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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第三十五話「鋼のゴーストハンター雨宮浸」

 意地を張っていただけなのかも知れない。

 才能がなくても、霊力がなくてもゴーストハンターとしてやっていける。誰かを守れる。雨宮浸はそう信じたかった。

 負けただけなら折れずにすんだ。

 守れないだけならまだ耐えられたかも知れない。

 浸は、守るべきだった早坂和葉を傷つけた。

 その事実の重さに浸はどうしても耐え切れない。雨霧を扱えなかったが故に、自分の非力さ故に大切なものを自らの手で傷つけてしまったのだ。

 悪霊と戦うのは浸でなければならない理由はない。冥子のことだって、月乃に任せるべきなのだ。

 だから、もう……

「浸さん!」

 病院を出た浸の背中に、悲痛な声が投げかけられる。

「待ってください! そんなの……そんなのダメです!」

 その声が和葉のものだとわかっていても、浸は振り返ることが出来なかった。

 和葉にとっての浸は頼れる存在でなくてはならない。情けない顔は見せたくない。

「……ダメなんてことはありませんよ。霊との戦いは危険なものです。中途半端な力で挑むようなものではありません」

 深く突き刺さったものを、自分で自分に押し込んでいる気分だった。

「浸さんは……それで良いんですか……? 本当に、ゴーストハンターをやめちゃって……」

「良く……は、ないですね。正直なところ。でも、こればかりはどうしようもありませんから」

 自嘲気味にそう言って、浸はそのまま立ち去ろうとする。しかしそんな浸の肩を、和葉は力強く握った。

「……早坂和葉……?」

「どうしようもないって……どうしようもないってなんですか!」

 振り返ると、和葉は涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしていた。悲しみだけではない、普段怒らない和葉が本気で怒っているのが浸にもわかる。

 昂ぶった感情が、ポロポロと流れ落ちていた。

「私には、浸さんがそんな風に思ってるなんて見えない! そんな泣きそうな顔で言われて、そうですねどうしようもないですねなんて、私言えない!」

「早坂和葉……」

「私……私嫌です……だって、浸さんが諦めちゃったら……浸さんがこの先ずっと下を向いて歩きそうな気がして……っ」

 泣き崩れる和葉を、どうすれば良いのか今の浸にはわからない。

 スーツの裾を引っ張りながら、和葉は浸を何度も叩く。

「それじゃ……昔の私と同じじゃないですか! もういい、どうしようもないって諦めて……下を向いて見ないようにして歩くんですか!?」

 かつて早坂和葉は、諦めていた。

 高すぎる霊能力が災いして、何度も霊に人生を脅かされてきた。

 多くの時間を失い、何度も友人が離れていった。次第に悲しむのも馬鹿らしくなって、和葉は諦めることにした。

 それが、変わったのだ。

 雨宮浸と出会ったことで。

 自分を苦しめるだけだった力が、誰かを助けられる力なのだと。理解出来ることが、誰かの救いになり得るのだと。

 前を向いて歩けるようになった。

 浸が肯定してくれたことで、自分のことが好きになれた。

「ほんとの気持ちを教えて下さい! 隠さないで下さい! 浸さん……相談してくださいよっ……私だって、私だって浸さんの力になりたい……弱音くらい、吐いて下さいよぅ……っ!」

 縋り付く和葉を見ている内に、浸の中で抑えていた感情がこみ上げてくる。

 こんなところで終わりたくなんてない。

 誰かに任せるなんて、浸には出来ない。

 自分の力で、誰かを救いたかった。

 そして何より、こんな自分のために泣いてくれる、必死になってくれる人に、応えたい。

「……私は……戦いたい。真島冥子を……一人でも多くの霊を……負の感情から解放したい……」

「私は絶対に否定しません……。琉偉さんや城谷さんが何て言ったって、私は浸さんを肯定します……! 浸さんが……私にしてくれたみたいに……」

 具体的な解決策が見えたわけではない。

 和葉の傷が治ったわけでもない。

 しかし消えかけていた火が、再び燃え盛るような感覚があった。

「……ありがとうございます、早坂和葉」

 泣きじゃくる和葉をそっと抱き寄せて、浸は目を伏せる。

「少し弱気になっていました。実力不足を立て続けに痛感させられて、真島冥子には手も足も出なかった上に、早坂和葉を傷つけてしまいましたからね……」

「こんなの……こんなの大丈夫です! 私……私、鋼のゴーストハンターですから……!」

 鋼のゴーストハンター。それはかつて、浸が和葉の前で名乗った二つ名だ。

 負けない。

 折れない。

 諦めない。

 自分は鋼だと言い聞かせたくてつけた二つ名を、浸はいつの間にか忘れてしまっていた。

「ええ……。ええ、そうでした……そうでしたね。私だって、鋼のゴーストハンターです」

「はいっ……はい……!」

「どこまでやれるかはわかりませんが、決してここまでで終わりではないと……もう一度信じてみます」

 他人に決められた限界の中で終わりたくない。

 諦めて闇に落ちた真島冥子に、伝えなければならない。

 自分は、自分達は……ゴーストハンターとして戦える。誰かを守れると。

「早坂和葉の信じる雨宮浸を……私は信じます」

 立ち上がるとすぐに、太陽の光が視界に入る。

 もう、下は向かないと決めた。



***



 翌日、浸が電車で向かったのは隣町の木霊町だ。その木霊町の中でも一際大きな和風の屋敷、城谷邸を訪れると、予め連絡を受けていた使用人達が浸を屋敷の中へ通す。

 この屋敷は、修行時代に何度も訪れた場所だ。師である城谷月乃の実家であり、訓練はこの屋敷の庭で行われることも少なくはなかった。

 客間に通されると、既に城谷月乃が待っていた。

「……お忙しい中ありがとうございます」

「かしこまらなくて良いから。それより要件は?」

 問うているのは口先だけだ。月乃はもう、浸が何を言い出すのかわかっている。

「お師匠、どうかもう一度、私を鍛え直してください」

「ダメよ」

 にべもなくそう断る月乃だったが、浸はもう折れもしなければ狼狽えもしない。

「お願いします。私はまだ、ここで終わるわけにはいきません」

「そんなことないでしょう。前にも言ったけど、あなたはよくやったと思う。後は私達に任せなさい」

 月乃もまた、意見を変えなかった。

 浸の気持ちが理解出来ない月乃ではない。しかしそれ以上に、もう浸には戦ってほしくなかった。このまま戦い続ければ確実に命を落とす。真島冥子のようになってしまう可能性も決してゼロではない。

「……私はね、冥子がああなってしまっていることだけでももう耐えられない」

「お師匠……」

「お願いだから聞き分けて。あなたも冥子も、私からしたら最初で最後の大切な弟子なの。そんなあなたを、死ぬとわかっていて戦わせ続けるようなこと……私には出来ない」

 それは月乃の弱さでもある。

 弟子の思いを知っていながら、それを後押しすることが月乃には出来ない。

 失う怖さが、月乃を頷かせない。

「ねえ、何があなたをそうさせるの? あなたがゴーストハンターであり続けようとする理由は何?」

 それはかつて、絆菜が浸に投げかけたものと同じ問いだった。

「……わかりません」

 しかし浸は、至極真面目な表情でそんなことを言い出す。

 思いも寄らないその言葉に、月乃は目を丸くした。

「きっと理由は、沢山あります。誰かを助けたい、誰かを守りたい、真島冥子を止めたい、お師匠を越えたい、私みたいな才能のない人間でもやれると証明したい……言い出したら切りがないんです。そしていずれも、私でなければならない理由はないんです」

 真っ直ぐに月乃を見据えて語る浸の言葉を、月乃は黙って聞き続ける。

「でもそんなものは、別になくて良いと思います。私が私のやりたいことをやるのに、理由や理屈は一々必要ないんです。まして他人の理屈なんて論外です」

「……ふざけないで! 命に関わることよ! 絵が下手だから絵描きになるなとか、そういうレベルの話と一緒にしないで!」

「それでも私は……信じたいんです!」

 浸がそう言い放った瞬間、月乃はピタリと動きを止める。

 震える唇が何も紡がないことに気づいて、浸はそのまま語を継ぐ。

「ありがとうございます”城谷月乃”。私は、例えあなたに許されなくても戦います。一つこれだという理由をつけるとすれば……」

 思い浮かんだ笑顔を、そっと抱きしめるように

「私を、雨宮浸を信じてくれる人のために」

 穏やかにそう、口にする。

「……」

 月乃はしばらく、呆気に取られたような表情で浸を見ていた。

 しかしすぐに、月乃は右手で頭を抱えながら深くため息を吐く。

「……やっぱダメかぁ……」

「…………お師匠?」

 急に気の抜けた発言をする月乃に、浸は思わず顔をしかめる。

「……浸のことがわからない程付き合い短くないわよ。やっぱ譲らないかぁ……」

 元々月乃は厳格な人間ではなかったし、こういう張り詰めた空気も得意ではない。

 浸を納得させるためになんとか気を張っていた月乃だったが、こうして断固反対されてしまうと月乃にはどうしようもない。

「……ほんとに戦う?」

「え、あ、はい……今日は、半分くらいはそのことを伝えるために来たので……」

 もう浸は譲らないだろう。

 琉偉や冥子に実力差を見せつけられ、己の手で和葉まで傷つけてしまった。そこまで来て譲らないのであれば、もう月乃には説得する手段も材料もない。

 それに、弟子の気持ちを応援したいという方が、師匠の気持ちとしては自然なのだ。

「あーもうわかった! わかったわよ! この頑固者!」

 月乃が自棄気味に大声を上げると、驚いた浸が肩をびくつかせる。

「で、では……修行をつけてくれるということですか……?」

「……まあ、正確にはちょっと違う。違うけど、面倒は見る」

 やや煮え切らない言い方をする月乃に、浸は首をかしげた。しかし、何はともあれ自分の思いをついに月乃に認めさせることが出来たのだ。顔には出さないようにしていたが、少し気分は高揚していた。

「……このまま修行をつけてもどうしようもない。冥子の霊域の中で、普通の方法だと浸はどうやっても動けない」

「……では、普通ではない方法が……?」

 浸の問いに、月乃は小さく頷く。

「だけどよく考えて決めてね。成功する確率は正直1%にも満たないから」

 月乃のその言葉に、浸は生唾を飲み込んだ。

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