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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第二十七話「最低、最弱」

 その場にいた全員の視線が、月乃へと集中する。月乃はそれを特に気にする様子もなく、刀を鞘に収めた。

 それを見つめた後、口を開いたのは琉偉だ。琉偉は軽い調子ではあったが、僅かに怒気を込めながら言葉を吐き出す。

「で、どういうつもりなんです? 今かばったそれ、半霊なんですけど」

「まだ悪霊化してないわ」

「悪霊化してからじゃ遅いんだって。おたく程の人がわからないわけないでしょ」

「それはわかってるつもりだけど、一方的な除霊は好きじゃないの」

「おたくの好みか」

「強制除霊もあなたの好みでしょ」

 会話を切るように吐き捨てて、月乃は琉偉から視線を外す。琉偉はまだ何か言いたげだったが、やがて諦めたのか深くため息をつく。

「ほら、さっさと帰りなさい! あなたの仕事は終わったんでしょ!」

「言われなくても帰らせてもらうよ。まったく、今日はついてるんだかついてないんだか」

 月乃に怒鳴られ、琉偉は気だるそうにそう答えてから和葉の方へ視線を向ける。

「和葉ちゃん、またね」

「……む」

 琉偉は昼間と同じように接しているが、浸を侮辱され、絆菜を傷つけられて怒らないでいれる程和葉も優しくはない。人を突っぱねるのは苦手な和葉も、今回ばかりはムッとした顔で琉偉を一度見てからそっぽを向いた。

 その瞬間、琉偉は心底がっかりした様子で肩を落とす。そしてしゅんとしたままトボトボと帰っていく姿は、今までの様子とのギャップがあまりにも激しい。月乃もポカンとした様子で琉偉の背中を見ていた。

「……それにしても城谷月乃、何故ここに――」

 言いかけた浸の頭に、軽いチョップが叩き込まれる。

「呼び捨てにしない」

 一瞬唖然とした浸だったが、すぐに気を取り直して口を開く。

「……お師匠、何故ここに? ひきこさんの調査ですか?」

「そう。最近の院須磨町での心霊事件に関する調査依頼が霊滅師協会に来てて、とりあえず私が寄越されたんだけど、まさか丁度こんなタイミングに居合わせることになるとは思わなかったわ」

 月乃はそう言いつつ、和葉、絆菜、准を順番に見てから浸へ視線を戻す。

「みんなあなたの事務所の子?」

「ええ、そうです。紹介しましょう」

「……違うッス」

 浸がそう言って頷くと、不意に今まで黙り込んでいた准がくぐもった声を吐き出した。

「……度会准?」

「気安く呼ぶなッス!」

 准は怒鳴りながら顔を上げると、強く浸を睨みつける。

「なんなんスか、アンタ! さっきの体たらくはなんなんスか!」

「……それは……」

「俺はてっきり、雨宮さんは霊力コントロールがうまくて、普段は隠してるだけかと思ってたッス! なのに……ほんとに感じたまんま、霊力の低い人なんスね!」

 口ごもったままの浸に早足で歩み寄り、准は責め立てるように言葉を続ける。

「じゃあめちゃめちゃ強いのかと思ったら、ひきこさん相手にボロクソにされて、さっきの人にはまともに言い返せてもなかったじゃないスか!」

 浸は、返す言葉がうまく見つけられない。

 なんとか気丈に振る舞おうと思っても、せり上がってくる惨めさがそれを邪魔している。

「最低で、最弱ッス」

 准の言葉を、浸は否定することが出来なかった。

 准の言う通り、今の自分が最低で最弱なように思えてしまう。

 導くどころか目の前で醜態を曝し、能力のなさが浮き彫りになってしまっていた。

「俺は……俺は強くなりたいんスよ! 強くなって、俺の力を証明したいッス!」

 准の言うことが、段々泣き叫んでいるかのように聞こえてくる。


 ――――私は強くなりたいんです! 私にも何かが成せると、それを努力で証明したいんです!


「…………」

 そしてそこに、浸はかつての自分を幻視した。

「弱い人の下についても仕方ないッス! 強くなれないじゃないッスか! ……雨宮さんは……ほんとに、弱いんスか……!?」

 どこか縋るような声音だった。

 そんなことはない。自分は強い。

 そう言いたいのに、喉の奥でつっかえて出てこない。

 浸は、嘘をつくのは苦手だった。

「いい加減にしろ。浸は――――」

「度会さん」

 見るに見かねて制止しようとした絆菜だったが、それを遮って和葉が口を開いた。

「浸さんは、弱くなんかないです。……すごく、強いんです」

「……何、言ってんスか」

 僅かに怒気を含んだ和葉の言葉にも、准はひるまない。それどころか、眉をひそめて和葉を見つめる。

「早坂大先輩や赤羽先輩の方が、雨宮さんより強いじゃないスか」

 和葉にとっては思いもよらないその発言に、言葉が詰まる。

「流石にわかるッスよ。早坂大先輩の霊力が、雨宮先輩と比べ物にならないことくらい」

「で、でも私は……浸さんみたいに戦えるわけじゃ……」

「そんなモン、時間が解決するッス。”ウサギとカメ”の”ウサギ”なんスよ、早坂大先輩は……。同じ速度で走り始めたら、俺も全くついていける気がしないッスよ」

 戸惑う和葉に言い捨てて、准は今度は月乃へ視線を向ける。

「城谷さんは……今弟子を取れるッスか?」

「……取るつもりはないわ」

「ッスよね。すいません」

 それだけ言うと、准は月乃から目を背けた。

「俺、ひとまず帰るッス。今日は世話ンなりました……」

 准はそう言って一度浸達に頭を下げると、そのまま返事も待たずに背を向けて走り去っていく。

「あ、ちょっと度会さん!」

 浸は准を、追いかけることが出来なかった。導いたり、教えたりするどころか一方的に失望されて弁明すら出来なかった。

 和葉は准を追いかけようとしたが、それを絆菜が引き止める。

「放っておけ。所詮奴は浸の上辺しか見えていない。こいつの良さは強さだけではないからな。それに、ひきこさんはもう祓われた。他の悪霊の気配もないだろう」

 絆菜の言う通り、もうこの辺りに危険な悪霊の気配はない。ひきこさんが祓われた今、准の帰路を心配する必要はあまりない。見習いとは言え彼も霊能者だ。最低限の自衛は出来るだろう。

「それは……そうですけど」

 そのまま、沈黙が訪れた。

 先程までの戦闘が嘘だったかのように静まり返り、気分まで一気に夜に染まっていく。

「場所を変えましょうか。浸、事務所まで案内して」

 ひとまず仕切り直そうと月乃がそう提案すると、浸はどこか暗い面持ちのままはい、とだけ答えた。



***



「……まずは、危ないところを助けていただき、ありがとうございました。改めて礼を言わせてください」

 事務所へ戻ると、浸はすぐに月乃へ改めて頭を下げる。

「もう、生真面目なんだから。行きしなにも聞いたわよそれ」

 苦笑いしつつ、月乃はソファに座って和葉の淹れた紅茶を口にする。

「……流石は和葉先輩だ。良い香りがするな」

「えっと……インスタントなんですけど……」

 大げさに褒める絆菜に、和葉はそう言いつつ目をそらす。それでも絆菜は謙遜するな、と勝手に感心していた。

「手際の良さも素晴らしい。まだまだ和葉先輩からは学ぶことが多いな」

「うぅ……むず痒い……」

 そんな和葉と絆菜のやり取りを見て浸が微笑んでいると、月乃もどこか嬉しそうに頬を緩める。

「……立派になったのね。事務所も構えて、良い仲間も出来たじゃない」

「はい……。どれもこれも、お師匠のおかげです。あなたに鍛えてもらえなければ、私はこうはなれなかったでしょう」

 お世辞でもなんでもなく、真剣に浸はそう思う。

 霊力が低く、ゴーストハンターとしての素質が体力しかなかった浸を、偶然出会った月乃が鍛え上げてくれたのだ。彼女と積んだ研鑽が、ゴーストハンター雨宮浸の強さの全てだった。

 だから

「……もう、良いんじゃないかしら」

「え」

 月乃の口からそんな言葉が出た時、浸はまともに言葉を返すことが出来なかった。

「あなたはよくやったと思う。だけどこの町に来て、悪霊と戦ってみて、そしてさっきのあなたを見て、私は思った」

 その先の言葉がすぐに読める。

 聞きたくないと、そう思っても月乃は容赦なく突きつけた。


「もう、限界なんじゃない?」


 その瞬間、浸は放心状態になる。そしてそれと同時に、絆菜がテーブルを強く叩いた。

「ふざけるな。浸の師匠だかなんだか知らないが、いきなり現れて随分な物言いだな」

「ありがとう。浸のために怒ってくれて」

「何……!?」

「あなたのような人がいてくれれば、浸はもう大丈夫」

 どこまでも穏やかに、月乃はそう告げる。

 言い返されるどころか一方的に感謝されて、絆菜は怒りの矛先の向け方がわからなくなった。

 城谷月乃は、間違いなく浸のためを思って口にしている。琉偉のような軽口半分の忠告ではない、真に浸の身を案じるからこその言葉だ。

 それが理解出来て、絆菜は口を閉じてしまった。

「ちょ、ちょっと待ってください! 浸さんが限界なんてそんな……そんなわけないですよ!」

「和葉ちゃん……だったよね。あなたにもわかるでしょ、今日出会った悪霊がどれだけ凶暴で、残忍で、そして狡猾でさえあったか」

 ひきこさんは、今まで浸が祓ってきた悪霊とは少し性質が違った。

 怨霊にまではなっていなかったものの、高い戦闘力と狡猾な戦術を持った強力な悪霊だった。

「……はい。なんだか、普通の悪霊とは違う気がしました……」

「そう、もう普通の悪霊じゃない。少なくともこの町にいる悪霊は。誰かが流した噂が、悪霊の性質を変化させている」

「でも、それとこれとは関係が――――」

「ある。この町の悪霊はもう、浸の手にはおえない。誰より浸自身が理解しているハズよ」

 嫌でも、和葉の脳裏に先程の光景が蘇る。

 突如飛びかかってきたひきこさんに、浸は為す術もなく捕らわれ、引きずり回された。絆菜がいなければ、あのまま一方的にやられていた可能性もある。あのスピードを射抜く技術と勇気は、和葉にはなかった。絆菜がいなければどうなっていたのかもわからない。

「こ、今回はその……不意打ちでしたから! 想定外の……その……」

「戦いなんていつも想定外と不意打ちの繰り返しよ。うまく想定外を起こして不意打ちを喰らわせるのがセオリーとさえ言える。ねえ和葉ちゃん、あなたは目の前で人が殺されても想定外でしたって言える?」

「それ……は……」

「……ごめんね、和葉ちゃんにキツく当たるつもりはなかったの。ごめんね……」

 口ごもった和葉に、月乃は慌てて手を合わせて謝り始める。しかしもう、沈み始めた気持ちは浮き上がらない。

「……でしたら……もう一度、もう一度鍛えてもらえませんか。今日のことは、完全に私の油断であり、鍛錬不足です」

「もうあなたは出来ることをやった」

「しかし! 私は……!」

「あの子のことはあなたの責任じゃない。もう良いのよ」

 にべもなくそう言い切って、月乃は一息つく。浸はそのまま黙り込んでしまっていた。

「お願い。もしあなたが死にでもしたら、私はあなたを鍛えたことを後悔することになる。最初に言ったわよね、出来る範囲でだけやるって」

「……まだ、やれます……。私はまだ……!」

 浸は強く拳を握りしめながら、睨むようにして月乃を見た。が、すぐに和葉や絆菜の不安そうな表情に気づいて、握った拳をそっと開いた。

「……すみません。少し、頭を冷やします。決断に、時間をください」

「……ええ。簡単に決められることじゃないから、それで良いのよ」

 浸は小さく頷いてから、先に失礼します、と月乃達に一礼してから事務所を後にする。その背中を追いかけられず、和葉は悲しげに目を伏せた。

「……すまない。あの子とは何だ?」

 浸が事務所を去ってから、思い切って絆菜がそう問うと、月乃はすぐに話し始める。

「あの子にはね、姉弟子がいたの。姉弟子とは言っても、弟子になった時期はあまり変わらないけどね。……そしてその子も、浸と同じで才能はなかった」

 きっぱりとそう言い切る月乃に、和葉も絆菜もやるせない思いばかりが募っていく。

 浸に才能がないなんて、弱いだなんて、認めたくなかった。

 和葉にとっても絆菜にとっても浸は恩人だ。いつだって立ち向かい、手を差し伸べてくれた人だ。特に和葉にとっては、今までずっとそうだったのだ。

 だから和葉にとって浸は一番強くて、一番頼もしかった。そう思うと、准の失望も理解出来なくはないのかも知れない。ショックを受けたのは、彼も同じだ。

「でもあの子は私の言いつけを破って、古い霊具を使って半霊化して……消息を絶った」

「……なるほどな。浸は、そいつを救いたいのか」

 絆菜がそう言うと、月乃は少し考え込むような表情を見せる。

「……どうだろう。救いたいのかも知れないし、止められなかった自分をずっと責めているだけなのかも知れない。どちらにしても、浸が気に病むことじゃない」

 しかし、すぐにそう結論付ける。それに対して、絆菜は顔をしかめた。

「……それは、師匠とは言えお前が決めることではない」

「あー……言われちゃった。そうなんだよね……でも、これ以上浸に無理はして欲しくない」

 そう言って苦笑いして見せてから、月乃は立ち上がる。

「さて、そろそろ帰らなきゃ。色々報告もしないといけないし……紅茶ご馳走様、おいしかった」

「あ、はい……いえ、こちらこそ助けていただいて……」

「ううん。それよりも、二人共浸を支えてくれてありがとう」

 頭を下げる和葉に、今度は月乃の方が頭を下げる。

「支えるなんてそんな……それは、私の方で……」

「あの子、全部一人で無理して背負い込もうとするきらいがあるから……だから、一緒にいてあげて。すぐ近くじゃなくても良いから」

「……はい」

 和葉がそう答え、絆菜が頷いたのを確認してから、月乃は事務所を去って行った。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] この局面で師匠が現れるとは意外でした。もっとぎすぎす当たるものかと思っていたので、浸さんの精神面に影響する程の人格者で少しほっこり。 脇を固めるメンツが強くなってきたのもあって、ますます主…
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