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元から能力を持ったアホ2人が異世界へ迷い込みました

作者: 空音

【これだけは抑えておきたい登場人物】


穂高(ほだか) 桜花(おうか)/<完成された能力(デッドジョーカー)>

目にまつわる能力を持つ少女。目を合わせるだけで眠らせる邪眼(ヴォイド)や一歩先の未来を見る未来視(ワンステップビジョン)を持つ。使い方次第ではチート。


松本(まつもと) 朝緋(あさひ)/<時を欠かす針(ゲームオーバー)>

桜花のバイト先の先輩。一応、まともな職に就いて働いていないためニート。時を操る能力を持つ。発言がアホ。基本ポジションはボケ。実は色々と暗い過去を持つが短編ではそんなの関係ない。厨二病。

 

挿絵(By みてみん)



 僅かな風を感じた。そして鼻腔を強く刺激する、異質な酸の強い臭い。それらに誘発されて私は意識を覚醒させる。

 背後には巨大な扉。谷狭野村の湖底で見た廃迷宮のものとは格が違う。それよりも遥かに巨大で、扉と私を比べたら月とミジンコぐらいの大きさだろう。


 「…ここ、どこ?」

 「そりゃ僕の台詞だな。ここは誰、僕はどこ」

 「ボケ方がベタすぎるわよ……?」


 半袖のパーカーを着た高身長の男が私を見下ろす。私のバイト先である探偵事務所のリーダーでもあり、時の能力の使い手の青年。 松本(まつもと)朝緋(あさひ)だ。


 「はぁ…頭が頭痛するわ。…何であんたが私といるのよ松本。一緒にいるだけでもう脳内が妊娠しそうだわ。責任取ってよね」

 「桜花ちゃん酷くない!?いつも以上に毒舌になってない!?それに僕は童貞という名の魔法使いの見習いだよ!」

 「心配ご無用。私はいつも通りよ」

 「ねぇねぇ、今のご無用はゴムと掛けたのかな…って痛っ!抓らないで!この狂暴下ネタ女!桜花なんてアマゾン川のピラニアだ…っ!」

 「……頭大丈夫?」


 そう呟いて私は盛大に溜息を吐いた。

 私こと穂高(ほだか)桜花(おうか)は一応人間だ。こいつ何を言っているんだ状態だと捉えられるかもしれない。しかし、一応人間であると私は思っている。

 ある日を境に私たちの世界の<神>は死んだ。そして<神>はある一定数の人間に自らの能力を与え、世界を滅ぼす裏切り者を探すというアホなゲームを開始したのだ。<神憑りの狂宴>と呼ばれるそれは、裏切り者が<鍵>を手にする前にそれ以外が迷宮を攻略して犯人を当てれば崩壊は防げるというよく分からないルールである。え?分かりにくいだって?ならば一言にしよう。私らは『クソゲー』のプレイヤーだ。


 それで、そのプレイヤーの1人がこの私と、私の隣で猿でも出来る二足歩行をしている松本朝緋なのだ。他にもいるがこの場には不在である。


 「塔があり、この街は高い壁に囲まれているんだな。まるでーーー」

 「村上春樹先生の世界の終り?それとも進撃?あと、灰羽連盟とか言い出すのかしらね?名作なのは知ってるけどパロディネタもいい加減にしなさいよ」

 「人が言う前に答え出したの桜花だろ!?」


 門から少し離れ歩き進める。空は曇天で太陽は隠されてしまって、皆既日食の始まりのように薄暗い。工場の煙突から煙が息を吐き出すように上がっている。稼働していることから、恐らくこの世界の住人はいるのだろう。だが、気配はあっても街には誰の姿も見ることが出来ない。

 歩く度にベチャベチャと泥が跳ねる。制服のままこの地に来た為、服のあちこちに染みができていた。泥に塗れた足元を見下ろす。


 「ここ地面も凄いわね。ローファーが泥まみれ…」

 「空気も土地も汚いな。本当にここは何処だ?まさか中国だとか?」

 「空気汚染を中国に結び付けるのはやめなさいって。でもこの場所がどこか気になるわね…どうして私たちはこんなところに迷いこんだのかしら?」

 「そう言われても直前の記憶が無いんだよな。ここが《杠》が出した迷宮であるという可能性は微レ存…って訳でもないか」

 「確かに記憶が曖昧じゃ話にならないわよね。あのクソ神が改竄してまで迷宮攻略させるとは思えないわよ。やっぱりこれ、私たちの追う事件とは何の関係もない。例え迷宮だとしても<(ゴースト)>が全く見えないってどういうこと!」


 私たち<能力者>には他人と決定的に異なった霊視と呼ばれる特徴がある。これは俗に言う"霊感が強い人"よりもよく見ることが出来るらしい。無論、能力が使えるのは言うまでもない。先程にも述べた通り、<能力者>は裏切り者を探し出して世界の崩壊を食い止めなければならない。そのために必要なのが、四つの迷宮を攻略することなのである。迷宮には人の古い思念―――<(ゴースト)>が集まりやすい。人にも憑くそれを応用して探偵業でちまちま稼いでいる私たちであるが、<(ゴースト)>の量の有無で迷宮の場所を当てることが出来てしまうのだ。


 「確かになぁ…アレはいないか。するとやっぱり…」

 「……異世界ね、ここ。馬鹿が作り上げた仮想世界の谷狭野村と異なって、電波も繋がらないわ。完全なる未知の領域よ」


 制服の胸ポケットからスマートフォンを取り出す。そこには『圏外』の文字が表示されていた。このお決まりとも言っていいパターンは、間違いなくここは異世界であることの証明だ。


 「2人だからゼロからは始まらなさそうだな」

 「黙れ。…はぁ…パートナーが雛子ちゃんや風見さんだったらまだ希望はあったのに、なんで松本…」

 「山田が泣くぞ!?」

 「そうね、あんたと比べたら山田の方がマシ。松本の能力がもっと強力だったら…」

 「それ言ったらどうすんだよ桜花も。邪眼(ヴォイド)死相(デスセンテンス)でどう戦うんだ?」

 「本当にお互い様ね。付け足すと未来視(ワンステップビジョン)も少しだけ使えるわ。って言っても戦闘役がいないとサポートスキルも只のゴミになるのは間違いないわね…防御は出来ても攻撃力が皆無なのだから、結局は詰みで確定ってことかしら」

 「どうする?何処かに移動するか?」

 「召喚方法が分かれば帰る方法も分かるはず、よね。周辺探索で何かヒントを見つけられたら良いわよね」

 「何時までも門の前にいても仕方ないもんな。僕的には塔が気になる」


 松本が見上げる先には天をも突き刺すほどの高い塔が建っていた。不思議なことに窓は無く、太い給水塔が地面から生えたみたいである。


 「あれを登るの?まずはボルダリングから鍛えないとならないわね」

 「登らねぇよ!?やっぱりいつもよりも桜花ちゃん怖いわ」

 「だから私はいつも通りだって」


 そう呟いて再び歩み続ける。

 街の光景は異様だった。スマートフォンの時計は午後8時過ぎを表しているが、この空は日が落ちる気配が全くない。明るくもなく、暗くもない何とも言い難い。

 そして、車道は多少整備されているものの、ぬかるんでいた地面はそのままで歩きにくさを極めていた。植物が根付きにくい環境なのか、歩道には等間隔で木に模したプラスチックが埋められている。一体これにどのような意味が含まれているのかは不明だ。その葉の部分に触れるとつるつるとした感触がした。


 「沢山あるな。造花が増加か」

 「もっと面白いこと言いなさいよ」

 「無茶振りさせるな。はぁ、どうしたら帰れるんだ?今日は僕が夕飯の当番なんだよな…リクが餓死してしまう」


 不満げに松本が呻く。リク―――見里璃空というのは松本と共に暮らしている、<神>である《(ゆずりは)》の分身のことだ。分身と言っても私たちには攻撃的ではなく、むしろ支援してくれるほど温厚的な子だ。見た目が幼女のようなので彼と言ったら些か違和感があるが、彼と松本の関係は切っても決して離れない、強い絆で結ばれているらしい。

 そんな中、私は何故か、路地裏にあるガラス張りの家が気になった。離れていても主張される威圧感を感じる。上手くは説明出来ないが、<能力者>が持つような雰囲気によく似ている。


 「どうしたんだ?なんか面白いものがあったか」

 「いや、あの家。なんだか不思議な色が見えるのよ」

 「桜花の目が反応しているのか?暇だし行ってみるか」


 道路脇の入り組んだ通路に入ると、二階建ての一軒の家が見えた。テレビCMで見かけるモデルルームのように新しく綺麗で、家の壁が曇りガラスで出来ている。所謂ガラス張りと呼ばれるものだ。


 「…表札は無いか。この世界の家は窓ガラスが透明じゃ無くて不気味だな。夜になったらゾンビが湧き出したりしない?大丈夫だよな?」

 「もう。変なこと言うのやめて」


 不安な気持ちを押し殺して私は家を見上げる。

 丁度その時、私たちの騒ぎ声が聞こえたのか、扉が開いた。彫りの深い麗しい顔立ち。異国の雰囲気を醸し出す金髪の青年が姿を現した。その美しく糸のような金の髪の毛を丁寧に左側で結っている。奇妙なことに執事服のような格好をしていた。


 「日本人っぽくないわね」

 「ブラピ似のイケメンだな。ほら、タイタニックの」

 「それを言うならレオ様でしょ。大体似てないし、無理に笑い取らなくて良いから…」


 私たちのアホ丸出しの会話が通じているのかは定かではないが、金髪の青年は表情を強ばらせ、丁寧に磨き上げたような翡翠の瞳をこちらに向けた。そして家のドアを閉めてこちらに近付いてきた。


 「…お前ら人間か?」

 「日本語通じるじゃねぇか!!!!」

 「人間かと聞いている」


 その青年はせっかちなのか、カルシウムとマグネシウムが足りていないのか。主に松本のツッコミを問いただすことなく、自身の疑問を投げかける。


 「人間よ。少なくとも私はそう思っているわ」

 「ふん、そうか」


 松本の代わりに私が答えた。青年は手袋を外し、地面に投げた。両手を上に掲げて大きく深呼吸する。周囲の空気がピリピリと振動し始めた。冷気を帯びているようにも思える。

 嫌な気配を感じた。私は自らの能力の引き金を引いて発動し彼の目の奥を焼き付くぐらい見つめる。違和感が襲うものの見えたのはーーーー


 「松本、危ない。発動して!」

 「おう!得意分野だ!」


 私の意図を察した松本が得意げに笑った。刹那、青年の左右から氷柱が素早く形成されて彼へと飛びかかる。並の人間なら避けられずに致命傷に至るそれだが、彼は違う。


 「…やっぱり人間じゃないだろ。お前ら」


 数秒後には松本の体を八つ裂きにしていたはずの氷柱を松本は全て手掴みで落としていた。無論、血の一滴も流していない。松本の持つ能力なら容易いことだ。急速に冷やされた能力により、現れた雪の結晶がゆらゆらと舞い落ちる中、松本はその双眸を琥珀色に染めたまま微笑む。


 「僕は人間だよ。自分のことをカミサマだという頭のおかしい変態仮面に魅入られた<能力者>のひとりってだけで」


 松本朝緋が所持する、時を司る異能。青年が氷を顕現させた時、真っ先に松本は時間停止したのだろう。私と青年の知らない時間を作り、その中で凶器を排除すれば完全にこちらの勝利である。物体の創造に関しては、能力がキャンセルされない限り、幾らでも静止できる松本の掌の上だ。


 「ところで。松本が格好つけたいところ悪いけど話に介入させて。まず、私から貴方に質問。私はちょっとだけ目が良いんだけど、貴方を見たとき違和感を感じたの。その目、何?」

 「ああこれか」と言って青年は左目を触れる。

 「これは義眼だ。俺たちみたいな被験者の生き残りは大体義眼か目がない奴らばかりだから覚えておけ」


 私が彼の中を覗いた時のことである。能力発動に付き纏う船酔いに似た浮遊感が薄かったのだ。<能力者>の脳内や記憶を垣間見る場合でも酔いは必ずある。この青年がヒトでない可能性は極めて高いだろう。


 「私は穂高桜花。人の記憶や未来を少しだけ覗き見することが出来る異能の<能力者>よ。貴方の名前は?」

 「…俺はカディス。<能力者>と言ったか…その君たちと詳しく話をしたい。<能力者>とは一体何者なんだ?」


 カディスと名乗った青年が地面に落ちた手袋を拾って装着しながら問う。松本は真面目に答える素振りを見せず、左手を大袈裟に広げて、それから片目を抑えて覆った。だめだこいつ、さっきので調子乗ってる。松本がやろうとしていることが分かる私も問題なのかもしれないが。


 「僕の正体?…ふふっ、僕は緋瞳の吸血鬼。最恐(アナザー)と謳われた伝説の真祖の生き残りさ。二つ名は<血をも虜にする曼珠沙華>。真の名はマキール=ヴェスダンだ」

 「あんたは松本でしょ!?真面目に答えなさいよこの万年中二病患者!」

 「いってぇ!あと中二病じゃなくて、厨二病だから!!」


 そんなことはどうでもいい。右手で松本の腰を力強く叩く。カディスが白い目でこちらを見ていた。そりゃそうだ。何が<アナザー>だか知らないが、どう見てもこのアホは赤い瞳の吸血鬼に見えない。青年が松本(アホ)の台詞を理解していないという可能性もあるだろうが。


 「うるせえ!<デッドジョーカー>!」

 「そ、その名前で呼ぶのいい加減にしてよね?」


 反射的にもう一度叩くと松本が「ぐぇっ」と、蛙を潰したような声を発した。そもそも私は二つ名で呼ばれることが好きではないのだ。恥ずかしいからやめて欲しい。

 カオスな空間の中、再びドアが開いた。白を基調としたブラウスに紺のスカートと、清楚な服装を纏った黒髪の小柄な少女が私たちを眺める。その瞳の色は南に広がる海底のように深く濃い神秘的な青で、まるで見ているだけで体を石に変えられてしまう感じがした。しかも、とてつもない美少女だ。日本人離れした美しさは、渋谷や新宿などの都会で、歩く彼女を見付けたらアイドルにプロデュースしてしまいたいぐらいだ。

 少女は小首を傾げて、


 「あれ…?〝あっち〟から来たの?」

 「…〝あっち〟って?」

 「言われなくてもわかるでしょ」


 腰まである、柔らかくカールした黒髪を耳に掛ける。おいおい、落ち着け桜花。〝あっち〟と言ったか?この美少女は私たちのいた元の世界を知っている?


 「お前、地球の日本を知ってるのか?」


 驚きで目を見開く松本。少女は私たちに向けて手招きをした。

 「地球の日本って…ふふっ」

 そして奥ゆかしく微笑みを浮かべ、

 「もちろんよ。帰れる方法も分かるわ」


 そう言ってまた笑った。



 所変わって。


 「で、マキール=ヴェスダンさんと穂高桜花さんね?」


 やはりここは異世界のようだった。しかも<エラ・ステラス>という名前があるらしい。先程の黒髪の少女はモネと名乗った。里山モネ、又の名をモネ=フィーヴァルと言うらしい。私たちの世界のことを認知しているようだった。

 彼女は、私らの事情とあちらでは大っぴらに口外出来ない情報を伝えた後、その彼女の部屋に招かれた。部屋を囲む壁が全て本棚で、一体この部屋に何冊本が存在するのか私には計り知れない。床板は抜けないのか不安になってくる。

 彼女がいれた癖の強い紅茶を、古書の香りと共に啜りながら話を伺う。


 「僕はマキール=ヴェスダンじゃなくて、本名は松本朝緋だ。あれはちょっとしたジョークのつもりだったんだが」

 「分かってるわよ。で、あっちで<能力者>をやっていると。こっちの神様は放置主義だけど貴方たちのところは随分とお転婆ガールなのね。能力を授けてデスゲームなんて、からはらいたいわ」

 「お転婆ガールか。そもそも《杠》は僕の姉の形をしてるだけで女性だとは限らないからな。そっちの神様はどうなんだ?」

 「神様というか王様よ。女性の。自分から喧嘩を吹っ掛けておいて負けたら塔に篭って肉体だけニートやってるクソアマだわ。お陰で世界はこの有様。どう直していけばいいものか…」


 モネさんが盛大に溜息を吐いた。色々と理解出来ない点があるが、話がややこしくなりそうなので突っ込まない。


 「カディスの氷を素手で止めるなんて流石ね。松本くんだっけ、真人間にしては凄いわ」

 「モネさんは人間じゃないんですか?」

 「私はヒトだったかな。手にした魔力が強すぎて人間は辞めちゃったに等しいのかも」

 と、モネさんは何処か自嘲気味で寂しげに笑った。


 「どうしたい?帰りたいわよね?」

 「ええ。出来れば、というか帰れないと困ります。今は帰るべき場所があるから」

 「ふふっ。それは帰らなきゃ駄目ね。良いわよ。ついてきなさい」

 「マジで言ってるのか!?僕たちを〝あっち〟に返してくれるのか!?海外の犯罪でよくある、ついていったら監禁されて親に身代金を要求するとかないよな!?」

 「何馬鹿なこと言ってるの松本。って言いたいけど。本当よね?信じちゃって大丈夫?」


 こう見えて桜花ちゃんは注意深いのです。

 「ええ」と、モネさんは頷いた。その青い透き通った瞳は至って真面目で、嘘はついていないようだ。


 「でも、条件があるわ」

 「条件ですか?松本に全裸で謝罪動画を出させるとか?」

 「桜花ちゃん俺に厳しっ!?つーか何の謝罪だよ!?モネさん、出来れば体以外のことでお願いしたいな」

 「……貴方たち見た目からして学生よね?この変なテンション流行ってるの?」

 「私は学生です。高校二年生。こいつは……」

 「自宅警備員だ!大学は中退した!」


 明らかにモネさんの目付きがゴミを見る目になった。呆れて物も言えないようである。まあ、私もニートという点では同意だけどね。働けとしか助言できん。

 モネさんは溜め息をひとつ吐くと、「こっち」と短く言う。私たちは柔らかなソファーから腰を上げて、小柄な彼女の影を踏むように後を追った。


 着いた先はリビングだった。曇りガラスはあちこちにあり、点いていないテレビは布が被せられている。

 ここにも高そうなソファーが置かれており、私たちと同じくらいの年齢の青年が腰掛けていた。日本人のような黒い髪が揺れる。

 その顔を見て私は驚く。


 「…片目がない」

 「ああ。これか?気にしないでくれ。持病みたいなやつだ」


 落ち着いた綺麗な声色だった。失礼だが、まじまじと見つめると、肌が至る所で赤く腫れており、皮膚が裂けていて、それが治りかけた痕のようになっている。持病はこれと深い関わりがあるのだろうか。


 「紹介するわ。彼は佐月。コードネームは―――」

 「<破壊を灯す青(フォージェリーダンテ)>だ。宜しく頼む」

 「フォージェリーダンテ!?!?か、かっっっけぇぇぇ!!!!かっこよすぎて震える…。僕の名は<時を欠かす針(ゲームオーバー)>だ!!!」

 「松本のそれはコードネームじゃないし、そもそも誰もそんな名前で呼んでないでしょ…。佐月さんは…学生?」

 「元大学生だ。自称になってしまうが一応19」

 「えっ、マジ?私よりも年上でこれなの?痛くない?」

 「桜花ちゃん!?!?失礼だよ!?!?」


 私の周りの大人はどうしてこんなに危なそうなのしかいないんだ…。考えてみよう。良い歳こいた人間がこんな厨二病前回オーラを醸し出していたら、相手の顔がどんなに優れていても、誰だって幻滅するであろう。イタすぎる。痛い痛いの飛んでいけ。


 「で。モネさん。私たちに差し出す条件って?」

 「よくぞ聞いてくれたわね!戦いましょう!」

 「…今なんと?」

 「戦うのよ!だって貴方たち<兵器(マグセレット)>に劣らないぐらい加護を得ているのだもの!痛くしないからね、ね?」


 私が<兵器(マグセレット)>とは何かと、彼女に問う間もなく、

 「よし乗ったぁぁぁぁ!!!!!」

 「勝手に決めるなバカ松本!……で、でも戦ったら、結果がどうであれ、私たちを元の世界に返してくれるのよね?」

 「勿論。約束するわ。神に誓って」

 「私は神様なんて大嫌いなんだけど…。でも、それなら仕方ない。本当に良いの?私も松本も情報支援系よ?避けるだけでまともに成り立つとは思えない」

 「カディスを貸すわ」


 カディス?あの氷の矢を放った青年か。確かにあの能力なら力になってくれそうである。


 「いや、必要ない」

 松本が言う。その自信は何処から湧いて来るのだろう。私が怪訝な表情を浮かべていると、考えていることを読み取ったのか、そっと耳打ちをした。その作戦に納得する。


 「…?良いの?彼、とっても強いわよ?」

 「平気です。二対二でなくても勝てます」

 「じゃあ、今ここにいる私とカディス、佐月の三人対桜花さんと、松本くん…でどうかしら?大人げ無くないわよね?」

 「無問題(もーまんたい)だぜ」


 私たちは口角を上げてそう頷いた。まるでイキリオタクである。これでカッコイイと思っているのだからもっと重症だ。


 「なあ、里山。僕はそういったことに能力を使いたくないんだ」

 「偶には私に付き合いなさいよ佐月。無理しろって言ってる訳じゃないんだから」

 「……善処する」


 あちら側のイキリ厨二病男も苦労しているようだった。



 再び場所は変わって、ここは私たちが来た門の前である。

 元々この世界は人の気配はしないが、人の姿は見られない。その上、この場はそこそこ広く、好きに暴れても怒られなさそうだ。子どもの声が騒音だと騒ぎ公園で遊ぶのを反対する老害も、この広さにはニッコリである。

 モネさんは辺りを見回して囁く。


 「…始めるわ」

 「ああ」


 松本が縦に頷く。と言っても、この作戦は松本は保険だ。メインは私。私の初手が全て掛かってる。

 あの人たちの敗因は私の能力を知らないことだ。


 「やっちゃえ!桜花!能力名を叫ぶんだ!」

 「…叫ばんわアホ!うっ…、気持ち悪くなりませんように…っ!」


 能力が効くか危惧していたが、それは杞憂に終わった。<神>――――《杠》の持つ瞳が私の能力。目と目を合わせた者を眠の世界へと誘う魔女の力、邪眼(ヴォイド)である。今の私の双眸は、黄金色を帯びていることであろう。

 リーダー格の人物を狙う。モネさんを見た時、ただならないオーラを感じた。間違いなく私たちより強い。だったら、王さえ取れば良いのだ。


 「まるで将棋だな!」

 「もうそれ言いたいだけでしょ!?」


 目を合わせる。まず、モネさんが倒れる。そして、私の持ち味のひとつでもある瞬発力を活かし、接近。カディスと瞳を合わせた。彼も倒れる。残りはイキリ厨二病男のみだ。

 彼は焦ったのか。自身の能力をぶっぱなす。


 「くっ…。【|crash(ぶっ壊せ)】…!」

 「あ、危なっ!?松本!!」

 「僕のことは心配するな!桜花……、否、<完成された能力(デッドジョーカー)>は未来視(ワンステップビジョン)で」

 「その呼び方やめろっつーの!」


 見えた。


 私は能力によって引き出された超人的な運動神経でイキリ厨二病男の背後へ回る。背後へ回ったはずなのに、私の正面には彼の顔。

 言うまでもない。松本が時間を止めて佐月の向きを変えたのだ。


 「こ、こいつ…。重い…。ビバホームで棚を作るために木材を大量購入したのを思い出した…」

 「ナイスよ、松本!」


 私と目を合わせた佐月は倒れる。糸が切れたマリオネットのように、どさりと崩れた。成功したみたいだ。


 「…相変わらずこの能力ってチートすぎない?」

 「何今更なこと言ってるんだ?だからこそイキってなんぼだろ?」

 「だから私はイキリたくないんだって!」


 恥ずかしい。中学生で卒業すべきだろう。桜花ちゃんは平穏に暮らしたいのだ。

 私は能力を使用した副作用で立っていられずに座り込む。松本が「大丈夫か!?」と尋ねるけれどいつもの事だ。ガンガン鳴る顬を抑えながら「平気」と答える。


 「で、どうするのよ?」

 「どうって?」

 「この人たちが寝てたら帰れないじゃない」

 「……あ」

 「気付いて無かったの?猿でも気付くでしょ。まあ、邪眼(ヴォイド)で眠らせれば余計な怪我をしないことには賛成だけどね」


 とは言っても、持って大体五分だ。でも、起きてまた再戦とか言われたら困る。どうしようか。


 「……待ちますか」

 「そうね」



 それから、モネさんたちは目を醒ました。FPS系のゲームで言う、着陸したら物資を確保出来なくて即死、挙句の果てにアバターを死体撃ちされたプレイヤーのような顔をしている。まあ、そうだよね。訳が分からないよね。

 約束を守ると告げただけあり、彼女はまた私たちについてくるように言って、施設の地下へと入っていった。


 「ここよ」

 「すげぇな、ここ。本当に漫画で見る光景のようだ」

 「本当は〝あっち〟まで送りたいけど、諸事情があってね。目を瞑ってくれるかしら?」

 「大丈夫?変なことしない?拉致監禁しない?」

 「貴方達、何処まで用心深いのよ……」


 私は目を瞑る。

 頭を揺さぶられるような浮遊感が襲う。能力を使った後のようだ。波に呑まれ、海の底に沈んだかのように私の体が乖離していくよう。そして。


 無音だった世界に新たな音が侵入してくる。


  「……桜花ちゃん」


 松本が言った。私は目を開ける。


 「ここは?跋華(はつか)市…の駅前?」

 「戻ってきたらしいな」


 いつも通りの光景。バスは通り、人が蔓延るように溢れた都市。親の顔と同じぐらい見た。


 「…俺たちの暮らしていた世界だよな?」

 「ちょっと確かめてみる」

 「そうだな。ここが元いた世界線だとは言いきれない。どうやって確かめるんだ?」

 「兄貴ね。頼りたくないけど一番頼りになるのよねぇ…」


 私はそう言って、スマートフォンから兄の番号にかける。数回発信音が鳴るとあの煩い声が耳を劈く。


 「はろはろ桜花ちゃーん!」

 「う、うっさ!いや、マジでうっさ!?」

 「どったの?緊急?ならどうする?ハグする?」

 「しない。……兄貴、質問しても良い?」

 「どんと来ーい!」

 「少しは黙って聞いて。……くっ、遺憾だわ。こんな質問するのは本当に屈辱よ」


 ここが元いた世界線だと分かる、一番手っ取り早い確かめ方。松本が、私の能力が未完成だった頃に名付けてくれた、たったひとつだけのものだ。


 「……私の二つ名は?」

 「<完成された能力(デッドジョーカー)>」

 「……分かった」


 それさえ分かれば満足だ。私は音速で電話を切った。


 「どうだった?っぽい?」

 「ぽいわ。戻れて良かったわね。松本の大好きな<神>と戦って生き残るデスゲームをする、クソみたいな世界みたいよ」

 「ちょ!その言い方酷い!?…つまり、オレたちの戦いはまだまだこれからエンド?」

 「そう言うことね」


 こんな適当で良いのか。まあ、良いのだろう。

 私たちにしか分からないのだから。

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