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砂時計  作者: 藤咲一
5/8

5日〜6日

 きたく


 喫茶店を飛び出した春樹は、真っすぐに家に帰った。

 春樹は家の前で、予想外の人物に遭遇した。

 つい、立ち尽くして、その姿に見入ってしまう。

 玄関の扉を開けず、摺り抜け目前に現れた、スーツ姿の死神。

 死神は、春樹と目が合うと、春樹に近付き話しかけた。

「どうした? そんなところで立ち止まって?」

 相変わらずの口調だが、少し優しさがこもった声。

 春樹は、昨日の事件で言いそびれた言葉を、死神に言った。

「それより、この前はありがとう。助けてくれて」

「気にするな、助けた事は例外だが、お前が気に病む事はない」

 死神は微笑みながら答える。

 春樹は死神の言葉に引っ掛かった。

(例外? 気に病む?)

「余計な事まで口走ってしまったな」

 死神は、溜め息をつきながら「お前と話すと、調子が狂う」と、頭を振った。

「どういう……」

 死神が心を読める事を、春樹は思い出し、口をつぐんだ。

(どういう事なんだ?)

「心配する事はない。死神の掟に多少触れただけだ。それに今回は、お咎めもなかった」

 死神は、春樹の肩を軽く叩くと「だから、気にするな」と付け加えた。

 春樹は、初めて出会った頃より、徐々に人間らしくなっていく死神を見ながら笑った。しかし、一番の疑問が残る。

(ところで、俺の家で何してたの?)

「砂時計の確認だ。これも仕事だからな」

 春樹は、フーンと納得した。

 そんな姿を見た死神は、少し考えた後、春樹に告げた。

「どのうちわかる事だ、お前には言っておこう」

 春樹は唐突な話しの流れにすぐに対応できなかった。

(何を?)

 死神は対応仕切れない春樹のために、ゆっくり説明を始める。

「さっき、私は『砂時計の確認に来た』と、言ったな?」

(言った)

「その時に、お前の弟が砂時計に触ってな、私と遭遇した」

 死神の言葉に、春樹は驚いた。

(砂時計に触れるだけで、死神が見れる?)

「そうだ。弟の反応は、お前と全く同じ反応だったぞ、さすが兄弟だ」

(で?)

 春樹の鼓動が激しくなる。

「お前の時と同じ説明をした」

(そうか、知られたか……)

 春樹は溜め息をついた。死神はさらに言葉を続ける。

「今まで、この様な事は多々ある。微々たる問題だ」

 死神はそう言うと「悪いが次があるんでな、私はこれで失礼する」と、どこかへ行ってしまった。

 春樹は死神の言葉に、やはり人間とは違う、慣性を見た。


 おとうと


 春樹が自分の部屋に入ると、そこには座り込んでいる冬也の姿があった。目線の先には、あの砂時計。

 春樹は一度咳ばらいをすると「ただいま」と、冬也に声をかける。

 冬也は、焦点の合わない瞳で、春樹を見ると静かに「お帰り」と、言った。

 冬也に元気がない理由は、玄関先で死神から聞いた。

 春樹はタバコに火を点けながら、冬也の横に座り込み、冬也に話しかけた。

「どうした?」

 冬也は、春樹の言葉に震える。そんな冬也を見た春樹は、目を細めながら続けた。

「学校は?」

 冬也は春樹の質問に、か細く答える。

「今日は、土曜だから……学校は休み」

 春樹は、冬也の指摘に頭を掻いた。

(こんな生活してると、曜日の感覚がなくなるからな……)

「そうか、じゃあ、遊びに行かないのか?」

「そんな気分じゃない」

(かなり落ち込んでるな)

 沈んだ冬也に見兼ねた春樹は、遠回しに死神との事を聞き始めた。

「どうした冬也、元気ないじゃないか。何かあったのか?」

 春樹の言葉を聞いた冬也は、悩み込む様に、頭を抱えた。

 しばらくの沈黙の後、冬也は決意したように、口を開いた。

「兄ぃ、タバコちょうだい?」

 春樹は黙ってタバコを取り出すと、冬也に渡した。

 冬也はタバコを受け取ると、震えた手つきで、火を点けた。

 不器用に吸い込んだ煙りが、冬也をむせ返らせる。

 冬也は涙目になりながら、呼吸を整えると、弱々しい瞳で言った。

「俺、死ぬかもしれない」

 冬也の言葉は切実だ。しかし、春樹は心の中で慰めた。

(大丈夫だよ、冬也)

 声を荒げ、続ける。

「どうしよう? まだ死にたくない」

 冬也の言葉に、春樹は心の声を表に出した。

「大丈夫だ、お前は死なない」

 春樹の言葉に、冬也は反論する。

「何で、死なないって言えるの?」

 そんな冬也に、春樹は同様に返す。

「逆に、何で、死ぬと言えるんだ?」

 春樹の言葉に、冬也は口をつぐんだ。

 しばらくの沈黙。

 冬也は、タバコを一吹かしすると、つぶやく様に言った。

「言っても、きっと信じない」

「誰が?」

「兄ぃが」

 春樹は鼻で笑った。

「聞かなきゃ、信じられないだろ。何でも言ってみろよ」

 春樹の言葉に冬也は、恐る恐る話し始めた。

「今日、死神に会ったんだ」

 冬也は、春樹の顔色を窺いながら続ける。

「サラリーマンみたいだった。でも、壁を摺り抜けるし、心を読むんだ。あれは間違いなく、死神だった」

 冬也は、さらに、机の上に置かれた砂時計を手に取ると、春樹の目前に突き出した。

「この砂時計の砂がなくなると、死ぬって」

 春樹はサラサラと落ちる砂を、じっと見つめる。

(確かに、そんな説明だったな…………でも、その砂時計は……)

 春樹は、死神との出会いを、思い出した。そして、冬也から砂時計を掴み取る。

「ちょ、ちょっと。返せよ兄ぃ。それは……」

「これは、俺の砂時計だ」

 春樹は冬也の言葉を遮った。その言葉に、冬也は目を丸くする。

「兄ぃ?」

 春樹は冬也の顔を見返すと、言葉を続けた。

「俺も少し前に、死神から説明を受けた。知ってるか? 一度動き出したら、逆さにしても砂は落ち続けるんだ」

 春樹は、手に持った砂時計を、逆にする。

 砂時計の砂は、冬也の目の前で、重力に逆らって落ちる。

 春樹は微笑むと、優しく冬也に言った。

「わかっただろ、だからお前は死なないって」

 全てを悟った冬也は、瞳を潤しながら、春樹に抱き着いた。

「兄ぃ……」

 春樹の胸から、鳴咽が漏れる。それを優しく抱き留めると、兄から零れた涙が、弟の頬を伝った。


 ちょうしょく


 春樹は、鏡に映る自分の姿を確認すると「よしっ」と、気合いを入れた。

 真奈美との待ち合わせ時間には、まだまだ余裕がある。

 春樹は、昨日の夜遅くまで、冬也と語り合った。

 今までの事、これからの事、家族の事、生きる事、死ぬ事。

 色々と考えたが、冬也に、気持ちを打ち明けられた事が、春樹の重荷を軽くしてくれた。

 春樹は、冬也の部屋をこっそり覗いた。そこには、布団に包まって、寝息をたてる、かわいい弟の姿があった。

 小さな声で「ありがとな」と言うと、静かに扉をしめた。

 春樹がダイニングに顔を出すと、母親が朝ごはんの準備をしていた。

 母親が、春樹に気がつく。

「あ、おはよう春樹」

「おはよう」

 春樹は母親に挨拶をすると、食卓に着いた。

「はい、どうぞ」

 母親は春樹の前に、ご飯と味噌汁を置くと、自分も食卓に着いた。

 春樹は、この場に父親がいない事に疑問を持った。

「あれ? 父さんは?」

「昨日晩くまで、明日の準備してたみたい。まだ寝てるわ」

 母親は溜め息をつくと、味噌汁をすすった。

「別に、今日やればよかったんじゃないか? 準備、父さん休みだろう?」

 春樹は、ご飯を口に運びながら言った。

「そうなんだけどね、お父さんは昔っからそうなのよ。思い詰めたらってやつ」

 母親は、お茶を湯呑みに注ぎながら、春樹に言った。

「春樹も、お父さんの血を引いてるから、ね、最近雰囲気変わったし、何かあったの?」

 春樹は味噌汁をすすりながら答える。

「何もないよ、ちょっとね……」

 母親はフフっと笑うと、お茶を口に含んだ春樹に言った。

「今日、デートでしょ」

 母親の突然の言葉に、春樹はお茶を吹き出した。

「図星、ね」

 母親は意地悪く笑った。

「何で、いきなり?」

 春樹は口を拭いながら、母親を見る。

「だって、春樹がいつも以上にセットしてるでしょ。ちょっとカマかけてみたの」

 母親は、とても楽しそうに笑う。

 春樹は最後のご飯を口に入れると、ぶっきらぼうに「ごちそうさま」と、言うと席をたった。

「ちょっとからかうと、ヘソを曲げるところ、お父さんと一緒ね」

 母親の言葉に、春樹は「親子だからね」と、言うと食器を流しに置いた。

「だったら、楽しんでらっしゃい。お父さんとのデートは、楽しかったわよ」

 春樹は「はいはい」と軽く返事をし「行ってきます」と家を出て行った。

 春樹の後ろ姿を見送ると母親は、優しく「いってらっしゃい」と、見送った。

 そして母親は、一息ついて、お茶をすすると「ごちそうさま」と、静かに言った。


 まちあわせ


 春樹は携帯をポケットから取り出すと、真奈美からのメールを確認した。

 『件名 予定決定! 本文 明日は12時、オリオンシネマ前集合!遅刻したら、晩御飯は春樹さん持ちだからヨロシク!』

 春樹は溜め息をつくと、時間を確認した。時間は十二時十分。

(遅刻はダメだって、言ってる方が遅刻かよ……)

 心の中で愚痴が零れた。

 それを咎めるように、春樹の背後から、きつい一撃が襲う。

「痛っ」

 春樹は背中を摩りながら、振り返る。そこには膨れっ面の真奈美がいた。

「鈴木さん?」

 春樹は、いつもと違う真奈美に戸惑った。

 普段はジーパンなのに、スカートを掃いて、赤いフレームの眼鏡までかけている真奈美は新鮮で、とてもかわいらしく見えた。

「自業自得です」

 真奈美は、春樹を睨みながら言った。

 春樹には理由がわからなかった。言葉がこぼれる。

「何で?」

 真奈美は溜め息をつくと、説明を始めた。

「場所、間違えたでしょ」

「え、待ち合わせは、オリオンシネマ前じゃなかったっけ?」

「そうです。オリオン前です。じゃあ、春樹さん、ここはどこでしょう?」

「オリオンシネマ前……」

 春樹の言葉を聞いて、真奈美は無言で映画館の看板を指差した。

 春樹は看板を見ると「あっ」と声をあげた。

 看板には、シリウスシネマの文字。

「理解できました?」

 真奈美は、眼鏡のズレを直す。

「ごめん」

「わかれば、いいんですよ。わかれば」

 真奈美は、そう言うと春樹の手を握り、引っ張った。

「じゃあ行きますよ、急がなきゃ、映画が始まっちゃいます」

 春樹は突然な事に戸惑ったが、そのまま真奈美の後についていった。

「二つ先ですから、走りますよ」

 真奈美はそう言うと、軽快に駆け出す。

 春樹もつられて走り出す。

 春樹は、久しぶりに走った。鼓動の高鳴りは、とても心地良く、温かい日差しが眩しかった。

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