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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第二十五話「早坂大先輩」

 ひきこさん、というのは死体を引きずって歩く女の怪異だ。

 いくつかパターンもあるが、基本的にひきこさんは凶暴で、出会って捕まるとそのまま引きずり殺される。自分の顔が醜いか問うてくる場合もあるが、醜いと言えば引きずり殺され、そうでないと言って気に入られてしまうとその場合も引きずりたがるとされている。

 そのルーツには諸説あり、いじめられっ子の末路だったり、親の虐待を受けた子供だったりその両方だったりと、悲惨なものばかりである。ルーツによって特徴も異なり、対処法とされるものも様々だが、近い怪異の口裂け女程多くはない。

「この辺りは口裂け女と似ている……というか、都市伝説で語られる怪異全般の特徴ですね。知名度が高ければ高い程、噂に尾ひれがついて多様化しているのでしょう」

 商店街での聞き込みを終え、事務所に帰る道すがら、浸はメモを確認しながらそう語る。

 絆菜は興味深げに相槌を打ち、准はただひたすら浸を憧憬の眼差しで見つめていた。

「……しかし、何故今になってひきこさんなんだ? もう随分と古い話だぞ」

「そこなんですよね、気にかかるのは。八王寺瞳也も言っていましたが、まるでタイムスリップです」

「殺子さんにしてもそうだな。どうにも今更感が拭えん」

「トンカラトンに関しても同じことが言えます。朝宮露子の話では、以前てテケテケも相手をしたという話です」

 トンカラトンもてけてけも、ひきこさんも現代の都市伝説ではない。そのどれもが過去のもので、十年以上前のひきこさんが比較的最近に思えるレベルだ。

「……しかし、ひきこさんの噂は惨たらしいものだな」

「そうですね……。もし彼女がいじめや虐待の果てに亡くなり、悪霊化したのなら……」

「え? 関係なくないスか?」

 言いかけた浸を遮るように首を傾げたのは准だ。

 思いも寄らない言葉に目を丸くする浸だったが、准の方は本気で疑問に思っているのか不思議そうに浸を見つめている。

「どんな霊とか、経緯がどうとか……関係なくないスか。ゴーストハンターの仕事は霊をぶちのめして除霊することッスよ!」

「……そういう側面もありますが、私は……」

「あ! わかったッス! 雨宮さん、詳しく調べることでひきこさんの弱点を探ってるんスね! プロの仕事ッス! 効率主義ッス!」

 そう言いながら勝手に納得する准に、浸は思わず顔をしかめる。

「違いますよ。例え悪霊だったとしても、元は人間なんです。それを忘れてはいけません」

「うおおおおお! 雨宮さんスゲーッス! やっぱ最高で最強ッスーーー!」

 最早准には浸の言葉が耳に入っていない。もう何を言っても無駄そうだったが、このまま納得させるわけにはいかない。

「待ちなさい度会准。私は……」

 しかし言いかけた浸を、バッグの中の携帯が呼び止める。仕方なく先に携帯を見ると、相手は和葉だった。

「もしもし、どうしました?」

『あ、浸さん! 今から行っても良いですか?』

「おや、今日は有給のハズですよ」

『……でもなんというか……持て余しちゃって。あ、じゃあ助手の仕事は絆菜さんにお願いするとして、ちょっと遊びに行くだけっていうのはどうですか?』

「ええ、そういうことでしたら……。ふふ、早坂和葉があの事務所を気に入ってくれて光栄ですよ」

『じゃあ、今から行きますね!』

「ええ、では私も事務所に戻りましょう」

 そう言って電話を切り、浸は一息つく。

「和葉先輩か?」

「ええ。今から事務所に遊びに来るそうですよ」

「それは良い。コーヒー対決だ。和葉先輩と直接対決が出来る」

 不敵に笑う絆菜に微笑んだ後、浸はすぐに准の方へ向き直る。

「度会准」

「はい! なんスか! なんでも言ってくださいッス! 飲み物とか買って来たほうが良いッスか!?」

「いえ、そうではなくてですね」

 ため息をつきそうになるのをこらえつつ、浸は准の両肩に手を置く。

「あなたは、学ばなければならないことが多いようですね。本格的に、私の元でゴーストハンター見習いをやりませんか?」

「……おい、本気か? 大丈夫なのかコイツは」

 准が答えるよりもはやく、絆菜が眉間にしわを寄せつつそう言うが、浸は頷く。

「むしろ大丈夫ではないからこそ、です。早坂和葉とはまた違う方向ですが……彼のような者を導くのも、私のやりたいことです」

「……お節介のお人好しめ。お前がそう言うならとことん付き合ってやる」

 浸と絆菜がそんなやり取りをしている間、准はうつむいてプルプルと震えていた。

 それに気づいた浸が何事かと顔を覗き込もうとすると、准が勢いよく顔を上げて涙を流し始める。

「み、認められたッス……! 雨宮さんに、見習いとして認められたッスーーーーーー!」

「……ええ。これからよろしくお願いします」

「こちらこそッス! 超光栄ッス! 最高で最強ッス! うおおおおおおおお! 先に事務所行ってお茶を淹れるッスーーーー!」

 大騒ぎしながら走り出そうとする准のフードを掴んで動きを止め、絆菜は小さく嘆息する。

「それは私の仕事だ新入り。お前は帰ったらまず私のコーヒーを飲むが良い」

「はいッスーーー! 先輩の言うことは大人しく聞くッスーーー!」

「調子の良い奴だ……。だが先輩というのも悪くはない。きっと和葉先輩も悪くない気分だったのだろうな。喜ぶならもっと敬うか」

「いや、早坂和葉は多分今の距離感で丁度良いと思いますよ」

 和葉は敬われると照れてしまうだろうし、どちらかというとフランクに接して欲しがるタイプだ。というか和葉の方が後輩体質で、絆菜はどちらかというと先輩体質なのだ。

 このちぐはぐな関係性が面白くて、浸は思わず笑みをこぼしてしまう。

「さあ、早坂和葉も来ますし、一旦事務所に戻りましょうか」



***



「早坂大先輩ッスーーーーー!」

「えぇ……!?」

 和葉が事務所を訪れると、いきなり初対面の准が和葉の足元で土下座し始める。わけがわからず困惑する和葉に、絆菜はそっとコーヒーカップを差し出した。

 和葉が受け取ると、絆菜は丁寧にお辞儀する。

「和葉先輩。コーヒーだ。自信作だ。砂糖とミルクはあとで好きなだけ入れて良いから、まずはこれを飲んでくれ」

「えっと……どっちからリアクションすれば良いんでしょうか……。と、とりあえず顔を上げてください」

「わかった」

「あ、いや、絆菜さん……じゃなくもないんですけど……ああもう、二人共顔上げてください! 座ってください!」

 珍しく和葉が語気を荒げると、すぐに絆菜も准もソファへ座る。それを見て一息ついてから、和葉はコーヒーを一口飲んだ。

「あ、すごく良い香り……! 絆菜さんすごいです! もうこんなに上手になったんですね!」

「そうだろう。それは浸も先程褒めてくれたところだ」

 得意げに微笑む絆菜に、和葉は微笑み返す。この様子だと、もうコーヒーは絆菜の方がうまいかも知れない。

「それで……そちらの方は? 依頼ですか?」

「依頼人でもありますし、この事務所の新しいメンバーでもあります」

「え!? そうなんですか!?」

 驚く和葉に、准がペコリと頭を下げる。

「俺、度会准ッス! 雨宮さんに憧れて、ゴーストハンター見習いをやることになったッス! 俺の先輩は赤羽先輩なので、早坂先輩は早坂大先輩ッス!」

「そ、そんな大先輩だなんて……! 私の方が年下ですし……」

「関係ないッス! 上下関係は年齢よりも能力で生まれるべきッスよ!」

 かなりの勢いで詰め寄られ、和葉はどう反応すべきか困ってしまう。

「度会准。早坂和葉が困っているのでやめてあげてください」

「承知したッス!」

 ビシッと敬礼し、准は姿勢を正す。

「そういえば依頼人でもあるって言ってましたよね? どんな依頼ですか?」

「それはひきこさん退治ッス! 最近、町で出没してるらしいッス! 俺は雨宮さんの除霊を参考にしたくて依頼したッス!」

「あ、じゃあ私も参考にします! 今日行きますよね!?」

 和葉のその言葉に、浸は言うと思った、とでも言わんかリの表情になってしまう。

「早坂和葉……意欲的なのは良いのですが、今日は有給という話でしょう。ちゃんと休んでください」

「……しかし、ひきこさんを探すなら和葉先輩がいた方が早いんじゃないか? 事件はなるべく早めに解決したいだろう」

「それは……そうなのですが」

 絆菜の指摘に難しい顔で浸が同意していると、准が不思議そうに浸を見る。

「え、雨宮さんなら探せるんじゃないんスか?」

「……いえ、そういうわけではありません。私はあまり霊感応は得意ではないので……」

「……そ、そうなんスか!? じゃああれッスね! 他の能力が最高! 最強! ってことッスねー!」

「それも違いますよ。だから言ったじゃないですか、私は一人で戦っているわけではないと」

「そういうならそういうことにしておくッス!」

 浸の言っていることは謙遜でも誇張でもない事実なのだが、准にはほとんど伝わっていない。恐らく懇切丁寧に説明したところで同じように謙遜だと言われるだけだろう。

 この辺りの認識のズレは、なるべくはやくどうにかした方が良いだろう。評価されるのは歓迎だが、ここまで盲目的に過大評価されると、浸としてもむず痒いものがある。

「……しかし、どうしましょうか」

 闇雲に探してもあまり意味はない。かと言って和葉の有給が終わるのを待っている間に、犠牲者が増えるかも知れないと考えるとすぐに動きたい。浸はどうしたものかと考え込んでいたが、和葉の方はもう今日はついていくと勝手に決めていた。

「私の有給は、事務所の営業時間で終了です! 夜はまた別腹ということでどうでしょう!」

「いや別腹ってなんですか……。しかし、早坂和葉の力を借りたいのも事実です」

 浸はどうにも気乗りしなかったが、こうなってしまってはもうどうしようもない。和葉は和葉で、言い出したら聞かないのだ。勝手についてきて、浸の目の届かないところで怪我をされる方が余程恐ろしい。

「浸。今は私もいる。二人がかりならそれ程時間もかからんだろう」

「……わかりました。ただし、残業代はいつも通り出しますからね! そして有給も使った扱いにせず普通に給料出しますので、また別でちゃんと消化してください!」

 仕方なくそう決めて、浸は嘆息した。

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