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砂時計  作者: 藤咲一
4/8

5日

 やくそく


 春樹は寝起きの一服に火を点けた。

 ぼーっとした視界で、時間を確認する。ちょうど昼の十二時を過ぎたところだった。

 昨日の事件の関係で、春樹が家に帰って来たのは、日付が今日に変わってからだった。

 春樹は机の上に置いた、チケットに視線を移す。

「鈴木と行ってこいよ」店長のニヤケ顔が、春樹の頭の中に蘇った。

 春樹は頭を抱えて、唸り出す。しかし、せっかく店長がお節介でくれたチャンス。

 春樹は悩みながらも、携帯を手に取った。春樹はアドレス帳の中から、鈴木真奈美を選択する。しかし、なかなか発信ボタンを押す事ができなかった。

 春樹は、情けなく息を吐き出すと、携帯を机の上に置いた。

 数少ない過去の恋愛経験が、春樹を小動物に変えていた。

 頭の中に巡るのは、拒絶された時の恐怖と絶望感。

 春樹は溜め息を吐き出すと、目の前にある砂時計を手に取った。

 砂時計の砂は、静かに余命を刻み続ける。

 春樹は砂時計を、くるくると回しながら、砂の量を確認した。砂の残りは初めの半分。

(考えても仕方がない)

 春樹は、タバコを勢いよく揉み消すと、携帯の発信ボタンを押した。

「もしもし」

 コールをしたかどうかのタイミングで、真奈美の声が聞こえる。

(早っ)

 春樹の心の準備ができる前、頭の中が一瞬真っ白になる。

「もしも〜し、春樹さん」

 自分の名前を呼ばれた事で、春樹は慌て話し出した。

「もしもし、斎藤です。鈴木さん、今、電話大丈夫?」

「問題ないですよ。どうしたんですか?」

 春樹は一瞬口ごもったが、思い切って口を開いた。

「鈴木さん、明日、暇?」

「暇だったら、何かあるんですか?」

(予定があるのかな、でも一応)

 内心びくびくしながら、春樹は続けた。

「えっと、どこか遊びに行こうかなって」

「へ〜、珍しい。春樹さんが、パチンコ以外で遊びに行くなんて」

「俺だって、パチンコばかりしてる訳じゃないんだけど……」

 真奈美の言葉で、春樹は普段の休日を思い返し、パチンコの他に何も趣味がない事に気付く。

(実際は、パチンコばっかりだなぁ、雅一にしても、店長にしても)

「で、どこ行くんですか?」

「そうだな〜、映画なんてどう?」

「いいですね、ちょうど見たかった映画があるんですよ」

(あれ、以外に好感触)

 春樹のテンションが上がる。

「そうなんだ。じゃあ、映画で良い?」

「OKです。じゃあ、私時間と場所、調べておきますね」

「えっ、いいの?」

 春樹は二重の意味で聞き返してしまったが、真奈美の答えは「任せてください」だった。

(どっちに取ってもOKだよな)

 春樹の頭の中で、小さな春樹が踊り出す。

「ところで春樹さん。メアド教えてもらっても良いですか?」

 真奈美の言葉で、春樹は我に返った。春樹は記憶を頼りに、自分のメールアドレスを教えた。

「メールアドレスは……」

「ちょと待って、今メモします。」

 電話の向こうから、バタバタと音が聞こえる。しばらくすると、真奈美の声で「はい、どうぞ」と聞こえた。

 春樹はもう一度、自分のメールアドレスを教えた。

「ありがとうございます。じゃあ、また、適当に私からメール打ちますね」

「お願いします」

 真奈美の言葉に、春樹はつい畏まってしまう。

「メールが届いたら、私のメアドも登録しといてくださいよ」

「了解です」

 春樹は軍隊のような返答をすると最後の言葉を言った。

「それじゃあ」

「また明日」

 真奈美は春樹に合わせる様に言うと電話を切った。

 春樹は大きく背伸びをした後、ガッツポーズを取った。真奈美との会話を思い出すと、心の中がザワザワと騒ぎ出しす。

(よくやった、俺)

 春樹は心の中で、自分で自分を褒めてあげる。

 今、春樹のテンションは最高潮だった。

 春樹が至福の一服に火を点けた瞬間、携帯電話が鳴り出した。

 メールではなく、電話の着信だった。画面に映った相手は店長。嫌な予感を覚えながら、春樹は店長からの電話に出た。

「どうだった?」

 店長の第一声。

「え、どうって?」

「誘ったんだろ、鈴木を」

(何で知ってるんだ? エスパーか、この人は)

 春樹は疑いながら答える。

「何で知ってるんですか?」

 店長は小さく笑うと「店長は何でも知っているのだ」と誇らしげに言った。

 春樹は不審に思いながらも、店長に報告する。

「明日、映画に行きます」

 店長は「ほほ〜う」と言うと、しばらく沈黙した。電話の向こうでニヤケる店長の顔が、春樹には容易に想像できる。

「何ニヤケてんですか」

 春樹は試しに言ってみた。

「う、何でわかった? お前はエスパーか」

 予想は的中。

 戸惑いながら店長は、言葉を続けた。

「まあ、それは次に語り合うとして……話しを戻すと」

「戻すと?」

「よかったじゃないか。で、明日の何時から行くんだ?」

「予定は未定ですけど」

「なんだ、未定か」

 店長のトーンが急にさがる。春樹の脳裏に、嫌な予感が浮かび上がる。

「まさか、覗きに来る気じゃないでしょうね?」

 春樹の言葉に店長は応えない。

「絶対に来たら駄目ですからね。店長聞いてます?」

 店長は沈黙を続ける。

「店長?」

 春樹がそう言った瞬間、電話が切られた。

 春樹は、急いで店長に電話をかけ直す。

 春樹の受話器には「ただ今、電話に出ることができません……」と、留守電のアナウンスが流れた。

 春樹は溜め息をつくと、電話を切った。

(不安要素が、身内にいたか)

 あまり吸えなかったタバコを消すと、メールの着信が入る。

 それが真奈美からの、初めてのメールだった。


 けいじ


 春樹は一人で、自宅近くの喫茶店に向け歩いていた。

 真奈美のメールアドレスを登録した後に、見覚えのない番号から着信があった。

 誰だろう、と首を傾げながら電話に出ると、相手はすぐに、名前を名乗った。

 聞いた事のある名前。強盗事件の時、春樹を担当してくれた森刑事が電話の相手だった。

 電話の内容は「事件の事で、もう少し聞きたい事がある。春樹の家の近くまで来ているので、喫茶店で会いましょう」という感じだった。

 それで春樹は、喫茶店に向け歩いていた。

 春樹は喫茶店に着くと、入口ドアを押し開け中に入った。

 店内を見回すと、明らかにカタギではない風貌の男性が、かわいらしくクリームソーダを飲んでいた。

 間違いない。森刑事だ。

 春樹は、森刑事の座るテーブルの前に立つと「どうも」と、軽く会釈し、森刑事の対面に座った。

「いやぁ、急に御呼び立てしてすいません」

 森刑事は、丁寧に話し始める。

「私はね、あまり得意じゃないんですよ、回りくどい聞き方は」

 森刑事の目付きが鋭くなる。

「だから、単刀直入に聞きます。斎藤さん、あなたは事件の事で、隠している事がありませんか?」

 正に単刀直入。春樹は、戸惑いながら聞き返す。

「隠している事ですか?」

 春樹の脳裏に死神の姿が浮かぶ。

「そうです。事件の日、あのコンビニには、強盗と、店長と、あなた以外にも、誰かがいたのではないですか?」

 春樹は森刑事の言葉に動揺したが、表情には出さなかった。

「誰もいませんでしたよ」

 春樹の言葉に、森刑事は、深く息を吐き出すと、傍らに置いてあった鞄から、書類の入った封筒を取り出した。

「そうですか。いや、変なことだと聞き流してもらっても構わないんですがね」

 森刑事は封筒の中から数枚の写真を取り出した。そして、春樹に説明し始める。

「まず、この写真を見てください」

 春樹は差し出された写真に目線を落とす。その写真は春樹がバイトしているコンビニ内の写真だった。

 写っている人物から、事件当日の写真だとわかった。

「これは?」

 春樹は森刑事に質問した。

「これは、事件のあった日時、場所を写したコンビニ防犯カメラの映像を、プリントアウトしたものです」

 森刑事はとりあえず、そう説明すると二枚目の写真を春樹に見せた。

 写真に写っていたものは、強盗が春樹に向けて、包丁を向けている写真だった。

「さて、この写真は見てわかる通り、あなたに強盗が包丁を向けている写真です」

 春樹が写真を確認したのを確認すると、森刑事はさらに写真を取り出した。

 写真には、尻餅をついている春樹と、包丁を振りかぶる強盗の姿。

「まさに、絶体絶命の危機というやつですね」

 春樹は、この後の状況を思い出しす。死神が窮地を救ってくれたあの状況だ。頭の中にある疑念が浮かぶ。

(まさか、死神が写真に写っていた?)

 森刑事は、ここまでの写真を時系列順に、テーブルの上に並べた。そして、さらに続ける。

「ここまでは、あなたのお話の中にもあった状況です。しかし……」

 森刑事は言葉を途中で中断すると、写真をさらに二枚取り出し春樹の前に置いた。

「どうでしょう? この写真不思議に思いませんか?」

 春樹は二枚の写真の中に、死神の姿を探したが、スーツ姿の死神は写っていなかった。しかし、一枚目では、強盗は片腕を不自然に伸ばし、二枚目では、強盗は一人でうつ伏せになっている。

 森刑事は、さらに封筒の中から、数枚が綴られた書類を取り出すと、ある一文を指差した。

「ここに、事件の後、あなたから聞かせていただいた事件の状況が書いてあります。『強盗の腕を掴み、捻り上げた後、押し倒し制圧した』と」

 春樹は森刑事の言葉で、森刑事が、何を言いたいか理解した。

(矛盾をつかれたな)

 春樹の顔が曇る。森刑事はそれを確認すると、核心部分を春樹に聞く。

「どうして、嘘を?」

 春樹は俯いて黙り込む。その姿を見た森刑事は、ゆっくりと語りだした。

「この写真と、あなたからの聴取内容を照らし合わせた時に、私の中に導き出された答えは、あの場所にあなたにしか見えない誰かがいた……」

 春樹は森刑事の言葉に驚愕する。こんな短時間に『誰か』までだが、死神の存在に気づいた。

(とんでもない刑事だな、この人は)

「あなたは、その誰かを知っている」

 春樹は考えた、ここまでわかっているのだったら、死神について話してしまおうかと。

(だけど、それを証明することはできない。だったら、その逆も証明できないよな)

 春樹は心の中で決めた。

「すいませんでした。刑事さんの言う通り、嘘ついてました」

 森刑事は微笑すると、春樹の話に耳を傾けた。

「実は、強盗は急に変な動きをして勝手に倒れ込んだんです。だから、チャンスだと思って、強盗を押さえつけました」

「どうして、嘘をついたのですか?」

「だって、自分で捕まえたって言えば、カッコイイって思われるから」

 森刑事は春樹の説明を聞くと、難しい表情になた。

「そうですか、それでは誰も、あの場所にはいなかったと」

「はい。誰もいませんでした」

 森刑事はしばらく黙り込むと、話を切り出した。

「わかりました。聴取内容を訂正します」

「お願いします」

 森刑事は、首を傾けながら書類を訂正する。

 訂正が終わると、森刑事は春樹の目を見つめ言った。

「今日は、お時間をいただいてすいませんでした。また、聞きたいことがあればご連絡しますその時は、宜しくお願いします」

 言葉の端々に、まだ春樹への疑念が残る。それを感じ取った春樹は、軽く会釈すると、逃げる様に喫茶店を飛び出した。



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