理、朝宮露子の初出勤である。

「違うぞ。ここは浸の事務所だ」

 気持ち良さそうに笑う露子に水を差すようにそう言ったのは、丁度今事務所に来た赤羽絆菜だ。

「…………意外と来るのが早いのね」

「私一人でもまずいが、露子一人でも心配だからな」

「うっさい! あたし一人でも十分だっての!」

 まさか聞かれているとは思ってもみなかった露子は、恥ずかしさのあまり八つ当たり気味に絆菜を怒鳴りつける。絆菜は大して意に介さぬ様子で、テキパキとコーヒーを淹れ始める。

「……浸は大丈夫だろうか」

「大丈夫でしょ。城谷さんもついてるんだし」

 雨宮霊能事務所の本来の所長、雨宮浸は現在この院須磨町にはいない。彼女は師匠である城谷月乃と共に霊山、狂山で修行を行っている。

 そして雨宮浸が事務所を空けている間、代理で事務所の管理を任されたのが朝宮露子だった。

 正確には絆菜だったのだが、それを聞いた露子が学校をしばらく休んでまで所長代理に立候補したのだ。

 浸は反対したが、意外にも絆菜が自分一人では心もとない、と露子に代理を頼んだのである。

 露子は年齢の問題もあって、自分の事務所はまだ持てていない。受ける依頼は、大方WEBや電話で受けたものなのだ。当然そのやり方でも十分ゴーストハンターとしてやっていけるが、やはり露子としてはどっしりと事務所を構えるのが理想だった。

 思わずはしゃいでしまうのも無理はない。どれだけ強がっても、朝宮露子はまだ中学生である。

「和葉先輩には会ったか?」

「こないだお見舞い行ったわよ。まだ退院は無理そうだったけど、お土産はメチャクチャ食べてたわ」

 食欲まるで衰えず。

 話によれば、病院食のおかわりもしているそうだ。

「相変わらずだな。よし、今日は後で一緒に行くか」

「何が悲しくてアンタと一緒にお見舞い行かなきゃならんのよ」

「言うと思ったよ」

 絆菜は笑ってそう返すと、淹れたコーヒーは自分で飲み、露子にはオレンジジュースの注がれたグラスを差し出した。

「どうせ仕事が終われば特訓タイムだ。その前でも後でも、ついでに行けば良いだろう」

「……まあ、それもそうね」

 あの日以来、露子と絆菜は少しでも強くなるために共同で特訓を行っている。露子にとってはいつものトレーニングと大差ないが、絆菜がいるおかげでかなり張り合いがある。

 和葉が怪我をしたこともあり、和葉を弟子にする、という話は先延ばしになっているが、正直あの話は忘れてしまっても良いだろうとさえ露子は考え始めている。

(浸は必ず戻ってくる。そしてその時はきっと、あいつは和葉を自分で導けるハズよ)

 浸が戻るまで、事務所や和葉は露子が絆菜と共に守るつもりだ。だからこそ、浸が戻ってくれば露子はその任を完全に降りるつもりだ。

 浸にとっても和葉にとっても、きっとその方が良い。

「とにかく! あいつが帰るまでこの事務所はあたし達で守るわよ!」

「ああ、勿論だ」

 そうして二人が新たに決意を固めていると、事務所の中に背の高い男がふらふらと入ってくる。男はどこかやつれた表情で顔を上げると、訝しげに目を細めた。

「あれぇ……浸ちゃんはぁ……?」

 八王寺瞳也である。

「あ、おっさん」

「おっさんだよ~ん…………」

 疲れ切った様子の瞳也ではあったが、ふざける余裕はあるらしい。両手でピースを作って不気味に笑い(本人にそのつもりはない、満面の笑みのつもりだ)、ソファに座り込む。

 露子は一瞬顔をしかめたが、彼が疲れ切っていることは明らかだ。

「半霊、コーヒー淹れてあげて」

「承知した」

 すぐに絆菜が取り掛かり、瞳也は机に突っ伏しながら呻くように礼を言う。

「ありがとう~~~…………で、浸ちゃんは?」

「今浸はいないわ。あいつの代わりにあたしが所長代理よ」

「あ、なるほどね」

 話している内に、瞳也の手元にコーヒーが置かれる。身体を起こして一口飲むと、瞳也は目を丸くして絆菜を見た。

「うまいだろう」

「腕を上げたねぇ……。おじさん眠気吹き飛んじゃったよ」

「それで、今日はどうした? 浸はしばらく帰らないからな。私達で聞こう」

 瞳也の向かいに座り込み、絆菜がそんなことを言うとデスクから露子が睨みつける。

「あたしのセリフ」

「早いもの勝ちだ」

「アンタは助手でしょーが!」

 何故か勝ち誇る絆菜とムキになる露子の二人を見て、やや不安になりながらも瞳也は仲裁に入る。

「まあまあ落ち着いて。ほら、所長代理もこっち来てよ。おじさん女の子二人と会話出来て嬉しいな~」

 瞳也になだめられ、とりあえず露子は絆菜の隣に座る。瞳也には知る由もないが、隣に座れるようになっただけ二人の関係はかなり改善されている方だ。

「まず、おじさんがなんでへろへろなのかから話さないとね」

「え? その話いる?」

「すまないが本題に入ってくれ。世間話はその後にしよう」

 正面から二人にピシャリと言われ、瞳也は一瞬黙り込む。

「……なんで浸ちゃんいないんだよぅ……ていうかなんで早坂ちゃんまでいないのさ……」

「和葉先輩は怪我で来られないのでな」

「二人の優しさが恋しいよぅ……」

 とは言ってもいないものはどうしようもない。ひとまず咳払いをして態勢を立て直し、瞳也は本題へ入るため話し始める。

「いやね、そもそもおじさんがへろへろなことの説明こそ、本題なんだよ」

「じゃあ最初から本題って言いなさいよ」

「誤解を招く言い方をするからだぞ」

「おじさん帰って良い?」

 辛辣な物言いに折れそうになる心を立て直し、瞳也はコーヒーを口にする。どんな苦味も飲み下すのが大人なのだ。

「まあ見ての通り、おじさん寝てないんだよね。ずっと仕事でさ」

「何か大きな事件があったの?」

 露子がそう問うと、瞳也は小さく頷く。

「殺人事件だよ。それも立て続けにね」

 瞳也がそう言った瞬間、一気に事務所全体の空気が引き締まる。

「ほんとはこういう話外でしちゃまずいんだけど、もう警察だけじゃ対処出来なさそうでね。一応霊滅師が何人か来てくれてるし、ゴーストハンター達も動いてはいるんだけどさ」

 まず早朝、無残に引きずり回された子供の惨殺死体が発見された。

 当然警察は捜査を開始したが犯人の手がかりは得られなかった。

「……ひきこさん、か」

 話を聞いて絆菜が呟くと、瞳也はうん、と頷く。

「でも問題はここからなんだよ」

 そしてその日の夕方、二人組の警官の内一人が、自転車に乗った正体不明の包帯男に刀で斬りつけられる事件が発生した。斬りつけられた警官は一目で即死とわかるレベルの傷口と出血量だったという。

 だがその斬りつけられた警官は、すぐに立ち上がると眼の前で変貌し、包帯男とほとんど同じ姿に変わったというのだ。慌てて逃げ出したもう一人の警官は、すぐに本部に連絡したとのことだった。

「……トンカラトンね」

「他にはテケテケの目撃証言もあるし、まだ死因のわからない死体も立て続けに見つかってるんだよ」

 一日の間にこれだけの事件が起きて、結局瞳也は帰れないまま朝まで捜査や報告書の処理で徹夜する羽目になっていたのだ。

「そういうわけだから、一応伝えとかないとって思ってね」

「……しかし妙だな。ひきこさんは一度祓ったハズだ」

 祓ったのは琉偉だが、間違いなくひきこさんは一度絆菜の目の前で祓われている。

 それはトンカラトンも同じだったし、てけてけだって既に露子が祓っている悪霊だ。

「……霊が変質しやすいのは、アンタも知ってるわよね」

「ああ。私も以前悪霊になりかけたしな」

「ひきこさんだのてけてけだの、名前のついてる悪霊ってのは噂や人の感情で変質してると思うのよ。だから変質した悪霊を祓っても、噂自体が残ればまた霊は変質する」

「……そして霊を直接変質させている者達がいる」

 絆菜がそう言うと、二人共公園で戦った三人を思い浮かべる。

 ツギハギ顔の少女、吐々。

 長い黒髪の女、夜海。

 そして浸の旧友にして現時点で最強の怨霊、真島冥子。

「その上凶悪な悪霊が増えることで死者が増え続けてる。このままだとこの町、噂と悪霊に食い潰されるわよ」

「あ、でもちょっと待ってよ露子ちゃん。霊って普通は人には見えないでしょ? 見えない人の方が多いんだから、祓っていけば目撃証言だって減るんじゃないの?」

 ふと疑問に思った瞳也がそう問うが、露子は難しい表情を見せる。

「普通はね。だけど、今回みたいに噂が蔓延してて悪霊自体が強力だったり、見えない人でもいるって思い込んでるとまた話は違う。それに、見えなくたっているって思い込んでいる人がいること自体、まずいのよ」

 霊能者の持つ三種類の能力の内、霊を見るために必要な霊視は最も簡単なものだ。難しいのは触れる力である霊触、そして霊を理解、察知する霊感応だ。

 霊視自体は大して霊力がなくても難しい話ではない。三種類の内、最も才能が必要ないとも言える。

「霊視はその時の状況や悪霊の強さ、本人のコンディション次第で簡単に発生するものなのよ。ハッキリと見えなくて、黒いモヤみたいになることが多いけど、それでも怖いでしょ」

「……じゃあ、相当まずいんじゃない?」

「まずいわよ」

 その上、冥子達の目的が未だに判然としない以上、どこを叩けば良いのかもわからない。更に冥子の戦力が露子達を大幅に上回っているとくれば、事態は最悪とさえ言えた。

「とにかく調べないとな。悪霊達も、虱潰しに祓っていくしかないだろう」

「……そうね。だったらさっさと動くわよ」

 すぐに露子が立ち上がると、絆菜は小さく笑みをこぼす。

「お前も浸と似たもの同士だな。依頼でなくても、誰かが危険とあれば見過ごせないか」

「それもあるけど、あたしはもう浸から依頼を受けてんのよ。事務所と、この町を守れ……ってね」

 ふん、と鼻を鳴らしながら歩き始める所長代理の小さな背中が、絆菜にも瞳也にも頼もしく見えた。

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