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砂時計  作者: 藤咲一
6/8

6日

 きっさてん


「で、店長は何してたんですか」

 映画館の向かいの喫茶店の中、春樹は店長を問い詰めていた。


 あの後、春樹と真奈美は、無事オリオンシネマに滑り込んだ。

 二人並んで、指定された観覧室に向かう途中、入口の防音扉を少し開け、中を覗く人物が、目に入った。

 春樹は溜め息をつき、真奈美は声をあげた。

「春樹さん、あれって、もしかして……」

「ああ、間違いない、店長だ……」

(やっぱり、来たか)

 春樹は頭を抱えた。

 視線を感じた店長は、ゆっくりと振り返り、春樹達を見た。

「いやぁ、斎藤、鈴木、偶然だな〜」

 店長は、愛想笑いを浮かべる。それを、春樹は黙って睨みつけた。

 店長は、春樹の見えないプレッシャーに圧され、たじろぐ。

「斎藤、目が笑ってないぞ」

「目だけじゃないんですけど……」

 春樹の冷たい言葉が、店長に突き刺さる。

 そのやり取りを見ていた真奈美は、春樹の脇腹に肘を打ち込むと、腕を引っ張った。

「春樹さん行きますよ、映画、始まっちゃいます」

「ああ」

 春樹は脇腹を押さえながらそう言うと、店長を横目に、防音扉を押し開ける。

 店長との擦れ違い様に聞こえた「尻に敷かれてるじゃないか」は、とりあえず無視した。


 真奈美が選んだ映画は、某漫画が原作の『ともだち』が出てくる、第一弾だった。

 映画が終わり、室内が明るくなると、春樹は隣に座っている真奈美を見る。ちょうど春樹を見た真奈美と、目が合った。

 照れ隠しに目線を逸らしたその先に、春樹は店長を見つけた。

「あっ」

「どうしたんです……あっ」

 春樹の目線の先を、目で追った真奈美は、同じ様に声をあげた。

 春樹は大きな溜め息をつくと、真奈美を見た。

「どうする?」

「しかたないですね……」

 春樹の問いに、肩を竦めながら真奈美は言った。

「とりあえず、シメます」

(あれ、こんなキャラだったっけ)

 真奈美の意外な言葉に、春樹は一人で驚いた。


「で、店長は何してたんですか」

 春樹の問い掛けに、店長は小さくなりながら答えた。

「探偵ゴッコ」

 呆れるより早く、言葉が出る。

「馬鹿ですか? 店長、もう三十二でしょ」

 春樹の声が喫茶店内に響いた。

 ウェイターの目線が春樹に集まる。

 その視線に気付き、春樹は恥ずかしそうに、頭を下げた。

 冷静だった真奈美は、紅茶のカップをテーブルに置きながら、冷ややかに言った。

「二人とも、子供です」

(え、店長とひとくくり?)

 春樹は心の中で溜め息をつく。その時、とあるアニメの主題歌が、流れ始めた。

どこかで聞いた事のある音楽。春樹は、頭の中の検索エンジンを起動すると、ほんの一、二秒で該当が一件出てきた。

(あ、パチンコ屋で聞いたやつだ)

 真奈美は、ゴソゴソとポケットから携帯電話を取り出すと、電話に出た。

「もしも〜し、どうしたの?」

 春樹と店長は顔を見合わせ、意外そうに微笑んだ。

 時々、受話器から相手の声がこぼれる。真奈美の声のトーンから推測すると、相手は女友達のようだ。

 春樹はゆっくりと、自分のコーヒーに口をつける。

「ちょ、ちょっと、え、そうじゃないから」

 真奈美は、急に顔を赤らめながら、立ち上がった。

 周囲を気にしながら、真奈美は『ごめんね』とジェスチャーをすると、喫茶店の外に出た。

 春樹と店長は、揃って息を吐き出すと、肩の力を抜いた。

「何で、他人の電話で俺達が緊張してんだろ」

 店長が呟く。

 春樹は心の中で同意したが、言葉には出さず、話題を変えた。

「それより店長、あの着メロ何でしたっけ?」

 店長も気になっていたのか、すぐに話題に食いついた。

「俺も気になってたんだよ、どっかで聞いた気がして」

「パチンコ屋で聞いたような……」

 春樹が思い出そうとしても、なかなか出てこない。

「パチンコ? スロット?」

「どっちだったかな」

 曖昧な記憶で、春樹は鼻歌を歌った。

 それを聞いて、店長は歓喜の声をあげた。

「わかった。わかったぞ斎藤。聞いたのはCMだよ。まだ店には入ってないやつだ。……えっと、何だっけな……」

 そこまで言うと、店長は頭を抱えた。そんな店長を見下ろしながら、春樹は記憶を遡った。

 パチンコ関係のCMを思い出した時、不完全な答えが見つかった。

「なんとかセブン……」

 春樹から零れた言葉で、店長は覚醒した。

「そうそう、なんとかセブン」

 結局、店長の覚醒も答えも、不完全だった。

 少しの間、春樹と店長が『なんとか』の部分に振り回されていると、真奈美が電話を終えて戻って来た。

 頭を抱える、二人を見下ろし、真奈美は言った。

「何やってるんですか? 二人とも」

 真奈美の声に、春樹と店長は、必死の形相で真奈美に詰め寄った。

「「さっきの着メロ、何のやつ?」」

 二人の声が重なる。真奈美は戸惑いながら答えた。

「え〜っと、なんとかセブン」

(あ〜不完全……)

 春樹と店長は、揃ってテーブルの上に突っ伏した。


 かえりみち


「結局、あの喫茶店で四時間か……」

 春樹は隣を歩く真奈美に言った。

 辺りはすっかり暗くなり、街灯の明かりが煌々と輝いていた。

 店長の「外も暗いから、鈴木さんは斎藤に送ってもらいなさい」の一言で、春樹が真奈美を家まで送る事が決まった。

 店長の発言が、真奈美を心配しての事か、ただのお節介なのかは、わからなかったが、春樹は店長の尾行を警戒しながら、進んでいた。

「でも、本当に楽しかったですね」

(確かに、楽しかった。あんなにはしゃいだのは、大学以来だった)

 春樹は、しみじみと感じた。

「楽しかった。あんなバカ話したのも、久しぶりだし、騒いだのも、大学以来かな」

 真奈美は二、三度頷くと、意地悪く言った。

「春樹さんも店長も、本っ当、子供ですよね。途中なんて、小学生のケンカより酷かったですもん」

 春樹は、店長とのやり取りを思い出し、恥ずかしくなった。

「あれは、店長が先に始めたから……」

 必死に言い訳をしようとする春樹が原因なのか、思い出し笑いなのか、真奈美は、いきなり笑い出した。

 なんだか、自分が笑われているみたいで、春樹の中に、恥ずかしさが溢れ出す。いつもの癖で、春樹は頭を掻いた。

 一通り笑い終わると、真奈美は春樹に言った。

「うらやましいな、店長と春樹さん」

 春樹は意外な言葉に戸惑いながら、真奈美に聞く。

「えっ、どこらへんが?」

「どこって、とっても仲が良いじゃないですか」

(言われてみれば、そうかもしれない。年が離れてるのに、そんな気遣いや、見下しがない。対等に話せる仲だよな)

 春樹は初めて、店長の存在が、大きい事に気がついた。

「確かに、仲良いかも」

「私、友達とあまり騒がないから、羨ましいな……」

 真奈美の言葉で、春樹は、喫茶店での真奈美を思い出した。

(電話の時は、俺達よりはしゃいでたような……)

「そんな事ないんじゃない、電話が架かって来た時とか……」

 春樹の言葉に、真奈美は顔を赤らめた。

「あ、あれは…………友達にからかわれて……」

「どうして?」

 真奈美は、即答しそうになった言葉を飲み込むと、咳ばらいをしながら言った。

「秘密です」

 春樹には、真奈美の、その仕草が、たまらなくかわいく見えた。

 春樹は『抱きしめたい』という感情を、押さえ込むのに必死になった。

 心臓が爆発しそうになりながら、春樹は言った。

「まぁ、でも、そんなに羨ましがる事ないよ。だって店長だし。それに、騒ぎたいんだったら、俺が一緒に騒いであげるよ」

 自分の気持ちを伝えたかったが、今の春樹には、これが精一杯だった。

 春樹の言葉を聞くと、真奈美は急に立ち止まり、春樹の方へ向き直った。

「春樹さん」

「はい」

 真奈美の声に、春樹は緊張してしまう。

「今日は本当に、ありがとうございました」

 真奈美は軽く会釈する。

「本当に楽しかったです。……でも」

(え、でも?)

 春樹の中に不安が広がった。

「でも、まだ春樹さんに晩御飯ごちそうになってないから、次はちゃんとおごってくださいね」

 良い意味で春樹の予想は、裏切られた。しかし、

「晩御飯?」

「え、忘れたんですか? 遅刻したら、晩御飯は春樹さんのおごりだって、メールしたじゃないですか」

「でも、あれは」

(あれは、勘違いだったんだし……)

 春樹の心の声は、届かない。

「あれは立派な遅刻ですから」

 真奈美の勢いに、春樹は負けた。

「じゃあ、また都合の良い日、わかったら連絡して」

「わかりました。うんと高くて美味しい店も探しときます」

「安くて、美味しい店だとありがたいな〜」

 春樹の意見も、真奈美の耳には届かない。なんだか、体よく無視された。

「それじゃあ春樹さん、お休みなさい」

 真奈美の唐突な挨拶に、春樹は戸惑った。慌て、真奈美を呼び止める。

「え、家まで送るよ」

 真奈美は、フフっと笑うと、一際立派な門構えの家を指差し言った。

「私の家、ここなんです」

(お嬢様ですか、鈴木さん)

 春樹は心の中で驚いた。門の表札には『鈴木』としっかり記されている。

 真奈美は「それじゃあ、また、メールしますね」と言って、門の中に消えて行った。

 春樹はそれを見届けると、空を仰いで息を吐いた。

 微かに白い息は、もう少しでやってくる、冬の訪れを予感させた。


 いしょ


 春樹は、自分の部屋に戻ると、砂時計を眺めた。

 ゆっくり落ちる金色の砂は、残り少なくなっている。

(残りは、一日くらいか……)

 春樹はそう思いながら、タバコに火を点けた。

 ゆっくりとタバコの煙りを吐き出すと、春樹は便箋に文字を書き始めた。

『冬也へ

 この手紙を読んでる頃には、俺はもう、死んでいると思う。

 本当は、家族みんなに書こうと思ったんだけど……

 どうやって死ぬか、わからないし、自殺と間違われないよう、どうして死ぬか知っているお前だけに、この手紙を書く事にした。

 上手く書けないかもしれないけど、そこは大目に見てくれ。

 冬也、いきなりだけど、ごめんな。何にも兄貴らしい事してやれなくて……本当にごめん。

 お前は本当に良い弟だよ。俺の自慢の弟だ!

 ドラクエのレベル上げさせたり、お菓子を買いに行かせたり、他にも沢山、俺のわがまま聞いてくれて、ありがとう。

 お前なら、きっと、大学進学だろうが、就職だろうが、総理大臣だろうが、何でもできるさ。

 だけど、何をするにしても、後悔はしないように精一杯やるんだぞ。

 俺は結局、後悔ばかりだった。

 でも、最近はつまらなかった人生が、楽しくなり始めたところだったのに……残念だな。

 それが原因で、化けて出るかもしれないけど、優しく迎えてくれよ。

 塩とか、お札とか、準備するなよ。

 歯ぁ磨けよ。

 宿題しろよ。

 なんてな……

 色々書いて来たけど、最後に一つ、兄貴からの、お願いダー!

 この先、父さんと母さんの事、よろしく頼むよ。

 お前だけが頼りだからな。

 それじゃあ、あの世でまた遊ぼうな。

 だけど、あんまり早く来るんじゃないぞ。

 沢山、土産話を持ってこいよ。

 お前の話、楽しみにしてるから。


 じゃあな、今まで、本当にありがとう。


 お前の兄ぃ 春樹より』

 春樹が手紙を書き上げると、涙とタバコの灰がポタリと落ちた。

 春樹はタバコを揉み消すと、弟に宛てた封筒に、便箋を入れ、しっかりと糊付けした。


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