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砂時計  作者: 藤咲一
7/8

7日

 すなのつきるひ


 その日は生憎の雨。暗い雲が空一面を覆って、太陽の光りを遮っていた。

 春樹は、朝食を食べるためにダイニングに行くと、意外な人物が食卓にいた。

「父さん……」

 父親はいつもこの時間には出勤している。今日は平日だから、学校があるはずだ。現に冬也は登校していった。

 春樹は食卓に着きながら、父親に声をかけた。

「おはよう」

 父親は新聞を畳むと、春樹の顔を見た。

「おはよう、春樹」

「父さん、今日仕事は?」

「ん、今日は創立記念日だからな、休みだ」

「そうなんだ……」

 春樹はそう言いながら、準備されていたトーストに噛り付く。

「春樹はどうなんだ?」

 父親は、お茶をすすりながら春樹に聞き返す。

「今日は休み」

「そうか」

 父親はそう言うと、湯呑みを静かに置いた。

 春樹はいつもと違う食卓に違和感を持った。いつもいるはずの母親の姿がない。珍しい事だと、思いながら父親に尋ねた。

「母さんは?」

「手紙を出しに行ってくれてる」

 予想外の回答に、春樹は言った。

「珍しいね、手紙なんて」

 春樹はトーストを飲み込むと、牛乳に手をかけた。

「父さんの関係の手紙なんだが、外に出るついでに頼んだ」

「今だったら、電話とか、メールじゃないの?」

 春樹の言葉に父親は、静かに笑った。

「そんなんじゃ味気ないだろ」

 父親が言葉を言い終わると、玄関から母親の声が聞こえた。

「ただいま」

 母親が帰ってくると、いつもと変わらない斉藤家の食卓に戻った。


 降り続く雨の中、春樹はビニール傘を片手に、バイト先のコンビニに向かっていた。

 その途中にある郵便ポストの前で春樹は立ち止まる。

(手紙の方が味があるか……)

 春樹はポケットから封筒を取り出すと、確認した。

 封筒には、自宅の住所と冬也の名前が書いてある。切手も間違いない。

 春樹は、封筒が雨で濡れないように注意しながら、郵便ポストに投函した。

(しっかり届いてくれよ)

 しばらくポストの前で立ち尽くした春樹だったが、雨の勢いが強くなったくると、再びコンビニへ向け歩みを進めた。


 外から見たコンビニは、灰色のフィルターがかかったみたいで、淋しげに見えた。

 春樹は、傘を畳むと、傘立てに差し込んだ。

 入口のセンサーが反応し、自動ドアが春樹を招き入れる。

 人感センサーが春樹が店内に入った事を知らせた。

「いらいしゃいませ」

 店長の声が店内に響いた。

 入って来たのが、春樹だとわかると、店長は首を傾げた。

「どうした斎藤? 今日は休みじゃなかったか」

 店長の言葉に、春樹は笑いながら答えた。

「今日は、お客として来ました」

「そうか、珍しいな、まあ、他にお客はいないから、ゆっくりしていけば?」

「ありがとうございます。でも、この後予定があるんで……」

 春樹の言葉に店長はニヤリと笑った。その顔を見た春樹は、次の言葉が予想できた。

「何だ、鈴木と……」

「違いますから」

 予想通りの出だしに、春樹は最後まで言わせなかった。

 店長は口を尖らせながら、不満げに言った。

「何だ、つまらん」

 いつもと変わらない店長とのやり取りに、春樹は溜め息をつきながら「はい、はい」と、流した。

「だったら何か買えば? お客さん」

 店長の投げやりな言い方に、春樹は微笑みながら、店長の後ろに並ぶタバコを指差した。

「じゃあ、マルボロライト、一つ」

 店長は軽快なターンを決めてタバコを取ると、レジを通した。

 お馴染みの電子音が鳴る。

「三百二十円になります」

 店長がそう言うと同時に、三百二十円を支払った。

「はい、ちょうど」

 春樹はタバコを受け取ると店長に言った。

「店長、ありがとう」

 店長は、春樹の雰囲気が違う事に気が付きながらも、表に出さず言った。

「またのお越しをお待ちしております」

 春樹が気持ちを抑えて、笑うと、店長はニッコリ笑って続けた。

「なんてな、明後日は昼からだから、遅れるんじゃないぞ〜」

 店長の言葉に、春樹はいつもの調子で応える。

「遅れる時は、確変の時だけですよ」

「いや、遅刻がダメだから」

 店長がそう言った後、珍しくお客が入って来る。

「いらっしゃいませ」

 再び、店長の声が店内に響く。

 春樹は、接客する店長を横目に頭を下げると、コンビニの外に出た。

 雨が降り続く中、春樹は傘をさすと、自宅に向けて歩き始めた。


 しにがみ


 春樹が自分の部屋に戻ると、死神が砂時計を見下ろしていた。

 春樹の帰宅に気付いた死神は、春樹に目線を移す。

「いよいよだ」

 死神の声が、春樹に重くのしかかる。

 春樹が砂時計を見ると、砂はほぼ下に落ちていた。

(でも、まだ時間はあるよな)

「多少だがな」

 死神は優しく言った。

 春樹は、一度まぶたをゆっくり閉じると、瞳を見開いた。

 冥途の土産とばかりに、春樹は、今まで聞きたくて仕方なかった事を、口に出した。

「死神、一つ聞いていいかな?」

 死神は不思議そうに首を傾げた。

「何が聞きたい?」

 春樹はコンビニの事件を思い出していた。

「どうして、あの時助けてくれたんだ?」

 春樹の言葉に死神は、溜め息を一つついた。

「何だ、まだそんなことを気にしていたのか? 気にしなくていいと言っただろう」

「だって、死神は見届けるだけなんだろ? あの場で俺を助ける必要はなかったんじゃないのか?」

「そうかもしれないが、私はお前を気に入ってるんだ。長い死神の仕事をしていて、ここまで話した相手はお前ぐらいでな。ほっては置けなかった」

「じゃあ、その事が死神の掟に触れたんじゃないのか?」

 死神は少し黙り込むと、いつもの口調で言った。

「そうだ。死神の掟には、人間とみだりに触れ合ってはならないというものがある。私はそれに触れた」

「でも、人間は砂時計に触れないと、死神を見ることも触ることもできないんじゃ……」

 死神は口元を緩めながら春樹に言った。

「その通りだが、その逆は可能だ。死神は自分の意思で物に触れることができる。だから、このような掟があるのさ」

 そうだったんだと春樹は納得し、心の中で死神に感謝した。

(ありがとう)

「……気にするなと言っても、無駄だな……その言葉はありがたくいただこう」

 死神はそう言うと、軽く頭を下げながら言った。

「どういたしまして」

 その言葉で春樹の胸の支えが取れた。春樹の中でずっとしこりになっていた事が、解きほぐされた。そんな開放感の中、春樹は死んだ後の事が不安になった。

 天国、地獄、死後の世界。自分はどうなってしまうのだろうと、不安になる。その不安を死神にぶつけた。

「人は死んだら、どうなるんだ? 天国とか地獄とかに行くのか?」

 春樹の質問は唐突だったが、死神は静かに言った。

「さあ、どうだろう。私は死んだ事がないからな

「死んでなくても、死神だったら…………本当に知らないの?」

 春樹は死神の顔色を見ながら話を切り返す。

 その言葉に、死神は深く頷いた。

「私の役目は、余命と最後を見届ける事だからな。それ以降の事はわからない。人には魂がある。死ねば魂になって、天国か地獄に行き、生まれ変わる準備をする。そう思っている人間が沢山いるみたいだが、それは、自分達が信じる宗教の話だろう? 死んだ者は帰って来れない、死後の世界なんて誰にも伝える事ができないんだよ」

 死神はそこまで言うと、さらに春樹に説明した。

「だから、私は知らないし、誰も正確な死後の世界はわからない」

(なんだ、やけに現実的な話だな)

 春樹は想像と違う回答に、不満げな顔になった。

「現実的と言うより、冷静な客観的意見だと思うが」

 死神はてぶりを交えながら言った。

「これは、あくまで私の見解だ。他の死神だったらまた違う意見があるだろう。中には、口には出さないが、人間の様に天国や地獄を信じる者もいる」

 死神の言葉に、春樹は「え、そうなんだ」と、言うと、言葉を続けた。

「じゃあ、話は変わるけど、神様はいるの?」

 春樹の言葉に、死神は頭を横に振った。

「私達の中に、その様な役名はない。私が知る限り神という者は存在しない」

 春樹は、死神に深く迫る。

「でも死神は、死を司る神って意味だろ?」

 死神は、また一つ溜め息をつく。

「確かにその通りだが、私達は『死神』と名乗りはするが、神ではない」

(どうな意味だよ?)

 春樹の頭の中は、消化不良の状態になっていた。

「わかりやすく説明しよう。私達の仕事は、以前に説明した通りだが、その際に『死神』だと名乗った方が、人間がイメージしやすいから私達は『死神』と名乗る。実際私達には呼び名はないし、組織に関する名称もない」

 春樹は何となく理解した。

(『死神』ってのは、人間が作った言葉で、死神はそれを利用しているだけって事かな……)

「その通りだ」

 死神の言葉に、春樹は死神がかわいそうになった。

「何で、死神はいるんだろう?」

 春樹の問い掛けに、死神は淡々と答える。

「わからない、私が生まれた時には、すでに、この体制は確立されていた。もしかしたら、未だ見ぬ神がそう決めたのかもしれない」

「神様は信じるの?」

 春樹の意地悪な質問に、死神は笑って答えた。

「少し……な」


 すなどけい


「そろそろ時間だ」

 死神の言葉に、春樹の心臓は破裂しそうな力で脈動していた。

 春樹の目線の先、砂時計の砂が、最後に向けて落ち続ける。

 砂が本当に僅かとなったところで、春樹は目を閉じた。

 春樹の頭の中で、様々な人の顔が浮かぶ。

 父親、母親、冬也、雅一、店長、真奈美、そして、死神。

(思い返せば、いろんな事があったな……)

 春樹は昔を振り返る。

 強盗事件も、就職活動も、死神との出会いも、語る事もないありふれた日々も、今となったら良い思い出だった。

 春樹はここに来て一つ、やり残した事を思い出し、恥ずかしくなった。

(あの本を処分するのを忘れた……)

 しかし、すぐにどうでも良くなった。

(どうせ、死んでしまうんだ、見つかった時には、恥ずかしいなんて感情ないだろ……)

 春樹の心の中を、風が通り抜ける。

(死んだら、関係ないさ……死んだら、関係ない……死にたく、ないな……もっと生きていたかった)

 死神と出会う前の春樹は、つまらない人生がいつ終わっても良いと思っていた。しかし、実際は違っていた。人生をつまらなくしていたのは、自分自身。死神と出会って、約一週間。とても充実した生活が送れた。もっと早くこの事に気が付いていれば良かったと、ここになって後悔が始まる。

 最近の出来事が頭をめぐると、自然と涙が溢れ出てきた。

 無情にも砂が落ち続ける砂時計を想像しながら、春樹はさらに強く、まぶたを閉じる。溢れた涙が頬を濡らした。

 春樹の涙が床に落ちる前に、実際の砂時計の最後の一粒が、ゆっくりと落ちきる。

 それが、一人の人生が終わり、命が燃え尽きた瞬間を明示していた。

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