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砂時計  作者: 藤咲一
2/8

2日〜3日

 でんわ


 春樹は魂が抜かれたかのように、家に帰った。後で思い返しても、どのように帰ってきたか記憶になかった。

「お帰り」

 母親の声も春樹の耳には届かない。

さらに、母親が「どうしたの?」と心配したが、春樹は無言で自分の部屋に入って行った。

春樹は力尽きた旅人のようにベッドの上に倒れ込んだ。ギシッと鈍い音をたて、ベッドは春樹を受け止める。

枕に顔を埋めながら、大きく溜め息をついた。

真っ暗な視界の中には、ついさっきに起きた交通事故が鮮明に映し出される。

春樹は、暗闇から逃げる様に、首を捻ってまぶたを開けた。

机の上に砂時計が置いてあるのが目につく、ほんの少し上の砂が減っていた。

(あれが終われば死ぬんだよな……)

春樹は今までの人生を、ふと遡ってみた。

(いろんな事があったな……)

小学校、中学校、高校、大学、何とか無難に卒業して、パチンコ打って、バイトして……いろんな人の顔が春樹の脳裏を通り過ぎる。

春樹は無性に寂しくなった。モゾモゾと上体をくねらせ、器用にポケットから携帯を取り出すと、アドレス帳を開いた。

雅一のところで、指が止まる。春樹は少し躊躇いながら、コールボタンを押した。

コールし始めて十二回。半ば諦めかけたその時、受話器の向こうから懐かしい声がした。

「もしもし春樹、久しぶり、どうした?」

「寂しかったから……」なんて女の子みたいなことは言えなかった。そんな時、父親の言葉を思い出す。

「いや、雅一が警察になるって聞いたもんだから」

春樹の言葉に、雅一は驚いて話し出した。

「あれ? お前には一番でメールしたんだけどな……見てない?」

「見てない、ってか、届いてない」

 受話器の向こうで雅一は「あ、だからか」と一人で納得していた。

「そっか、だから、いやぁ、ごめんごめん」

「何が?」

 春樹の頭に疑問符が浮かんだ。

「勘違いしてた」

「だから何が?」

「俺の中では、送ったつもりだったんだよ。だけど、お前からメールとか連絡ないし、おかしいなって思ってた。もしかしたら、俺が先に就職したから、すねてんのか? って……だから……」

 雅一の必死な説明を聞きながら春樹は、沈んでいた気持ちが少しずつ軽くなっていくのを実感した。雅一の説明の途中だったが春樹の口からは素直な気持ちがこぼれた。

「おめでとう」

「え?」

「就職おめでとうございます」

 春樹の言葉に雅一は、はにかみながら素直に「ありがとう」と言った。

しばらく、たわいのない話しで盛り上がっていたら、急に雅一が思い立った。

「電話じゃまどろっこしい、今から時間あるか?」

 春樹は気分が乗っていたし、この後の予定もない。断る理由は微塵もない。二つ返事で「ある」と答えた。

「じゃあ、いつもの場所で……」

「了解」

 春樹はそう言うと、携帯を切り、ベッドから起き上がる。そして軽快に家を出た。

 後ろの方から聞こえた母親の「遅くなるなら電話して」に対し、春樹は「わかった」と気の無い返事を返した。


 ぱちんこ


 春樹と雅一のいつもの場所、それは近所のパチンコ店だった。中型規模の地元密着型店舗、到着した春樹は、いつも二人で並んで打っていた台を探した。きっと雅一本人を探すより早い。

 期待通り、先に着いていた雅一は春樹を見つけて手を振り、合図を送った。

 春樹は軽く手を挙げ応えると、迷わす雅一の隣に座った。

 今日の台は、某アニメを題材にした台。春樹が死神と出会った日にも打っていた台だった。

 春樹は財布から一万円札を取り出すと玉貸しサンドへ投入した。

「久しぶりだな、二人でこうやって打つのは」

 雅一はタバコに火を点けながら言った。

「そうだな二人で大負けした以来か」

 そう言いながら春樹は、ストロークを調節する。

「その時だよ、真面目に仕事しようって思ったのは」

 雅一はタバコをぷかぷかとふかした。

「そんなの、いつも思ってることじゃないか」

 春樹は、押しボタンを押しながら問いかける。パチンコ台の画面には、アニメの主人公の父親が『何故だ』と言っている。

「ちょっと違ったんだよ、いつもとは……急に自分の未来について考えた。このままで良いのかなって」

 雅一は語尾に合わせて、押しボタンを叩いた。

 画面には『……』

「それで、警察になろうって?」

 春樹の問いかけに雅一は頭を横に振った。

「特に決めてなかった。手当たり次第受けた採用試験で受かったのが警察だった」

「そっか」

 春樹は雅一が警察を選んだ理由が不思議だったが、何となく納得した。そのまま無言で押しボタンを押した。

 画面に表れたセリフは『何も無いよりはマシだ』

 春樹は画面を指差しながら雅一に笑いかけた。

「そんなところだったけど、今ではチャンスだと思って頑張ろうと思う」

 雅一も笑いながら押しボタンを押した。

 画面のセリフは『先輩……私頑張ります』

 思いがけず、二人は、声を出して笑った。

「シンクロしてるな」

 雅一はタバコを揉み消しながら話しを切り替えした。

「お前はどうする? このまま行くのか?」

「なんだよ、父親みたいなこと言うのか」

「言うかもね、昔からの付き合いだからな、お前の将来、心配は心配だ」

 春樹は雅一の言葉で、将来について考えたが、自分の命が後少しなのを思い出した。

「でもさ、明日死ぬかも知れないって思ったら……」

 雅一は弱気な春樹にデコピンすると、春樹の台の画面を指差した。春樹が画面を見ると、そこには金色枠のステップ三。アニメのヒロインが喋り出す。

「あなたは死なないわ……私が守るもの」

 雅一は「と、いうことだ」と微笑みながら言った。

さらに続けて……

「困った事があったら相談しろよ、全力で支えてやるから」

 雅一の言葉が春樹の心に突き刺さる。春樹は泣きそうになった。


 けつい


 春樹は雅一の言葉で決意した。死ぬ事は決まっている、ならば悔いのない様生きようと。

 春樹は一人、豆球の微かなオレンジ色の光りに照らされながら、自分の部屋で砂時計を見つめた。帰りに買ったプラスチックの定規をそっと隣に立て、目盛りを読んだ。

(死神と出会って丸一日、始めの砂の位置はここだったから……)

 春樹は頭の中で、おおざっぱに計算を始める。タバコに火を点けながら、導き出された答えは、煙り混じりの溜め息とともに弾き出された。

「約1週間……か」

 春樹は携帯のカレンダーを開くと、液晶のバックライトが春樹の瞳を刺激する。目を細めながら、液晶画面を見つめた。

(やり残した事は、数え切れないけど……今からでも、できる事をやろう)

春樹は充電器に携帯を繋ぐと布団の中に潜り込んだ。


 しゅうかつ


 春樹は朝早くから街に出ていた。平日の通勤ラッシュに揉まれて、へとへとになり、公園のベンチに座り込んでいだ。

(ダメだな、こんなことでへこたれてたら……)

 春樹は今朝早く、クローゼットの中から大学の時に買ったリクルートスーツを引っ張り出していた。

 今はそのスーツに袖を通し、ハローワークに向かう途中だった。

 春樹は、深く息を吐き出すと、内ポケットから携帯を取り出し、時間を確認した。

「さあ、行くか」

 声に出して自分を奮い立たせる。緊張が春樹の心臓を締め付けた。

 春樹は勢いをつけて立ち上がると、背筋を伸ばし前を見た。


「二十六番でお待ちの方、四番の窓口へ」

 機械のようなアナウンスが聞こえると春樹は、汗でクシャクシャになった番号札を握りしめ、指定された窓口へ向かった。

 その後の事はあまり覚えていない。無我夢中だった。挙動不審だったかもしれない。しかし、精一杯頑張ったと胸を張ることが出来た。

 すぐにとは言えないが、面接を三社取り付けた。

 春樹にとっては大きな前進だ。

 ハローワークを出ると、春樹は無意識で小さくガッツポーズをとっていた。


 ぐうぜん


 自動販売機の取り出し口からスポーツドリンクを取り出すと、春樹は一気に飲み干した。口を拭いながら呼吸を整えると、くずかごに空き缶を投げ入れる。

「よしっ」

 自然と春樹に気合いが入る。

 踵を返して帰ろうとした目線の先に、あの死神の姿があった。

 春樹には気が付いていない様子だ。春樹はこっそり死神の後をつけた。

 特に理由はなかった。しかし、死神に対する興味、好奇心が春樹を動かした。

 死神を見失わないよう、春樹は歩いた。交差点を抜け、商店街を通り、たどり着いた先は、町外れにある共同墓地だった。

 そこで春樹は、死神を見失ってしまう。周りを見回しても整然と並ぶ墓石が見えるだけだった。

(見失ったか……)

 春樹は溜め息をついた。

 何かしたい訳じゃなかったが心の中に残念感が広がった。

「残念だったな」

 急に聞こえた死神の声。振り返ると、そこには腕を組んだスーツ姿の死神が、溜め息をついていた。

「どうして?」

「それは私のセリフだろう? こそこそと私の後をつけて、ストーカーかお前は」

 死神の言葉に、春樹は絶句してしまった。

(ストーカーは知ってるんだ)

 春樹は心の中でツッコミを入れた。

「私も勉強している、最近は便利になった。インターネットというやつだ」

 死神は少し自慢げに胸を張った。

「で、何だ? 何か用があったのだろう、呼べば応えると言ったはずだ。わざわざ尾行までして……」

 春樹は口ごもったが、死神にはそれが無意味だと思い出した。

「あんたが、何してるのか気になって」

 春樹の言葉に死神は鼻で笑った。

「知りたいか?」

 春樹は「知りたい」と即答した。

 死神はおもむろにポケットから砂時計を一つ取り出す。

「説明は要らないな、例の砂時計だ」

 死神と、あの砂時計、春樹の中で一つの結論が出た。

「正解だ、また誰かに余命を告げに行く」

 そう言うと、死神は砂時計をしまった。

「どうして?」

 春樹の疑問に死神は不思議そうに答えた。

「私が死神だからだ」

「あんたは何で、死神なんだ?」

 春樹はハローワークで志望動機を聞かれた事を思い出し、死神にも聞いてみた。

 しばらくの沈黙の後、死神は天を仰ぎ優しく言った。

「それが、私の存在理由だからだ。私は死神としてでなければ存在できない。この世界と私を繋ぐものは死神として動いている時だけだ。孤独なのだよ私達は……」

「そのために人を殺すのか?」

 死神は春樹の言葉に怪訝な顔をする。

「誤解だよ、私はただ人に余命を告げ、その人の死を見守るだけだ。私が私であり続けるために」

 春樹には死神の気持ちが少し理解できた。ような気がした。

「ごめん……」

 死神は微笑むと春樹の肩を軽く叩いた。

「初めてだよ、私にここまで興味を抱いた人は……約束だ、君の死には必ず傍にいよう」

 春樹は照れ隠しに頭を掻いた。



 こうえん


 死神と別れた春樹は、家に向け歩いていた。時間は流れ、夕闇が空を覆った。見慣れた町並み、春樹は小さい頃を思い出していた。雅一と駄菓子を買いに走った、橋本商店。いつもはお婆さんが店番をしていたが、たまに孫の雅子さんが店番をしている時があった。当時高校生の雅子さんが小学生の春樹、雅一の初恋だった。

 その事で、雅一と本気の喧嘩をした事を思い出し、恥ずかしくなった。

 そして、橋本商店の筋向かいには、駄菓子片手に走り回った公園がある。今見ると小さい公園だが、当時は何でもできる遊び場だった。

 懐かしく感じた春樹は、生垣の上から公園内を覗き込んだ。

 そこには、明らかに不良少年だと思える茶髪、金髪の少年が二人と、その少年達と口論するスーツ姿の中年の男性。一触即発の緊張感が公園内に広がっていた。

 その中のスーツ姿の男性には見覚えがある。間違いない、春樹の父親だ。

 春樹は、いても立ってもいられず、両者の間に割って入った。

 視線が春樹に集まる。

「何だ、てめぇは」

「殺すぞ」

 少年二人は渦中に飛び込んで来た春樹に凄む。

 父親は春樹だと確認すると複雑な表情をする。

 春樹は、そんな父親の腕を掴むと「帰るよ」と引っ張った。

「待て、コラ」

 少年の言葉で、反射的に振り返った春樹の頬に、少年の拳が叩きつけられる。

 不意打ちに対応できず、春樹は地面に倒れ込んだ。口の中に血の味が広がった。

「春樹」

 父親の叫び声ともとれる言葉が公園に響いた。

 春樹はスーツの土を払い落としながら立ち上がる。

 少年の一撃は痛かった。しかし、春樹はそんなそぶり一つ見せない。

 そして、ゆっくりと少年達に対し構えをとった。

 喧嘩なんて、小さい頃にやった以来だ。もちろん春樹に武道の心得なんてない。精一杯の強がりだった。

「喧嘩がしたいなら、やってやるよ」

 少年達を見据えながら、できるだけ低い声で春樹は言った。

 春樹の姿に気圧された少年達はたじろぐ。

 そんな少年達を見た父親は、携帯電話を取り出すと通話を始めた。

「もしもし、警察ですか……」

 父親の声を聞いた少年達の顔色が変わる。数歩、後ずさりしたと思うと、反転して脱兎の如く逃げて行った。

 少年達が見えなくなった事を確認すると、春樹は緊張の糸が切れ、その場で前屈みになった。

「父さん、もう警察いいから」

 春樹は首を捻って、父親を見上げた。

 父親は携帯電話を耳から離すと、春樹に画面を見せた。

 画面を見た春樹は、思わず笑い出す。画面は真っ黒。

「充電、忘れてな……」

 父親は頭を掻きながら笑った。


 ちちおや


 公園のブランコに二人並んで腰掛けた春樹と父親。しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは父親だった。

「大丈夫か?」

「大丈夫、問題ないよ」

 春樹は殴られた頬を撫でながら答える。

「すまなかったな」

 父親の謝罪の言葉、春樹は初めて耳にした。

「お前を巻き込んでしまった」

「気にしなくていいよ、自分で飛び込んだんだ」

 父親は春樹の言葉を聞いて微笑んだ。

「ありがとう」

 父親からの慣れない感謝の言葉に、春樹は頭を掻いた。

「ほっとけなくてな」

 父親は正面を見つめながら話し始めた。

「あの子達がここでタバコを吸っていてな、誰も注意しないから、父さんが注意した」

「どうして? ああなるのは、わかっていただろ」

「それはわかっていたさ、だけどな、あの子達がこのまま注意されず、常識とかマナーがわからないまま、誰からも教えてもらえないまま、大人になっていく事が我慢できなかった」

「職業柄ってやつ」

「どうだろうな、教師だからそう感じたのかもしれないし、父さんが、そうやって育ってきたからかもしれない」

「叱ってやろうとしたわけだ」

「結局はああなってしまったがな」

 父親は俯きながら、頭を掻いた。

「それより、春樹が来てくれた事が嬉しかった」

 父親は正面を見つめ直した。

「リクルートスーツを着て努力してくれていた事が嬉しかった」

 春樹は驚いた。

(今日はこっそり家を出たはずだったのに)

「母さんが教えてくれたよ、春樹のスーツがなくなってるって、就職活動に行ったんじゃないかって」

 父親は嬉しそうに話しを続けた。

「父さん本当は、無理に就職しなくても良いと思ってる。春樹がやりたい仕事が見つかるまで、ゆっくりでも良いと思ってる。だけど何もしようとしなかった春樹は許せなかった。だから春樹に冷たくあたってしまった。でも、こうやって春樹が努力している。父さんも母さんも春樹を支えるから、やりたい事を見つけて欲しい」

 父親はそこまで言うと立ち上がり、春樹の方へ向き直った。

「さあ、帰ろう。母さんが待ってる」

 春樹は、込み上げる感情を押さえ付けながら、震えた声で答えた。

「うん」

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