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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第十七話「逢魔ヶ時の涙」

 そこはもう、何年も前から放置されている廃工場だった。

 既に機械は撤去されており、残っているものはほとんど何もない。

 ひび割れた窓ガラスから差し込む日が不気味に赤い。明かりのない、薄暗い黒と赤い日のコントラストはどこか禍々しかった。

「……手当り次第トンカラトンにした?」

「そうよ~」

 そんな廃工場で、一人の女が訝しげな声を上げる。その声を受けて、少女がおどけた調子で返す。

「トンカラトンがいるんでしょ? なら良いじゃん?」

 少女が悪びれた様子もなくそう言うと、女は深くため息をつく。その表情や顔立ちは、薄暗闇の中でははっきりとうかがえない。

「トンカラトンだけ無駄に増やしてもダメよ。本当に必要なのは種類」

「え、なにそれめんどくさ。良いじゃんトンカラトンでも」

 ぶすっとした表情でそう言って、少女はそのまま言葉を続ける。

「それに、かわいそうなお顔の人達に包帯巻いてあげたんだから感謝されたいくらいなんですけど~」

 もう女は、少女に取り合うつもりはなかった。これ以上は何を言っても無駄だと感じたからだ。

(……人のことを言える顔なのかしらねぇ)

 そんな悪態を心の内に押し込め、女は赤い光であらわになった少女の顔を見やる。

 継ぎ接ぎだらけの、不揃いで精巧な顔立ちだ。後は頭にボルトでも刺さっていれば立派なフランケンシュタインだ。

 一体これまで何人の人間からパーツを剥ぎ取ったのだろうか。

「まあ、文句があるなら陰キャの”陰子いんこ”に頼んでよね」

「そうね。次はそうするわ」

 皮肉交じりにそう答える女だったが、少女はさして気にする様子もなかった。



***



 矢継ぎ早に迫りくるトンカラトンの刀を、浸は双剣でなんとか受け続けていた。

 その攻防の中で、浸はトンカラトンに対して言いようのない違和感を覚える。赤マントのものとも違う、独特の違和感だ。

 和葉はその違和感の正体にいち早く気づき、浸の後方でトンカラトンを射ることを躊躇っていた。

「この人達……ほんとに悪霊なんですか!?」

 纏う気配は悪霊のもので間違いない。襲いかかってくるのも悪霊の習性だ。しかし和葉は、このトンカラトン達から負の感情をハッキリと感じることが出来ないのだ。トンカラトン達は、まるで何かの力に引っ張られているかのように襲いかかっている、和葉にはそう感じられた。

「わかりません……! ですが、現状どうすることも出来ません!」

 それは除霊するしかない、という意味だ。直接的な言葉を避けたものの、浸がそう言っていることを和葉は理解出来る。

 それでも和葉は逡巡したが、浸だけで対応するのにも限界がある。

「……ごめんなさい!」

 謝罪の言葉を口にしつつ、和葉は意を決してトンカラトンを射る。対応に追われる浸はトンカラトンに決定打を与えることが出来ないため、その役目を、今は和葉が担うしかない。

 和葉自身はそのことに気づいていないが、和葉は最初に比べるとかなり霊力の扱いに慣れつつある。以前は闇雲に込められているだけだった霊力も、今は一射一射にしっかりと込められている。そのため、和葉の高濃度の霊力を急所に受けたトンカラトンは、一撃で消滅することさえあった。

「これは……!」

 そのことに最も驚いたのは浸だ。浸や、和葉自身でさえ知らない間に和葉はしっかりと成長している。今まで受けるだけで精一杯だった浸も、和葉のおかげでかなり楽に戦えるようになっていた。

「これで……最後です!」

 程なくして、最後の一体が浸の一撃によって消滅する。最初こそ数に驚かされたものの、和葉の援護のおかげでかなり早く片付いた。二人共怪我もなくい。

 しかし、どこか肩透かし感がある。そしてなにより、何故トンカラトンが発生したのか理解出来ず、浸も和葉もどこかすっきりしない気分だった。

「……妙ですね」

「はい……。どうしてこの霊達はトンカラトンに……」

 和葉が霊達から感じた感情は様々だったが、いずれもトンカラトンは愚か、包帯にもほとんど結びつかない。交通事故で死んでしまった霊や、自殺した霊ばかりで、トンカラトンに斬られてトンカラトンになったという者さえいなかった。

「……トンカラトンって、なんなんですか? 普通の霊が、突然トンカラトンになるんですか?」

 和葉が問うと、浸は更に訝しげな表情で考え込んでしまう。

「まるで何か……他に外的要因が絡んでいるかのように思えますね……。都市伝説や昔話で語られる霊は、二種類のパターンがあります」

 そのまま、浸は説明を続ける。

「一つは、ハッキリとしたルーツがあるパターンです。般若さんもその類と言えるでしょう」

 般若さんには、一人の人間が死に、般若さんに至るまでのルーツがある。それ故、噂というよりは伝承に近い。

 般若さんという怨霊は実際に存在し、明確な怨念を持って人間を襲う。

「そしてもう一つは……人の思念によって変質したパターンです」

「え? そんなことあるんですか?」

 首をかしげる和葉に、浸はええ、と頷く。

「霊というのは肉体を持たない、不安定な存在です。それ故に、悪霊化すると変異します」

 実体を持たないが故に、その姿は変幻自在となる。般若さんのようにほとんど変異しないパターンもあれば、段権団地の西村愛佳のように大きく変異してしまうパターンもある。霊という存在は、確かにそこにいるが”形が不確か”なのだ。

 物理的に存在する肉体と違って、如何様にも変異し得る。

「その変異に、外的要因が加わる場合があります。曖昧な霊視による誤認や、面白半分の噂話がありもしない怪物を実在させてしまうことがあるのです」

 最初、和葉は浸の言っていることがピンと来なかった。

 しかし少し考えて咀嚼して、なんとなくその意味を理解していく。

「えっと……じゃあ、根も葉もない噂話が、悪霊の形を変えてしまうことがある……ってことですか?」

「はい。霊を変異させるのは”人の思い”ですからね。例えば、たくさんの人達が口裂け女がいる、と思い込めば、霊は口裂け女に変異する場合があるのです」

 霊魂を変異させるのは、死んだ本人の思いだけではない。

 町中の人々が口裂け女の実在を信じれば、その思いに反応した曖昧な霊魂は口裂け女へと変異してしまうことがあり得るのだ。

「……このようなパターンは、私も座学でしか知りませんでしたよ。霊が変異する程怪談が流行るのは、もう何十年も昔の話ですからね」

 浸や和葉が生まれるよりも前は、口裂け女のような都市伝説が広く流行って一時的なパニックに陥ったこともある。

 赤いコートに白いマスク。私きれい? と問いかけた後、返答次第で様々な武器を持って襲いかかってくる怪人物、口裂け女。真偽不明のその存在を多くの人が信じ込み、霊は実際に口裂け女へと変異したという記録がある。

 しかしそれは、通信技術が未発達の時代だからこそ起こりやすかった現象とも言える。霊視の出来ない人間までもが存在しない怪人に怯えたのは、真偽不明なままだったからだ。それ故に、多くの人々が口裂け女を恐怖し、信じ込み、ありもしない怪人を作り出してしまった。

 現在は数秒の操作で真偽がわかる時代だ。もう誰も、今更口裂け女を信じたりはしないだろう。

 ただそれは、視えないなら、の話だが。

 一度存在が信じられてしまえば、SNSなどで爆発的に噂が広がってしまうこの時代は、数十年前とは別の危うさがあると言える。

「これだけの数のトンカラトンが突然現れるのは、ハッキリ言って異常ですよ。それも、こんな不完全な……」

 今回現れたトンカラトンは、本来の噂で語られるものとは違う。自転車どころか刀も持っていないただのミイラ男だ。

 時代の変遷でトンカラトンのあり方が変わることは十分にあり得るが、現代的なアップデートがなされているわけでもない。ただただ、粗製乱造された怪人に思えてしまう。

「……何か作為的なものを感じます。まるで意図的に生み出されたような……」

 浸がそう言うと、和葉が目を見開く。

「それって、霊をトンカラトンにした人がいるってことですか!?」

「そうとは決まっていませんが……そういう風に考えてしまうような状態でしたね」

 その言葉に、和葉はゴクリと生唾を飲み込む。

「でも、そんなことどうやって……」

「案外難しいことでもありませんよ。先程話した通り、霊魂……特に、悪霊化する前の霊というのは不安定なことが多いですからね。何かを吹き込んで思い込ませたり、何らかの方法で捻じ曲げてしまうことは不可能ではないと思います」

 浸はつとめて冷静にそう解説していたが、言葉の節々に憤りが感じられた。もし霊の存在が誰かによって強制的に歪められているのだとしたら、それは浸にとっても、勿論和葉にとっても許されざることだ。

「トンカラトンがまた増える可能性もありますが……ひとまず一段落したと見て良いでしょう」

「ああ、ひとまずはな」

 しかしその言葉に答えたのは、和葉ではない。

 河川敷の橋の下から、ゆっくりとこちらに歩いてきたのは――――赤マントだった。

「何故ここに……?」

「簡単な話だ。私はお前達を捜していた……それ以上の理由がいるか?」

 赤マントは、悠然とこちらに歩み寄ってくる。

 浸はすぐに、右手で和葉を後ろに追いやった。

「……早坂和葉、下がっていてください」

「でも……」

「彼女とは私がケリをつけます」

 和葉はもう、赤マントを攻撃出来ないだろう。それに浸自身、赤マントとは戦うなら一対一で戦いたかった。

「その女はゴーストハンターだと言い切った。言い切った以上、その女も潰す。遠慮せず二人で来い」

「そうはいきませんね」

「何故だ」

「私の流儀に反します。あなたのような相手とは、一対一できっちりとケリをつけたいと思っていますからね」

 浸の言葉に赤マントが答えるまで、数瞬の間があった。

 仮面の向こうのその顔は、伺い知れない。

「そうか……好きだよ、お前のような奴は」

 呆れと、感嘆の入り混じったような声音だった。

「そうですか。私もあなたは嫌いではありません……どうでしょう、争う理由はないと思いませんか?」

「言ったハズだ。次に会った時が最後だと」

 赤マントはそう言い終わるやいなや、浸へナイフを投擲する。即座に反応した浸がナイフを左の剣で弾くと同時に、跳躍した赤マントが上からナイフを振り下ろす。それを右の剣で受け止めて、浸は強引に赤マントをナイフごと弾いた。

「咄嗟に利き手を残したな。良いセンスだ」

「武器がこれでなければ、今のは防げたかわかりませんでした。流石です」

 そこから先は、ナイフと双剣による高速の攻防だった。浸も赤マントも、一歩も引かずにお互いの武器をぶつけ合う。その勝負は、和葉の目には互角に見えた。

「そろそろ理由を教えてもらえませんか!? 何故ゴーストハンターを潰すのですか!」

「お前達がいる限り、あの子は安心出来ない!」

「あの子……!? それは、あなたにとって大切な人ですか!?」

「そうだ……命を賭すに値する!」

 そこで一度、浸と赤マントは一度距離を取る。

「あなたは……あなたは人間です! 半霊になってまで、一人で戦わなければならない理由はありません! もし、誰かを守りたいのなら……私が協力します」

「ふざけるな! お前は……お前達は絶対に協力出来ない! 私とお前達が、相容れることはない!」

 その瞬間、浸の表情が一変する。

「え……!?」

 この時初めて、和葉は雨宮浸の”怒った顔”を見た。

「事情を話しもしないで、何が相容れないですか! 話を聞かせなさい話を!」

 剣を持ったままどんと自身の胸を叩き、浸は怒声を上げる。

「私は聞きます! 多分相容れます! 何故ならあなたは善人だからです! 早坂和葉を助けた! 理由はそれだけで私には十分です!」

「あっ……」

 ――――あの人は……結果的にかも知れないですけど、私を助けてくれました。私には、これ以上の理由なんていりません。

 和葉の脳裏に、かつての自分の言葉が蘇る。

 浸もまた、和葉と同じ気持ちでいてくれたのだ。

 結果的にでも和葉を助けた赤マントを、善人だと思ってくれていた。それが嬉しくて、たまらなくなって和葉の手に力が込められる。

「私……私も力になります! あなたが困っているなら、助けてもらったお礼がしたいです!」

「っ……!」

 二人の言葉に、赤マントがたじろぐ。

 しかしそれでも、赤マントは向けた刃を降ろさない。

「……話したさ」

 ポツリと。呻くような言葉だった。

 それを吐き出して、赤マントは仮面の裏を激情に染め上げる。

 二人の言葉を受け入れれば、今の自分を否定することになる。これまでやってきた全てをだ。それが簡単に出来るような余裕は赤マントにはない。

 そしてなにより……

「話した上で武器を向けたのは、お前達ゴーストハンターだったんだよ!」

 一度裏切られたものを、信じるのは難しかった。

「最初に……最初に私が、あなたに出会いたかった……私がその時、あなたに手を差し伸べることが出来ていればよかったんです」

 もしその時赤マントと出会っていたのが浸であれば、こうはならなかったのかも知れない。事情がなんであれ、全てのゴーストハンターを潰すだなんてことを、言わせないですんだのかも知れなかった。

「私がゴーストハンターである理由をもう一つ見つけたので教えておきます。それは……あなたのような人に、手を差し伸べるためでもあります」

 浸のその言葉に、赤マントは動揺を隠せない。持っていたナイフが、ブレ始める。

「は、はは……。まさか今、そんな答えが聞けるとは思っていなかったよ」

 だがそれでも、赤マントはナイフを持ち直す。

「だがまず……決着をつけよう。お前を信じるかどうかは、その後で決める」

「意地っ張りさんですね」

「ああ、意地っ張りさんだ。その上勝負好きで好戦的だ」

 浸も再び、双剣を構える。お互いに真っ直ぐに見つめ合い、静寂が訪れた。

「……行くぞ」

 赤マントがそう言った瞬間、二人はほぼ同時に駆け出す。一直線に駆け抜ける銀色の線が、一瞬だけ交差する。

 互いに互いの武器を振り抜き、静止する。最初に出血したのは浸だった。赤マントに切り裂かれた横腹から、真っ赤な血が流れた。

「やはり好きだよ。お前のような奴は」

 そして赤マントが、膝をついた。

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