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ゴーストハンター雨宮浸  作者: シクル


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第十四話「情け無用の女」

 店に入ってすぐ、和葉は慌てて露子達に頭を下げる。

「ご、ごめんなさい! ちょっと……色々あって……」

「何よ色々って……」

 露子は一瞬訝しげな顔を見せたが、やがて小さく息をついてから話を切り替える。

「まあ良いわ。ほらこっちきて、紹介するから」

「え? あ、はい……」

 露子は引きずるようにして和葉をレジまで連れて行くと、結衣の前に和葉をグイと押し出した。

「ん? 思ったより年上の連れだね。名前は?」

「えっと……早坂和葉です」

「和葉ちゃんね。あたしは浅海結衣っての。見えないかも知んないけど、一応ここの店主ね」

 結衣はニカッと歯を見せて笑うと、レジから出てきて和葉の顔をジロジロと見始める。

「いやあ、かわいいねぇ。すごくストレートなかわいさだ。目も大きいし、肌も綺麗。メイク次第で人形みたいになりそうだね」

「あ、ありがとうございます」

「何着せる?」

 結衣が露子に話を振った時には既に、露子は服を選び始めていた。

「まあ甘ロリでしょ、こいつの場合」

「だよね~。あたしは?」

「セーラー服でも着とけ元ヤン」

「年齢的にきついな~」

 軽口を叩きつつ、結衣も露子と一緒に服を選び始める。二人の様子をポカンと見つめながら、和葉は自分に取り憑いているミカの声に耳を傾けていた。

『私、絶対甘ロリっていうのが良い! ねえねえどれが良いかな!?』

 この声は和葉にしか聞こえていない。霊感応が高ければ聞こえるのかも知れないが、見たところ露子は気に留めていないため、聞こえていないように和葉には見えた。

「えっと……選んでみる? もうつゆちゃん達が選んでくれてるみたいだけど……」

『良いの!?』

「良いよ」

 ミカがはしゃいでいるのがなんだか微笑ましくて、和葉は露子達に見えないように笑みをこぼす。好きな衣装を選んで、満足して成仏してくれれば和葉にとって理想的だった。



***



 それから数十分、和葉は露子、結衣、そしてミカの三人がかりで着せ替え人形にされた。リボンやフリルのふんだんにあしらわれたワンピースを取っ替え引っ替えし、あれじゃないこれじゃないと試行錯誤する露子と結衣。その合間を縫うようにしてこれはどうでしょうだとか、あれも着てみたいとミカの代わりに和葉が発言し、気がつけばもう夕暮れ時だった。

『も、もう死んでも良い……もう死んでるけど……』

 すっかり堪能したのか、ミカの方は恍惚とした声でそう呟く。ミカの代理という気持ちはあったが、和葉自身この手の衣装には前から興味があったため、随分と楽しむことが出来た。

「はい! 完成! もうこれで完成! あたしの考えた最強の和葉ちゃん!」

 フィッティングルームのカーテンを開きながら、結衣は得意げにふんぞり返る。

「うーん……やっぱおとぼけにピンクって王道過ぎてひねりがないのよね。さっきの赤いのの方が良いわ」

「あれは露公の趣味って感じだし、自分で着れば良いんじゃないの?」

「悪いけどあたしは黒一択なの」

「おーそうかいそうかい。一生黒着てな!」

「言われなくてもそうしてやるわよばーか!」

 こんな言い合いも何度目だろうか。流石に慣れてきて、和葉には微笑ましく見えてくる。

「……どう? これにしちゃおっか?」

 ミカの反応を見る限り、露子の趣味で選んだものよりも結衣の選んだパステルカラーのものを好んでいるように和葉は感じた。結局買うのは和葉なのだが、最後に選ばせてあげたいと思ったのだ。

『……うん、これにしたい……』

「あ、あの! ……私、これにします!」

 和葉が手を挙げてそう言うと、二人はピタリと言い合いをやめる。それから少しだけ間があった後、結衣がニヤリと笑みを浮かべた。

「うんうん、センスが良いね和葉ちゃん。ほら、あたしの勝ち~」

 煽るように露子の周りを跳ねる結衣だったが、露子は訝しげな顔をしたまましばらく和葉を見つめている。

「……あ、えっと……ごめんなさい……」

「…………いや、別に。ま、アンタいっつもピンクだし良いんじゃない? 負けで良いから結衣は踊んな!」

 怒鳴る露子を無視ししたまま、結衣はステップを踏みながら今度は和葉の周りで跳ね始めてしまう。

「どうする? もう着て帰っちゃう? いやあ、あたしの選んだ衣装は似合うね~~~」

「そ、そうですね……折角ですし……」

 少し恥ずかしかったが、結衣に乗せられてしまって和葉は照れながらそう言う。しかし露子は、そんな和葉を軽く睨みつける。

「やめなさい。折角の服が汚れるわ」

「え、でも……」

「いいから今日はやめて。また今度それ着て出掛けましょ」

「あ、はい……」

 僅かに怒気のこめられた言葉に戸惑いながらも、和葉はフィッティングルームへ戻ると元の服へ着替えていく。

「ごめんね。このまま帰ろうと思ったんだけど……」

『ううん。良いの。ありがとう……』

 折角なのでギリギリまで着たままでいたかったのだが、あの様子では露子が許してくれないだろう。いくら結衣に煽られたとは言え、露子がそんな怒り方をするとは和葉には思えなくて少し不可解だった。

 結衣はやや訝しげに露子の方を見ていたが、特に何も言うことはない。会計をすますと、にこやかな笑みで和葉と露子に手を振った。

「露公も和葉ちゃんも、またおいで。冷やかしでも良いからさ」

「はい、また来ます!」

「まあ、その内ね」

 和葉はペコリと頭を下げてから、露子と共に店を出る。そのまますぐに露子に話しかけようかと思ったが、先程露子が少し苛立っていたのを思い出して和葉は口ごもってしまう。

「……結衣、見た目は怖そうだけど良い奴だからよろしくね」

 しかし意外にも、先に口を開いたのは露子の方だ。和葉はそのことに多少面食らったものの、すぐに笑顔で頷いた。

「はい! 優しいし、楽しい人でしたね」

「アレでそろそろ三十手前だし、もうちょっと落ち着いてて欲しい気もするけどね」

 冗談っぽくそう言って、露子は店の方を一度だけ振り返る。その様子はどこか名残惜しそうだったが、露子はすぐに前を向き直した。

「さっさと帰るわよ。家の近くまでは送ってあげるわ」

 露子は誤魔化すようにそう言って、スタスタと和葉より先に進んでいく。

「ありがとうございます!」

 その背中を後ろから追いかけながら、和葉は露子が苛立っていた理由が余計わからなくなって首を傾げた。

 しばらく和葉は考え込んだが、どれもピンと来ない。

 そのまま歩いていくと、何故か露子は明後日の方向へと歩き始める。

「あの……私の家、こっちじゃないんですけど……」

 恐る恐る和葉はそう言ったが、露子は無視したまま歩いて行く。そのまま歩き続けて、いつの間にか人気のない路地裏へ入ってしまう。

 わけがわからず和葉が困惑していると、露子はピタリと足を止めた。

「この辺で良いかしら」

「えっと、何がですか?」

「何って、除霊よ」

 露子がそう答えた瞬間、和葉は突然身体が動かせなくなる。わずかに指や手を震わせることは出来るものの、うまく動かすことが出来ない。

「え、これ……ちょっと……! ミカちゃん!?」

 原因はすぐに理解出来た。ミカだ。和葉に取り憑いたミカが、和葉の身体のコントロールを完全に奪っているのだ。

「どれだけ強力な霊力があっても、取り憑かれちゃ元も子もないわね。まあ、意識が残ってるだけ上出来よおとぼけ」

「やめてください! ミカちゃん!」

 じんわりと。和葉の中でミカの霊魂が淀んでいくのが和葉にはわかる。つい先程までは悪霊化していない無害な霊だったが、今のミカは違う。霊魂が淀み始め、悪霊化しつつあるのだ。

「ほんとどこまでおとぼけなんだか。霊に身体貸してやるなんて、余程のお人好しか物好きだけよ」

「で、でも……ミカちゃんは、ドリィの服が着れればそれで良いって……!」

 出会った時点では、確かに悪霊化していなかったのだ。望みが叶えば、未練を断ち切れば成仏出来そうな、そういう霊のハズだった。だからこそ和葉はミカを信じたし、身体に入り込まれた時も拒絶しないでそのまま貸すことにしたのだ。

「最初はほんとにそうだったんでしょうよ。でも望みが叶って、欲が出た……そうでしょ?」

 露子が問いかけた瞬間、ミカの霊力が膨れ上がる。ミカの負の霊力を内側から受けた和葉は、その一瞬で共感反応を起こしてミカの人生を追体験してしまう。

『そうよ。このままこの身体をもらって、私が早坂和葉になればどんな服だって着られる。どんなおしゃれだって出来る』

 ミカは和葉の口から、濁った声を吐き出す。口元は笑みで歪められていたが、口元に反してその目は涙で濡れていた。

『今の私、今までで一番輝いてる! もう汚いニキビ面も、コンプレックスだった一重まぶたも癖っ毛もお別れよ! これからはこんなに綺麗な顔で生きていける!』

 今の和葉には、ミカの感じていたコンプレックスが全て自分のことのように理解出来る。他の生徒の仲間になろうと髪を染めたものの似合わず、なんとかしようと色んなものを試してどんどん髪が傷んでいく。その上顔はニキビが増える一方で、いつの間にかいじめの対象になってしまっていた。

 そんな辛さを一身に受け取って、和葉はたまらず涙を流してしまっていた。

『ごめんね本物の和葉ちゃん。今日からは私が早坂和葉になってあげる』

 ミカの霊魂は、露子にもハッキリとわかる程悪霊化している。即座に除霊しようと露子は銃を向けたが、身体は和葉のものだ。このまま撃てば、和葉を殺してしまいかねない。

 銃を向けたまま露子が停止したことに気づき、ミカはニヤリと笑う。

『除霊、するんじゃなかったの? ほら、やってみてよ』

 ミカはわざとらしく両手を広げて見せる。露子は表情を変えずに銃を向け続けたが、発砲するつもりはなかった。それを察してか、ミカは挑発するような表情で露子を見下ろしてから、すぐに背を向けた。

『それじゃあ、このことはみんなに黙っておいてよね。今度これ着て出掛けましょう、朝宮露子さん』

 ミカはそう言ってドリィの手提げ袋を見せつけてこの場を立ち去ろうとする。しかしその背中に嘲笑が投げかけられ、ミカは足を止めた。

『何笑ってんのよ』

 ギロリと、振り返ったミカが和葉の顔で睨みつける。しかし露子は余裕たっぷりに笑みを浮かべたまま、動じる様子はなかった。

「人の顔で何言ってんだかって思うと笑えてきたわ。アンタほんとに他人のフリして生きてやろうって思ってるわけ?」

『そうよ。それがどうかした?』

「人の身体で人の人生生きたって意味ないわよ。本物のアンタは死んでも取り憑いても変わらない」

 次の瞬間、足早に歩いてきたミカが、露子の頬を平手打ちする。和葉とミカの入り混じったぐちゃぐちゃの表情で、ミカは露子を更に睨みつけた。

「図星でしょ? 今のでよくわかったわ。アンタは何の努力もしないで他人を羨んでただけなのよ。だから、人の人生を欲しがってしまった」

『っ……!』

 これだけ近くで、結果的にとは言え触れあえば、露子にもミカのことはある程度理解出来る。確かに同情の余地はあったが、だからと言って他人の身体を奪うことは許されることではない。

『アンタは良いよね! 生まれた時から綺麗な顔で、さぞちやほやされて生きてきたんでしょうよ!』

 怒鳴り散らしながら、ミカは露子に詰め寄って行く。

「何もしないで他人を羨んでるだけじゃ、何も変わんないわよ。そうだったでしょ?」

 露子の言葉で、再び激情したミカは露子の細い首を両手で締め上げる。流石の露子もこうなってしまってはポーカーフェイスを続けることが出来ず、苦しそうに表情を歪めた。

『もう良い。どうせアンタは私には何も出来ないし、このまま死ねば良いのよ。この身体が捕まったら、その時は別の誰かに乗り移れば良いんだし』

「っ……くっ……!」

 思わず呻き声を上げる露子を、ミカが嘲笑う。絶体絶命のピンチに見えたが、露子は無理矢理不敵な笑みを見せた。

『この……いつまでも馬鹿にしてっ!』

 更に両手に力を込めようとするミカだったが、何故か身体に力が入らなくなっていくのを感じる。眉をひそめた時には既に遅く、ミカの霊魂は和葉の身体から弾き飛ばされていた。

「なっ……!?」

 その場に崩れる和葉と、その上で困惑するミカ。ひとまずその場から逃げ出そうとするミカだったが、その身体を一発の弾丸が貫く。

「えっ…………?」

「アンタ程度の悪霊が、霊力の強い和葉をいつまでも操れるわけないでしょ」

 そこでミカはようやく理解する。先程までの会話は、ミカを引き止めるための時間稼ぎだったのだと。和葉がミカの霊魂を身体から追い出したその瞬間を撃ち抜くため、露子はわざとミカを挑発したのだ。

「さよなら。生きてる内に会えてたら……何か変えられたかも知れなかったわね」

 声の調子は今までと変わらなかったが、その言葉が本心からのものだとミカはなんとなく理解する。

 段々と、ミカの意識は遠のいていく。

 ゴーストハンターの霊力に撃ち抜かれた霊魂は、強制的に祓われるしかない。ミカは、自分の存在そのものがこの世から消えていく感覚に心底恐怖した。

 暴れ狂い、絶望の涙を流そうにも、それを叶える肉の器はもうどこにもない。

 自分で捨てた、自分の肉の器は、もうどこにも。

「いやっ……いやだっ……! まって……っ!」

 強制的に除霊されることは、成仏とは決して違う。ただの、消滅だ。

 せめて最後は甘い思い出にしがみつこうと、和葉の身体で体験したことをミカは必死に思い返す。

 そして消えゆく意識の中で、ミカは本来存在し得ない光景を幻視する。

「あっ……」

 生前の自分と露子、和葉が並んでドリィへ向かう姿だ。

 本当にほしかったのは……これだったのかも知れない。

 ほしかったのは理想の器じゃない。

 自分の好きなものを好きと言える、ありのままを肯定してくれる環境……それだけだった。

 それはきっと、誰かの身体を奪ったって手に入らない。

 生きている内に、自分の力で見つけ出さなければならないものだった。

 どうしてこんなことに、今更になってから気づくのだろう。

 消えゆくミカは、うずくまった和葉に目を向ける。

「……ごめん、なさ……っ」

 嗚咽混じりに漏れた言葉は、最後まで紡ぐことを許されなかった。

「……」

 消えていくミカを、露子はただ黙って見つめていた。ゴーストハンター朝宮露子の仕事は、引導を渡す所までだ。

 やがてミカが完全に消滅し、辺りに静寂が訪れる。すぐに露子は、その場にうずくまったままの和葉へ駆け寄っていく。

「ほら、しっかりしなさいよおとぼけ。自業自得とは言え、よく自力で弾き出せたわね」

「……はい」

「訓練された霊能者でも、一度取り憑かれれば短時間で追い出すことなんて出来ないわ。褒めてあげるから元気出しなさい」

 露子が手を差し伸べるのは、生者に対してだけだ。和葉は露子の手を取りながらゆっくりと立ち上がる。

「あの……ミカちゃんは努力しなかったんじゃなくて……」

「……わかってる。出来ないくらい、もう自尊心がボロボロだったんでしょ」

 生前のミカは、幼い頃から不細工だと言われ続けていた。そのせいでボロボロになった自尊心は、彼女に自分を磨こうとする気を起こさせなかった。

「でもあたしは、霊に情けをかける気は一切ない。アンタや浸みたいに優しくなんて出来ない」

 それはどこか、自分に言い聞かせているかのようだった。それが和葉には、まるで赤マントとの共闘を悔いているかのようにさえ見えてしまう。

「……今回は結局あの霊の言いなりだったんでしょ。だから、今度また行くわよ、結衣ンとこ。次こそはアンタの意思で選びなさいよね」

「……はい!」

 和葉が短く答えると、露子は照れくさそうな顔でそっぽを向いてから、和葉の自宅へ向かって歩き始める。その背中を小走りに追いかけて、追いついてから和葉は息をつく。

「つゆちゃんって……やっぱり優しいですね」

「は? どこがよ」

「色々です!」

「適当か!」

 きっと露子は、かなり早い段階でミカのことに気がついていたのだ。それでもしばらく和葉に取り憑かせたまま泳がせのは、結衣に迷惑をかけないためなのか、それとも和葉の意思やミカの思いを尊重してなのか。どちらなのか、和葉にはハッキリとはわからないが、どちらにせよ彼女の優しさがそうさせたのだろう。

 ミカに向けた最後の言葉だってそうだ。本当に情けをかけるつもりがないのなら、あんな言葉は必要ない。

 だからきっと、露子と赤マントは和解出来る日が来る。勿論、和葉や浸もだ。そう考えると、和葉は嬉しくなって笑みがこぼれてしまった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 十四話読了。成る程、優しさがこういう形で仇になることって往々にしてあるよね、と一人納得してしまいました。 そこに対して、つゆちゃんが若干台詞が足りなくない?って思ったら、最後にきちんとフォロ…
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