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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第三十四話「雨宮霊能事務所、解散」

 今回ばかりは、絆菜も割って入ることが出来なかった。

 あの場ではどうしようもなかった。他にあの場で浸が冥子に太刀打ちする術はあれしかなかったのだ。間違いではなかった。

 けれども。決して正解でもない。

 ああなってしまえば、浸にはもう選択肢がない。

 雨霧を使えなければ満足に戦うことさえ出来ない。しかし雨霧を使えばこうして和葉を傷つける結果に繋がる。あの状況が出来上がった時点で、浸は詰んだも同然だ。誰も命を落とさなかったことが不幸中の幸いだったのだろう。

「……すみません……でした」

 くぐもった浸の声が床に落ちる。月乃は険しい表情のまま、浸から視線をそらさなかった。

「冥子を私が祓えなかったことにも責任はある。それは謝らせて」

「いえ、それは関係ありません。今回のことは、私の実力不足と判断ミスが招いた結果です。正直私は……真島冥子を見て完全に冷静さを欠いていました」

 冷静であれば状況を打開出来たのか? 浸は心の内でそう自問してしまう。

 何よりも足りないのはゴーストハンターとしての、霊能者としての力だ。浸の実力では、真島冥子は手に負えない。月乃でさえ祓えない怨霊を、浸に祓える道理はなかった。

「……そうね。でもこれでわかったでしょう? もう、あなたの手には負えない」

 もう一度事実を突きつけられ、浸は黙り込む。

 反論の余地はない。誰より浸自身がそれを自覚してしまったのだ。

「…………はい」

「浸、お前……」

 認めるしかなかった。

 強力な悪霊と戦える程の力がない自分を、強い霊具を扱うことさえ出来ない自分を。

「今日拾った命を大切にしなさい。そして今日限りで……ゴーストハンターをやめなさい」

 頷くまで、かなりの間があった。

 しかしもう、決断せざるを得ない。

 これ以上誰も傷つけないためにも、浸は身を引くべきだった。

「……わかりました」

 誰も守れない。守るどころか、和葉を傷つけてしまった。その事実の重さに浸はもう耐えられない。

「本気なのか?」

「……はい」

 絆菜の問いに、浸はうつむいたまま短く答える。

「……そう、か……。お前が決めたことなら、私は否定しない」

「もう今日は休みなさい。赤羽絆菜さん……で良かった? 少し話があるからあなたは残って」

 月乃にそう言われ、浸は失礼します、とだけ言い残すと事務所を去っていく。そのあまりにも悲壮な背中に、投げかける言葉を誰も見つけることが出来なかった。

「話とはなんだ。手短に頼む。出来れば私も休みたい」

「今後のあなたの処遇よ。悪霊化していないとは言え、半霊を放置しておくわけにはいかない。浸がゴーストハンターをやめる以上、助手であるあなたをどうするか決めておかないと」

「違う、助手の助手だ。それにどうするかとはなんだ。私がどうするかは私が決める」

 少し苛立った様子でそう答え、絆菜は立ち上がる。

「悪いが私はこのまま戦う。浸が戦わないなら、浸の分まで戦うまでだ」

 このまま立ち止まるつもりはない。

 現状冥子に対抗する手立てはないが、だからと言って黙って見ているつもりも絆菜にはなかった。

「……そう。良かった。なら一緒に戦って」

「良いだろう。それに、そうしなければ私は祓われるしかなかったんじゃないか?」

 絆菜の言葉に、月乃は嘆息しながら頷く。

「嫌な聞き方をしてごめんなさい」

「謝るくらいならするな。お前、そういう役回りは向いてないんじゃないか?」

「……かもね」

 自嘲気味にそう言って、月乃は苦笑する。正直なところ、浸にキツくあたるだけでも精一杯だった。

「私は四六時中一緒に行動というわけにもいかないから、当面は朝宮さんと一緒にいると良いわ」

「む……」

 月乃の提案に、絆菜は気まずそうに目をそらす。

「どうしたの?」

「……いや、私は露子には嫌われているのでな……。怒られそうだ」

「……それは大変ね」

 冗談めかして言う絆菜に、月乃は少しはにかんでそう言ってから立ち上がる。

「それじゃ、ひとまず解散ね。まずは休みましょう」

 それから一言二言、言葉をかわしてから月乃は事務所から去っていく。それを見送ってから、絆菜は深いため息をついた。

「……浸……お前は本当にこれで良いのか……?」

 いない人物に問うても意味はない。そのまましばらく事務所で考え込んでいたが、絆菜は自宅へ戻った。



***



「ハァ!? 浸がゴーストハンターやめたぁ!?」

 事件の翌日、絆菜から事の顛末を聞いた露子は素っ頓狂な声を上げる。

 しかしここは喫茶店。大声を上げれば周囲の視線が集まってしまう。

 それに気づいて露子は慌てて淑やかに座り直し、こほんとわざとらしく咳払いをして見せた。

「ああ。あの城谷とか言うのに言われてな」

「……城谷さん、か……。前にもこんなことがあったのよね確か」

「そうか、その時露子はいなかったからな。和葉先輩から聞いたのか?」

「ちょっとだけね。……でも、あいつほんとにやめちゃったの?」

 正直露子には信じ難かった。

 雨宮浸は誰よりも正義感に溢れていた。努力家で、才能による不利を必死に実力で埋めようとしていたゴーストハンターだ。

 誰かに何かを言われた程度で諦めるような人間ではない。ということは――――

「……浸自身が決めたことだ」

 浸自身が納得したということだ。

「……何よ、それ」

 露子は顔をしかめ、ぐいっとオレンジジュースを飲み干す。

「和葉先輩を傷つけてしまったことを、悔いているのかもな」

「あれから会ってないの?」

「……ああ。少し、そっとしておいた方が良いかも知れないと思ってな」

 そんな会話をしつつ、露子は二杯目のオレンジジュースを注文する。

「そんなに喉がかわくのか?」

「むしゃくしゃするから、甘いものが欲しいの」

「ならケーキでも頼めば良い。ショートケーキを二人分頼む」

 絆菜は店員を呼び止め、勝手にショートケーキを注文する。普段なら勝手に注文するな、と怒り出す露子だったが、今回は何も言わなかった。

「……正直、悔しい」

「……だな」

 ぼやくような露子の言葉に、絆菜は小さく頷く。

「あたしがもっと強かったらって、そう思う」

「私もだよ」

 そんな会話をしている内に、露子の頼んだオレンジジュースが運ばれてくる。

「ああそういえば、しばらく私はお前と行動を共にする。半霊の私が何かしでかさないよう、監視していてくれ」

 露子がジュースを口に含んだ瞬間そんなことを言われ、露子はジュースを吹き出しかけてなんとか踏みとどまる。

「ちょっ……なによそれ!?」

「城谷に言われてな。私を野放しにしておくわけにはいかないらしい」

 絆菜が半霊である以上、月乃の判断は正しい。本来なら祓わなければならない対象だ。

 露子はしばらくジトッとした目で絆菜を見ていたが、やがて諦めてため息をつく。

「しょうがない。まあ、丁度良いか」

「丁度良いのか?」

「そうよ。折角だし、特訓するわよ」

 力強くそう言った露子に、絆菜は笑みをこぼす。

「それは良い提案だ。正直このままやられっ放しなのは腹が立つ」

「……珍しく意見が合ったわね。ただし、ちゃんと従いなさいよね! あたしはしばらく浸の代わりなんだから!」

 露子のしばらく、という言葉に少し驚いてから、絆菜は微笑する。露子は恐らく、このまま浸がやめるとは思っていない。

 そしてそれは、絆菜も同じだった。

 それは確信のない、ほとんど願いに近い予想だったけれど。



***



 事件から三日後、入院している和葉の元へ浸から連絡が入った。

 浸としては和葉に怪我をさせてしまった負い目があって顔を合わせにくかったのかも知れないが、和葉は出来ればはやく浸の顔が見たいと思っていた。

 雨霧で暴走した浸によって和葉が怪我をしたのは事実だが、和葉からすればあれは和葉自身のミスだ。不用意に半霊に近づいて、きちんと逃げられなかった自分にも責任はある。そんな風に考えていた和葉は、はやく浸に会って謝りたかった。

「早坂和葉! 見舞いに来ましたよ!」

 しかし意外にも、浸は元気よくフルーツの盛り合わせを持って和葉の病室を訪れた。

「……浸さん?」

 その予想外の態度に驚いて、和葉はキョトンとしてしまう。

「ふふふ、早坂和葉のことですから、病院食だけでは物足りないでしょう。フルーツの他にも、少し甘いものも持ってきてあります」

「え、ほんとですか!?」

 フルーツの入ったバスケットの他に、浸は買ってきた和菓子を用意していた。椅子に座ってそれらを見せる浸を見て和葉は喜びかけたが、やがて悲しそうに目を伏せる。

「さて、まずはリンゴから剥きましょうか? それとも別のフルーツにしましょうか。私はかつて皮剥きの浸ちゃんと呼ばれたこともありまして、フルーツの皮剥きにおいては――――」

「……浸さん、眠れないんですか?」

 和葉がそう問うと、浸はピタリと動きを止める。

 浸の目には、しっかり隈が残っている。明るく振る舞ってはいるが、表情から僅かに疲れの色が見て取れた。

「そんなことはありませんよ。毎日快眠です。今日は少しアイシャドーを塗り過ぎましてね」

「……嘘ばっかり。浸さん、嘘苦手なんですね」

 取り繕った笑顔が、剥がれてしまう。

「…………すいません」

「ああいえ、責めてるわけじゃないんです! 私のこと、気遣ってくれてるんだなって……でも、無理してる浸さんを見るの、辛いです」

 なんとなく原因は和葉にもわかる。自分のせいだ。

「……ごめんなさい。私が迂闊に近づかなければ、あんなことにはならなかったかも知れません」

 だが和葉の言葉に、浸は首を左右に振る。

「いえ、違います。全ては私の責任です。私の実力不足が招いたことです……私は……あなたを傷つけてしまいました」

「で、でも……仕方がなかったじゃないですか! ああでもしないと……」

「ああしないといけない程、私には力がなかったのです。ただ、それだけのことですから」

 そんなことはない。そう言いたかったのに、言葉が出てこない。

 和葉もわかっている。

 雨宮浸の力では、真島冥子には絶対にかなわないことを。

「すいません。私は……早坂和葉を守れませんでした。守るどころか、この手で傷つけた。赤羽絆菜のことだってそうです」

「浸さん…………」


「早坂和葉。私は……私は、ゴーストハンターをやめます」


 浸の言葉に、和葉は一瞬思考が停止する。

「……え?」

「私には、戦う資格も実力もありません。今までありがとうございました」

「ちょ、ちょっとまってください! そんな……!」

 慌てて身を乗り出す和葉だったが、急に動いたことで傷が痛む。すぐに和葉は、苦しそうに呻きながらベッドへ戻ることになる。

 それを浸は、今にも泣き出しそうな顔で見ていた。

 自分が招いた結果を。

「ですから……すいません。もう私は早坂和葉の上司ではありません。また怪我が治ったら、個人的に会いましょう。友達でいてくれると……嬉しいです」

 いたたまれなくなって、浸は立ち上がると和葉へ背を向ける。

「待ってください! 浸さん! 待って!」

 痛みをこらえながらベッドを出ようとする和葉だったが、浸は振り向かないまま病室を後にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] いよいよ、というか、ここまでの流れをしてみれば当然の流れか。周囲が全く宣言を真に受けていないのがせめてもの救いか。 ここまで、基本的に努めて大人に振る舞っていた浸さんが、敢えてキャラを崩して…
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