4日
こんびに
春樹は今日、朝からコンビニのバイトに入っていた。面子はいつもと同じ、店長と鈴木真奈美と春樹の三人だった。
相変わらず客の入りの悪いコンビニ、そのうち消えて無くなってしまうんじゃないかと、春樹と真奈美はいつも心配していた。
店の中に、店員しかいない今日も、例外ではなかった。
「暇ですね、春樹さん」
真奈美はカウンターにもたれながら、雑誌コーナーの陳列を直している春樹に声をかけた。
「朝のピークは過ぎたからね、お昼までは仕方ないさ」
春樹は真奈美に答えながら、パチンコ雑誌に目を奪われていた。
「ところで、春樹さん、店長はいったいどこ行ったんですか?」
「聞いてないなぁ、もしかしたらパチンコ打ちに行ってたりして」
雑誌のページをめくりながら春樹は答えた。
「パチンコですか? 仕事ほったらかしで?」
「新台入れ替えだったらありえるよ」
真奈美は眉をひそめながら、素朴な疑問を投げ掛けた。
「店長、仕事する気あるんですかね?」
春樹は雑誌を丁寧に戻すとレジに戻った。
「どうだろう? 店長って雲みたいで掴みどころないからな」
「あっ、それよくわかる」
真奈美は勢いよく上体を起こす。
「基本良い人なんだけど、全然本音が見えて来ないんですよ」
真奈美の言葉に春樹は深く頷いた。
「見た目同い年なのに、凄く大人だったり、逆に子供だったり、不思議な人だよな、店長って」
「ヘックシッ」
いきなりのクシャミに春樹と真奈美はビクッとなった。二人は顔を見合わせると、恐る恐るクシャミが聞こえた方を見た。
二人の目線の先、控室の扉が静かに開いた。
そこには、予想を裏切らない人物がいた。
「「店長」」
春樹と真奈美の声が見事にハモって、コンビニの中に響いた。
店長は難しい顔をしながら二人を見る。
「斎藤、鈴木、お前ら2人、サボりすぎ〜。減給にするぞ〜」
「「店長〜」」
春樹と真奈美は揃って肩を落とした。
てんちょう
「それじゃあ、お先です」
真奈美は鞄を肩に掛けながら、レジにいた春樹と店長に軽く会釈をすると、人感センサーを鳴らして帰って行った。
春樹はちらっと時計を見る。時計は午後六時を指示していた。
春樹は隣の店長を見ながら、時計をしつこいくらいに何度も見た。
店長は目を細めながら春樹に言った。
「ダメだよ、斎藤はこの前、勝手に帰っちゃったからね〜、その分今日は残業だ」
春樹は溜め息をついて納得した。
「わかりました。でも、あの時はちゃんと言いましたよ、早引けしますって」
「聞こえてなかったら、一緒」
店長の言葉に春樹は唸った。
「頑張ってくれたら、時給ちょっと上乗せするから」
春樹は唸るのを止めて、店長に質問した。
「店長は午前中によくいなくなりますけど、どこ行ってるんです?」
店長は、商品の肉まんを取り出しながら答える。
「配達だよ」
店長は肉まん一つを「食べて良いよ」と春樹に渡した。
春樹は肉まんを頬張りながら、さらに質問する。
「何の配達です?」
店長は、あんまんも取り出し自分で食べていた。
「お酒」
店長の答えに春樹は、酒類が陳列されている棚を見ながら聞いた。
「コンビニなのに、お酒の配達ですか?」
「そう、もともとこの店は酒屋でさ、その名残かな」
店長は、あんまんを食べ終ると、あんこのついた指を舐めた。
「それに、お酒だけじゃなくて他の商品も一緒に届けてる。ひいきのお客さんもいてさ、その分ここを空ける事が多いけどね」
店長はそう言い終わると、ゴミを丸めてゴミ箱に捨てた。
春樹は肉まんの残りを口の中に押し込むと、店長と同じようにゴミを捨てた。
「まあ、バイトが頑張ってくれてるからできるんだけどな。結構感謝してる」
店長の言葉に春樹は照れながら、肉まんを飲み込んだ。
店長はそんな春樹を指差しながら言った。
「お前は別だ、斎藤」
春樹は激しくむせ返った。
呼吸をととのえながら、春樹は店長に反論する。
「今日も配達行ったんじゃ? だったら……」
店長はニヤリと笑うと、春樹の肩を軽く叩いた。
「今日は、パチンコだ」
「もっと感謝しろ」
春樹の声が、コンビニの中に響き渡った。
「新台入れ替えだったんだ」
店長は目を輝かせながら言った。
「理由になるか」
春樹の声が再び響いた。
じけん
午後九時過ぎ、真奈美が帰ってから一人もお客は来ていない。
「暇ですね……」
何度もこぼれる春樹の言葉。店長は相変わらず、棚卸し作業をしている。
春樹は大きなあくびをすると、携帯を取り出した。画面を確認しても着信、メールともになかった。春樹は溜め息をつくと、携帯をしまった。
「暇だなぁ」
春樹のつぶやきが、力無くこぼれた時、入口の自動ドアが開いた。センサーが鳴り、一人の初老の男性が入ってくる。
春樹は咳ばらいをした後「いらっしゃいませ」と仕事モードに切り替えた。
初老の男性は真っ直ぐ春樹のいるレジにやってくる。春樹は再び「いらっしゃいませ」と言った。
(タバコ? 肉まん系? おでんもありえるな)
悩むように沈黙する男性を見ながら、春樹は自分勝手に予想を立てていた。
(さぁて、正解は?)
沈黙を破り男性が口を開く。
「金を出せ」
(あ〜そうか、忘れてたな、コンビニ強盗)
春樹は黙って目を閉じた。
「どうした、早く金を出せ」
強盗は、懐から包丁を取り出すと、春樹に突き付けた。
春樹が目を開けて、レジを開けようとした時、店長がレジに戻ってきた。
「お疲れ、そろそろあがっても良いよ……」
店長の言葉が途中で止まる。
「斎藤、大丈夫か」
店長の言葉に春樹は黙って頷く。店長はそれに応えるように頷いた。
「は、早く金を」
強盗は店長にも包丁を突き付ける。
店長は両手を挙げたまま、レジの方に押し込まれた。
「どうするんです?」
春樹は小声で店長に聞いた。
「仕方ない、金を渡して帰ってもらおう、命の方が大切だ」
店長はレジを開けた。中を見た店長は「あ」と固まった。
「どうした? 早く出せ」
強盗の催促にも店長は固まったまま。春樹はこっそりレジの中を覗き込んだ。レジの中は真っ黒、春樹は瞬きをしてもう一度確認したが、中には一円も入っていなかった。
「何で入ってないんですか?」
春樹は店長に詰め寄る。
「抜いたの忘れてた」
店長の言葉に、春樹は聞いた。
「抜いたって言っても、普通全部抜かないでしょ」
「普通はね、お釣り用に残すんだけど……」
店長の言葉が詰まる。
「だけど何です?」
「斎藤を困らせようとして……」
春樹の顔が固まった。
「は?」
「お客さんが来て、お釣りがないと斎藤きっと慌てるだろうって」
春樹の開いた口が塞がらない。
「まさかね、お客さんじゃなくて、強盗が来るなんて、いやぁ、失敗失敗」
店長は強盗がいる事も忘れて笑い始めた。
「何を笑って……早く金を出せ」
強盗が店長に包丁の先を向けた。
店長はレジを指差し、強盗に言った。
「あの、お金はありません」
その言葉を聞いた強盗の瞳に、怒りの色が広がる。
「ふざけるな」
強盗は店長をレジから引っ張り出すと、思いきり殴りつけた。
春樹は、本能的に危なく感じた。
(店長を助けなきゃ。でも、下手したら死ぬかも)
春樹は目を閉じ、決意した。
(死神が来る前に、砂が尽きる前に、俺が死ぬはずない)
自分勝手に決め付けて、春樹は自分を奮い立たせ、レジカウンターを飛び越えた。
「止めろ」
春樹の声がコンビニに広がる。
強盗は店長を蹴りつけた後、包丁を構えて春樹の方へ振り向いた。
「てめえら、二人して俺を馬鹿にしやがって、殺してやろうか」
店長は気を失ったのか、動かなくなった。
春樹の背中を、汗が伝う。
緊迫した空気がコンビニ内を包み込む。
「やれるもんなら、やってみろ」
春樹は勇気を振り絞り、吠えた。
強盗が小刻みに震え出す。真っ赤にした顔で春樹を睨みつけた。
「ひよっこが、ゆるさねぇ」
強盗は包丁を振りかぶると、春樹に向けて×の字を描くように、振り回した。
春樹は、後ずさりながら強盗との間合いを一定に保つ。
「うろちょろと」
強盗は春樹の腹部を狙い、包丁を突いた。
春樹は必死に体をねじって包丁をかわす。しかし、体のバランスを崩し、尻餅をついた。
強盗はじりじりと春樹に歩み寄る。
(もうダメか……)
春樹は覚悟を決めた。
強盗は包丁を思い切り振りかぶると、春樹の頭に向け全力で振り下ろした。
春樹に痛みはなかった。恐る恐る目を開けると、包丁は寸前で止まっている。強盗の顔には、汗がが溢れ出ていた。
「何しやがった」
春樹にも何が何だかわからない。理解したのは、強盗の腕を掴む、スーツ姿の男性が目に入った時だった。
「ぎりぎりセーフだな」
死神は、春樹を見下ろした。
「助かった……」
春樹の体から力が抜ける。
その姿を見た死神は、強盗の腕を捻りあげると、腕を掴んだまま背中を突き飛ばし、俯せに倒し込んだ。
強盗の口から苦痛が漏れる。
死神は器用に強盗の腕をきめると、春樹に指示した。
「交代だ。このまま腕を掴んで捻りあげろ」
春樹は言われるがまま、強盗に跨がり腕を捻りあげた。
死神は春樹を見下ろし、言った。
「警察に連絡を……」
春樹は自由にできる左手で携帯を取り出すと、一一〇番に電話した。
けいさつ
コンビニ内は一時騒然となった。白黒パトカー三台、覆面パトカー二台、警察官が合わせて十一人が駆け付け、春樹が押さえつけている強盗に手錠をかけて連れて行った。
春樹と店長は、参考にと、警察署に呼ばれたので、店長は急遽、休んでいたバイトの二人を呼び出し、店番として残すことにした。
コンビニのバイト二人が到着すると、店長は事情を説明した。
「悪いけど、後はお願い」
店長がいつもと違う雰囲気で声をかけるので、バイト二人は心配そうに、パトカーに乗り込む店長と春樹を見送った。
春樹と店長は警察署へ向かう、慣れないパトカーの後部座席で揺れながら、コンビニでの事件について、簡単な事情聴取を受けた。
春樹と店長は、氏名、生年月日、住所、職業など、個人的な事を聞かれた後、大まかな事件の概要を説明する。
もちろん、春樹は死神については表に出さず、頭の中で考えた筋書きとすり替えた。
一通り聴取を終えた警察官は、メモを取っていたノートを閉じると、体を捻って春樹達に言った。
「大きな怪我がなくて何よりでした」
春樹は、死神の事を思い出す。
(あの時、死神が助けてくれなければ、きっと……)
春樹は、もしもの事を考えると、背筋を冷たい汗が伝っていく。
そうこう考えている内に、パトカーは警察署に到着し、春樹と店長は刑事課の相談室という部屋に通された。
そこには、ひいき目に見ても、ヤクザにしか見えない高年の男性が一人、座っていた。
「森係長、被害者の方々です」
ここまで案内してくれた警察官が、ヤクザ風の男性に春樹達を紹介する。
二人のやり取りを見て、春樹は一人で納得した。
(あ、この人も警察官だ)
春樹は、ちらりと店長の様子を伺う、予想通り、春樹と同じ様な反応だった。
森と呼ばれた警察官は二人を確認しながら
「どうぞ、おかけ下さい」と、春樹達に促した。
促されるまま、春樹達は椅子に腰掛けると、森の言葉が違う方向へ飛ぶ。
「酒井、コーヒー二つと茶、持って来てくれ」
春樹達を案内してくれた警察官は「わかりました」と言うと部屋を出て行った。
森は春樹達をじっと見つめると、ニッコリ笑い、自己紹介を始めた。
「どうも、刑事課一係の係長をしています森と言います。どうぞよろしく」
春樹と店長は森刑事の意外な笑顔に絶句し、軽く会釈するのが精一杯だった。
「そう固くならず、リラックスして下さい。あなた達は悪い事をした犯人ではないんですから」
森刑事の抑揚はゆっくりとしていて、緊張を少し緩めてくれた。
ドアノックの後「失礼します」と声が聞こえ、お盆を持った女性がコーヒーを春樹達の前に、お茶と文字の書かれたA4用紙を森刑事の前に置いていった。
女性が静かに部屋を出ていくと、森刑事の椅子がギイと鳴った。
「さて、状況は……」
森刑事はA4用紙に目を落としながら話し始める。
一通り一連の流れを読み上げた後、春樹達に目線を戻し確認した。
「こんな、感じですか?」
二人は揃って頷いた。それを確認した森刑事は、店長に目を移し説明を始めた。
「店長さんは、これから別の部屋で被害届けと、簡単な調書をお願いします。担当の者が案内しますので……」
森刑事はそこまで説明すると「おーい、酒井」と、声を出した。
「はい」
最初に案内してくれた警察官が、返事をしながら入って来る。
森刑事は「店長さんからの書類、頼むぞ」と酒井に言うと、続けて店長に「すいませんが、こいつと別の部屋へ移動をお願いします」と言った。
店長達が部屋から出る姿を確認した後、森刑事は春樹に向き直り「あなたは、私が必要な書類作成をやりますので……」と、説明した。
書類が全て出来上がるまでの一時間の間、春樹は森刑事から、強盗の一挙手一投足を詳しく質問された。
どうも、春樹が組み伏せた辺りに疑問を持ったようで、森刑事はその部分を詳しく聞いてきた。
春樹は最終的に「無我夢中だったんで……」と、曖昧に答えた。
春樹は、森刑事相手に、変に詳しく説明すると、嘘がばれてしまうような気がして、たまらなかった。
(犯人みたいだな、俺)
春樹は少し、取調べを受ける、犯人の気持ちがわかった気がした。
最後に森刑事は、お茶を全部飲み干した後、春樹の前にに名刺を差し出した。
「何か思い出したら、こちらに電話を下さい。また、こちらから伺いたい事があれば、あなたの携帯電話の方に連絡します。……今日はお疲れ様でした」
森刑事はニッコリと笑うと、事情聴取の終了を告げた。
春樹は警察署内の喫煙所へ行くと、ポケットからタバコを取り出し一服を始めた。
春樹の吐き出した溜め息が、タバコの煙りとともに、分煙機に吸い込まれていく。
春樹は事件を思い出し、死神の事を考えた。
(どうして、助けてくれたんだろう? 砂時計の砂がなくならないと死なないんじゃ? なくなる前でも死ぬんだろうか?)
春樹は様々な疑問を解消できず、一人で自問自答を繰り返した。
導き出された答えは、直接死神に聞くだった。
春樹は心の中で死神を呼んでみた。
突然目の前に出て来られても、声を上げないように身構えた。
しかし、どれだけ待っても死神は現れなかった。
代わりに店長が窓越しに春樹を見つけ、喫煙所にやってきた。
「斎藤、そっちは終わった?」
「終わりましたよ、店長の方は?」
「今終わった」
店長はパチンコはするが、タバコは吸わない。喫煙所に来るなんて、きっと春樹を探していたに違いない。春樹は、吸っていたタバコを揉み消した。
その姿を見た店長は、かしこまって話始めた。
「斎藤、今日はすまなかった。それに、ありがとう」
店長は、深々と頭を下げた。
「そんな、別にいいですよ」
春樹は照れながら、頭を掻いた。
「そういう訳にはいかない。現に助けてもらった訳だし」
店長の言葉に春樹は複雑な気持ちになった。
(助けてくれたのは死神なんだけど……)
店長は、さらに続ける。
「だから、これは気持ちだから」
そう言いながら店長はポケットの中からチケットを2枚取り出すと春樹に手渡した。
「これは?」
春樹はチケットを確かめた。どうやら映画のタダ券らしい。
「貰い物だけど、ささやかなお礼」
「何で二枚も?」
春樹の質問に店長は、ニヤリと笑いながら言った。
「お前と鈴木の分だ」
店長に心を覗かれていたみたいで、春樹の体温が上昇した。
「ど、どうして?」
「気付いてないとでも思ってたのか、俺は店長だぞ、普段のお前を見ていればわかるさ」
店長は自慢げに言った。そして、さらに続ける。
「斎藤はいつも頑張ってくれてるからな。店長からのボーナスだ」
店長のテンションが上がってくる。
「明後日は二人揃って休みだろう、行ってこい。ちゃんと自分で誘えよ、男の子だろ」
もう店長を止める事はできないわ。春樹の中で金髪の博士が囁いた。
「鈴木は今フリーだぞ、頑張れ斎藤」
春樹は大きな溜め息をついた。
「で、店長はいつからチケットを準備してたんてすか?」
「二ヶ月前だ」
店長の自信満々なお節介は、春樹の心をむず痒くした。